転職前に押さえておきたい! 医師のための雇用契約締結時のチェックポイント

転職していざ働き出したら、「あれ? こんなはずではなかった……?」となってしまうのは誰もが避けたい事態です。特に医師の場合、これまで業界の慣習的にしっかりと書面で雇用契約を締結することがあまり重視されてこなかったために、あいまいなままにしてしまった条件をめぐって、入職後に「言った、言わない」のトラブルになるということも珍しくありません。

実際に、別の紹介会社を利用して転職した後、言っていたことと違う条件で働くことになってしまったため、あらためて当社へご相談をいただくといったケースもあります。今回は、そのような相談にも数多くお答えしてきた医師専門のコンサルタントが、「雇用契約を結ぶ際、どのようなことに気を付ければよいのか」について解説します。

 

1.「労働条件の明示」はされている? 転職前に条件は事前に確認しておこう

一般に、労働に関する契約を結ぶ際には、雇用者が労働者に対して書面で労働条件を明示すべき事が法律によって定められており(労働基準法第15条)、勤務医も労働者ですから当然この規定が適用されます。しかし、実際のところ、医師の方からは「自分の労働条件に関する書類は見たことがない」といったお話を伺うこともあります。

そこまでではなくとも、勤務開始前に条件の説明を口頭で少し聞いているだけで、勤務初日に初めて書面で確認したといったことは珍しくないかと思います。このような場合、「条件が違った」といって勤務開始早々トラブルになって働きづらくなったり、最悪すぐに離職しなければならなくなるといったリスクが高くなってしまいます。

このようなことを防ぐためにも、転職先が決まったら、事前に労働条件について確認するようにしましょう。労働基準法上、雇用側が雇用契約について必ず明示すべき事項は以下のようになっています。

 

<必ず書面にて明示しなければならない事項>

  • 1 就業の場所・従事すべき業務
  • 2 雇用契約の期間および、期間の定めのある雇用契約を更新する場合の基準
  • 3 始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働(早出・残業等)の有無、休憩時間、休日、休暇、労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
  • 4 賃金の決定、計算・支払の方法、賃金の締め日・支払日
  • 5 退職に関する事項(解雇の事由を含む)

<必ず明示しなければならない事項>

  • 6 昇給に関する事項

<定めをした場合に明示しなければならない事項>

  • 7 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算・支払の方法及び支払い時期
  • 8 臨時に支払われる賃金、賞与等及び最低賃金額に関する事項
  • 9 労働者に負担させる食費、作業用品などに関する事項
  • 10 安全・衛生
  • 11 職業訓練
  • 12 災害補償、業務外の傷病扶助
  • 13 表彰、制裁
  • 14 休職

以下では、これらの条件のうち書面で必ず明示しなければならない事項について、先生方が押さえるべきポイントをお伝えいたします。

 

2.勤務場所 ― 住所や、法人内の別施設での勤務の可能性も確認したか?

医療機関名だけでなく、住所がしっかり明記されているか確認しましょう。
特に附属するクリニックなどで勤務を行う場合、勤務の可能性があるすべての施設名が明記されているかを、確認することをお勧めします。

 

<実際にあった参考事例>

A医師は総合病院に勤務することが決まっていたのですが、書面に「業務の都合により、関連クリニックに勤務することがある」と明記されていることを確認しないまま、契約を交わしてしまいました。勤務開始後、自宅から遠く離れたクリニックでの勤務も加わってしまい、「しっかり書面で取り決めをするべきだった……」とこぼしていました。

 

3.業務内容 ― 契約範囲に問題はないか? 取り決めをした事項は記載されているか?

