児童虐待が疑われる子どもが診察に来たら……?

【後編】診察時の心構えと関係機関との連携

井上 登生 氏(医療法人井上小児科医院 理事長)

近年報道で見かけることが多くなった「児童虐待」。児童相談所への相談件数や警察で保護した児童の数は年々増加しており、児童虐待や虐待死は深刻な社会問題となっています。これを受け、今月19日に親の体罰禁止や児童相談所の介入強化を柱とする改正児童虐待対策関連法が成立。2020年4月1日に施行されます。

児童虐待防止法6条によって、医師には虐待が疑われる児童を発見した際に児童相談所などへ通告することが義務づけられています。いざ虐待の疑われる児童が診察に訪れた際に慌てないよう、医師が児童虐待と向き合う際に必要な知識や正しい対処法について、日本子ども虐待医学会理事などを務め、児童虐待対策について広く活動されている井上登生氏に、前・中・後編の3回にわたって解説いただきます。

後編では診察における心構えと、関係機関との連携のポイントについて紹介します。

 

1. 診察における5つの心構え

診療時には次の5点を意識するようにしましょう。
1)「疑い」の段階で通告する
プライマリ・ケア医に意識していただきたいのは、中編で紹介した「子ども虐待を疑う所見」を見落とさず、市区町村の要保護児童対策地域協議会(以下、要対協)や児童相談所に、疑いの段階で通告することです。虐待の評価や判断(診断)は専門機関の仕事であり、仮に虐待でなかったとしても罰則規定はありません。中編で紹介した「子ども虐待診療の手引き」にあるように、被疑者に対する通告者の開示はなく、通告者は保護されます。子ども虐待を疑った場合は、まず通告するようにしましょう。

2) 養育者を支援する、という視点を持つ
子ども虐待の対応の基本は「早期発見・保護」の時代から「予防」の時代に入り、重篤な虐待に至る前に介入するという考えになりました。現時点では、虐待への介入というよりも、子育てがうまくいかない養育者への支援という概念が主流となっていることを再認識しましょう。

3) 患児の発達状況・健診歴も確認を
来院した患児について、発達課題や成長曲線、予防接種歴や乳幼児健診歴などの確認を、養育者と母子手帳を共有するつもりできめ細かに行うことが重要です。全ての子どもを対象に、常日頃からルーティンワークとして行いましょう。

4) 臨床感覚を大事にする
子どもの状態と、養育者の子どもに関する訴えとの乖離を感じとり、医師としての「何か変だな?」という臨床感覚を大事にしましょう。気づいた点につき、市区町村の母子保健主管課の保健師(乳幼児健診などの担当)と連携し、子どもと養育者と接点のある第三者の意見も確認しながら対応を検討してください。気づきをそのまま放置することで、子どもを救うせっかくの機会を逃さないようにしましょう。

5) 叱責や指導ではなく状況確認をする
気になる子どもや養育者を見つけた時は、養育者を叱ったり強く指導をすることは避けましょう。どのような経過でこのような状態になったのかを確認しながら、養育者としての「子どもの発達への知識」や「子どもの取り扱いの技術」を確認していきます。

 

2. 児童虐待発見に備えて準備を

虐待が疑われる児童が診療に訪れてから慌てて対応することのないよう「準備」をしておくことも大切です。普段から母子保健担当や要対協担当の市町村保健師と、情報をやりとりすることで、電話の声を聞いて相手の顔が浮かぶような「顔の見える連携」がとれることが理想です。多職種による切れ目のないフォローアップ体制の構築を心掛けましょう。
そのためにも、乳児家庭全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)や要対協など、親子が住む市区町村の子ども虐待予防に関する取り組みや制度についてよく把握する必要があります。

特に小児科医は、地域の子どもの守り手あるいはアドボケイト(擁護者)としての役割を意識し、乳幼児健診や予防接種に協力するのと同様に要対協などの事業にも参加しましょう。
さらに自院に来院する子どもや養育者が住む地域の子育て支援情報や子育て支援システムについて、市区町村が公表している情報(例、子育てマップなど)を元に確認しておいてください。もし、必要なシステムが設置されていない場合は、医師会や小児科医会を通じて、市区町村行政に対して積極的に設置を要求していきましょう。

子育て支援や児童虐待について日々変化する情報を押さえておくことも必要です。厚生労働省の「子ども・子育て支援」「児童虐待防止対策」に関する通達や、「子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)」の研究活動・紀要には情報がまとまっています。その他にも、「WAM NET(ワムネット)」では、福祉保健医療関連の情報を総合的に知ることができます。そのほか、全国児童相談所長会議、全国児童福祉主管課長会議、障害保健福祉関係主管課長会議などの資料、厚労省の「家庭福祉対策関係予算」や「児童虐待防止対策及び社会的養育関係」概算要求の概要など、関連する多くの資料が公開されています。これらを今後の施策の進むべき方向性を見分けるための情報として確認し、必要に応じて市区町村に対する制度整備要求の根拠として使用してください。

