『ママドクターからの幸せカルテ 子育ても育児も楽しむために』翻訳への想い

育児に奮闘する“すべてのママドクター”に捧げる一冊【後編】

子だけでなく親であるあなた自身にも心を配るきっかけを

吉田 穂波 氏(産婦人科医/神奈川県保健福祉局保健医療部健康増進課 技幹/神奈川県立保健福祉大学 保健福祉学部 准教授)

医師としての腕を磨き、キャリアを積み、患者さんや同僚からも好かれ、頼られる医師になりたい――そんな志の高い医師、特に働き盛りの医師にとって大切な課題が、家族の健康、中でも子どもの健康管理です。
愛しいからこそ、心をかき乱される存在。そんな子どもの健康管理や、子どもとの向き合い方、子どもの身体面だけでなく情緒面や精神面の育て方について、エビデンスをもとにまとめられた『ママドクターからの幸せカルテ 子育ても育児も楽しむために』の94項目は、きっとあなたの目を開かせ、心を楽にさせてくれることでしょう。

※「育児に奮闘する“すべてのママドクター”に捧げる一冊【前編】」もぜひお読みください。

 

これほど「親の生き方」にフォーカスした子育て本はない

子どもの健康や病気、子育てに関する正しい知識とエビデンスを広めたいと思っていた私ですが、子育て世代やそれを支える方々が、子育てのベストプラクティスを知るだけで、つまり、知識を得るだけで、子育てが楽になるものでしょうか? 私はそうは思いません。

正確な知識に加え、知り合いが出来て、「いいね!」し合って、愚痴を話し合って、「私だけじゃないんだな」「ここにも同じように悩み模索する仲間がいるんだな」と思えれば、もっと心に余裕が出来、幸せを感じることが出来ます。
また、「おむつかぶれには、この軟膏がいいらしいよ」「保育園に入ったばかりの頃は熱を出してばかりで、せっかく復職したのにめげそうだったけれど、『これでどんどん強くなるのよ』って保育士さんに言われて乗り切ったよ」という、仲間がつぶやく日常の何ということはない小さな言葉が、一歩一歩、毎日、前に進む勇気をくれることもあるのです。

今まで、公衆衛生学が得意としてきた健康増進のためのエビデンスですが、健康状態を向上させるために、私たちは何万とある調査研究結果を役立ててきたでしょうか。タバコは寿命を縮める、スナック菓子は栄養的に偏っている、朝食を抜くと一日の活動に必要なカロリーや糖分を取れない……。正論を伝えても、万人の行動が変わるとは思えません。毎日の食生活や運動、睡眠、社会的行動の積み重ねが生活習慣病予防に繋がるのだとわかってはいても、「わかってはいるけれど……(時間がない、続かない、必要性を感じない)」で止まってしまいます。本当に病気になれば、良い治療法を求めてエビデンスを探しますが、その一歩手前の「未病」の段階では健康でいつづけるためのエビデンスを見ようともしないのです。

この本の大きなチャレンジは、エビデンスをどのように日常生活や健康の中に潜り込ませ、活用するかというところにあります。著者のウェンディ・スー・スワンソン先生が予防接種ばかりでなく、自転車に乗る時のヘルメットやチャイルドシート、親のメンタルヘルスにも心を配るのは、ご自身が現在進行形で子育てをしているからです。私は、実体験に基づく着眼点と、それぞれのテーマや提案について根拠を示しているところに大きな信頼感を抱きました。

また、子どもの本で、これだけ「親の生き方」についてページを割いた本はありません。本当は、親の心の持ち方や親の健康状態が子どもの健康にとって最も大きな影響をもたらすはずなのに、これまで、私も含め多くの親たちは、子どもの健康を扱う場面ではつい子どものことばかりに集中してしまって、自分の疲れ、辛さ、悩み、周囲や仕事との葛藤について目を配ってきませんでした。

でも、私たちは、自分の気持ちや体調不良について、もっと語っていいのです。もっと悩みを見つめ、対処法を探し、色んな方法を試していいのです。もっと親の心身両面の健康について話題にしてもいいのです。

さらに、私が東日本大震災の被災地支援に関わるようになってからずっと取り組んでいる、子育て家族のための防災の備えについて詳しく書かれているところにも、感謝しています。

 

親としての視野を大きく広げてくれた94の項目

全4部、94項から構成された同書は、育児に悩み不安を抱く私たちに、多くの安心感と気づきを与えてくれます。ここでは、各部の内容を少しだけご紹介いたします。
※94項目の目次はこちらからご覧いただけます。

■第1部「日常の中の予防策」

新生児の大泉門や、乳酸菌やミルクの配合、コリックやパープル・クライング期といった、初めて新生児を育てる親なら誰でも戸惑うようなテーマから、成長曲線の読み方、日焼け止めの使い方、テレビやビデオゲームとのつきあい方、胃腸炎やシラミも含めた感染症、子どものCT検査、自転車に乗るときの注意点やチャイルドシートなど、小児科医としての視点だけでなく、毎日子どもを育てている母親ならではの、子どもたちの安全と安心を守る徹底した姿勢がうかがわれます。
話題となっている乳児突然死症候群(SIDS)のリスク、自閉症スペクトラム障害についても取り上げられており、予防法や対応法を知って心強く思う親御さんも多いことでしょう。

■第2部「社会的・情緒的サポート」

今までにない親の内面に光を当てた内容です。子どもの不安に向き合ったり、子どもが自分を責めるような心の声をコントロールしたり、怒りやさみしさを認めたり、という成長・発育段階をサポートするための必須知識がふんだんに盛り込まれています。
特に、親が自分の内面をいたわり、充電するために子育てにおいて「マインドフルネス」を取り入れる方法には納得しましたし、「完璧主義ではなく、楽しめる程度にほどほどの子育てをして良いのだ」と肩の力が抜けるような文章に出会った時は、私も本当に、ホッとしました。

