書籍『健康を食い物にするメディアたち』著者インタビュー

誰も医療デマに騙されることのない世の中に~WELQ問題の“火付け役”朽木誠一郎が語る、医療情報の信頼と未来

朽木誠一郎(医療記者)

「医療情報に関わるメディアは「覚悟」を」――。2016年9月にこの見出しがヤフーニュースに掲載されると、堰を切ったようにネット上に嘘や間違った情報をばらまくネットメディアに非難が集中した。その筆頭となったものが、一部上場企業のディー・エヌ・エーが運営する医療情報メディア『WELQ(ウェルク)』だった。
WELQ問題を指摘し、その後はネットの報道機関のBuzzFeed Japan Newsに所属。医療記者として活躍し、2019年3月に「伝統メディア」である大手新聞社に記者・編集者として移籍した朽木誠一郎氏。彼が自ら掲げる使命は「誰も医療デマに騙されることのない世の中を実現すること」。エピロギではこれまでも医療情報のリテラシーに関する記事(「インターネット検索によって得られる『がんに関する情報』は正しいか」石川文子氏[国立がん研究センター])を公開してきたが、今回は朽木氏に、ネットの普及・発展により巧妙化する医療デマの最前線と、書籍に込めた思い、そして医師に望まれる情報発信について聞く。

 

WELQ問題は、情報の「信頼性」を問いかける

――朽木さんは「WELQ問題の火付け役」とも言われますが、以降もBuzzFeed Japan Newsで「医療デマ」と戦う医療記者として活動を継続されていました。現在、いわゆるネットメディアにおける医療デマの状況はどのようなものでしょうか? WELQ問題以降は改善傾向にあるのでしょうか?

朽木:低品質の記事を量産し、SEO(記事をGoogleなどの検索結果の上位に表示させるための対策)によってPVを増やす、いわゆる“WELQ的手法”は、WELQ問題の指摘後も有効であり続けた時期があります。
そもそも医療デマのような不正確な情報であっても検索エンジンの上位に表示されるのは、検索エンジンが「情報の信頼性」ではなく、ユーザーの満足度を指標に検索結果に反映するからでした。不正確でも満足度が高いと判断されれば、目につくところに表示されてしまう。

2017年12月、Googleはこの状況を鑑み、健康・医療分野の情報に関する検索アルゴリズムに大幅な改良を施したアップデートを実施しました。このアップデートでは、厚生労働省などの公的機関や、医療機関、大手メディアなどのウェブサイトが検索結果に優先的に表示されるようになり、問題とされた低品質な医療情報は上位表示されにくくなったことで、状況は一定の改善をみました。

しかしその後も、Googleに信頼できると判断されたとみられる大手メディアや医療機関が新たな医療デマを生む温床となるのではないかと心配になる事例が増えています。例えば2018年3月末には『マイナビウーマン』において過去の「生理を遅らせるために風邪薬を飲む」といった主旨の記事が見つかり、問題視されました。
効果が確かではない、高額な保険外治療を宣伝する医療機関のウェブサイトが、表示順位を伸ばしていた実態もあります。私は以前、科学的根拠が乏しいとされる免疫細胞療法を、悪質なSEOの手法で検索結果に上位表示しようとしていたクリニックを取材したこともあります。また、本庶佑さんのノーベル賞受賞の際には、このようなクリニックが本庶さんの研究成果を本来は無関係な自分たちの「治療」に結びつけて宣伝することが懸念されました。

インターネット上の情報における信頼性をどうやって担保するのか。誰のどんな情報なら信頼していいのか。低品質なウェブサイトがGoogleのアップデートで駆逐されたことで、「大手メディアなら信頼できるのか」「医療機関なら信頼できるのか」というように、問題はより本質的に、厄介になりつつあるのかもしれません。これは、ネット上だけでなく、紙媒体や、テレビ、「〇〇が体にいいらしいよ」といった噂話のようなリアルな場も含めすべての「医療情報」に当てはまります。

 

 

――こうした状況を改善するためには、朽木さんのような記者が現在進行形の問題を指摘し、伝えてゆくことがもっとも効果的なのでしょうか?

