法で読み解く「医師の働き方改革」~“医師の義務”と“労働者の権利”

【第2回】医師の過労死の現状と裁判事例

松丸 正 氏(弁護士)

労働の多様化を目指す政府の「働き方改革」。医師も例外ではなく、厚生労働省が進める「医師の働き方改革に関する検討会」では労働の適正化のために議論が進められています。

医師の働き方における課題の一つに「長時間労働」があります。疲労がたまった状態で業務を行うことは、医療の質の低下を招きかねません。また医師の健康を守るためにも、長時間労働の対策を行うことが急務となっています。一方で、医療という社会インフラの維持や医師という仕事の特殊性から、長時間労働の是正の実現までには解決しなければならない問題が多く横たわっています。

本連載では、法律を切り口に医師の長時間労働の現状について読み解きます。第1回では、医師の長時間労働と応召義務について紹介しました。第2回では、医師の長時間労働による過労死の現状と、担当裁判の事例を、第1回に引き続き、医師の過労死裁判における患者側の弁護経験もある松丸正弁護士に紹介いただきます。

 

医師の脳・心臓疾患、精神障害の労災認定状況

過労死等防止対策推進法第2条によると、「過労死」は以下のように定義されています。

・業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
・業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
・死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害

これら勤務医の脳・心臓疾患の過労死(救命を含む)並びに、精神障害・自殺(以下、過労死等といいます)についての労災(労働者災害補償保険)の請求件数と業務上の疾患や死亡、つまり労災と認定され支給決定された件数は下の表のとおりです。

 

255_法で読み解く「医師の働き方改革」_第2回_図

 

なお、市立・県立等の公立病院の勤務医は地方公務員であり、地方公務員災害補償基金の対象となるため、上の表の件数には含まれていません。それでも、勤務医の多くは過労死ライン超えの長時間勤務に従事していることから考えると、請求件数、支給決定件数とも過少であるとの感を否めません。

これは、長時間勤務が一般化しているため、病院や同僚、さらには被災者・遺族も過労死としての認識がなされず、労災の請求手続に至らないこと。加えて、勤務医の業務については勤務時間として評価されるべき自学自習や研究、学会発表の時間を、病院のみならず、勤務医自身も勤務時間として認識していないこと。勤務時間が適正に把握されていないため、その立証が困難な場合が多いこと等が原因として考えられます。

労災支給が認定された件数は、平成24年度からの5年間で、脳・心臓疾患については20件の決定件数(業務上の疾病・死亡か、業務外のものかの決定をした件数)のうち12件(認定率60%)、精神障害(自殺を含む)については18件中9件(認定率50%)と、他の職種と比べ高い認定率(※)となっています。

※厚生労働省が公表した「過労死等の労災補償状況」によると、平成28年度の労災認定率は、労働者全体で脳・心臓疾患の労災補償状況が38.2%で、うち死亡については42.3%。精神障害については36.8%で、うち自殺は47.7%。

 

医師の過労死・過労自殺の担当裁判

私は、大学院に所属する医師、初期研修医や後期研修医等の若手医師から内科部長まで、多様な立場にある勤務医の過労死・過労自殺等の労災(公災)認定や損害賠償事件を担当してきました。それらの事件を通じて、勤務医の過労死・過労自殺が生じる原因と、その予防策について考えてみます。

 

事例1)大学院生の医師の過労による交通事故死
■事故の概要
鳥取大学医学部の大学院生であったA医師は、演習という授業科目の下で、平成12年10月21日から、第2外科において指導医の下で診療行為に従事していました。大学院生として学費を支払う一方、診療行為についての対価(給与)の支給はされていません。

A氏は、事故前日の平成13年3月7日の昼の勤務を終えた後も、午後7時30分から翌3月8日午前5時まで、急性心筋梗塞で入院した患者の緊急手術のため、徹夜で勤務しました。その後仮眠を取ることもなく、自動車でアルバイト先の病院に向かう途中、センターラインを越えて対向車線にはみ出し、対向車と正面衝突し死亡しました。

