医師としての存在価値を肯定できる場所から

~「リアル」を求めた海外ボランティアで“医療に対する謙虚さ”を学ぶ~

石田健太郎氏(産婦人科医)

石田健太郎(いしだ・けんたろう)
東京生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。
初期研修修了後、ジャパンハートでの長期ボランティアを2年間経験したことから、将来は途上国でのボランティア医療に関わり続けることを決意する。日本での産婦人科専門研修修了後、2015年よりジャパンハートに再所属。現在はミャンマー、ラオス、カンボジアでの臨床医療を中心にボランティア活動中。
産科婦人科専門医、Diploma of Tropical Medicine & Hygiene、ECFMG certification取得

■国際医療ボランティア団体ジャパンハート
http://www.japanheart.org/

 

2009年4月。数日前まで都内の大学病院で初期研修をしていた自分は、その修了とともに満開の桜を堪能することもなくヤンゴンに到着しました。薬品と医療物資でパンパンに膨らんだ大きなボストンバッグを抱え、暑期の東南アジアはまだ涼しかった日本とは違い、痛いほどの日差しが照りつけていたのを覚えています。
その日から始まった国際医療ボランティア団体「ジャパンハート」での2年間、まだ知識も技術も無い医師だった自分は、東南アジアでの医療ボランティア、小児がんと闘う子どもたちのサポート、そして東日本大震災の緊急救援と、めまぐるしく動く日々に没頭していったのです。

 

途上国の医療の「リアル」を求めて

そもそもの始まりはひとつの新聞記事でした。自分の大学の先輩が国際医療ボランティアをしていることを知り、漠然と抱いていた医師という職業の典型的なキャリアパス以外に、そういう生き方もあるのだと知りました。

当時、父親が冗談半分で「将来は世界の恵まれない人に医療をしたらどうだ?」と言っていましたが、結果的には自分の中でその想いがどんどん強くなり、気がつけばジャパンハートへの参加を決めていました。家族も含めた周りの人に報告したのは、すべて整えてからのことでした。
多くの人から痛烈な批判もいただきましたが、どういうわけだか一切耳に入ってきませんでした。

ちょうど、日本人ジャーナリストがヤンゴンで射殺されたというニュースが耳に新しい時期でした。“軍事政権”という情報以外は、場所も文化もほとんど分からない国に行くと言い出した息子を両親はひどく心配していました。しかし、自分の中では“発展途上国で医療を行う”ということがどういうことなのか、リアルな現場を知りたいという欲求が何よりも強かったのです。

 

弱さを実感する環境で学ぶこと

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ジャパンハートの支援対象地域は、昔も今も東南アジアの田舎にある設備の乏しい病院です。十分な体制が整っていないにもかかわらず、毎日大勢の患者さんが国中から治療を求めて集まってきます。

来院された患者さんのなかには、複数の医療施設で治療を断られた方も多く、家財道具を売り払って交通費を捻出し、数日間かけて我々のもとへやってくる方もたくさんいらっしゃいます。日本では見たこともないような病気や大きな腫瘍もたくさん見ました。
診療は手術も含めて朝から朝まで続くことも多かったですが、自分の病気に真剣な患者さんと日々向き合うことは、若かった自分にとって“医療に従事するためにあるべき姿勢”というものを学ぶ良い機会となりました。

日々の臨床業務に没入していく中で多くの大切なことを学びましたが、そのひとつが“医療に対する謙虚さ”だと思います。

日本の臨床現場には実に多くのモノがあります。専門的な道具が欲しければすぐ出てきますし、そもそも高度で複雑な医療を行える環境がそろっています。日本は医療大国と呼ばれるほど誰でも先進医療が受けられる国になりましたが、発展途上国では日本では当たり前の医療資源は当然望めません。

しかし、そういう場所に立ってみると、自分も含め、医師は周囲にある近代的な装備や装備、仲間たちに頼っていたということが改めて分かりました。何もない場所に来てやっと、自分の非力さを思い知らされたのです。
それは研修医上がりだったから、ということだけでなく、9年目の医師となった今も変わることはありません。自分の弱さを実感させられ続ける環境は、どのような症状を持つ患者さんに対しても緊張感をもって接する態度や、あらゆる分野の医療を学ぼうとする意欲を、忘れずにいさせてくれます。

 

医師としての存在価値を見出せる

こうやって途上国でのボランティア医療を行っていると、まるで私が高尚な人間のように接してくださる方もいらっしゃいます。そうした方々は「収入も無く滅私奉公をして素晴らしい」と言ってくださいますが、それは実は間違いです。というのも、我々としては別に自分の幸せを削ってやっているようなことではないからです。

途上国での医療は日本以上に多くの患者さんとの出会いがあります。疾患も多岐にわたるため、診断や加療に苦慮することも多いですが、それでも一人ひとりの悩みを解決できた時の喜びは決して日本での医療に劣りません。一つひとつの出会いがすべて医療者としての自分の存在価値を肯定し、人生に価値を与えてくれると気づいたのです。

日本ではたくさんの医療施設があり、医師不足と言われる昨今でも、途上国と比べると専門性を持った多くの医療者がいます。自分の施設で手に負えない時は、さらに高次医療施設へ相談することもできます。
しかし、途上国ではまだまだ物理的、経済的理由などから医療へのアクセスすら確立していない地域も多くあります。我々のもとへ訪れる患者さんは、ここでできなければもう治療は望めないという方が多くいるため、その分こちらの責任も重くなります。それ故、患者さんが元気になって帰ることができるということが、我々医療者にとってより大きな喜びと感動になるのだと思います。

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私は2年間の活動を終えた後、一度帰国し産婦人科の専門研修を修了しました。そして2015年4月より、今度は終わりを決めずにジャパンハートのスタッフとして東南アジアに帰ってきました。
今、私が医師としてこの土地に立っているのは、自分の人生の価値を高めていくためであり、すべては自らの幸せのためです。そしてそれは、日本での安定した生活を放棄してでも得るべき価値があることだと私は考えています。

ジャパンハートでは現在、カンボジアのウドンという田舎の街に、カンボジア政府からの要請で病院を建設しています。我々はこの施設を、いずれアジアの人材交流と教育の交差点となるよう、またここでの出会いすべてが互恵的な関係に発展していくように願いを込めて「Asia Alliance Medical Center」と名付けました。
順調にいけば来年4月に竣工、5月に開業の予定ですが、将来的にはさらに2段階かけて徐々に拡張していきます。この病院では、従来通りの外科手術による医療提供以外にも、これまでジャパンハートで手掛けていなかった周産期医療を新しく提供していきたいと考えています。

カンボジアは、先進国と比べれば周産期の悲しい症例がまだまだ多い国です。ですが、我々が関わることで一人でも多くの命が祝福の中で無事に産まれ、将来この国や世界全体をさらに発展させていく力となるようお手伝いできればと思います。そして、いつかジャパンハートの活動が日本とアジア全域の人達の絆を深めていけることを夢見ています。

 

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