育児の経験は医師としての自分を育てる糧になる。【後編】

~問題は抱え込まず、客観視して解決していく~

大西 由希子 氏(朝日生命成人研究所 治験部長 糖尿病代謝科)

朝日生命成人研究所に勤務する大西由希子医師は、9歳、14歳、16歳三人の子どもをもつ母として子育てをしながら、臨床と研究、そして治験のマネジメントという重責をこなす女性医師。臨床をしながら、なおかつ自分の研究を続けるための努力をなさっています。

【前編】では、お聞きした子育ての苦労や喜び、その経験によって得られた多様な価値観について伺いました。【後編】では、問題を客観視し、解決に向けて提案し続ける治験部長としての姿に迫ります。

「臨床も研究も」が実現できる大切な職場

——現在取り組まれている研究についてお聞かせください。

テーマは「日系アメリカ人と日本人の糖尿病比較研究」です。シアトルの日系アメリカ人や日本人を約5~10年間追跡して得たデータをさまざまな観点から解析し、糖尿病発症のリスクを分析したり、発症率を予測したり、という研究をしています。
臨床をやりながら好きな研究ができる今の環境をほんとうにありがたく思っています。
大学院を卒業して一般病院に就職すると研究をする機会はほとんどありません。子育てをしながらここに籍を置かせてもらっているだけでもありがたいですが、大学から離れて長くなる私がこのように研究を続けさせてもらえていることは奇跡的だと思います。娘のアナフィラキシーショックをきっかけに研究テーマを大きく方向転換し、その後も研究を10年間続けてこられたおかげで、新たな指導者や共同研究者にも恵まれました。

研究成果を得ることにより将来の糖尿病診療のさらなる改善に貢献し、また研究でご指導をいただいた恩師達や研究に協力してくださった被験者の方々にも恩返ししたいのです。しかし、申し訳ないことに十分な結果を出せていないのが現状です。診療は既知のことを勉強して得た知識と経験と思考を組み合わせて行い、また治験はプロトコルにしたがって安全性と倫理性に注意して実施するのに対し、研究は未知なこと、教科書には書いてないことを新しく解明すること。新しいことがわかってワクワクする楽しみだけではなく、オリンピックで金メダルを目指すような競争の厳しいシビアな世界でもあるのです。「研究が好き」「新しいことがわかって楽しい」という自己満足で終わる研究ではなく、糖尿病患者さんのためになる研究成果を出さなければならない、と思いますが、今は家族を大切にしながらこの研究所を存続させ、ここで仕事を続けることに必死です。

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——治験部長という立場で医院の経営にも関わってらっしゃいます。病院の収益やマネジメントについては、どのようにお考えですか。

医院の経営は外来収入のほかに、治験による収入で支えられている部分も多いです。患者さんには無理なく治験に協力していただき、通常の診療や治験業務で収入源を確保し、スタッフが安心して働き続けられるように取り組んでいます。それが自分の仕事であり、立場上の責任であり、ここで育児しながらお仕事を続けさせてもらえることに対してできる恩返しだとも思っています。実際の業務の分担・調整などは、現場でしか解決できないこともありますし、私が口を出すことでかえってややこしくなってしまうこともありますから、相談に乗ったり、私でできることは協力しますが、スタッフが自主性をもって気持ちよく働ける環境をつくることを意識しています。あとは、苦境にあるときもできる限りポジティブな方向に向けて考え続けること。これは、私がかつて所長のポジティブな言葉に救われ退職せずにすんだ経験から意識していることです。どんと構えて「大丈夫だよ」と言ってくれる人がいるって、とても重要だと思うのです。

臨床医にしては拘束時間の短い働き方をしています。仲間やスタッフに助けてもらっているおかげ、と思いいつもとても感謝しています。当院では検査技師、栄養士、看護師、事務職員などそれぞれの部門に出産後も仕事を辞めずに復帰して頑張るママ職員が増えています。彼女たちも子育てしながら安心して働き続けられるように、自分自身も子育てをしながら診療と研究というとてもやりがいがあることを続けられるこの研究所附属医院の、この環境を維持するためにも、できるだけのことをやろうと思っています。そして糖尿病診療の発展への貢献になるような研究成果を出せたら、と願いながら頑張っています。