ご両親は運転に慎重な息子がこのような事故を起こすはずはないと考え、事故現場付近に立札を立てて手掛かりを求めましたが、目撃者は見つかりませんでした。

■A氏の長時間勤務の実態
私がこの事件を担当することになり、証拠保全手続(裁判所の決定により、相手から証拠を入手する手続)によって、A氏が患者の電子カルテにアクセスした時刻等、勤務についての資料を入手。在院時間を推定することで、A氏の事故前の長時間勤務が明らかになりました。

判決では、事故前4週間の時間外勤務は200時間を上回り、それ以前においても、時間外勤務は恒常的に週40時間を上回るなど、常軌を逸した長時間勤務が継続していたとしています。

■原告の主張と立証
遺族であるA氏の父母を原告とする損害賠償請求事件で、原告は、事故前には長時間勤務が継続し、かつ事故直前には前日の勤務から引き続いて24時間を超える断眠状態が生じたため事故が起きたことを主張しました。

事故と断眠の関係については、科学雑誌「nature(17 July 1997)」に掲載された論文「疲労、アルコールとパフォーマンス障害」等で立証していきました。論文によれば、24時間の断眠は0.1%の平均血中アルコール濃度(日本の酒気帯び運転の基準の3倍程度)に相当するパフォーマンスレベルの低下を招くとされています。

■判決
鳥取地裁は、次のような判決を下しています。

被告は、Aの指導官を通じて、Aが極度の過労状態に陥ることを予見し、Aの鳥大病院や外部病院における業務の軽減を図るなどの適切な措置を講じるなどにより、Aが極度の疲労状態、睡眠不足に陥ることを回避すべきことを具体的な安全配慮義務として負っていたというべきである。

裁判ではこのような、極度の睡眠不足や過労による居眠り状態で生じた事故について、大学の責任を認めました。なお、A氏は医師としてその状態で運転する危険を認識し得たとして、6割の過失相殺をしています。

■大学側は「大学院生は労働基準法の対象外」と主張
大学は、診療行為等は大学院の授業科目としての演習であり、勤務ではないとして、A氏の労働者性を否認。労働基準法の遵守や36協定の限度時間の対象になるとの認識すらもありませんでした。勤務時間の適正把握もなされていない状態で、電子カルテのアクセス記録によって勤務時間(演習時間)を把握することができた事案です。

「演習」であり、労働基準法や36協定の対象ではないとの大学の主張に基づいても、その従事時間が適正に把握されていれば、常軌を逸した従事時間だと認識できたはずです。心身の健康の点から長時間労働を是正すべきであるとコンプライアンス機能が働いたはずです。

仮眠もできない宿直を含め、24時間を超える断眠状態で多くの医師は勤務していますが、医療安全の点からも問題があることを、この事件は示しています。

なお、この判決後、演習という名の下に診察行為に従事する大学院生について、文部科学省は以下のような通達(平成20年6月30日、20文科高第266号)を発しています。

大学院生等が診療業務の一環として従事している場合については、労働災害保険の適用が可能となる雇用契約を締結するなどの適切な対応が必要

 

事例2)初期研修医の心停止
■死亡した臨床研修医のB氏
B氏は公立病院の内科・循環器科で、臨床研修医として、病棟実習、院長及び部長の回診補佐、心臓カテーテル実習等の診察業務に従事していましたが、平成16年1月に心停止により亡くなりました。

■死亡前の長時間勤務
この事案は、地方公務員の公務災害補償基金本部審査会の裁決で公務上と認められました。

研修に従事した平成15年4月から平成16年1月までの間の勤務状況について、裁決書には次のような記載がされています。

平成15年4月1日以降、被災職員は9日間を除いたすべての日において職場に出勤しており、また、本来の週所定勤務時間数は40時間であるにもかかわらず、被災職員の在院時間は、ほとんどの週において70時間を超え、90時間を超える週も数多く認められる。さらに、被災職員の当直勤務の状況については、この間、被災職員は25回の当直勤務に従事しているが、当該勤務に従事した時間は480時間を超え、その半数以上の日で10名を超える救急患者が内科を受診している。

■立証困難な勤務時間
本件は、最低賃金法に基づき診療に従事する研修医の労働者性が初めて認められ労働基準法の対象となることが法的に明確になった裁判、平成10年に起きた関西医科大学研修医の過労死訴訟(最高裁平成17年6月3日判決)以降に、過労死を扱った事案です。

