学生と市民をつなぐ「医親伝心」

~東北大学医学祭レポート【後編】~

宮城県仙台市に拠点を構える東北大学医学部。そこで、2016年10月9日から10日にかけて「東北大学医学祭」が開催されました。これは医学部で戦後から始まった伝統的な学園祭です。市民と医学生との交流を目的に、最近は3年に一度のペースで行われています。今年は、「市民にもっと医療に親しんでもらいたい」との思いを込めて、「医親伝心」がテーマに掲げられました。
長い歴史を持ち、「市民との交流」を主眼に置いた取り組みを行っている点において、他の医学祭とは一線を画しています。

今回エピロギ編集部は、医師の卵である医学生の素顔を覗くべく、医学祭の様子を取材しました。前編では医学祭の概要や医療に親しむことを目的とした企画をメインにご紹介しました。続く後編では、医療の世界にもう一歩踏み込んだ、実践的な企画を中心にご紹介します。
※記事内の写真は許可を頂いた上で撮影・掲載しています。

 

実践的な企画を通して医療への関心を深める

東北大学医学祭では、展示型の企画はもちろん体験型の企画にも力を入れています。医師や看護師の業務を体験してもらうことで、興味を引き知識を深めてもらう狙いもあるのです。ここでは、特に実践的な内容を盛り込んだ企画をご紹介します。東北大学医学祭独自の取り組みであるトリアージ企画や、某有名テレビ番組のパロディ「ドクターT」は必見です。

 

レポ07:研究者の仕事を体験、“研究者になってみよう!”

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一般的に「医師」というと臨床医をイメージしがちですが、企画「研究者になってみよう!」ではさまざまな基礎研究・実験を通して、「研究医」の魅力が紹介されました。細胞の観察や電気泳動の体験のほか、ビーズ遊びを通してDNA構造を学ぶこともできます。

また、こちらの企画では「病理医」の仕事を紹介する場面もありました。病理医の仕事は、検査などで採取された細胞から病理診断を行うこと。治療方針を決定するために欠かせない、縁の下の力持ち的な存在ですが、患者と顔を合わせる機会が少ないこともあり、一般の認知度は低いよう。参加者からは「そんなお医者さんもいるんですね」と驚きの声も聞かれました。

 

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こちらの企画でお会いした東北大学医学祭顧問の堀井明先生。分子病理学分野の教授を務めていらっしゃいます。

 

通常の実験は長い時間をかけて行われるものです。しかし、企画班は医学祭の時間が限られていることを考慮し、下準備の徹底や整理券の配布といった工夫を凝らしました。その結果、オペレーションがスムーズに進み、多くの人が実験を楽しむことができました。どの企画も大人気で、整理券は配布開始からおよそ30分で捌けてしまったそうです。

 

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「DNAストラップを作ってみよう」では、グアニン・アデニン・シトシン・チミンの二重らせん構造を、ビーズを用いて再現します。子どもや女性からの人気が高く、参加者の皆さんはストラップ作りを楽しんでいました。

 

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きれいなストラップが完成! 子どもたちもうれしそうです。

 

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「自分の細胞を見てみよう」では、頬の内側の細胞を採取・染色し、顕微鏡で観察します。普段目にすることのない細胞の姿に、子どもも大人も興味津々。参加者の皆さんは、手際よく染色を進める学生の手元を真剣な表情で見つめていました。

 

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「電気泳動をしてみよう」では、がん細胞と正常な細胞を比較しDNAの大きさを観察する実験を行います。
DNAサンプルやピペットを用いるなど他の実験より複雑な内容ですが、学生が手作りの資料を使って丁寧に説明してくれます。高性能の顕微鏡や本格的な装置を前に、参加者も目を輝かせて興奮気味。実験のプロセスを一通り体験し、科学にますます興味が湧いたという声も。ここから未来の研究者が誕生するかもしれませんね。

 

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電気泳動の実験中です。

 

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実験は成功したかな?

