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第1回 四診と薬草の調合ができる医師募集(日本・江戸時代)

募集要項
・勤務時代:17世紀前半(江戸時代)
・勤務地域:日本・江戸
・勤務内容:在宅診療、薬剤の調合

仕事内容詳細
往診先での四診による患者の診察。すなわち望診(目で診る)、聞診(音や臭いで診る)、問診(症状を質問する)、切診(触診する)。
診察後には自ら調合した内服薬を患者に処方し治療にあたること。

医師は薬剤師も兼ねていた!?

江戸時代には、西洋医学を主体とした現在とは異なり、東洋医学(漢方)による施療が行われていました。当時は病院にあたる施設はほとんどなく、町医者は自宅療養している病人を往診するスタイルが一般的でした。現在でいう訪問診療が医業の中心だったわけです。自動車はおろか自転車すらない時代のこと、フットワークも医師の能力の一つだったといえそうです。

当時の診察は、四診という方法で行われていました。

四診(ししん)

・望診:視覚による診察。
顔色、皮膚の色から体調を判断しました。舌の色を見る「舌診」も望診に含まれます。
・聞診:聴覚による診察。
声の大きさや臭いをもとに診察を行いました。
・問診:患者への質問による診察。
現在の問診と同様に病歴、既住歴を尋ねたほか、患者の体質傾向(暑がり・寒がり等)も聞き出していました。
・切診:触覚を用いた診察。
触診にあたります。脈に触れる「脈診」と腹部に触れる「腹診」があり、四診の中でも特に重要視されていました。

精密な検査機器はおろか聴診器すらなかった時代のこと、医師は自分の五感をフル活用して患者と向き合い、診断を下していたわけです。

診察後は、主に内服薬(漢方薬)を調合し処方することで治療にあたりました。医師は現代でいう薬剤師の役割も担っていたわけです。そのため、医師は「薬師(くすし)」とも呼ばれていました。医師は日頃から自宅で薬剤を粉末状にして常備しており、往診時には薬箱を持ち歩いて、診察後に薬を調合して渡していました。

なお、漢方による治療を行う内科医が「本道」と呼ばれていたのに対して、主に蘭方医からなる外科医(およびその他の医師)は「外療」と呼ばれていました。

 

「仁術」ではなかった医術

江戸時代の医者というと、山本周五郎の『赤ひげ診療譚』(あるいは黒澤明監督の映画『赤ひげ』)から、「医は仁術」のイメージを持っている方が多いかもしれません。
ただ実際のところ、少なくとも町医者の医術は「無償で仁徳を施す」ようなものではなかったようです。

町医者の診療への報酬は、治療に用いた薬の代金という意味で「薬礼(やくれい)」または「薬代(くすりだい)」と呼ばれていました。これは当時の金額としてはかなり高額だったため、一般の町人は医者にかからず市販の売薬で済ましてしまうことも多かったそうです。

薬は治療の肝であり、医師としての評価に関わる重要なもの。そのため薬の製法は門外不出の秘伝としている医師も多かったといいます。

 

「国内留学」が医師のステータス

江戸時代の医師は大きく二つに分けられます。一つは公儀(幕府や藩)に仕えた「医官」、もう一つは市井で訪問診療にあたる「町医者」です。
医官が幕府や藩から禄高・縁高といった給与をもらっていたのに対して、町医者は身分や収入の保障がなく、そのため自助努力で生計を立てていかなければなりませんでした。これは現在でいう勤務医と開業医の関係に近いかもしれません。

当時は士農工商の身分制度がありましたが、医師には身分を問わず誰でもなることができました。また、医師免許が不要だったため、望めばその日のうちからでも医師を名乗ることができました。ただし、腕がなければやぶ医者と見なされ、開業医の競争に敗れ去ってしまいます。

そこで多くの者はまず、近くの町や村の医師に弟子入りして、医学の初歩を学びました。ある程度の知識を身につけたら、近隣の都市部の医学塾でさらに研鑽を積みました。さらに高度なことを学びたい場合には、三都(江戸・京都・大阪)や長崎など、医学の先進地へ遊学、すなわち国内留学することもありました。

博士号や専門医資格がない当時は、「どこで医術を学んだか」は医師にとって重要なステータスでした。そのため多くの医師志望者が高額な費用を費やして遊学に赴き、先進医療を学びました。
ただ、遊学が医師のライフコースとして常道化すると、志が伴わないまま臨むものも出てきました。江戸時代中期~後期の有名な医師である大槻玄沢は「京学(≒遊学)という名聞で上方見物をして帰国する者が多く、中には放縦な生活をして国元に迷惑をかける者もいる」と嘆いています。
志の低いところに学問が成り立たないのは、今も昔も変わらないようです。

(文・エピロギ編集部)

 

<参考>

猪飼周平『病院の世紀の理論』(有斐閣、2010)
エディキューブ編『彩色 江戸の暮らし辞典』(双葉社、2013)
海原亮『江戸時代の医師修行 学問・学統・遊学』(吉川弘文館、2014)
福永肇『日本病院史』(ピラールプレス、2014)

山下耕司「自由開業医制の再検討:その歴史的使命の転換と主体的変革」(閲覧日:2015年4月28日)
https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/39627/1/ShagakukenRonshu_20_Yamashita.pdf
学研科学創造研究所「お江戸の科学」(閲覧日:2015年4月28日)
http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo.html
内藤記念くすり博物館「もうひとつの学芸委員室」(閲覧日:2015年4月28日)
http://www.eisai.co.jp/museum/curator/yamazaru/index.html

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