朽木:医療デマが継続して報道され、社会の話題になり続けるためには、やはり声を上げることが重要です。実際にWELQ問題では、私が所属する前のBuzzFeed Japan Newsの調査報道が大きな力を発揮しました。彼らが明らかにしたWELQの記事作成マニュアルなどが社会で広く問題視され、結果としてGoogleが動いたわけです。
また、状況を改善に向かわせるための有効な声というのは、報道機関やジャーナリストによるものだけとは限りません。今や生活インフラとなったインターネットに関わる人すべてが、それぞれの姿勢を問われているのです。例えば、医師の方をはじめとする医療関係者が「これは違う」と感じる情報を見かけたら、Twitterなどでそう指摘することは、デマ拡散の防止機能になります。みんなで声を上げ、その声を繋げて話題にし続けること、仲間を増やすことが何よりも重要です。私は、不正確な医療情報を見つけた時にハッシュタグ「 #情報のリレー 」とともにTwitterでつぶやく、つぶやいてもらう活動をしています。

 

情報の格差構造にはびこる医療デマ

――書籍『健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方』では、WELQ問題に言及しながら、インターネット上の情報が持つ、普遍的な構造とその問題について詳細に書かれています。書籍の執筆にはどのような気持ちで向かったのでしょう?

朽木:その情報が信頼できるか判断するには、情報を見極める目、情報リテラシーが必要です。私が書籍を通して伝えようとしたことは、インターネットで起きたWELQ問題を題材に、現代における情報の流通構造を世の中に提示するということでした。WELQ問題は、単なる医療情報発信の問題ではありません。医療情報の格差構造が明らかになった問題なのです。

まず、医療デマの温床となっているのは、情報の格差構造です。専門性の高い医療情報は、詳しい人と詳しくない人の格差が非常に大きく、説明も理解も難しい。しかも、医療には100%治ると言い切れない不確実性という限界があり、また「自分の体のことは自分がよくわかっている」という感覚も生まれやすくなっています。医療デマの多くはこの格差と医療の限界、自分の身体感覚といった落とし穴を狙って流されるという特徴を持っています。
一方、メディアもビジネスですから、正しい情報を世に伝えるというジャーナリズムの追求と、持続可能なビジネスにするための「売れる情報」をつくりだすという経済合理性の追求に支えられています。このバランスが何かのはずみで崩れると、「正しくなくても売れる情報」に傾倒した発信がなされ得る。

この構造は、医療情報だけではなくすべての情報に普遍的なものです。WELQ問題を一過性の事件にするのではなく、この普遍的な構造に気付くきっかけになってほしい。そうして一人でも騙される人が少なくなってほしい。それこそが、書籍に込めたメッセージでした。

――WELQ問題が発覚する2016年から2017年にかけては、大手IT企業などが運営するさまざまなメディアがこぞって低品質な記事の量産を行い、売上を上げていました。まるで「これが新しいメディアの形だ」と主張するかのように。世の中もある意味では静観し、支持者も多く存在しました。その中で、なぜ朽木さんだけがWELQ問題にいち早く気付くことができたのでしょうか?

朽木:それには、医学部を卒業し、メディア企業でその運営をしていた、という私の一般的ではない経歴によるところが大きいです。私が関わったネットメディアは、デザインやプログラミング、ビジネスを中心にしたものでしたが、途中で編集長になり、退任時には1カ月に650万というPV(Page View)になっていました。当時、ネットメディアの収益は、そのページがどれくらい見られたかの指標であるPVと1PVあたりの広告料の掛け算で決まる部分もありました。PVを増やすために、そのメディアではSEO対策に力を入れていましたから、WELQの手法も理解できた。当時、PVとともに肥大化する責任に、不安になることもありました。

 

 

この経験が、WELQを見たときに記憶に蘇ってきたのです。ともすれば質の低下を招くようなPVを増やすテクニックを、医療情報に適用すればどんなことになるか。しかも、医療の情報というのは、不正確であればその被害は命に関わります。当時、その問題がどれほど深刻か、具体的にイメージできる人は多くありませんでした。WELQ問題はネットメディアの仕組みの知識と、医療情報についての知識、その両方を持ち合わせていなければ見抜くことが難しい。「自分が指摘しないと、この問題の発見は遅くなるだろう」それがヤフーニュースに記事を書いたモチベーションでした。

 

情報デマに対して、医師ができること

――正確な医療情報を発信するためには、やはり専門家の関わりが不可欠である、ということも言えるのかもしれません。エピロギは医師向けサイトですので、これからの医師に求められる情報発信はどんなものが考えられるでしょうか?

