医療を一歩前進させるためのヒントは「病院の外」にある

外科医、VR開発者、ひとりの人間として「人の役に立つ」ことを

杉本 真樹 氏(Holoeyes株式会社取締役COO/株式会社Mediaccel代表取締役CEO/東京大学 先端科学技術研究センター 客員研究員)

3Dプリンターで臓器を「印刷」することで軟らかさや重さを可触化し、手術室ではVR(Virtual Reality、仮想現実)で術野にガイドを浮かび上がらせる――先端技術による医療現場変革の最前線に立つ外科医にして起業家、杉本真樹。これらの取り組みは医師の仕事の効率化だけでなく、患者の病気への理解をより深めることにも寄与している。

臓器や血管、骨を立体的に描き出す医療画像ソフト「OsiriX(オザイリクス)」は自ら開発に関わり、低侵襲性の手術に活用するなど、医師だけでなく患者にも役立つツールにまで磨き上げた。杉本真樹のフィールドには、医師だから、日本人だからという線引きはない。株式会社Mediaccel、Holoeyes株式会社を起業、医療技術の研究と、低コストで誰もが使いやすいツールの普及を両立している。

「今、1番加速度がついている技術を扱うんです」。革新的な取り組みは世界的に評価され、Apple社より2014年に世界を変え続けるイノベーターに選出、2017年にはMicrosoftイノベーションアワードを受賞した。そんな杉本氏のこれまでの在り方と、彼の原動力である「思い」に迫った。

 

新人外科医、杉本真樹が感じた医療の不自然さ

元々私は医者を目指していたというよりも、まず人の役に立ちたいと思っていました。悪いものを手で取るというイメージは、人の役に立つという意味でシンプルですよね。なので、私は最初から外科医になりたかったんです。

実際に外科医になってみると、患者さんに対して説明をする場面で、医師と患者さんの間に「隙間」を感じ、苦慮しました。例えば地方の病院に行くと、それこそ1日200人くらいの患者さんに対して薬の処方箋を書き、同時に、どう工夫してもあまり伝わらない病気の説明をするわけです。レントゲンのフィルムをごそっと持ち込んで、そのうち1枚を取り出して見せても、患者さんにとってはよくわからないんですよね。現場で感じたこうした「隙間」は、私に医療画像の重要性を改めて認識させてくれました。

というのも、私は医学生のころから、画像診断に関しては物足りなさを感じていました。本来人間の体は立体なのに、レントゲンという平面で教えられるのは不十分だと。今でこそ3Dデータを作ったり、学会で資料として使ったりすることが定着してきましたが、1980年代以前は、外科では「自分の頭で覚える」というのが主流でした。つまり「体系化されていない知識=暗黙知」を3Dデータにすることで、誰でも立体は立体としてわかるようにしようという発想が欠けていたんです。例えばカーナビがあったほうが効率的で正確なのに、タクシー運転手が使っていると「そんな物に頼って、道を知らないのか」と当初は受け入れられなかったことと似ていますね。

 

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だから、例えば手術前に患者の医療画像を見ますけれど、術中に見ないというのは、カーナビをあえて使わないのと同じくらいもったいないと思うんですね。重要なのは「覚えたか」じゃなくて手術中に「思い出せるか」なんです。手術前に見た患者さんの画像を正確に思い出せているかどうかは、誰にもわかりません。だったら手術中に、患者さんのデータ=正解をその場で見られたらいいですよね。ベテラン外科医がわかっていても助手がわかっていないといった食い違いもなくなります。でも、多くの医師がその正解を見ようとしないんです。これはおかしい、と思いましたね。

そういう問題意識から、私は医療画像というテーマに取り組むようになりました。画像は多くの科で役に立ちます。患者さん、つまり人間を対象にしている限り、人間の体が画(え)になることは、広い範囲で応用可能ですから。

 

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医師の、医師による、医師のための効率化

医学生のころに感じたレントゲン画像の不自然さは、実際に現場に出てみて医師と患者の「隙間」を生むものだと実感しました。人体という立体を、そのまま立体として示すことの必要性を確信したわけです。ところが、今でこそ一般の医師も立体画像を扱えるようになりましたが、かつては放射線科の先生や技師さんに高額な装置を使って作ってもらうほかありませんでした。しかし、そうして出来上がったものは、手術をする私たち外科医にとっては情報が足りないものだったんです。

一般的に医療画像は、診断に必要な情報として扱われています。しかし、私たち外科医はお腹を開けた状態で見たい。例えば画像を動かして内臓の位置関係を好きな角度で見られて、患者さんの個体差がわかるようなデータが欲しいんです。

この課題を解決するために外科医が自ら自由に画像解析できるソフトがないかと探していたところ、OsiriXを見つけました。当時(2003年ごろ)、Macで使うことができて医療画像を3次元で表示できるソフトは、OsiriXが最も使いやすかったです。OsiriXは無料のオープンソフトで、同様のソフトのなかでずば抜けて機能が充実していたので、ぜひ活用しようと思ったんです。

