「小児科オンライン」橋本直也氏インタビュー 

医療の未来を創る~若き医師の挑戦 後編

どこにいても無料で小児科医に相談できる国へ

橋本 直也 氏(小児科医/株式会社Kids Public 代表)

チャットやテレビ電話を使い小児科医にリアルタイムで相談できるサービス「小児科オンライン」(5月30日オープン)を運営するKids Public。代表の橋本直也氏は現役の小児科医です。
「不安なく子育てできる社会」を作るために病院を飛び出し、医師としてITビジネスを活用した新しい医療サービスの提供に挑む橋本氏へのインタビュー。前半では、小児科医としての思いや診療現場で感じた問題意識、そしてこれらの問題を、「ニーズに応えてサービスを提供する」というビジネスのやり方で解決することを思いつくまでをお聞きしました。後編は、サービス立ち上げの前に立ちはだかった壁や実際に寄せられた親御さんの声、そして今後の展望について伺います。

「子育てにおいて誰も孤立しない社会」を実現するビジネスとは

 小児科医として、「親を絶対に孤立させない社会」を作る。そのために、子どもたちの健康に関連した事業を立ち上げよう。そう決めたら、次にすべきことは、ではそのようなビジネスとはどういうものか考えることでした。
 考えたのは、スマートフォンやパソコンを使って小児科医が子どもの健康に関する相談を受ける、親の抱える不安に寄り添うサービスでした。
今って、核家族化で周りに相談ができず、インターネット上に溢れる情報を読んでかえって不安になる親御さんがたくさんいるんです。だから彼らが不安に思った時に気軽に小児科医に相談できるシステムを作ろうって。
 それは、子どもたちの健康を底上げし、親御さんの子育てにおける孤立をなくすことにもつながります。本当に救急外来での処置や診察が必要な子どもは外来に行き、遠隔相談で対応可能な相手には医師がじっくりと時間をかけて悩みの相談に乗る。そんな適切な振分ができれば、診療現場の人手不足も解消できます。もっと時間をかけて欲しいという親のニーズにも応えられるようになる。
 そんな考えに基づき、「子育てにおいて誰も孤立しない社会の実現」を理念に掲げ、スマートフォンやパソコンを使って親御さんがリアルタイムで小児科医に相談できるサービスを考えました。

 

先輩方の積み重ねのその先に、実現したいもの

 構想を練ると同時に、研修医時代にお世話になった指導医の先生や、大先輩の小児科医の方々の元も訪ねました。「こういうことをやろうと考えているのですが、価値観は外れてないでしょうか」って。
 僕は、「俺が社会を変えてやる」と既存のものを否定して何か新しいことがしたい訳ではありません。これまで先輩たちが積み重ねてこられたものを、例えば昔は技術がなくてできなかったことを今ある技術で代替してさらによくしていく「温故知新」なことがしたかった。それに、僕がやろうとしていることを実現するには、日本の小児医療を支えてこられた方たちにサポートいただくことが絶対に必要です。だから、先輩方からも「いいね」と言われるものにしたかったんです。
 そしたら、みなさん「昔と今では子どもたちの病気の疾患構造が変わってきている。今は衛生状態もよくなり、ワクチンの普及も進んで、急な感染症でどうにかなってしまうということも昔に比べて減っている。これからは、急性疾患への対応に加え、親とのコミュニケーションを通して子どもたちを健康なままでいさせることに小児科医は力を発揮すべきだ」って言ってくださって。「病院で小児科医が子どもたちを待っているだけではなく、子どもたちの生活の場と小児科医が深く接点を持つ社会になっていくべきだ」と、背中を押してくださったんです。
 昔を知らない僕ですが、自分のやろうとしていることが、これまでの小児科学の歴史の流れからみても大きくは外れていないことを知り、これでいいんだと安心しました。

 

