新専門医制度でどうなる? これからの医師のキャリア

第1回 髙久史麿・日本医学会会長に聞く 「総合診療医」のキャリアと新専門医制度

髙久 史麿 氏(日本医学会会長)

2018年4月のスタートが予定されている新専門医制度。「医療はどのように変化していくのか」「医師のキャリアへの影響は」など、疑問は尽きません。そこで、『エピロギ』では「これからの医療に求められる医師」というテーマで、多様な意見を紹介する連載をスタートします。

第1回目となる今回、お話を伺うのは、日本の医学会を取りまとめる日本医学会会長の髙久史麿(たかく ふみまろ)氏。厚生労働省の『専門医の在り方に関する検討会』座長時代には総合診療医を基本領域に位置づけるよう会として報告し、また自治医科大学の創立に携わり、同大学の学長を務めるなど、総合診療医の育成に力を注いでいます。

髙久氏が語る、これからの総合診療医に求められる能力、そして日本の総合診療の進むべき道とは――。

総合診療医を巡る問題は「絶対数の不足と適正配置」

——現状の総合診療領域の問題点はどこにありますか?

高齢者人口の増加、地域の医師不足が叫ばれる中で、地域包括ケアを担うはずの総合診療医の絶対的な不足があります。

例えば、日本プライマリ・ケア連合学会は、2025年までに総合医群(※)を10万人にすることを目標にしています。「総合診療医は医師全体の30%くらい必要」と言われることもある。しかし、同学会の認定医数・専門医の現在の数は、まだ1,000人を超える程度です。
(※)家庭医療科・総合診療科・総合内科・小児科・老年科・在宅医療科を合わせた概念

また、これだけ医療費の増加が財政に与える影響が懸念されているのに、医療資源が適正配置されていないというのも問題でしょう。

過去にあるシンポジウムで、イギリスのGP(General Practitioner)、アメリカのfamily doctorについて説明しました。私はこれらの国のように、いわゆる「かかりつけ医」の概念が実態としてもっと普及するべきだと思っています。そう発言したら、「日本では近所の医者の腕が良いか悪いかわからない」「だから始めから大きい病院にかかる」と反論されたんですね。その結果、「目にゴミが入ったから大学病院に行く」なんてことが起こっていると、医療現場からも聞いています。

——2018年にスタートする新専門医制度の基本領域に総合診療医が位置づけられたことで、問題の解消に一歩前進したと言えるのでしょうか。

総合診療医は(専門医の在り方に関する)検討会の焦点の1つでした。基本領域に位置づけられたことは、もっとも画期的であり、最大の成果だったと思っています。

これまで「総合診療医としてキャリアを積む」という道は整っていませんでした。育成機関もなく、キャリアパスを担保する制度もない。そこで、新専門医制度の基本領域に総合診療を入れることで、その道を作ろうとしたわけです。

しかし、ここからは運用が重要です。総合診療医の不足のすべてをこの制度で賄えるかと聞かれれば、それはわかりません。新専門医制度において、総合診療医の教育プログラムは、日本専門医機構が作成・実施することが発表されています。よく話し合われ、いい形に落ち着いてほしいと思います。

総合診療医が専門医に位置づけられたことで、患者さんも安心して近所の医院にかかることができるようになるかもしれません。近くの医院でまず診てもらって、必要であれば適切な医療機関を紹介してもらう。また、複数の病気や不調のある高齢者が大きな病院で診療を受ける場合も、まずは総合診療科にかかる。その上で、必要があれば各科につなぐという振り分け機能を、総合診療医が主に担えば、あちこちの科を受診して回る必要がなくなり、総合診療科に医療資源を集約できる。これは医療資源の適正配置にも近づきます。

その意味では、すでに開業したり地域の小さな病院で勤務を続けていたりする医師も、総合病院で働く総合診療科の医師も、総合診療医の専門医をあらためて取得しやすくなるような措置が望ましいでしょう。

 

定義よりもその「役割」に目を向けるべき

——今後、総合診療医に求められるのは、どのような能力ですか?

