Dr.石原藤樹の「映画に医見!」

【第9回】神様のカルテ~地域医療と医者患者関係の理想を描いた詩的な佳作

石原 藤樹 氏(北品川藤クリニック 院長)

医療という題材は、今や映画を語るうえで欠かせないひとつのカテゴリー(ジャンル)として浸透しています。医療従事者でも納得できる設定や描写をもつ素晴らしい作品がある一方、「こんなのあり得ない」と感じてしまうような詰めの甘い作品があるのもまた事実。

シリーズ「Dr.石原藤樹の『映画に医見!』」は、医師が医師のために作品の魅力を紹介し、作品にツッコミを入れる連載企画。執筆いただくのは、自身のブログで100本を超える映画レビューを書いてきた、北品川藤クリニック院長の石原藤樹氏です。

第8回の『コンテイジョン』に続き、今回は『神様のカルテ』をご紹介いただきます。

現役医師だからこそ書ける、愛あるツッコミの数々をお楽しみください(皆さまからのツッコミも、「コメント欄」でお待ちしております!)。

 

映画『神様のカルテ』の概要

今日ご紹介するのは、2011年公開の日本映画『神様のカルテ』です。現役医師により執筆された同題のベストセラー小説の映画化で、長野県松本市の本庄病院という地域の基幹病院を舞台に、一般の方が想像する理想的な地域医療の姿が、美しい自然の風景と共に描かれます。嵐の櫻井翔さんが演じる卒業6年目の消化器内科の医師は、地域医療の最前線で患者を診ることに生き甲斐を感じているのですが、24時間365日の救急態勢の中で、自分の限界を感じ疲弊もしていました。
あるとき信濃大学病院から、消化器内科の医局員にならないかと誘いが来ます。同じ時期に、大学病院から匙を投げられた余命半年の膵臓癌の患者を診ることに。患者の治療と自分の将来との間で揺れ動く主人公は、果たしてどのような決断をするのでしょうか。

 

見どころは丁寧に描かれた地域医療における医師と患者の交流

この映画の見どころは、地域医療における医者と患者の関係を、丁寧かつ繊細に描いている点です。映画の中で特に多くの時間が割かれているのは、加賀まりこさんが演じる70代の末期の膵臓癌患者と、主人公や病院スタッフとの感動的な交流です。
その患者は手術を希望して信濃大学病院を受診するのですが、すでに手遅れと宣告されてしまい、主人公を頼って本庄病院を訪れます。大量の下血により緊急入院となった彼女に、主人公を初めとする病院のスタッフは、治癒や延命を目指す治療ではなく、最期の時間を充足したものにするようなケアに全力を尽くすのです。加賀さんの名演技が、この物語に血を通わせていて、患者から主人公に託された手紙の内容は、本物の感動に満ちています。

 

医者から見た作品の違和感

この映画は現役の医師の原作によるもので、医療監修も映画としてはしっかりしているので、実際の医療現場がおおむねリアルに描かれています。ただ、レトロな感じを出すためだと思いますが、原作の発表された2009年より、10年くらいは古いイメージです。原作の本庄病院では既に電子カルテが採用されていますが、映画版では紙カルテが使用されています。

また、映画に描かれている大学病院と市中病院との関係や、医師のキャリア形成の考え方などは、かなり誇張され事実と異なる部分があるように思います。映画では大学病院の医局に入ると出世コースで、教授からの入局の誘いを断るともう一生地方の病院勤務、というようなイメージですが、現実はそんなことはないですよね。系列やバックのある地域の基幹病院クラスであれば、そこで研修からずっとキャリアを積むことも可能ですし、大学病院も一定期間勉強や研究のために所属するなど、色々な在籍の仕方が出来ると思います。

大学病院の内視鏡セミナーと末期癌の患者さんの誕生日が同じであったため、誕生日のイベントを優先させてセミナーの出席を断る、という場面がありますが、これはさすがに無理があると思います。本庄病院と大学病院はそこまで離れていない設定ですから、時間を調整すれば十分両立は可能ですよね。これはもちろん原作にはない部分で、主人公の決断を強調したかったのではないかと思いますが、いささかやり過ぎであったと思います。

 

映画と現実の間

作品に出てくる本庄病院のモデルになっているのは松本市にある相澤病院で、信濃大学病院のモデルが信州大学病院です。私は信州大学医学部の出身で、内科の医局に8年ほど在籍していました。相澤病院にも先輩の代理でアルバイトの外来に何度か行ったことがあります。そのため、この作品の背景には、かなりなじみがあるのです。
映画で主人公が暮らしているのは蟻ヶ崎の高台と思われますが、そこからさらに坂を上るとアルプス公園があります。そこでお花見をするのが、医局時代の定番でした。ただ映画の本庄病院は、実際の相澤病院よりはずっと小規模な印象です。私は1年間外勤で長野市の近くの小規模な総合病院に勤務しましたが、そこは映画の本庄病院とほぼ同じようなところでした。

原作小説は漱石を意識した表現があるように、意図的に古い小説の形式を取っています。森見登美彦さんの学生ものの小説を意識したような感じもありますね。高台にある古い旅館をシェアハウスのようにして主人公達が生活しているという設定で、さすがにあんな大がかりな旅館はなかったと思いますが、宿屋として使っていた建物を学生に貸しているような下宿はありました。私も一時は土蔵で寝起きをしていましたし、古い建物が学生やお金のない若者に共同で使われている、というケースは松本では結構あったのです。従って、2011年の風景としては、ちょっと古めかし過ぎるという気はしますが、1980年代から90年代くらいの松本の生活や医療の現状は、この映画に描かれているものと、それほどかけ離れたものではなかったと思います。

 

医療の限界と病院に出来ること

この作品は最近流行の超人的な外科医が活躍するドラマとは異なり、内科医が主人公で、医者が治療以外で患者に何が出来るのか、という問題を描いています。そこで主張されている、病院を最期の時間を人間らしく過ごすための場所にする、という考え方は、一定の説得力を持ちますが、それはそもそも市中病院の役割ではない、という言い方も出来ます。そうした役割は、ホスピスや在宅医療が担う、というのが今の医療制度の基本的な考え方で、映画のような入院の継続は、モデルとなった病院においても、おそらく現在では不可能ではないかと思います。映画では主治医1人の独断によって、末期癌の患者が出血性ショックを起こした時に何もしないという方針が決められてしまいますが、それもチーム医療が原則の今では、容認はされないものだと思います。

ただ、理想的な医師1人に、自分の全てを任せたいという思いは、おそらく一般の多くの方が実際には思っていることで、その思いと現実との乖離が、今の医療が信頼されない一因であるようにも思います。この映画の主人公のような決断を、実際の現場の専門職である医師がする訳にはいきませんが、私達もこうした映画を観る時くらいは、このような医師になることを考えてみても良いかも知れません。現実はこんなに甘くはないよ、と思っても、それが多くの患者さんに、実際は望まれていることでもあるからです。

※映画『神様のカルテ』の公式サイトはこちら

 

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石原 藤樹(いしはら・ふじき)
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。
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