“株式会社Kids Public”創業

 一方で、ビジネスとなると、ビジネスサイドの人たちを説得する必要が出てきます。加えて、Webを使ったサービスをやろうとしていたこともあり、エンジニアとの連携も必要でした。
 当時は、今もそうですけど、起業家としてビジネスの経験のないずぶの素人でしたし、知識も絶対的に足りない。相手を説得しきれなくて悔しい思いをした場面もありました。
 また、エンジニアとの連携も、彼らのことを尊敬していますが、正直コミュニケーションがストレスだった時期もあります。自分はエンジニアではないので彼らの常識を知らないし、自分が無理な要求をしているのか、そもそもどんなことができるのかもわからない。いろんなことがありました。それでも、だんだんこちらサイドの視点で見てくれるエンジニアが仲間に加わってくれるようになって、今では、みんな同じ理念を持つ仲間です。始まったばかりのベンチャーなので、給与も雀の涙みたいな額ですが、やりがいを感じてくれているし、いい仲間に恵まれているなと思います。
 Kids Publicを創業したのが12月28日で、そこからテスト版でサービスを開始し、正式なサービスの開始が5月30日。創業から9ヶ月が経ちました。早いですね。あっという間です。

 

仮サイトオープン2週間で予約0

 実は最初の構想では、使うツールはSkypeだけでチャットは使っていなかったんです。顏が見えることの安心とか、画面を通してですけど患部とかお子さんの様子もみれてこそ、安心して相談できるだろうと。そこは自分としてもこだわった部分であり、胸を張っていたんです。
 ところが仮サイトをオープンして2週間。ずっとパソコンの前で待っていたんですが、全然予約が入らない。ようやく入った1件も友達でした。一人パソコンの前で待ちながら、「おかしいな。気持だけ先走って全然ニーズ無いのかな」と心細かったのを覚えています。苦い経験です。
 それで慌ててそこのこだわりを捨て、LINEや電話も使うようにしたら、少しづつ利用者が増えていったんです。お母さん世代にはSkypeって馴染みがないんですね。それに日本ではテレビ電話の文化もない。見ず知らずの人にいきなりテレビ電話で話しかけることに抵抗を感じる人が多いということに、後から気付きました。
 利用者は増えていきましたが、それでも当初は不安で一杯でした。Skypeでさえ難しいのに、テキストでコミュニケーションするLINEでなんて、相談に乗れるんだろうかと。そもそも遠隔相談なんて無理なんじゃないかと弱気になったりもしました。
 本格的なサイトオープンの前に仮サイトでサービスを試したのも、親御さんのニーズに本当に応えることができるのか検証するためです。相談してきてくれた人はどう思っているんだろう。このコミュニケーションでいいんだろうかって。
 実際、お母さんの不安に対応できなかったこともありました。それでも、例えばLINEなら、テキストと添付される写真という少ない情報量の中で、しかも特有のあのポンポン進むやり取りの中でどうしたら少しでも機械的な印象を減らせるか。コミュニケーションノウハウでしか解決できないんだろうなと、返事の仕方や相槌の打ち方など、細かい工夫を重ねてきました。
 今では、サービス版での利用もあわせて200人以上の方に使っていただけるようになり、感覚もなんとなくつかめてきました。使ってくださった方からも「安心しました」とお礼の言葉をいただけたりもして、やってよかったと思っています。

 

「大丈夫ですよ」の言葉が聞きたくて

 実際の相談の内容ですが、救急外来に行くことを勧めたのはほんの数回。相談の5%にも満たないですね。むしろ何気ない子育ての悩みが大半です。「大丈夫ですよ」と言って欲しくてする相談なのかもしれません。
 例えば早産で生まれたお子さんを育てているお母さんから「発達が遅れているんじゃないか」という相談を受けました。お話を聞くと、順調に育っておられました。そして、「早産になったのは自分のせいだったのではないか」とそのお母さんは自分を責めていました。「全くそんなことはありません」とお伝えしました。
 このように出産時期に何かあったお母さんの中には、自分を責めてしまう方もいらっしゃいます。小児科医はそんな気持ちにも寄り添いたいと思っています。このお母さんは、ずっと口に出せずに自分を責めておられたそうです。今回、対面ではないチャットだからこそ、ぽろっと書けたとのことでした。
 不安になりながら孤独に子育てする親御さんをなくしたい、という思いで始めたサービスなので、このようなコミュニケーションを引き出せるのだとしたら、とてもやりがいを感じます。

 

【後編】文中

 