■第3部「予防接種」

予防接種のメリット・デメリットを平等に扱いながら、それでもやはり防げる病気で命を落とすことがないよう、予防接種が個人の健康や地域の健康にとってどれだけ必要とされているのか、また、どれだけ多くの小児科医がその重要性を認識し、日夜努力しているのかが手に取るように分かります。
我が家は初めての出産がドイツで、その後初めての育児をイギリスで体験したこともあり、当時の日本の基準に比べれば3倍、4倍もの数のワクチンを接種しましたが、多種多様な人種と民族が行きかう欧米において、その重要性を肌身で感じていました。多様な人々が共存するためには徹底したワクチン政策が必須なのだと、異国の予防接種制度に感じ入ったのを覚えています。

■第4部「ワークライフバランスと母親業」

私が最も強い影響を受けたのは、この第4部かもしれません。ここでは、医師、娘、母、そして妻という4足のわらじをはき、たくさんの役割にがんじがらめになっている状況を当事者の観点から正直に書くウェンディ先生の感覚に親しみを抱くことでしょう。「子育ては複合的な課題なのに、親業については医学部では教わらなかった」というぼやき、働く親の「いったい私は何をしているのかしら」「こんなに一生懸命やっているのに、どれも満足にできない」という苦悩が率直に語られています。
同時に、親として、時々思わぬごほうびをもらったり、ほどほどでいいのだと自分を慰めたり、うまく出来なくて当たり前と開き直ったり、私たちが等身大の日常生活で活用できるような、心温まるエピソードがたくさんちりばめられています。
親自身のことについてこれだけページを割いているところは、個人の選択や個人の人生を大切にするアメリカ文化では当然のことなのかもしれませんが、日本社会の「当たり前」とは違う著者の考え方は、少数派となった子育て世代が生きやすい時代を切り開くために何かしら参考になりそうな気がします。そうはいっても、小児科のプロであるウェンディ先生であっても、日本同様、子育てについてはどこかで親としての責任感や罪悪感を抱き、葛藤を感じる部分があるところに共感できました。

子どものお世話が自分の本業だと感じ、つい自分の身体のケアを後回しにしがちな真面目人間の私たちですが、私がもし、初めての子育てや出産後の時期に、「お母さん、お父さんが、少しでも自分のことを大事にして、自分の時間を作ってリラックスしていいんですよ」というようなメッセージをもらえていたらどんなにかホロリとしただろうなぁと思いました。

ウェンディ先生は、まさに全方位的なアプローチで子育てを支援する内容を書いていらっしゃって、私の視野を大きく広げてくれました。かなり読みごたえのある本で、本を手に取った時は、そのボリュームだけでひいてしまうかもしれませんが、1章1章は短いので、94のうち気になった項目だけを読むだけでも十分役立つということもお伝えしたいと思います。いつでも参照できるよう、辞書代わりに手元に置いておき、誰からどんな相談を受けても、さっと取り出して見せてあげれば、誰でも自信を持って子育てサポーターになることが出来ます。

 

医師と母を両立するママドクターの皆さんへ

私たちは、子どもの健康ばかりでなく、自分の健康や心の在り方、働き方も、大事にしていいのです。つい、子どもの成長や発達、毎日のドタバタに追われて自分の時間を持てなくなってしまいますが、子どもの病気やけが、歯磨きや遊びなどで迷ったら、ネットを調べる前に、ぜひこの本に書いてある最新の情報を確認していただきたいと思います。

子育てで迷ったらいつでもパラパラッと紐解けること、そして、「親であるあなたの心と身体のメンテナンスが一番大事なのよ」「ほどほどでいいし、子どもと一緒に成長して行けばいいのよ」というウェンディ先生からのメッセージに触れることで、読者の皆さん方の毎日に、少しでも笑顔が増えるようにと願っています。

 

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吉田 穂波(よしだ・ほなみ)
産婦人科医・医学博士・公衆衛生修士。三重大学医学部医学科を卒業ののち、聖路加国際病院で3年間のレジデンシーを終え、名古屋大学医学系大学院で博士号を取得。ドイツ・イギリスでの臨床研修やハーバード公衆衛生大学院への留学、国立保健医療科学院 主任研究官を経て、現在は神奈川県保健福祉局保健医療部健康増進課 技幹、政策局ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室 シニアプロジェクトリーダー、神奈川県立保健福祉大学 保健福祉学部 准教授を務める。4女1男の母。
『ママドクターからの幸せカルテ 子育ても仕事も楽しむために』
著者:ウェンディ・スー・スワンソン
総監訳者:五十嵐隆
監訳者:吉田穂波
発行者:西村正徳
発行所:西村書店 東京出版編集部
発行日:2017年4月11日 初版第1刷

内容:
発熱や感染症など子どもがかかりやすい病気、日焼け対策、予防接種、事故や怪我の予防など医師としての知見が生かされた内容のほか、育児法に関することや子育てと自分の人生とのバランスのとり方まで、多種多様なトピックを紹介した一冊。
「予防接種は本当に安全?」「良い母親とは?」「正しい育児法は?」「母親になるとはどういう意味?」「自分にとっての公私のバランスって?」など、子育てをする人なら誰でも感じる悩みや迷いに対する著者の考え方や意見が著された同書は、「子どもも親も幸せであるためにどうすればいいのか」を見つめ直すきっかけを与えてくれる。
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