ノーベル賞で辿る医学の歴史

第7回 輸血の歴史を変えた「血液型」の発見

「その前年に人類のために最大の貢献をした人たちに、賞の形で分配されるものとする。」
アルフレッド・バルンハート・ノーベルの遺言によって創設されたノーベル賞。その一分野である医学・生理学賞の受賞を振り返ると、人類と病の闘いの歴史であることがわかります。
いまでは当然と思われている医学の常識が成立するまでに、研究者たちは多くの困難を乗り越えてきました。その苦難の歴史、医学の発展の歴史を紹介します。
今回のテーマは「輸血」。血液型が発見されたのは、いまからおよそ100年前のことで、それまで血液に種類があることなど全く知られていませんでした。発見のきっかけとなったのは、ある学者の研究です。

助かればラッキー!? 運任せだった輸血

私たちの命を保つために欠かせない血液。その重要性は医学が発達する前より知られており、大昔から血液は「生命の根源」として大切にされてきました。ヨーロッパでは、他の生物の血を注入すると、その生き物の特徴も伝染すると考えられていたとか。例えば、羊の血を犬に輸血すれば、羊毛やひづめが生えてくると信じられていたのです。(詳しくは「人間に羊の血を…!? 輸血の歴史に隠れた驚きエピソード」をご覧ください)

そして、体内の血液が不足すると死に至ることも、古くから知られていました。そこで登場したのが「輸血」という治療法。血を補うことで患者の生命を維持しようと、当時の医師たちは考えたのです。最初は1667年、フラン国王侍医であったジャン・バティスト・ドニが、貧血の青年に子羊の血を輸血しました。現在の医学では考えられない異種間輸血ですが、このとき、青年は奇跡的にも回復を遂げたといいます。

ヒトからヒトへの輸血が行われたのは、1852年にイギリスの産科医による手術が最初の記録です。このときは供血者の肘を切開し、じょうごのような器具で血液を集め、そのまま輸血しました(※図1)。しかし、当時の輸血は非常にリスクが高く、成功率は50%程度。2人に1人は亡くなる計算でした。

 

M0014653 Blundell's method of blood transfusion
図1:Blundell's method of blood transfusion. [https://goo.gl/Yx3Xjo]

 

血液型の概念そのものがない時代ですから、医師もなぜ輸血が失敗するのか、皆目見当もつきません。この通り、輸血は全くの「運任せ」の処置で、その成否は神の手に委ねられていたのです。

 

ラントシュタイナー、血液型を発見する

「果たして、輸血が失敗するのは本当に運が悪いだけなのか?」
その謎に決着をつけたのがオーストリアの医師、カール・ラントシュタイナーです。彼は大学で医学を修め、エミール・フィッシャー(1902年に「糖類及びプリン誘導体の合成」でノーベル化学賞を受賞)の下で化学を究めた人物でした。

ヒトの血液を混ぜ合わせると、しばしば凝集反応が起こります。これは赤血球に含まれる抗原と、血清に含まれる抗体が反応して起こるものですが、当時その理由は解明されていませんでした。

ラントシュタイナーもその謎を追う研究者の1人。当初は凝集の原因が細菌であると考えていました。19世紀後半は「細菌学黄金時代」と呼ばれるほど、細菌学が隆盛を極めた時代。1882年に近代細菌学の父であるコッホが結核菌を、1894年には北里柴三郎がペスト菌を発見しています。ラントシュタイナーが血液凝集の原因を細菌であると推測することは、当然の流れだったのかもしれません。

しかし、研究を続けるうちに凝集には一定の規則性があることを発見。細菌感染による無作為な現象とは考えられず、研究は一度暗礁に乗り上げました。
凝集の原因が細菌でないとしたら、他に考えられる可能性は何か。ラントシュタイナーは次に、化学分野で流行していた「抗原抗体反応」の理論を応用します。そして1900年に血液をそれぞれA,B,C(後にOと変更)の3つのグループに分け、凝集の論理を確立しました。これがABO式血液型の発見です。

彼はこの法則を「血液型」としてまとめ、1901年に論文を発表。血液型の仕組みが解明されると輸血の安全性は大いに向上し、重篤な副作用や死亡事故が激減しました。ラントシュタイナーは1930年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

ちなみに、彼は受賞後も研究を続け、1940年には弟子とともにRh抗原を発見。ABO式以外にも血液型があることを示しました。現在の医療ではABO式に加え、Rh式やHLA、HPA血液型などが用いられています。