——人手不足によって当直の要望がでたとき、ご自身の収益実績を提示して当直の体制を変えられました。

当直の要請があったのは、3人の子育てと義父母の入退院などが重なってつらい時期でした。月に4~5回もの当直に入ったら、家庭のことがおろそかになります。夫に相談すると、「仕事が子どもの成長の妨げになってはいけない」と言われ、「自分のやっている仕事の収益を“見える化”して病院に働きかけてみたら」とアドバイスされました。

そこで治験と診療の収益実績を提示し、当直のパート医師を雇うことを事務局に提案しました。常勤医の当直のノルマは1カ月に2.5日に減らし、希望するならそれ以上やってもよいがノルマ日数を超過して行う場合、当直手当をパート医師と同額の、常勤医より高い当直手当を出してもらえるよう交渉しました。当直ができない後ろめたさを一人で悩んでばかりいずに、客観的に不公平感をなくす工夫をして問題点を提示していったのがよかったのだと思います。

現在は、2カ月で5回の当直に入っています。私が当直の日は家族には負担をかけていますが、家事で思考が中断されない当直は、研究を進めるためのまとまった貴重な時間になっています。家族の協力には大変感謝しています。

——糖尿病の診療と治験については、どのような仕事をされているのでしょう。

診療は患者さんの外来診療が主な仕事です。16年以上という長いお付き合いの患者さんもいらっしゃいます。10年以上ずっと血糖コントロールに苦戦していた方の血糖値や症状が何かのきっかけで改善すると、ほんとうに嬉しいですね。糖尿病診療を通じて、長いお付き合いをさせていただき、患者さんたちが年齢を重ねるにつれて価値観や考え方が少しずつ変化していく姿を拝見できるのも、糖尿病診療の醍醐味です。

治験業務では、担当する患者さんの中にプロトコルのエントリー基準に合う方がいらっしゃったら、治験のメリットとデメリットを説明し、治験参加へのご協力のお願いをします。お話しする主な内容は、投薬する薬で予想される効果と副作用、検査や薬にかかる費用負担軽減や血糖検査機の無料貸与などのメリット、データの収集のための検査や定期的な通院のお願いなどです。金銭的なメリットが目的というより私たちを信頼して、ボランティア精神で協力してくださる患者さんが多いため、無理なご負担をかけないように気をつけています。

診療は1コマ25~30人で、治験者はそのうちの1割くらい。通常診療の合間に治験に参加中の患者さんも診察します。私は治験患者のリクルートと書類作成を担当し、検査の準備やデータ入力などの多くの部分は治験部のスタッフが行っています。
10年くらい前の治験はというと、日本は世界の後追いをしていましたが、グローバル化が進み、最近は世界共通のプロトコルで一斉にスタートするグローバル臨床試験が増えているため、関連書類はほとんど英語になりました。グローバル試験が始まった当初は、日本の診療体制に合わないようなプロトコルでも欧米の考えが優先されて実施されることもありました。しかし、最近は日本で集められた治験データの質の良さが信頼されるようになったためか、日本人の患者さんの負担を少なくするようなプロトコル改訂の交渉ができることもあり、グローバル化の波に巻き込まれるだけでなく、日本の現場から主張をすればそれに応えてくれるようになってきています。

ドラッグラグを解消するための対応も進みつつあり、新薬の審査・承認も10年前よりはやくなってきています。製造承認が世界で最初に下りた国が日本、という糖尿病の薬も出てきていますし、薬剤が世に出る時間はこの10年で短縮されたように思います。治験のエントリー期間が短くなるなど施設側のスピードも求められますが、新しい薬が早く患者さんの手元に届くようになってきているのは喜ばしいことだと思います。
このような背景もあり、治験の効率化・分業化が進み、治験業務を治験施設支援機関(Site Management Organization)にアウトソースするクリニックも増えてきました。うちの施設のように院内スタッフCRC(Clinical Research Coordinator)が多数のプロトコル管理を並列で行う、というスタイルは少ないのかもしれません。とても優秀なスタッフのみなさんと各部署の効率的で密な連携のおかげだと思います。

 