「○○科における診療業務全般」と記載されていることが多いですが、事前に明確な取り決めを行っている場合は、記載することが望ましいでしょう。

例:当直業務は行わない。
→「○○科における診療業務全般 ※但し、当直業務は除く」

 

4.雇用契約の期間 ― 「実は期間の定めがあった」と後から気付くことがないように

転職を考えている先生方の中には、無期雇用契約(契約期間が定められていない)がそもそもの前提であり、労働期間に関する書面上の明記は特に必要ないと感じている方もいるようです。

しかし、常勤勤務であっても「期間の定めがある」場合も有り得ます。「実は再来年新しく先生が来る予定でそれまでの間の契約だった」と後から気付くようなことがないよう、しっかりと確認しておくことをお勧めします。

 

5.勤務時間・休日等 ― 勤務先の慣例を踏まえつつ条件を明確に

いまだに、医師の労働時間はブラックボックス状態です。
実際、「休憩時間はほとんどとれない。外来受付が入っている患者さんを全員診て、その後すぐに回診」という状況に置かれた医師の方から相談をいただいたこともあります。また、医師だけタイムカードがなぜか機械で管理されておらず、残業をしてもなかったことにされる、といった話も聞きます。

このような勤務状況は、労働基準法に照らせば違法となる可能性が高いものです。昨今、民間企業を中心に働き方を見直す動きが広まっていますが、医療機関においても徐々に労働者側に立った、医師を始めとするスタッフの働き方を見直す動きが進みつつあります。 「労働時間」や「休日、休暇」に関する自身の希望や考え方をしっかり伝え、条件が文面に盛り込まれているのを確認した上で、医療機関に対しても条件の遵守を求めていきましょう。

 

<実際にあった参考事例>

B医師から転職の相談があり、「現職のC病院に就職する際、『残業はあまりない』と言っていたにもかからず、恒常的に発生している」と伺いました。
一方、C病院に話を聞くと、「定時から1時間以内に帰宅している医師が多いです。ただ、患者さんの容態が急変してしまった場合は、もちろん対応していただく必要があり、頻度はケースバイケースですが、残業を多くお願いしているとは思っていません」 という答えが返ってきました。

事実は同じでも異なる考えを持っており、これによって残業の多寡を論じるのは、非常に難しい問題と言えます。

また、「契約書に記載されていない」からといって、残業や呼び出しなど医療機関側の要望に応じないことによって、「人間関係に悪影響が及んでしまった」「査定に響いた」などと感じている医師からの相談を受けたこともあります。

大切なのは、契約書の文面には見えない転職先の慣例(前述の例でいえば、残業に対する意識)をしっかりチェックし、問題がないか確認した上で雇用契約を結ぶことです。

中には「細かい点ばかり気にしているように思われると、入職後の評価に響くのではないか?」と、これらの確認に二の足を踏んでしまう方もいらっしゃいます。
しかし、基本的に、雇用する側である医療機関も、先生方に働きやすい環境をつくりたいと思っています。「働きやすい環境」というのは人それぞれ差異があるため、先生のご希望をまずは伝えないと、そもそも理解されません。ですから、先生の要望や譲れない点は、きちんと入職前に先方に伝えた上で、しっかりと話し合っていきましょう。

 

6.賃金とその支払い ― 各種手当が込みの金額なのか、別途支払われるのか?

「年棒〇〇万円」と記載する医療機関が多いのですが、その内訳(各種手当は含まれているのか?)や、給与は何日締め、何日払いなのか、をしっかり確認するようにしてください。

 

<実際にあった参考事例>

現職のD病院の待遇面に不満を持っているE医師。
話を聞いてみると、「年棒に当直手当が含まれていて、実質ほとんど前職からのアップはなかった。確かにD病院では高待遇が提示されていたが、前職のF病院では全ての手当が別途支給されていたし、元同僚からの紹介だったので同じようなものかと思い、確認せずにサインしてしまったことを後悔している」とのことでした。

また、このケース以外でも各種手当に関して、相談をいただくケースが昨今多くなっています。
医療機関ごとに表記が異なる手当として
「当直手当」
「オンコール手当」
「超過勤務手当(残業手当)」
「住宅手当」
「扶養手当」
などが挙げられます。

また、それ以外に「インセンティブ(出来高制)」など、独自の算出方法をとっている医療機関もあります。待遇面におけるトラブルは意外に多く、係争に発展することさえあります。現職(前職)のルールを前提にせずに、詳細にわたって確認していきましょう。

 

7.退職に関する取り決め ― 何日前に届け出る必要があるか?