朽木:医師の方々は、一人の患者にかける説明時間を5分延ばすだけでも大変な、ハードスケジュールの中でお仕事をされている。私などが軽々しく「こうすべきだ」などとは言えません。

その上で、ですが、医師と患者には常に情報の格差に代表される多くの乖離があることに客観的になるのは、互いにとっても非常に有意義なことだと思います。なぜ、患者は医療情報をネットに求め、時に不正確なものを信じてしまうのか。被害に遭う人を一人でも減らすためには、メディアも、医療関係者の方々も、生活者も、行政も、全員の取り組みが必要だと感じます。

もう一つ、できればいいと思うのは、公的機関を中心とした、信頼性が高く、かつ一般の方々が見てもわかりやすい医療情報ウェブサイトの構築・整備です。すでに国立がん研究センターの「がん情報サービス」などがありますが、より多くの、利用者に親切なサイトが増えれば、日々の診療でも例えば「このサイトの、ここを見ておいてください」と一言伝えるだけで、より良い医療に繋がるのではないかと思います。情報によって人々が不安になるというのは昔からそうですし、変わらないからこそ、先手を打って情報発信するメリットはあると思います。

 

医療記者の仕事は、なくなった方がいい

――医療記者としての今後の活動をお聞かせください。

朽木:先日、ネットメディアからいわゆる「伝統メディア」の移籍を発表させていただきましたが、今後は医療情報、ひいては情報の流通の問題をより広く、多くの人に届けることをしていきたいです。

また最近は個人の執筆活動として、医療情報から少しずらして、「より健康になるため」に人々が接触する「健康情報」にアプローチをしています。医療情報を評価するには、科学的なエビデンスが重要な指標になります。しかし、「健康になるための情報」になると、そもそも「健康」の定義が人によって違うことがあります。「健康のためにこれをしよう」と頑張っている人に「科学的エビデンスがない」と批判しても、効果がないこともあるばかりか、より頑なになってしまうこともあるでしょう。医療情報で命に関わる選択をする手前にあって、日々摂取する健康情報。それにどう向き合うか、といった取り組みの結果を、今年中くらいを目安にまとまった形で発表できればと思います。

 

 

医療デマの検証は引き続き、続けていきます。医療デマが生まれてしまう構造を明らかにし、自浄システムが機能する社会、「健康を食い物にする人たち」に抵抗できる社会になる可能性を信じています。日経新聞のコラムで拙著を紹介していただいたとき、「知の予防接種」という表現をしていただき、それが自分にとってもすごくしっくり来ました。私の仕事は、例えばがんになって治療を選択する、というような、いざというときに命に関わる被害に遭わないためのワクチンを作っている、と言えるのかもしれません。

医療分野に限らずフェイクニュースと向き合い、次第に無力感にとらわれていく感覚は私もありますし、他の記者の方々も感じているかもしれません。それでも、医療を通して人の役に立ちたい。その気持ちを持って、これからも記者を続けていきます。
それに、私には“火付け役”と呼ばれることの責任があります。私が指摘したことがきっかけで、結果的に複数のメディアが閉鎖に追い込まれ、多くの人が仕事を失いました。これだけのことをしておいて「心が折れた」とは言えません。

先輩が「事件を追う記者の仕事は、究極的にはなくなる方がいいんだよ」と教えてくれたことがあります。私たちの仕事は、問題がある限り続くものです。逆説的ではありますが、いつの日か、医療記者としての自分の仕事を終わらせることを夢に、これからも取り組んでいこうと思っています。

(聞き手=森旭彦 / 撮影=原田千春)

 

■医療記者がすすめる、医療・健康デマの見分け方

最近では、多くの患者さんが自身の病気についての情報をインターネットで収集することも少なくありません。医師の方が患者に説明するときの参考になるように、一般の方々に向けたインターネットの医療・健康情報の収集で注意すべき点を、朽木さんにお聞きしました。