OsiriXの開発者たちは放射線やコンピューター、PACSの専門家たちだったので、言ってみればこれも放射線科の先生のニーズに応じたものであり、必ずしも外科医のニーズに最適化されたものではなかったのですが、オープンソフトでソースコードが公開されていたことが救いでした。誰もが開発に加わることができましたから、私自身で改善を行い、外科で使えるものになるよう働きかけたんです。

OsiriXはCTなどの医療画像データを立体的な座標で処理し、3D画像として表示することができます。骨や血管だけを表示したり、特定の臓器に色をつけたりなどソフトならではの調整ができ、好きな向きに動かして見ることも可能です。輪切りの写真1枚ではなく、人体を本来の立体ではっきり示すことができるようになったんです。

 

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レントゲン写真の代わりに、パソコンで患者さんの内臓の立体画像をパッと見せると、同じ患者さんでも「ここが癌なんですね?」「なるほど、もっと見せて」という反応が返ってくるようになりました。まるで医師と患者さんの間の「隙間」が、立体画像を通じて埋まったように感じましたね。そうやって医者と患者との、さらには健康と病気との「隙間」を埋めるのが医療だと私は思うんです。そして、医師のほうから患者さんに向かってその「隙間」を越えるように働きかけてあげないと、患者さんも病気を理解できないし、「病気を治そう」と前向きになってもらえないのではないでしょうか。

さらに患者さんが医師の説明に対してこうした反応をしてくれるようになると、ほかの医師も「先生どうやったの? ちょっと教えて」となって効率化もできますし、何より士気が上がりますよね。医療をもっとおもしろく、最先端技術も取り入れて患者さんの役に立つことを実感できるようにする。これも医師の役割だと思います。

立体画像に限らず、医師の仕事にはもっとテクノロジーを利用し、多様な道具やソフトウェア、便利なシステムが必要だと思います。医師は1日24時間以上は働けませんし、手術をやるにしても疲れてしまうまでの時間で最大のパフォーマンスを出すにはどうすればいいかを、医師が自ら考えなくてはならないと私は思うんです。

私はこれまで民間企業と組んで機器開発の共同研究に取り組んだりもしましたが、臨床現場のニーズにぴったり応えるものはなかなか実現しませんでした。そうした試行錯誤の末に、外科手術の効率化は、外科医でなければ実現できないと思い至ったんです。そこで、自分でソフトウェア開発の技術を身につけて作っていくことにし、最終的に起業に至りました。会社を作ると自分の方針でできますし、自分が1番必要とするものが的確に完成するじゃないですか。出口が早いですよね。一方で、大学で研究をしていると研究そのものがゴールになるし、企業と共同研究していると、その企業のためにやることになりがちですよね。だから起業という道を選んだんです。

 

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医師を志すきっかけとなった「人の役に立ちたい」という思いは、起業の原動力になりました。大事なのは、自分が自分以外の役に立っているかどうか。そういう意味でVR開発は、患者さんとドクターの双方に役立つうれしいこと、自分を「ハッピーにしてくれる」ことなんです。そのうえ開発自体が楽しいので、いい意味で仕事だと思っていません。

アメリカに留学したころ、よく「Are you happy?」と聞かれました。それはもちろん「今のあなたの仕事や人生は幸せか?」という意味もありますが、同時に「自分の周りの人を幸せにしているか?」という意味もある。その「今のポジションに満足しており、周りとの調和がとれているか」という考え方は、私の人生にとってすごく重要な学びになったと思っています。もしかするとアメリカに行かなければ、そうした考えを持つようにはならなかったかもしれませんね。

 

非構造化データを構造化する

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ここで少し医療とビッグデータという観点でお話ししたいんですが、これは先ほどの医師の世界における「暗黙知」の問題とつながっているんです。なんとなくやってきたことや暗黙の了解、根拠のないルールの寄せ集めなどをストラクチャーがないデータ=非構造化データと呼ぶんですが、ここで言っている「暗黙知」はまさにこれに該当します。

このように、医療の世界には定量化されないまま散在し、構造化されていない貴重なデータがたくさんあります。例えば患者さんのレントゲンやCTのデータなどは全国のさまざまな病院に散在していますが、それを統計的に集計したうえで適切に体系化する管理はなされていません。また、現在患者のカルテの保管期間は5年ですが、それらの中には非常に貴重な症例があるはずなんです。

これらの散らばったデータを集約して定量化し、例えば特定の病気・年代の男性ならどのような傾向があるかという具合に、構造化することが必要なんです。論文で発表される知見は氷山の一角にすぎません。大学病院だけでなく、地域の小規模な病院で行っている治療も含め、散在しているデータを定量化し、集計したうえで「この症状ならこのような治療をするべき」というような構造化をすると、暗黙知が暗黙知でなくなるんです。

そして、私たちの医療画像をVRやMRにする技術が、そのきっかけになれると思います。私たちはコンピューターで画像化した患者さんのデジタルデータをポリゴン(※)の形で立体的に形状化します。そうすると、医療画像のデータを定量的に数値化、構造化できるんです。
※個人情報などと関連しない、点と線による面で表された座標のデータ

 

