決断の時―キャリアの岐路で、医師はどう考え、どう選択したのか

第5話 外来では患者の一部しかみえない…。「在宅」の道を探す医師の目に映った新しい可能性

医師の長いキャリアには、重大な決断を迫られる場面が何度かあります。本連載、「シリーズ・決断の時」では、それぞれの医師が「自身のキャリアに関する重要な局面でどのように考えて決断したのか」について、エピソード形式でご紹介します。

第5回となる今回は、39歳の内科医師のエピソードです。今後のキャリアについての1つの参考になれば幸いです。

 

忙しい毎日、診療以外の雑務、院内・医局内の複雑な人間関係…すべて医師として当たり前だと思っていた

岩井健司(仮名)医師、首都圏私立大学卒業、39歳、一般内科医。

〇〇内科のように特に専門は持っておらず、資格も内科の認定医のみを取得していた。

3カ所目の大学医局の関連病院で勤務していたが、一向に終わらない外来や病棟患者の急変に追われて、時に信じられないくらい忙しくなる事があった。
プライベートな時間はおろか、まともに食事が取れない事も少なくない。

また、医療とは関係のない様々な雑務がよく発生していたり、医局内や院内の様々な人間関係を気にしたりと、精神的な負荷も決して少なくはなかった。

ただし、そのような勤務も医師であれば当たり前なのだと岩井医師は思っていた。考えが変わり出したのは、自分の診療に対する疑問がきっかけだった。

 

外来では、患者の一部しかみえない

「自分を頼ってきた患者は原則、断らない」

それが岩井医師の信念ではあったが、現在の病院勤務ではそもそも、その頼ってくる患者に応えるための判断材料が少なすぎる、と感じていた。特に外来患者に関してはその生活の一部しかわからず、本当にこれでいいのかと内心疑問を抱きながら診療することも多かった。一人ひとりの患者に費やせる時間はごくわずかで、その中でできることも当然限られていた。

「外来では、患者の一部しかみえない」

この言葉がいつしか、日々の診療の中で繰り返し岩井医師の頭に浮かぶようになった。さらに、この言葉を強く意識するようになるにつれて、「自分の居場所はここではない」という思いもまた自然と強くなっていったのだった。

 

ITの効果的な活用に取り組む在宅クリニックとの出会い

別の「居場所」を考えるといくつか選択肢は浮かんだものの、どの道を進むべきかについて岩井医師はほとんど迷わなかった。

医局を辞めて民間病院に行けば給料が良くなるが、やる事はそれほど変わらないだろう。製薬会社や産業医など、会社勤めには関心がない。できるだけ自分のペースで勤務をして患者一人ひとりをじっくり診て、外来よりも患者に深く関わっていきたい。とすれば、「在宅診療」が自分に合っているのだろう。

一方で、在宅診療の仕事を探すうえで岩井医師には気がかりなことがあった。診療するにあたってのサポート体制だ。

例えば、365日24時間オンコールで、患者やスタッフからいつ連絡がくるのかわからない状況では、病院勤務以上に気が休まらない。もちろん勉強も続けていきたい。また時々はゆっくりと大好きな晩酌も続けていきたい。

在宅診療でも、こうしたことを含めて医師をサポートするシステムが確立されているような医療機関があるのか、しっかり見極める必要があると岩井医師は考えた。そういった詳細に渡る情報を入手するには知人からの情報では限度があり、以前にアルバイトで利用したことがある医師の紹介会社を頼る事にした。

希望するエリア内で紹介会社から提案された案件は、10件ほど。
やはり、「一人常勤の院長職としてオンコールを対応→その代わり高給を約束する」というクリニックが多かった。

確かに将来の開業を視野に入れるとお金はあるに越したことはないが、オンコールをすべて対応するのでは勉強やその他自分の時間をとりにくい……。そんなことを思っていると、その様子を察したのか、担当者は今度は10年前にはなかったであろう取り組みを行っているクリニックを続けざまに紹介してくれた。

中でも気になったのが、染幸会在宅クリニック(仮名)での新設クリニックの分院長の募集だ。

夜間オンコール対応に関しては、希望に応じて宅直の非常勤医が対応するという形態で、それ自体は他のクリニックでも対応している話は聞いていたので、真新しさはなかった。

しかし、そのクリニックはITツールを効果的に活用しており、特に「チャットツールを活用してリアルタイムで医師同士が相互に情報提供できる」という点が、魅力的に映った。

例えば、詳しくない薬や疾患を目の前にした際に、患者にとってベストな治療をすぐに提供できるかといえば、自信をもってできるとは言えない。そこで、最も詳しい医師が返答していくことで補完しあう仕組みだ。もちろん移動中に使うこともでき、時間も有効利用できる。

 

個人任せにせず、自分が「患者としても使いたいクリニック」を目指して

ITなどの合理的な仕組みを導入していることに興味を抱き、実際にそのクリニックに面接に行くことにした。

面接の場で聞いた院長の話は、岩井医師にとって非常に腑に落ちるものであった。

「知識の蓄積には限界がある。ただ、お互いの得意分野を持ち寄ることで限りなくベストパフォーマンスを発揮する事ができる」

現在在籍している常勤医が消化器、呼吸器、循環器など、それぞれ専門を持っており、年齢層も30~60代と幅広いことも院長の言葉を裏付けている。過去の履歴を確認させてもらうと、活発にやりとりが交わされており、「できる限り患者の要望に応えよう」という意志がありありと伝わってきた。

面接が終わり、新規立ち上げの在宅クリニックの院長職は、何でも自分でルールを決めていけるという面白みもあったが、それ以上にITを活用した勤務スタイルにこれからのさまざまな可能性を感じていた。染幸会在宅クリニックを岩井医師が転職先として決心するのに、それほど時間はかからなかった。

それから1年。
小児在宅の専門分野でも新たにベテラン医師が入り、染幸会での在宅医療体制に更に深みが増した。

様々なITツールを駆使して、効率的で個人任せにしない方法で質の高い医療が提供できる仕組みを日々改善しており、これからも岩井医師の思い描いていた医療が続けられそうだ。

「開業? いずれは、と思っていますが、今は勉強の毎日で当分先ですかね。
“自分が患者になっても使いたいクリニック”をスタッフ全体で目指しているから、向いている方向はみんな同じ。そこがいいんです。」

今日の地域連携ミーティングは長くなるかな。と岩井医師は楽しそうに笑った。

 

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森川 幸司(もりかわ・こうじ)
大手の出版関連企業から転職して株式会社メディウェルに入社後、関東を中心にコンサルタントとして300人以上の医師のキャリア支援に従事する。「自分が先生の立場だったら、家族の立場だったら…」という想いから、「自分事としてとことん本気になる」ということを仕事上の信条とする。
2011年5月、ステージIVの大腸がんとそこから転移した肝臓がんの診断が下り、それ以降は手術と抗がん剤による闘病生活が始まる。肝臓がんの再発や肺への転移なども経験し、入退院を繰り返しながら、現在は管理部門に所属し他のコンサルタントの支援を行なっている。
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