 

発想の転換から生まれた抗凝固剤

輸血を行うためには、血液凝固を防ぐことも一つの課題でした。従来の動脈切開では数分間で血が固まってしまうため、多量の輸血が困難だったのです。そこで多くの医師が効率的な輸血方法を考案しますが、思うような結果は得られませんでした。
「それなら、血が固まらないようにすればいいのではないか?」
アルゼンチンの医師、ルイス・アゴーテは、輸血の方法ではなく血液自体を変えることに注目します。輸血の効率性ばかりを追い求めていた人々にとって、血液凝固を防ぐという考えは、まさに逆転の発想でした。アゴーテは血液凝固を食い止めるための「抗凝固剤」の開発に乗り出します。

1914年、アゴーテは「クエン酸ナトリウム」を抗凝固剤に用い、300ccの輸血に成功します。抗凝固剤は血液の長期保存や大量輸血を可能としました。第一次世界大戦では多くの兵士が輸血によって命を取り留めています。

 

血液不足という課題――人工血液は実現するか?

では、現代の輸血に何の問題もないかというと、そうではありません。輸血のための血液不足が大きな課題となっています。
日本では、輸血用血液製剤の85%が50代以上の患者に使われています。一方で、少子高齢化に伴い若い献血者の数は減少傾向にあり、2027年には年間約100万人分の血液が不足するとの予測も。輸血は白血病やがん治療に欠かせないため、献血の重要性が訴えられています。

また、人工血液の研究も進んでいます。人工血液はHIVなど病気感染のリスクも低いため1970年代から研究されてきましたが、副作用や有効性に懸念があり、未だに実現していません。
その中で日本の人工血液「HemoAct™」の研究に注目が集まっています。これはアルブミンとヘモグロビンに架橋剤を加えた人工血液で、副作用も少なく低コストで量産が可能とされています。
海外でも人工血液の研究は進められており、臨床試験を行っている施設もあります。

 

まとめ

ラントシュタイナーは医学の領域に化学の知識を持ち込むことで、血液型を発見しました。また、アゴーテは「いかに血液を固まらないようにするか」と視点を切り替えることで、輸血技術に革命をもたらしました。
両者に共通しているのは、問題の本質を見抜く力と、領域にこだわらず挑戦する姿勢。それが彼らの成功の秘訣であったといえます。医療現場が目まぐるしく変化する現代でも、医師にそのような能力が求められているのかもしれません。

(文・エピロギ編集部)

 

<参考>
医療の挑戦者たち「(10)運を天に任せる輸血から科学に基づく輸血へ。「血液型」の発見。(カール・ラントシュタイナー)」(TERUMO)
hhttp://challengers.terumo.co.jp/challengers/10.html
大阪府赤十字血液センター「輸血の歴史」
http://wanonaka.jp/blood/transfuse.html
医療の挑戦者たち「(11)血液がすぐ固まってしまう…。輸血の難問を解決したのは、逆転の発想だった。(リチャード・ ルーイソン)」(TERUMO)
http://challengers.terumo.co.jp/challengers/11.html
YOMIURI ONLINE(読売新聞)「人工血液をつくれ!」
http://www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20150205.html
日テレNEWS24「血液がピンチ 輸血の血液、不足の懸念も」
http://www.news24.jp/articles/2015/12/09/07316896.html
ギズモード・ジャパン「イギリスで『人工血液』が臨床試験段階に」
http://www.gizmodo.jp/2015/07/post_17541.html
中央大学理工学部 小松晃之教授「血液型がなく感染の心配がなく長期保存が可能な人工血液"HemoAct™"の研究」(オープンイノベーション推進ポータル)
http://www.open-innovation-portal.com/open/lifescience/HemoAct.html
肝炎ウイルス十話「第四話 輸血後ウイルス肝炎の制圧」(特殊免疫研究所)
http://www.tokumen.co.jp/column/kanzo1/04.html
医療の挑戦者たち「(35)ペスト菌の発見④(北里柴三郎)」(TERUMO)
http://challengers.terumo.co.jp/challengers/35.html
Biografías de médicos「Dr. Luis Agote」(Ediciones Médicas)
http://www.edicionesmedicas.com.ar/Miscelaneas/Biografias_de_medicos/Dr._Luis_Agote

 

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