VR、AR、その先のAIへ

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医療画像データの構造化を行うと、その定量化されたデータをもとにAI(Artificial Intelligence、人工知能)を診療時の判断材料として導入できる可能性が出てくる。それはVRやMRがきっかけになり得ると思っています。そういう意味で私たちの会社は、実はAIとデジタルデータサービスの会社なんです。

今、AIが注目されていますよね。AIは何でもできる魔法の箱やブラックボックスのように思われがちですが、学習前のAIは赤ちゃんのようなものです。つまり、AIに学習させる元のデータ=教師データ(※)がきちんと構造化されていないと機能しないんです。例えばAIが猫と犬を区別できるようになるためには、猫とわかる写真を大量に学習させなければなりません。

私たちの会社でVRやMRを通じてやっていることは、そのAIが学習するための教師データの構造化なんです。医療画像の汎用化のための入り口としてVRがあるんです。今までは手作業でCT画像をトレースして作成していたデータを、AIに読み込ませて自動で抽出できるようなプラットフォームを作っています。これで今後何が実現するかというと、私たちのサーバーにCTをアップロードすることでAIの学習が進み、それをたくさん読ませていくことで、例えば「こうした部位の癌はこういう傾向にある」とか、「肝臓がこれくらいの大きさだと手術はしづらい」とか、「患部がこういう状態だとここの部分切除でよい」といったAIの学習から算出された傾向を出せるようになります。そこを今やっています。

※AIの機械学習のために、適切に分類して大量に読み込ませる元のデータ

 

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ヒントは病院の外にある

医療画像を通じたデータの構造化とAIによって実現するのは、医師の世界で「暗黙知」に頼らず知識を伝承できるシステムなのではないでしょうか。私はスーパードクターを1人育てるよりも、標準的にレベルの高いドクターをたくさん育てることが重要だと思っています。そのために、VRやMRを通じて「暗黙知」を定量化し、誰でも活用できるように最適化しているんです。そして、それは医師にしかできない仕事だと思っています。

私がやらなければいけないと感じているのは、「医師免許がないとできないけれど、普通の医師がやらないこと」なんです。例えば、会社を起こすこと自体は医師免許がなくてもできますが、実際の外科医の目線でオペの現場がわかっていて、手技や特殊な環境についてわかっていないとできないことなんです。医師免許というのは「医療行為しかしちゃいけない」のではありません。医療や医学の知識・技術を使って、医師は医師でしかできないことをもっとしてもいいと思うんです。私の場合、医師免許を使ってやっていることを世の中に最大級還元するにはどうしたらいいかということを突き詰めた結果、起業に至っただけなんです。

当たり前の話ですが、世の中には病気になっていない人のほうがはるかに多いし、病気にならないほうがいいんです。病気というマイナスの状態から健康=ゼロに戻しても、患者さんは何もプラスを得ていません。医師は誰かが病気になって病院に来るのを受け身で待っているだけではなく、例えば疲れないように体力をつけるだとか、感染症に強い体をつくるといったことに、医療知識や技術をより活用するべきです。多くの人に役立つ健康の増進に寄与する取り組みが重要だと思います。

外科医にはときどき、自分の専門知識しか見ずに「手が衰えたり目が見えなくなりオペができなくなったらどうしよう」と不安がる人もいますが、病気を治すことが全てではないと私は思うんですね。病気になっていない人を病気にならないようにするのも医療ですから、自分ができること以外の何かを、今のうちからやっておこうと思うのもいいんじゃないかなと思います。

また、特にまだ若い医師は医療にこだわらないでほしい。ヘルスケアについても「関係ないや」と思わないでほしい。あとは、「自分の専門じゃないから知りません」と壁を作らないことも大事です。「外科医なので整形外科はわかりません」とか「医師なのでプログラミングはやりません」ではなくて、「教えてください」とか「一緒にやりましょう」という謙虚な態度を持たないといけないと私は思う。

そのヒントは病院の外にあります。病院の中が医療のすべてではないし、日本の医療の課題が世界のヘルスケアのすべてでもありません。社会生活をしているうえで、人の役に立つということが、本当に大事なことだと思います。

 

(聞き手=「エピロギ」編集部 / 撮影=加藤梓)

 

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杉本 真樹(すぎもと・まき)
医学博士。帝京大学医学部卒。国立病院機構東京医療センター外科、米国カリフォルニア州退役軍人局パロアルト病院客員フェロー、神戸大学大学院医学研究科消化器内科特務准教授、国際医療福祉大学大学院准教授を経て、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員に就任。株式会社Mediaccel代表取締役CEO、Holoeyes株式会社取締役COO。外科医として臨床に向き合いつつ、医療画像処理ソフトOsiriX開発や医療ビジネス、医学教育にも注力。医療VRの第一人者として海外の評価も高く、Apple社世界を変え続けるイノベーター(2014)、Microsoftイノベーションアワード(2017)に選出された。TEDxスピーカーとしても活躍。著書に『VR/AR医療の衝撃』(株式会社ボーンデジタル)など。メディア出演多数。医師、開発者、起業家、教育者として多方面で活躍中。
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