 

レポ08:これからの医療を考える“災害医療~トリアージを通して~”

地震、台風、洪水などの自然災害が相次ぐ日本では、災害医療への関心が高まっています。
東北大学病院では年に一度トリアージ訓練を行っており、そこに医学部4年生が傷病者役として出演するのが通例となっているそう。この企画はトリアージ訓練に着想を得て、考案されたものです。

 

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訓練では特殊メイクの一種「ムラージュ」によって、リアルな傷を作り出します。

 

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まずはトリアージの概要として、START法や二次トリアージの生理学的解剖学的評価などが説明されました。

 

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次は学生が患者役と救助隊役に分かれて、トリアージを実演します。「歩けるか?」「呼吸があるか?」など、START法に沿ってトリアージを進めます。

最後に、災害医療とは「診療するべき患者の集団に対して最良の医療を提供すること」であり、「トリアージは尊い犠牲の上に成り立っている事実を忘れてはいけない」と学生より提言がありました。

 

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今回、トリアージ企画を担当した医学祭実行委員の方々。未だ浸透していない制度というだけに、まず「トリアージを知ってもらうこと」に重点を置いたそうです。

 

トリアージ判定は、1人の医師に全ての判断が任されます。搬送の順番を決める責任が伴うので、場合によっては患者や家族からクレームを受けることもあるかもしれません。
また、いくら優先順位があるとはいえ、黒タグを付けることにためらいを感じる医師も少なくないでしょう。その他、「同じ色でも重症度が異なる」「災害時に治療の優先度を客観的に判断するのは困難である」といった問題点も指摘されています。場合によっては患者が「早く病院に行きたい」という思いから自らタグをちぎって優先順位を変えてしまい、トリアージの順番が守られないケースもあるそうです。
これらトリアージの問題点をどう考え、解決していくのか。現役の医師だけでなく、未来の医師である彼らにとっても重い課題となっています。

 

レポ09:いざというとき役に立つ“生活と救命救急”

「生活と救命救急」は万が一のときに役立つ救急医学を学んでもらうコーナーです。①心肺蘇生、②外傷対応、③熱中症対策、④家庭救急の4つのブースがあります。説明だけでなく体験を取り入れることで、危機管理意識を高める工夫がされています。
ちなみに、東北大学医学部オープンキャンパスでも同様の企画が行われます。オープンキャンパスの場合は心肺蘇生の体験が主になりますが、医学祭では外傷対応も学べるように領域を広げ、内容をぐっと充実させました。

 

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会場は、普段実習室として使われているフロアです。ERの設備をそのままに再現していて、本番さながらの実習ができます。一般市民ではなかなか見ることのできない、貴重な装置がずらりと並んでいます。

 

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「心肺蘇生」のコーナーでは、最初に学生が手順やポイントを説明し、処置の内容を理解してもらいます。次に心肺蘇生練習用の人形を用い、AEDの使用と心臓マッサージを体験。心臓マッサージのポイントは「強く、速く、たえまなく、圧迫解除も忘れずに」です。

 

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2000年代から学校やビルへの設置が増えたAED。2016年には過去9年間で約800人もの生命を救ったという研究結果も示されました。AEDを積極的に活用することで救命の確率はさらに上昇すると考えられています。そのためには、医療従事者だけでなく一般市民もAEDの使い方を学んでおくことが大切です。

 

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「家庭救急」のコーナーでは、ハイムリック法トレーニングマネキンを用いて、誤嚥の対処法を学びます。年末年始には餅による窒息事故が増えるので、万が一のときのために覚えておくと安心ですね。

 

レポ10:現役医師VS学生の戦い、“ドクターT”

今回のイベントで、「エピロギ」がもっとも注目していたのが「ドクターT」。NHKのテレビ番組「ドクターG」を模した企画です。医師が病名を伏せて患者の症状を説明し、学生は患者の再現映像や検査データをもとに病名を突き止めます。医師と学生による症例検討の流れを見ることで、医師が病名を確定するまでのフローを客観的に学ぶことができます。

