母で医師だからわかること~壁があったからこそ見えたもの 前編

医師としてのアイデンティティークライシスからの留学、 そして被災地で学んだこと

吉田 穂波氏(国立保健医療科学院・生涯健康研究部主任研究官)

自身の経験から、働くママの時間術と目標を達成するためのマインドセットについての『「時間がない」から、なんでもできる!』を上梓した吉田穂波先生。3人の子どもを連れて、名門ハーバード大学への留学を果たした経験を持ち、現在は5人の子どもの母でもあります。留学後に国立保健医療科学院・生涯健康研究部主任研究官の職に就いている吉田先生は、その経歴だけ伺えばまさにスーパーウーマン。しかしながら、そのバイタリティーの裏側には、女性医師ならではの葛藤がありました。

医師としてのアイデンティティークライシス

私が9歳の時、弟が生まれました。すごく小さく未熟児で生まれてきて、半年ほどNICUに入っていたんです。生きるか死ぬかという状態で、私が初めて命の大事さとはかなさを感じたのがそのときでした。看護師さん、スタッフさん、そして直接命と対峙する医師に感謝の気持ちがあったことが、医師を目指すきっかけになりました。さらに、生まれてくる新しい命に感動するものがあって、産婦人科医を選びました。

 

三重大学の医学部を卒業後、研修医時代は男性以上に男性らしく働いていました。当時は“忙しいこと”が自慢で。でも、結婚・妊娠すると、これまで同志のように働いてきた同僚とずれが出てきたんです。
独身時代は、要するに、私が使いやすい人材だったから重宝されていただけでした。私だから評価されているのではなく、夜中でも対応できる人材だったから便利だっただけでした。
子どもができて時間が制限されるようになり、9時から17時までしか対応できなくなると、現場では一人前とは扱われなくなってしまいました。

 

私の卒業した三重大学は、地域のお医者さんを育てることを大切にしていて、“赤ひげのような医師”を育てようという気風がありました。私も立派な臨床医になりたくて結婚、出産、転居を経ても臨床現場で頑張ろうとしていました。でも、2人の子どもを育てながら赤ひげのような滅私奉公はとてもできない。患者さんを診なきゃ医者とはいえないのに、時間がとれない……。そのことに私自身とても悩んで、アイデンティティークライシスを感じてしまったんです。
悔しくて悔しくて、何かヒントを得られないかと思い、『七つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー)や『思考は現実化する』(ナポレオン・ヒル)といった自己啓発書を読みあさりました。

 

一念発起、ハーバード留学

あの時は、「こんなにがんばっているんだから、もっと認めて」という、今から思えばつまらないモチベーションで、留学をしようと思ったんです。留学先をハーバードに決めたのは、留学への道筋を探すなかで話を聞いたたくさんの方々や、お世話になった先生が勧めてくださったからでした。

 

勉強時間は『七つの習慣』を参考にして確保しました。寝かしつけに時間がかかる生活だったので、夜は8時に子どもと一緒に就寝、朝3時に起きて一生懸命勉強して、ハーバード大学の公衆衛生大学院に合格。ハーバードでは、疫学や統計、リーダーシップやジェンダーについて学びました。
また、マスメディアを使った健康の啓発方法についての勉強もしました。地域のつながりや家族のつながりを含め、人はちょっとでも他人とのつながりがあると寿命が延びる……とか、そういう社会疫学と呼ばれる分野も面白かったです。
当然、授業についていくのは大変でした。英語はどうにかなるだろうと思っていたんですけれど、これが本当に理解できなくて(笑)
授業にしても、私生活にしても、いろいろな人の助けを借りましたが、私には何も返せるものがありません。だから、笑顔とか言葉でお返しするしかなかったんです。その時に、人の力を借りる“受援力”って本当に大切だなと感じましたね。お金があれば何かお礼ができたりしたのでしょうけれど、当時は無収入でまったくお金がありませんでしたから。「あなただから頼みたい」「あなたの力が必要」と伝える、そして心から感謝の気持ちを伝える、言葉の力って大事だな、と実感しました。
それに、自分に置き換えると、実は頼られるのってうれしいんです。「こんな私でも人の役に立てるんだ!」って。なので、人に頼むことは自分がダメだからじゃないんだ、というのをみなさんに伝えたいですね。私は今でも、いろいろな方のお力をいただいてお仕事させていただいています。何か相談事があるとき、つい、お忙しい方に時間を割いてもらうのは申し訳ない……と遠慮してしまいがちです。ですが、頼ることで相手への信頼や承認を示しているんだ、相手の価値を認めているんだ、そして、自分ができないことをしてもらうことで、相手の自信にもつながるんだ、と思うと楽になります。相手に負けたようで悔しいという勝ち負けの気持ちを持つ方もいますが、いかに自分がそこから学ぶかを考えた方が、自分の成長につながりますよ。

