弁護士が教える医師のためのトラブル回避術

第3回 医師の残業代[その1]~残業代って請求できるの?~

 医師の方々は日々の業務が忙しく、他の業種に比べて給与が高額となる方も多いでしょうから、残業代を請求するという発想自体があまりないかもしれません。
 また、医師は、患者の病気の治療・手術など業務上、労働時間がきっちりと決めにくい内容の業務に従事することもあり、何をもって労働時間、残業時間と考えるのかもいまいちピンと来ないこともあると思いますが、多忙の中激務をこなす医師の方々にも、ご自身の労働時間について少し関心を持っていただく意味を込めて、今回は労働時間で一番問題となる残業について説明してみたいと思います。

1. 医師も残業代を請求できるの?

⑴ 残業代って?

 そもそも残業代という言葉は法律用語ではありませんが、一般に、
①法定労働時間外の労働時間に対する割増賃金
②深夜労働時間に対する割増賃金
③法定休日労働に対する割増賃金
の3つを含んだ使われ方をしていると思います。
 ①は原則として実労働時間が一日8時間を超えた分、また一週40時間を超えた分につき発生し、②は午後10時から翌午前5時までの間の実労働時間に発生し、③は原則として一週のうち少なくとも1日の休日を与えなければならないところ、その1日についても勤務した場合の実労働時間(7日間連続で勤務など)に発生します。

⑵ 医師も「労働者」であって残業代が発生する

 残業代は、前提として給与を受ける者が「労働者」(労働基準法第9条)に該当することが発生の条件であり、労働者とは「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」をいうと規定されています。
 そして、「使用」とは、使用者の指揮命令の下におかれることをいうとされており、その時間が労働時間とされています。
 つまり、医師であっても、医療法人等の使用者の指揮命令の下で勤務している限り、原則として「労働者」であって、その勤務時間は労働時間に当たることになりますので、残業代が発生しますし、その支払いがなければ請求できるのです。
 ただし、当然、何でもかんでも労働時間だとして残業代を請求できるわけではありません。
 ではどのような場合に残業代が請求できるのか、少し具体的に説明していきます。なお、残業代請求は、各事件の事実関係、証拠関係によって結論も変わってくるため、下記内容がそのまま通用するというわけではありませんので、その点はご容赦ください。

 

2. 今もらっている給与以上に残業代がもらえるの?

⑴ 労働契約(雇用契約)内容の確認を!

 残業代請求にとって重要な要素の一つとして、まずはそもそも契約内容がどうであったのかという点があります。
 医師の労働契約では、基本給のほかに様々な手当てが支給されていると思います。この諸手当がどのような意味を有しているのかどうかは通常労働契約書には記載しておらず、おそらく就業規則(名称は様々ですが、賃金や残業代に関する記載がある院内規則があるはずです。)に記載されているのではないかと思います。
 そこで、ご自身の労働契約内容を確認する場合は、労働契約書などの労働条件が記載されている書類とともに就業規則を確認しておきましょう。
 また、労働契約締結時に病院側から給与についてどのような説明があったかも重要になってきますので、その点も含めて確認してください。

⑵ 給与の内容(内訳)がどうなっているか

 給与の内容(内訳)を確認することが大切な理由は大きく二つあります。
 一つ目は、残業代の既払い分があるのかどうかを確認する点です。
 就業規則等により、支払っている給与(通常は諸手当)について一部時間外割増賃金等を含む扱いをしていることがほとんどです。たとえば、就業規則等には、「~手当の支給者には時間外割増賃金を支給しない」、「~手当は時間外割増賃金として支給する」というような記載があると思います。このような場合は、裁判となったとき、残業代の既払いであると認められるかが大きく争われることになります。
 なお、労働契約書や就業規則等に給与の内訳や取扱いの記載もなく、また単に一つの金額しか記載がなく、支払いの別もないような場合には、仮に病院側が残業代分は含まれていると主張しても、基本的には残業代の既払いと裁判所に認めてもらうことはできないでしょうから、残業代請求可能と思われます。
 二つ目は、残業代を計算する根拠となる基礎賃金がいくらになるのかを確認する点です。医師の場合は給与自体高額な場合が多く、この基礎賃金は相当に重要な要素となると思います。法律上除外される賃金*以外は、全て基礎賃金に加えて計算され、時給単価を算出します。

*:家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、一定の住宅手当、臨時に支払われた賃金、1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)

 また、諸手当が残業代の既払いとすると、その諸手当は残業代を計算する基礎賃金とすることはできませんので、その諸手当を除外することになります。もっとも、諸手当に残業代を含む支給方法については、最高裁の考え方を前提にすると、そう簡単に認められるものではなく、残業代の既払いではないとされることが多いと思います。

⑶ 給与の内容(内訳)や残業時間の取り扱いの定めが不十分であれば残業代請求ができる可能性大!