小児科医の協力が、何より嬉しい

サイトの正式オープンにあわせて、今は自分以外の小児科医の方にもサービスに入ってもらって、16人でローテーションを組んでいます。
 小児科医側にも「このサービスいいね」「自分もやりたい」と言ってくれる仲間がいることはとても嬉しいです。小児科医として働きながら、18時以降にパソコンの前に向かうのは、本当に大変なことなんです。それでもやってくれるということは本当にいいと思ってくれているからなんだろうなって。
 実は小児科医がどれだけ集まるか、すごく不安だったんです。でも、生まれてくる子どもたち全員にこのサービスを届けたいと思うと、自分一人では無理で、小児科医が団結してやらないといけない。小児科医の中でも好かれるサービスじゃないと絶対にできないと思っていたので。それが始まりの段階である程度の方たちに理解いただき協力までもらえたっていうのは、何より嬉しいことでした。
 もちろん、エンジニアやサービスを作ってくれたチームにも、とても感謝しています。自分一人のふつふつとした思いから始まった小さなプロジェクトがいろんな人たちを巻き込んでこんな風に形になって動き出した。一人ではできなかったことが実現し、メディアに取り上げてもらえたり、番組や記事を見た方から反響をいただいたり。温かく迎えてくれているという現状がありがたいですね。

 

どこにいても小児科医に繋がる、子育ての不安のない国を目指して

 冒頭でもお話ししたように、良くも悪くも、僕はビジネスマンではありません。アイデンティティは一貫して小児科医でいたいと思っています。でも、ビジネスでも成功したい。
 本当にビジネスをやっている人たちから見たら甘いって思われるかもしれないけど、小児科医としてのアイデンティティを活かしたビジネスをしていきたいと思っています。
 アフリカのことわざに「子どもを育てるには村が必要(It takes a village to raise a child.)」という言葉があって、この言葉が大好きなんです。
 「子育て」というものは、いち家庭に責任を負わせてもできるものじゃない。皆が協力し合って、手が足りないときは助け合って、と言う風に、村、つまり社会みんなでしないとできないものだっていう意味の言葉です。
 今の時代、社会の繋がりが弱くなって家庭が孤立してしまっている。でもインターネットという「線」ができたことで、ネット上で人が繋がれるようになりました。これを上手に生かせば、現実の世界では難しいかもしれませんが、バーチャルな「村」の中で助け合ってみんなで子育てをする社会、ITを活用することで親御さんが孤立せずに子育てができるような社会を作ることができると思うんです。「小児科オンライン」は、インターネット上で繋がる村の小児科医みたいなものなんです。
 今は親御さんとの直接のラインしかありませんが、例えば、学校の保健室や保育園にホットラインができて、不登校でも保健室登校ならできる子がそこでの30分面談で気がまぎれたらそれでいいし、昼寝から起きた園児の様子について保育士さんの相談に乗ってもいい。子どもがいるところに小児科医がいる社会。そんな思いを込めて、社名を「Kids Public」にしました。

 

「子育て応援」の旗振り役は小児科医でありたい

 僕は、小児科医として「子育て応援」というものをしたいと思っています。誰も子育ての不安がなくて、じゃあ次の子どもを作ろうかって、家族が繁栄していく。その旗振り役。
 そして、子育て応援の一番の旗振り役は自分も含めた小児科医たちでありたいと思っています。なぜならそれは子どもの健康に直結するからです。損得なくそれができるのは、社会の中で誰よりも子どものことを考えている小児科医です。
 小児科オンラインについても、今は止むを得ず個人向けに有料でサービスを提供していますが、実績を作り、自治体や健康保険組合と連携して困っている親御さんからお金を取らない社会サービスモデルを実現したいと思っています。
 不安があったら誰でも気軽にスマホで小児科医に繋がる。日本をそんな国にしたいんです。ピュアな営利主義ではお金がある人にしか届きません。そうではなくて、ビジネスの良さである持続可能性は維持しながら、いつかは社会サービスとして小児科オンラインを提供したいです。どんな人にも平等に、それが日本の医療の根本にあるよさだと思うし、日本でならできるんじゃないかなと。
 道のりは長いですけど、人生は一回しかない。やるしかないと思っています。

(聞き手=「エピロギ編集部 / 撮影=加藤梓)

 

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橋本 直也(はしもと・なおや)
小児科医/株式会社Kids Public 代表
2009年日本大学医学部卒業。聖路加国際病院での初期研修、国立成育医療研究センターでの小児科研修後、2014年に東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修士課程に進学。在学中の2015年12月に株式会社Kids Publicを設立する。大学院、起業と並行し、2015年より都内小児科クリニックにて勤務。取得資格は、小児科専門医、公衆衛生修士号。
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