これからの地域包括ケアの中核を担うのは総合診療医でしょう。そこで必要になるのは、「診療」だけではありません。学校保健や健康教育なども、地域においては医師の仕事になるはずです。だから、本当は「総合診療医」ではなく、「総合医」が適切なのかもしれません。

これは検討会でも議論になりましたが、「総合医」というのは(日本)医師会の言う「かかりつけ医」を連想させるため、あくまでも学問体系の裏付けのための専門医として「総合診療医」になりました。このような背景がありますが、医師会の「かかりつけ医」は、総合診療医の「役割」にはとても近いです。その定義を引用すると、次のようになります。

日頃から患者や家族のあらゆる健康・医療上の相談にのり、医療に関する適切かつ分かりやすい情報を提供し健康に関する指導をしなければならない。そのうえ、必要なときには専門医、専門医療機関を紹介できるようにし、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師であるよう努めなければならない。
引用:『医師の職業倫理指針[第3版]』(公益社団法人 日本医師会)

総合診療医は、他職種とも連携し、患者さんの家族との関係も築かなければいけない。だから、学問的な定義だけでなく、実際に果たすべき役割についても認識を深める必要があると思います。

 

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地域でも工夫次第でスペシャリティは確保できる

——現役医師からは、基本領域として総合診療医を選択したときに、地域の病院でも十分な教育が受けられるのか、その後のサブスペシャリティの選択に不利にならないのか、といった不安の声もあります。

私は自治医科大学の創立に携わり、教務委員として長らく教育プログラムの作成をしていました。地域医療を専門にする医師の育成機関は国内では初めての取り組みですし、海外にそのまま参考になる事例もなかったので、何もかも手探りでした。しかし、上級生が下級生を教える屋根瓦方式を考案し、臨床実習の期間をできるだけ長く取ったりするなどした結果、自治医科大学の学生の臨床レベルは非常に高くなりました。

総合診療医のスキルというのは現場で学ぶしかないものだと思いますし、このように工夫次第でどうにでもなります。国内にも、地域で世界トップレベルの研究をした久山町の事例がありますよね。地域にいてもスペシャリティを身につけることはできます。

また、総合診療医のプログラムの後で、別のサブスペシャリティを選択することも十分に可能でしょう。例えば、高齢者の多い地域で診療をしていて、骨折が多いから、サブスペシャリティとしては整形外科を選択する、とか。将来を不安に思う気持ちももちろん理解できますし、制度を運用する側の責任は極めて重いといえますが、医師については、もっと楽観視してもいいのではないかと思います。われわれには定年がありません。40年選手、50年選手だっている。先はまだまだ長いのです。

——最後に、読者の医師へのメッセージをお願いします。

医師にとって一番大事なのは、患者さんに信頼されることです。もちろん、腕の良さという視点もあるし、外科などはその優先順位が上がる診療領域でしょう。一方、総合診療医というのは、ある意味では医師という職業の原点に一番近い在り方とも言えます。

患者さんと、そしてその周囲の医療スタッフ、患者さんのご家族との信頼関係を築きながら、医師の本分を全うする。そんな仕事に興味がある方は、ぜひ総合診療医の専門医を取られてはいかがでしょう。これからの時代に必要性が増すことは、まず間違いないと思いますよ。

(聞き手・文=朽木誠一郎[ノオト] )

 

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※関連記事の肩書きは取材当時のものになります

 

髙久 史麿(たかく・ふみまろ)
日本医学会会長。1954年に東京大学医学部卒業後、シカゴ大学留学などを経て、自治医科大学の設立に尽力。同大学内科教授に就任する。1982年に東京大学医学部第三内科教授に就任し、1971年には論文『血色素合成の調節、その病態生理学的意義』でベルツ賞第1位を受賞。1994年に紫綬褒章、2012年には瑞宝大綬章受賞。
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