 上記の通り、労働契約内容をよく確認していただき、給与の内容や残業時間の取り扱いが不十分な定めとなっていれば、給与とは別に残業代を請求できる可能性は十分にあるでしょう。
 他方、病院側も当然残業代請求に対する対策は講じているはずであり、労働契約書や就業規則等の内容がきっちりしている場合もあります。そのような場合は、賃金の一部(諸手当など)が残業代として支給されていたものであり、請求金額から差し引くという扱いを受ける可能性があります。また、諸手当などで固定の残業代を支払っているときには、先ほど申し上げた通り最高裁の考え方で簡単には基礎賃金から除外されないのですが、諸手当の内訳として何時間分の残業に対する賃金であり、諸手当のうちいくらが残業代分で、残業代の計算根拠も明確であるというようなときは、基礎賃金からも除外される可能性もあります。
このように2段階(既払分の有無、基礎賃金の額)で判断が分かれる事例も実際にあります(横浜地判平成27年4月23日、同控訴審判決平成27年10月7日ほか)。なお、引用した裁判例は、解雇された勤務医が解雇の無効とともに解雇期間中の賃金、残業代、慰謝料などを請求した事案で、最終的に残業代の一部が認められた事件です。詳細は次回以降に紹介いたします。
 これら残業代請求の可否については、病院側の規則等の定め方次第では結論が大きく変わることもありますので、気になる方は一度弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。

3. 労働時間に関する証拠が極めて重要!

  残業代を請求する場合、労働契約内容と同じくらい重要なのは残業時間を証明する証拠の有無です。なぜなら労働時間は労働者側が立証すべき責任を負っているからです。
 おそらく多くの病院では少なくともタイムカードで医師を含めた従業員の労働時間を管理しているのではないかと思いますので、そのタイムカードが重要な証拠となってきます。また、最近では静脈認証システムを利用している大きな病院もあるようです(前記裁判例の事案。)。このような客観的資料があればこれを証拠として残業時間を計算してくことになるかと思います。もっとも、何かしらタイムカード等の信用性を失わせる事情(例えば他人に代わりに打刻してもらうことがあったなど)があれば、それだけでは証拠にならないということもあり得ます。
 もし、ご自身の病院ではタイムカードなどの客観的資料がないというような場合でも残業代請求の可能性がないというわけではありません。例えば、出退勤時にパソコンのログイン・ログアウトを行っている、セキュリティーキーなどを使用する入り口から出入りしているなどの何かしら出退勤時刻を証明できるものがあれば残業代請求を行うことができる場合もあります。
 もっとも、やはり証拠としては弱い面もあり、例えば前記裁判例の事案では、パソコンのログイン・ログアウトの時間について、他の医師も同じパソコンを使用することができ、また医師がログインした後にログアウトしなかった場合、別の医師がログインした状態を利用して使用可能などの事情があったため、パソコンのログイン等の時間を労働時間の根拠とはできないと判断しています。
 残業代請求が頭によぎった方は、契約内容の確認以前に、ご自身の病院で労働時間がどのように管理されているかを確認したほうが良いかもしれません。証拠がない場合は契約内容がどうであれ、残業代請求は困難だからです。

 

4. 最後に

 長々と記載してしまいましたが、少しでもご自身の労働時間に興味をお持ちいただけたでしょうか?
 労働時間は人生の多くの部分を占め、非常に重要な時間です。それを不当に扱われてしまうことがないよう自分で身を守っていく必要があると思います。
 また、労働時間を見つめなおすことで、業務の効率化を図ったり、さらには時間の融通が利く他の病院へと転職してキャリアアップを図ったりするいい機会になるかもしれません。
 今回のテーマは残業代請求でしたが、今回のお話が、毎日多忙を極める医師の方々にとって、労働時間を見つめ直し、ひいては人生の時間の使い方を考えるいい機会となっていれば幸いです。
 次回も、引き続き残業代申請について取り上げます。実際に残業代を申請することになった場合、どのような手続きが必要か。3つの手続き方法をご紹介します。

 

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中澤佑一(なかざわ・ゆういち)

弁護士 / 弁護士法人戸田総合法律事務所代表。東京学芸大学環境教育課程文化財科学専攻を卒業後、上智大学大学院法学研究科法曹養成専攻を修了。2011年に戸田総合法律事務所設立する。専門はインターネット・ITに関する法律問題。

著書に 『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル』(中央経済社)ほか。

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