ここでのポイントは、現職の就業規定上、「自己都合退職の手続を行う場合は、何日前に届け出ないといけないか?」をしっかりと把握する、ということです。

民法上は、基本的には退職の申し入れ日から2週間後に退職することができるようになっていますが、6カ月以上の期間で報酬を定めた場合(年俸制など)では、3カ月前に申し入れが必要となっています。(実際、常勤医師の雇用契約では「3カ月前に申し出ることとする」という文言を多く見かけます。)

とはいえ、実際の業務の引き継ぎには、一定の期間が必要な場合も多く、できる限り現職医療機関の取り決めや慣習に従うほうがトラブルは少ないと言えます。

一見当たり前のようにも思われますが、せっかく転職先を見つけたにもかかわらず、現職との退職交渉が難航してしまい、現職にとどまらざるを得なかったという先生からの相談は当社でも多くいただいています。
場合によっては、「後任が見つからない状況なのに無責任だ」と現職から、恫喝を受けることもあると聞きますが、これに関しては「契約に基づいて手続きを進めます」と自信を持って話を進めていただければ、法的には全く問題はありません。
そして、その際に後ろ盾となるのが締結している雇用契約なのです。

ここまで、雇用契約の際に書面で必ず明示しなければならない事項についてお伝えしました。

ほかにも、先生方からよく問い合わせをいただくポイントとして、
「学会出席の費用は出してもらえるのか?また参加回数は決まっているのか?」
「研究日には自由に外勤を行ってよいのか?」
「どんな保険に加入しているのか?」
「医師会加入は必須か?」
など多岐にわたり、雇用契約の文面に盛り込むことが難しいものもあります。

そういった内容も、遠慮せずにしっかり確認し、納得した上で転職を決めていただくことが、最終的に転職先で長く勤務できることにつながっていきます。

 

8.チェックポイントのまとめと労働条件通知書例

最後に、これまでに挙げた医師の労働条件のチェックリストと、参考までに労働条件通知書の記載例を提示させていただきます。

医師の労働条件チェックリスト

  • □ 雇用契約に関する書類について事前に交付を受け、チェックしているか?
  • □ 勤務場所―住所や、法人内の別施設への勤務の可能性も確認したか?
  • □ 業務内容―契約範囲に問題ないか?取り決めをした事項は記載されているか?
  • □ 雇用契約の期間―無期契約か有期契約(有期の場合その原因について)か確認したか?
  • □ 勤務時間・休日等―勤務先の慣例も確認した上で、必要な条件が明確にされているか?
  • □ 賃金とその支払い―各種手当が込みの金額なのか別なのかが明確になっているか?
  • □ 退職に関する取り決め―何日前に届け出る必要があるか?

 

労働条件通知書の記載例

以下に、労働条件通知書の記載例を掲げます。前掲のチェックリストと合わせて、チェックすべき項目を確認しておきましょう。

 

文中

 

以上、雇用契約書類で確認すべき事項について説明させていただきました。先生方が納得のいく転職を実現するために多少なりともお役に立てれば幸いです。

(文・森川 幸司)

 

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森川 幸司(もりかわ・こうじ)
大手の出版関連企業から転職して株式会社メディウェルに入社後、関東を中心にコンサルタントとして300人以上の医師のキャリア支援に従事する。「自分が先生の立場だったら、家族の立場だったら……」という想いから、「自分事としてとことん本気になる」ということを仕事上の信条とする。
2011年5月、ステージIVの大腸がんとそこから転移した肝臓がんの診断が下り、それ以降は手術と抗がん剤による闘病生活が始まる。肝臓がんの再発や肺への転移なども経験し、入退院を繰り返しながら、現在は管理部門に所属し他のコンサルタントの支援を行なっている。
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