 

そんなわけで、ハーバードでの体験はすばらしかったのですが、無収入で本当に貧乏だったので「帰って稼がなきゃ!」と思いました(笑)
帰ってきてから就活をしたのですが、研究もやりたいし臨床もやりたい。2年ほど、検診のバイトをしながら正職員でできる場所を探していたんです。そんななか、起こったのが東日本大震災でした。

 エピロギ吉田医師_差し込み①

 

価値観が激変した被災地での体験、そして研究職へ

もともと、東北は産婦人科医が少ない土地です。震災直後、医師が少なくて困っているんじゃないかと問い合わせましたが、支援を申し出ても、被災地の病院では全国から医師が来ていて「間に合っています」ということでした。
そこで、私は日本プライマリ・ケア連合学会が立ち上げた被災地支援チームの妊産婦支援プロジェクトに参加し、宮城県の石巻、南三陸、東松島の避難所を回り妊婦さん新生児の健診を行いました。また、被災地で奮闘している産婦人科の開業医さんへ、当直をお手伝いする医師を派遣したりしました。

 

この被災地支援は、私にとって本当に衝撃的な体験でした。
被災地では、死ぬか生きるかの人を助ける医師は大勢いたけれど、災害時要配慮者と言われる高齢者や妊婦、乳幼児、慢性疾患の患者さんは二の次。避難所入所者や在宅避難者でケアを受けられない妊婦さんや産後の赤ちゃんなど、実は困っている人がたくさんいたんです。私のように支援に来た人が役に立ちたくても、ひとりでできることは限られていますし、保健師さんをはじめとした行政、地域の方みんなでやらなければいけないことがたくさんありました。
私は、助産師さんに声をかけて被災地の妊産婦さんのケアをするプロジェクトを立ち上げたのですが、一日で回れるのは2カ所か3カ所が限度。スーパーヒーローのような活躍をして帰りたいけれども、妊産婦さんはバラバラに避難されていたので、2~3時間で避難所やご自宅まで行っても、すぐにまた次のところに行って……という感じで。ご本人たちも同じ境遇のママ仲間がいないので、不安を分かち合える人がいなくて心細そうでした。このとき、「災害時に妊婦さんや赤ちゃんが集まれる場所が必要」だと強く感じ、平時から行政や地域を巻き込んで仕組みを作らなければと思いました。
被災地支援を通して、被災時における産科・小児科の知識や技術の必要性や、震災などで妊婦さんに起こりやすくなる合併症の傾向などもわかりました。

 

その後、現在の職場で災害時に母子を守るシステムについての研究・検証を始めました。
これまでの研究で、災害時に赤ちゃんや妊婦さんを守るためのさまざまなツールや研修が生み出されました。国のガイドラインや政策にも採用され、各自治体で広がっています。
*内閣府防災「避難所の確保と質の向上に関する検討会」

 

私には、産婦人科医で、母で、行政に勤めていて研究ができて、という私ならではの強みがあります。被災地支援と、そこから学んだ経験から得た“日本モデル”を海外に輸出したいと考えています。日本は、世界でもトップバッターの少子高齢化国です。そういったところで災害が起こったら、妊婦さんも逃げ惑いますし、赤ちゃんを守るはずの自治体や医療従事者はどうしたらいいかわかりません。そういうときに使えるパンフレットやチェックリスト、人材育成手法などの、災害対応ツールをこれから世界に還元していきたい。そして、次世代には我々を踏み台にして、我々ができなかったことを成し遂げ、新たな挑戦をして欲しいです。そのために私を超えて行ってくれるような人材を今あちこちで育てています。

 

こう思えるのも、今までたくさんの人に助けてもらったからこそ。教えてもらった時のご恩を一生忘れず、自分が助けてもらった時と同じように、次は自分がほかの人を助けてあげたいと思っています。

子ども時代の経験から命の尊さを学び、医師となった吉田穂波先生。子連れでのハーバード留学や災害時の母子支援を行政と組んで取り組むなど、スーパードクターの経歴の陰にあるさまざまな葛藤や悔しさについてお話くださいました。
後編では、女性医師としてのキャリアについて、ご自身の経験から思うところを語っていただきます。

(聞き手・エピロギ編集部)

 

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吉田 穂波(よしだ・ほなみ)
産婦人科医・医学博士・公衆衛生修士。三重大学医学部医学科を卒業ののち、名古屋大学医学系大学院で博士号を取得。ドイツ・イギリスでの臨床研究やハーバード公衆衛生大学院への留学を経て、現在は国立保健医療科学院 主任研究官を務める。
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