私が総合診療医を選んだ理由[前編]

~なぜ「総合診療医」を選んだのか~

谷口 恭 氏(太融寺町谷口医院院長)

近い将来に開始される新専門医制度において、サブスペシャリティ領域の土台を担う基本領域のひとつとして新たに組み込まれる「総合診療専門医」。高齢化や過疎化が深刻化する現代日本において、「地域医療の担い手」と期待される総合診療医の存在は、その重要性を日々高めています。

そのなかで、都心に暮らす若い患者を対象に総合診療を行う医師がいます。太融寺町谷口医院の院長を務める、谷口恭(たにぐち・やすし)氏。患者の日常に寄り添う総合診療医です。

まだ養成プログラムのなかった時代に総合診療医を志し、現在も自らの目指すべき総合診療医像に向かって走り続けている谷口氏。本企画では、谷口氏に寄稿いただいたエッセイを2回に分けてご紹介します。

前編となる今回のテーマは「なぜ『総合診療医』を選んだのか」。
もともと研究医を目指していた谷口氏が、総合診療医を志した理由とは――。

縦割り医療の「弊害」とは?

まずは最近私が経験した症例を紹介しましょう。

【症例1】20代女性(Aさん) 主訴:左膝が崩れる
当院初診は2年前。主訴は不眠と繰り返す膀胱炎でした。その後、逆流性食道炎、花粉症、蕁麻疹なども診るようになり、職場の健診で高コレステロール血症を指摘されたことから、最近は2~3カ月に一度の生活指導も実施中。
また、10年以上前から腰椎椎間板ヘルニアがあり過去には手術も勧められたというエピソードがあります。最近のヘルニアの症状は腰痛のみのため当院で筋トレの指導もおこなっていました。数カ月前から突然左膝が崩れて前のめりになるようになり、2カ月で5回も転倒したと言います。
スポーツや外傷のエピソードはなく有意な理学所見はとれませんでしたが、前十字靱帯の損傷を考えました。そこでヘルニアの手術を勧められたことのある病院の整形外科を紹介することにしました。同院に問い合わせ症状を伝えると、やはり膝を先に診るべきなので膝の専門医の診察を受けてほしいとのこと。

Aさんが同院整形外科を受診し膝の専門医の診察を受けた結果が「膝は問題ない。ヘルニアがあるなら腰の専門医に診てもらうこと」であり、別の日に同院同科の腰の専門医を受診。しかし腰の専門医の診断は「膝の症状は腰とは関係ない。膝の専門医が診るべき」とのことでした。
Aさんの膝崩れは改善しておらず、結局「(当院で)何とかしてほしい。なんで同じ病院で、しかも同じ科でたらい回しにされるの? もうあの病院には行きたくない」と言われました……。

この例からわかるように、いわゆる「縦割り医療」の弊害は枚挙に暇がありません。もうひとつ例を挙げましょう。

【症例2】30代男性(Bさん) 主訴:喘息発作
喘息発作が出現し当院を受診した30代の男性Bさんは、東京から大阪に引っ越してきたばかりで、まだかかりつけ医を持っていませんでした。喘息発作自体は吸入のみですぐにおさまりましたが、私はBさんのアトピー性皮膚炎が気になりました。Bさんは忙しくて喘息もアトピーも治療を中断していたと言います。
そこで、これまでどのような治療を受けていたのかを聞くと、呼吸器内科では抗ヒスタミン1種とロイコトリエン拮抗薬が1種、皮膚科では抗ヒスタミン2種と大量のステロイド外用薬、さらに耳鼻科にも受診しており、呼吸器内科の処方と異なるロイコトリエン拮抗薬とステロイド内服(セレスタミン)が屯用で処方されています。そして、Bさんは最も効果の実感できるセレスタミンを常用していたのです。

他剤大量処方が語られるとき、高齢者や精神疾患が取り上げられることが多いのですが、実際はBさんのように若い人の精神疾患以外の薬でもしばしば遭遇します。しかし、Bさんの問題は他剤大量処方の弊害を指摘するだけでは解決しません。
問題は、なぜ複数の医療機関を受診しなければならないのか、ということです。そもそも忙しい会社員が月に何度も医療機関を受診することはできません。かかりつけ医をみつけてそこですべて解決できれば時間も費用も省略できます。