子育てが、多様性を認める「寛容」をくれた

——「医業と母親業」の両立をなさってきて、医師として、人間として変わったと思えることはありますか。

人に対して寛容になったことでしょうか。まず、自分の思い通りには全くならない子どもたちと暮らしていると、自然に寛容になります(笑)。お互いの学歴も職業も全然知らないママ友との交流により、多様な価値観や家庭の事情も知ります。すると今まで自分の知らなかった世界がいろいろな方向へ広がりました。そのおかげもあってか、患者さんと接するときもその人の背景についての理解が深められるようになり、その結果、さまざまな人に対して寛容になってきたのではないかと感じています。
また、子どもをもつ親として小児科を、介護をする家族として高齢な義父母を連れて内科などを受診すると、病院側のサービスの提供を患者目線で見ることができます。子育てや介護などを通じてさまざまな場面に直面した経験は、医療のみならず、教育や生き方、死に方について考えさせられるきっかけになりました。

診療では、食事療法が守れない、予約時間が守れない患者さんに対して、「うまくいかない理由があるのですね」「忙しいなか、よくおいでになりました」という気持ちになります。年の功でしょうか。患者さんが困っている状況をどのように解決したらいいのか、患者さんと一緒に考えられるようになりました。若い頃の私にはできなかったし、子育てを経験しなかったら、年齢を重ねたからといって、今のようにできていたかどうかわかりません。

——子育てとの両立に悩む医師のサポートとして発足した「ママドクターの会」について教えてください。

ママドクターの会は、子育ての悩みやその解決策などを共有できる場を設けたいと思って2009年に会員13人でスタートしました。現在は120名の会員がいて、年に3回、ママドクターが聞きたいと思うようなテーマで講演会を企画しています。今回で25回目でしょうか。託児付きの講演会には毎回30~40名が参加してくださいます。
入会の条件は、母であり医師であること。先輩からアドバイスをいただき、子育てや仕事に対するスタンスが似ていればアドバイスしあっていますが、若いママドクターから活力をもらうことも多いですね。

会を通して実感するのは、女性が働きやすい職場をつくるには、組織づくりがカギになるということです。最先端の研究は熾烈な競争もあるので代理はきかないかもしれませんが、医療はサービス業ですから分担や代理がきく仕事です。患者さんの命や健康を預かる仕事であるため、「主治医の自分が治さなければ」と思いがちです。しかし、子どもが病気で看病に休みをもらわなければならないときなど、診療はほかの医師でも代理が務まることが多いです。代理がいないとすればそれは組織に問題があると思います。
これは決してママドクターの子育てゆえの穴埋めを他の医師がいつもするということではありません。理由が子育てであっても、デートであっても、趣味であっても、介護であっても、研究であっても、就業時間終了後や有給休暇の過ごし方が自由に選べる環境をみんなで考えて作っていくことで、誰にとっても働きやすく、患者さんにもいい医療を提供できる環境になると思うのです。

——最後に子どもをもちたいと思っている医師、子育てと仕事の両立に悩んでいる医師にメッセージをお願いします。

私が学生の頃は、子育てしながらフルタイムで働く女性医師の自分にとっての理想のモデルがいなくてお先真っ暗で不安でしたが、今はロールモデルがたくさんあります。それこそバリバリのキャリアをもつママドクターから、家庭生活も仕事も楽しみながら続ける私のような身近なロールモデルまで。たくさんの中から自分のなりたいロールモデルを探されるといいと思います。それでもロールモデルがいなければ、自分が新しいロールモデルになればいいのです。

子育てをされている方は、何かを中断したり、諦めなければならない潔さが必要になるときがあると思います。医師の替えはあるけれど、子育てをする家族の替えはありません。今は大変でも子どもが手を離れれば、第一線で働ける日がきっと来ます。私もその日がいつかくると信じて、ちょっと大変なこともありますが、今の生活を楽しんでいます。一緒にがんばりましょう。

(聞き手・よしもと よしこ/吉本意匠)

 

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大西 由希子(おおにし・ゆきこ)
朝日生命成人研究所治験部長(糖尿病代謝科)
東京大学医学部医学科を卒業後、同大学附属病院、日立製作所日立総合病院で内科研修をする。その後、東京大学医学系大学院に入学して在学中に結婚、卒業後に長男を出産する。現在は3児の母として子育てをしながら週5日のフルタイムで働いている。総合内科専門医、糖尿病専門医。研究領域は糖尿病疫学。
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