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ちなみにこちらの企画、テレビ番組であれば臨床経験を積んだ研修医が回答者を務めるもの。それに学生が挑戦するというだけでも難易度の高さがうかがえますが、出題者との事前打ち合わせもほとんどなく、出たとこ勝負の企画となっています。どんな問題が出されるかわからないので、回答者は医学祭の準備の合間を縫って、前日の夜まで必死に勉強を重ねたそうです。

 

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回答者の皆さんは医学部5年生。臨床実習の経験はあるものの、現役医師との症例検討会ともなるとやはり緊張している様子です。

 

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まずは患者の様子を説明する動画が流れます。患者の主訴は気分の悪さと体のだるさ。数年前から高血圧症を患っており、内服治療中という設定です。わずかな情報を元に限られた時間の中で病名を突き止めなければなりません。

 

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問診結果を踏まえた上で、最初の所見は、「感染症」「脳梗塞」と答えが分かれました。しかし、患者に関する情報が少ないため3人とも自信はあまりない様子。

 

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神妙な顔で学生たちを見つめる医学教育推進センターの加賀谷豊先生。プレッシャーを感じます……。

 

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観客の皆さんも、そわそわと落ち着かない雰囲気。学生たちを静かに見守ります。

 

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問診結果に続いて、血液検査や腹部超音波検査、レントゲン検査などの検査結果が与えられました。これらの情報をヒントに病名を絞っていきます。「不安定性狭心症か?」「急性心筋炎の可能性も……」。資料が増えるにつれて、学生たちの表情も険しくなっていきます。
その空気ががらりと変わったのは、心電図の検査結果が示されたとき。患者の心電図には「完全左脚ブロック」という異常が見られたのです。どうやら、この心電図が問題を解く大きな鍵となりそうです。

 

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企画の一環とはいえ、数年後には医師として診察を行う立場になるので、学生の眼差しは真剣そのもの。

 

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その後、質疑応答を数回繰り返し、病名を決定します。司会者の「せーの」の掛け声とともに3人が出した答えは「急性心筋梗塞」。その答えに出題者の加賀谷先生が大きくうなずき、会場からは拍手が湧き起こりました。見事に正解を導き出したのです。

 

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3人の活躍ぶりに会場も大盛り上がり。

 

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企画が成功裏に終わり、安堵の表情の皆さん。お疲れ様でした!

 

まとめ

「医親伝心」のテーマのもと、盛況に終わった2016年の東北大学医学祭。どの企画も学生と市民の皆さんの笑顔にあふれ、和気あいあいとした雰囲気が印象的でした。

東北大学では、市民が研究者や大学の研究内容などに親しめるよう、さまざまなイベントを開催しています。さらに人材の育成や社会貢献活動として、学校訪問の受け入れや出前講義などを開催するほか、「科学者の卵養成講座」を開催し、高校生に向けて研究の難しさや楽しさを実際に体験してもらっています。この講座の受講生が、医学部に入学したケースもあるそうです。
また、東北大学医学部では、平成30年度からAOⅢ期に加えてAOⅡ期の試験を追加するなど、医師を目指す学生に門戸を広く開放します。

医師不足が叫ばれている現代では、医師となる人材をいかに育て、定着させていくかが課題となっています。こうした状況を医療関係者以外の方にも考えてもらうため、また、子どもたちの将来の選択肢に「医師」という職業を入れるためには、まず医療に興味を持ってもらうことが大切なのではないでしょうか。
医学生が市民に医療に親しんでもらうことを目指した、第23回東北大学医学祭。未来の人材を育成する意味でも、こうしたイベントは大きな役割を果たすに違いありません。人々と医療をつなぐ取り組みが、今後ますます増えていくことを願います。

(文・エピロギ編集部/協力・東北大学大学院医学系研究科)

 

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