B氏の場合もA氏と同様、勤務時間についての適正な把握がなされていなかったため、病院への出勤・退勤時のポケットベルの受渡しの時刻によって勤務時間を立証し、公務上と認めさせることができました。公務災害として認定された後、県に対し損害賠償請求を提訴し、原告勝訴の和解が成立しています。

 

事例3)麻酔科後期研修医のうつ病による自殺
■C氏がうつ病を発症するまで
麻酔科後期研修1年目の医師C氏が、うつ病を発症し自殺したことについての損害賠償請求事件です。C氏は、平成14年1月より指導医の下で勤務に就いていました。指導医はC氏の医師としての姿勢について、「診療は非常に熱心で患者を思う気持ちは素晴らしいものがあった。自分自身に対する要求水準が高く、医師としての仕事も気に入っていた」と訴訟の中で証言しています。

大阪地裁の判決では、うつ病の発症原因は必ずしも業務のみによるものではないとしています。C氏は平成15年2月、勤務中にてんかん発作を起こし、「てんかんの罹患あるいはてんかんの発作により思いどおりに業務ができないことへの苛立ちや嫌悪感といったものがかなり影響していた」下で、同年8月にうつ病を発症したと判断しています。

■うつ病発症後も続いた長時間勤務
C氏がうつ病を発病していることは指導医も認識していました。そのような状況下でもC氏の時間外勤務は、自殺の前日である平成16年1月12日を基準にさかのぼって、以下のような長時間に及んでいました。

C氏の時間外勤務時間

  • 1カ月前  105時間32分
  • 2カ月前  121時間45分
  • 3カ月前  123時間04分
  • 4カ月前  104時間45分
  • 5カ月前   37時間55分
  • 6カ月前   84時間06分

※自殺の前日である平成16年1月12日を基準に計算

平成16年1月5日には「静かに過ごしていなくなってしまうので探さないでください」と書かれたメモを残して一時失踪。翌日の1月6日には出勤しますが、それ以降も1月13日の自殺に至るまで、当直を含む長時間勤務に就いていました。

■原告の主張
原告は「C氏のうつ病は発病した8月以前より続く長時間勤務が原因である」と主張。また発症により正常な認識や行為選択能力が著しく阻害された下で自殺に至ったと主張しています。さらに長時間勤務と発症との関係は明らかでなくとも、うつ病に罹患したことを上司や病院が認識していたにもかかわらず業務軽減措置等をとらなかったことについて、安全配慮義務違反を主張しました。

■判決
判決は、先に述べたとおり、発症は必ずしも業務のみによるものではないとしています。しかし、うつ病の症状が業務に著しく支障を来す程度に悪化した平成15年11月以降、上司や病院には休職や業務負担の大幅な軽減を図る等の注意義務があったこと。その後C氏が失踪し自殺する危険が顕在化した段階でも通常どおりの勤務をさせたことは、安全配慮義務に違反するとしてその責任を認めています。

なお、うつ病の発病に関し、てんかんの既往症や指導医の勧めがあったにもかかわらずC氏が精神科を受診しなかったことを理由に、損害請求額の3割を減額しています。

■勤務時間の適正把握、長時間労働の是正意識の欠如
この事例でも、病院はICカードやタイムカード等による勤務医の勤務時間管理を懈怠していたため、1つ目のA氏の事例と同様、電子カルテのアクセス記録や、麻酔・手術記録等を証拠保全することにより勤務時間を立証しました。

勤務医の労働時間を適正に把握し、C氏が月100時間を超える時間外勤務に恒常的に従事していることも把握した上で、それを是正するため、使用者として当然になすべき対策を講じ体制を構築していれば、コンプライアンス機能が生じ、C氏の労働環境は改善されていたでしょう。

また、通常の労働現場であれば、うつ病を発症し業務に著しく支障を来すような状況の下では、直ちに休職させたり、業務軽減措置をとるのは当然と言えましょう。しかしC氏の健康管理、労働時間管理は指導医まかせとなっており、勤務時間の把握・是正体制は欠如していました。
これによりC氏のうつ病の症状が業務に著しく支障を来すまでに至っていたにもかかわらず、「(C氏の)診療は非常に熱心で患者を思う気持ちは素晴らしい」という考えに基づき、自殺に至るまで長時間勤務を継続させたと考えられます。