その後Bさんは当院をかかりつけ医とするようになり、鼻炎、喘息、アトピーのすべてが安定し、内服薬は抗ヒスタミン薬と高ロイコトリエン拮抗薬1種ずつのみ、吸入ステロイドは必要ですが、セレスミタンはその後一度も使用しておらず喘息発作も起こっていません。アトピーについてもステロイドがほぼ不要になり、現在はタクロリムスのプロアクティブ療法で良好な状態が維持できています。

 

働く若い世代に対する総合診療

最近は「プライマリ・ケア」「総合診療」という言葉がよく取り上げられますが、これらのメインストリームは高齢者医療、へき地医療などです。一方、私が取り組んでいるのは都心で働く若い人たちを対象とした総合診療です。
実は、私は医学部入学時には医師を目指していたわけではなく、研究の道に進みたいと思っていました。しかし、医学部入学とほぼ同時に、友人や知人から医療機関の不便な点や医師の悪口を繰り返し聞くようになり、その一方で自分には研究者としてのセンスも実力もないことを思い知り、自分がすべきことは「臨床医となり現在の医療機関の不便な点を改善すること」ではないかと考えるようになりました。
そのような観点から改めて日本の医療を見てみると、縦割り医療に問題があり、なんでも相談できるかかりつけ医を誰もが持つことが理想という考えに至りました。

しかし、私が総合診療医を目指すことになった決定的な理由は別にあります。それは、研修医を終了してから赴いたタイのエイズ施設での経験です。
この施設には世界中からボランティアの医師がやってきます。そして彼(女)らは例外なくGeneral Practitioner、つまり総合診療医なのです。そのエイズ施設は正式な病院ではなく、寺をホスピスに改造したような施設でありながら、現在も約150人のHIV陽性者を収容しています。
欧米からやってきた総合診療医たちは、患者のありとあらゆる悩みを聞き治療をおこないます。2000年代前半当時の日本では、現在のような総合診療科医を目指す者へのプログラムはなく、私はタイで欧米の総合診療医たちからその姿勢を学ぶことになりました。そして、帰国後、母校の大阪市立大学医学部総合診療科の門を叩いたのです。

 

谷口先生_文中画像1
2004年8月、タイのエイズ施設にボランティア医師として赴いた際に撮影した、軽症病棟の患者さんたちとの記念写真。この施設にはほぼ毎年訪れている。

 

独自のスタイルで総合診療の研修

しかし、当時の大学の総合診療科を受診する患者は、ドクターショッピングを繰り返している不定愁訴や精神疾患が多く、また、大学病院の特性上、診断がつけば大学内の他科に紹介するか、近くの診療所を勧めなければならず、「困ったことがあればいつでも相談してね」とは言えません。
そこで私は、自分の知識と技術を向上させるために、複数の病院・診療所に研修や見学に出かけ、夜間と土日祝は、複数の病院の救急外来で非常勤医師として勤務しました。

こうして既存のプログラムにない独自の研修を続けた私は、まだまだ未熟なものの、理想の医療をおこなうには自分自身の診療所を立ち上げるしかないという結論に達し、大阪市北区の都心部に開業しました。
大学にも非常勤講師というかたちで籍を置いておき、また近隣のクリニックや病院にも協力してもらうことによって、理想の総合診療の実践を開始したのです。

※ 後編:「私が総合診療医を選んだ理由~『総合診療医』という仕事のやりがいや魅力~」

 

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谷口 恭(たにぐち・やすし)
1991年関西学院大学社会学部を卒業。4年間商社で勤務した後、大阪市立大学医学部に入学。研修医終了後にタイのエイズ施設で医療ボランティアに従事し、同施設で働く世界中のボランティア医(総合診療医)に影響を受ける。帰国後は大阪市立大学医学部総合診療センターに所属し、現在も非常勤講師として籍を置く。2007年大阪府大阪市北区に太融寺町谷口医院を開院。日本プライマリ・ケア連合学会指導医、日本医師会認定産業医、労働衛生コンサルタント、タイのエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。主な著書に『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』(文芸社)、『偏差値40からの医学部再受験』(エール出版社)、『医学部六年間の真実』(エール出版社)などがある。
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