医師の方であればより高度な検証ができると思いますが、一般の方々に向けては、私は情報の「5W2H」を常に意識するようにすすめています。これらはメディアのプロが物事を正確に伝える際の視点を、誰でも使えるフレームワークとして再定義したものです。情報を読む側は、記事の中の情報を“逆算”し、5W2Hを検証することで、その記事の確からしさを検証することができます。ここではその一部を紹介します。

<5W2H>
・WHAT(何を)
・WHO(誰が)
・WHERE(どこで)
・WHEN(いつ)
・WHY(なぜ)
・HOW(どのように)
・HOW MUCH(いくら)

●WHAT(何を)
まずその記事が「WHAT(何を)」を言っているのかの検証ですが、スクリーニングとしては、「その時点で不正確であることがうかがえる」言葉、いわば「禁止ワード」を探します。例えば「すぐに」「ラクに」「簡単に」といったキーワードは要注意ですよね。

●WHO(誰が)
続いて発信者の検証です。まず確認すべきは、発信者が個人であればどんな資格を持っているか、メディアであればどんな対象を取材しているかです。例えば「健康総合アドバイザー」などは国家資格ではなく自称です。発信者・取材対象者としては、やはり国家資格を持ち、かつその分野の専門家が望ましいのではないでしょうか。

●WHERE(どこで)
どこから発信された情報かによって、信頼度を推し量ることができます。例えば、個人のツイッターよりは報道機関の方が、さらに報道機関よりは厚生労働省の方が、医療情報としてはより信頼度が高い、という見方ができます。もっとも、官公庁の不正を報道機関が暴く場合もあることから、私が検証において苦労する部分でもあります。

●WHEN(いつ)
医療は常に進化し、インターネットにはそれが脈々と保存されています。自分が見つけた情報は「掘り出し物」のつもりでも、すでに否定された知識かもしれません。いつの情報かを常に確認する癖をつけることで、情報の信頼性を見分けやすくなります。

●WHY(なぜ)
発信者が公的機関ではなく営利組織であれば、基本的にはビジネスのために発信されていると考えられます。ビジネスには経済合理性が入り込む余地があることは、自戒を込めて常に意識しておきたいです。

●HOW(どのように)
伝え方を検証しましょう。例えば「○○は菌がいっぱい」など、危険を引き合いに出し、解決策として商品などを提示するものは注意が必要です。私たちの手の平にも「常在菌」がウヨウヨ存在しているわけですから、菌がたくさんいても危険だとは言えません。

●HOW MUCH(いくら)
法外な金額を見かけたら、まず疑いましょう。それは「安かろう悪かろう」、そして高いものは良いものであると考える私たちの心理を利用した罠である可能性があります。

※2019年6月10日 記載内容の誤りについてご指摘がありましたので訂正いたしました。

 

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「研究紹介|インターネット検索によって得られる『がんに関する情報』は正しいか〜患者を不確かな情報に迷いこむ“がん難民”にさせないために〜」石川文子氏(国立がん研究センターがん対策情報センター がん情報提供部 研究員)
「その『一言』が炎上のもと!? 後悔しない、医師のためのSNS利用法」中山和弘氏(聖路加国際大学大学院 看護学研究科 看護情報学分野 教授)
「小説家として“等身大の医療”を伝える」久坂部羊氏(小説家/医師)
「著書紹介『どんな薬よりも効果のある治療法』|健やかに幸せに生きるために~医師として、『健康になる行動』を促したい」岡田 定 氏(聖路加国際病院 血液内科/人間ドック科 部長)

 

朽木 誠一郎(くちき・せいいちろう)
1986年生まれ。茨城県出身。2014年、群馬大学医学部医学科卒。2015年、有限会社ノオト入社。2017年4月、BuzzFeed Japan入社、2019年3月に「伝統メディア」である大手新聞社に記者・編集者として移籍。マスコミの中で情報の大規模な流通について学びながら、引き続き医療記者として日々医療デマと向き合っている。
健康を食い物にするメディアたち
ネット時代の医療情報との付き合い方
発行所:ディスカヴァー・トゥエンティワン
発行日:2018年3月25日 初版第1刷
内容: WELQ問題の“火付け役”として知られる医療記者・朽木誠一郎が、WELQ問題の顛末を医療とメディアの両面から分析。社会における医療デマが生まれる構造から、望まれる対応策までを明らかにしている。

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