勤務医の健康管理、労働時間管理がなされず、心の健康を害しながらも、患者への思いから更に長時間勤務に従事する状況は、医療安全という点からもあってはならないことです。

 

事例4)内科部長のくも膜下出血死
■発症前の長時間勤務
地域医療を担う公立基幹病院の内科部長であったD医師が、平成13年6月18日にくも膜下出血で亡くなったことにつき、地方公務員災害補償基金支部審査会が公務上の死亡(つまり過労死)であったと裁決を下しています。

D医師の発症前1カ月間の退勤時刻は21時前後でした。月100時間を超える(週25時間以上に相当)時間外勤務をし、それ以前の月もほぼ同様の長時間勤務をしていました。

内科部長として外来・入院患者の診察や血管造影、エタノール注入療法等の診療、当直、各種委員会・学会等への出席、時間外呼出しへの対応などの業務を行っており、昼食さえなかなかとれない状況でした。また、この病院には当時、時間外勤務の限度を定めた36協定が締結されていませんでした。

■発症直前の激しい頭痛・嘔吐をおしての勤務
D医師は亡くなる前の6月14日午前の外来患者診察中から頭痛を訴え、看護師に「きつい」と漏らしていました。そして6月15日の学会出張帰りの列車内で、激しい頭痛と嘔吐の症状に見舞われています。6月16日は、出勤前に他の病院で頭痛・嘔吐のため点滴治療を受けています。

発症前日の6月17日は週休日でしたが、午前8時頃に病院から電話があり、対応しています。その後正午に自宅から私用のため外出し、午後5時に帰宅。午後11時頃に就寝しましたが、午前0時過ぎに再び病院から電話があり起こされています。発症当日である6月18日は午前8時30分より総合外来で初診患者を30人診察し、午後2時15分頃より肝臓癌患者へエタノール注入を行い、午後2時45分頃に終了、その直後、椅子から立ち上がった瞬間に倒れたのです。

D医師は、激しい頭痛・嘔吐の中で、医師としてくも膜下出血の前駆症状ではと危機感を抱いていたでしょう。しかし、法的な応召義務の有無にかかわらず、C医師同様、患者のためとの思いで、我が身の健康上の危険を顧みず、休日も含めて治療にあたる中発症に至っています。

■D医師の息子さんの意見陳述
当時高校生だった息子さんは支部審査会での口頭意見陳述で、次のように述べています。

お父さんはどうして自分が頭が痛くて苦しいのに、お母さんにも僕にも何も言わないで無理をして仕事に行ったのかがわかりません。そんなに我慢しないといけないほど仕事は忙しくて、大事なのだろうかと思いました。父は僕と母を遺して、自分だけ先に逝ってしまいました。僕がもっと大きくて、何でもわかっていたら、父が仕事に行くのを止められたかもしれないと思うと、未熟だった自分が悔しいです。父に会いたい。そして、受験勉強のことや父の青春時代の話が聞きたい。そして最後に、どうして倒れるまで仕事をしないといけなかったのかを聞きたいです。

 

患者を思う勤務医の心身が損なわれることのないように

私が担当したこれらの事案は、長時間勤務が常態化している勤務医の現場において、かつての「炭鉱のカナリア」と言うことができましょう。坑夫は、カナリアが有毒ガスの発生を察知してさえずりを止めるとき、自らの危険(酸欠等)を察知して坑から避難したと言われています。

勤務医の心身の健康は、患者にとっての医療安全とも大きな関連があります。私が担当した事案がその参考になれば幸いです。

 

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松丸 正 (まつまる・ただし)
弁護士/堺法律事務所所属。1969年東京大学経済学部を卒後、1973年に弁護士登録。労災事件、特に過労死・過労自殺の労災認定、企業に対する損害賠償責任を取り扱う。過労死弁護団全国連絡会議代表幹事、過労死防止大阪センター代表幹事などを務める。著書に『壊れゆく医師たち』(岩波ブックレット、2008)など。
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