 

3. 児童虐待をしてしまう親の特徴や置かれた状況

子育てがうまくいかない養育者にも目を向けなければなりませんが、そうした養育者はどのような状況に置かれているのでしょうか。
1981年、アメリカのフリードマンら1)は、子どもを虐待する養育者に確認された行動パターンと問題点を図1のように整理しました2)。フリードマンの提唱した五つの特徴は、子どもを虐待するとんでもない親を裁くという考えを一変させ、養育者の支援体制を構築するのに重要な視点となりました。

図1 子ども虐待に至りやすい養育者の特徴

1987年にはシュミット3)が、図2のような子どもの行動のうち七つの命取りになりえる徴候を「7 deadly signs」という衝撃的なタイトルで報告。子ども虐待に陥りやすい行動特性のある養育者と子どもの間で、突発的な事故につながりやすい、緊張が高まりやすい状態を示しました。

図2 7つの命取りになりえる症状;7 deadly signs

養育者が図1の①~④のような状態であると、図2のような乳幼児期の子どもの定型発達でよく観察される行動に対して、どのような対応をしたら良いか分からなくなります。そうして不安が高まった結果、焦りや怒りを感じ、自己コントロールがうまくいかなくなった時、第三者から見ると虐待と呼ばれる子どもに対する不適切な行動を取ることが多くなります。

このような養育者は、小児科医から見ると一見問題がないように見える乳児に対し、「哺乳がうまくできない」「皮膚の湿疹が気になる」「夜ぐずって、なかなか寝ない」などを主訴に、通常の説明をしてもなかなか納得できず受診を繰り返すことが多くなります。こうした状態に気付いた時は、子育てを支援してくれる人がいるか、生活環境が整っているか、養育者自身の睡眠が十分とれているかなど、養育者自身が安心・安全な状態で育児できているか確認する必要があります。
子どもが幼児期になり自由に歩き出すと、「子どもの自発的な行動のコントロールがうまくいかない」「何を望んでいるのか分からない」「どのように対処してよいか分からない」「言葉の発達が遅い」などの訴えが多くなりますので、家庭や保育所などでの状況確認が必要となります。いずれにしても、2章で述べたように、市区町村保健師と連携・協働するために、家庭訪問事業などを活用し、養育者の置かれた状況を把握しながら支援することが重要となります。

 

4. 関係機関との連携のポイント

1)通告・連携先となる機関とは
児童虐待を疑った場合の通告先は、子どもと養育者の現住所を管轄する児童相談所もしくは市区町村の児童虐待防止主管課となります。児童相談所の管轄地域は、インターネットで「都道府県名、児童相談所、業務概要」で検索するとすぐ分かります。分かりにくい時は、2019年度より無料になった児童相談所(全国共通ダイヤル:189)に連絡してください。通告は電話でも受け付けますが、別途児童虐待通告書に記載してもらうこともあります。

2)通告のポイント
通告のポイントは、子どもの氏名、生年月日、年齢、現住所、養育者氏名、虐待を疑った症状や行動上の問題、状況などを明確にすることです。あくまでも「疑い」での通告であり、判断は児童相談所や市区町村児童虐待防止主管課が行いますので、あまり悩まずに「疑わしきは通告」の気持ちで連絡するようにしてください。

3) 連携の必要性を判断する基準
上記通告後、児童相談所もしくは市区町村の要対協が必要な連携の調整を行います。通告者である医師は、必要に応じて「ケース検討会議」などで意見を述べることもありますが、直接の参加が困難な場合は児童虐待通告書の提出で終了する場合もあります。
対象となる子どもがかかりつけで、支援体制作りに主治医として参加できる時は、継続して行われるケース検討会議へ参加する可能性もあります。もしくは検討会議の結果を市区町村の担当から聞いて医療を継続することになります。

いずれにしても多職種連携での支援が原則になりますので、個人で深く関わり過ぎるのは避けた方が良いと思われます。児童虐待予防における多職種連携支援は「顔の見える連携」が重要ですので、可能な場合は積極的にケース検討会議に参加することをお勧めします。

小児科医は日々の臨床において、子育てに困っている親、児童虐待に通じる可能性のある親子に出会う可能性が非常に高い職種です。今回述べてきた視点を持って、子育ち・子育てを多職種の仲間たちと支援することにより、つらい思いをしている子どもが一人でも減っていくように行動することが望ましいでしょう。子どもたちが普通に生きる権利の保障と、その子らしい笑顔が維持できるように全力を尽くしていきたいものです。

 

<参考文献>
1 : 注)Friedman, R.M., et. al. In:Mash,E.J. and Terdal L.G. ed. 「Behavioral Assessment of Childhood Disorders.」(1981) Child Abuse. P221-255
2 : 注)井上登生「虐待をしている養育者への対応 小児科診療 2005;68(2)」305-311
3 : 注)Schmitt BD「Seven deadly sins of childhood: advising parents about difficult developmental phases. Child Abuse & Neglect.」1987:11(3):421-432.

<資料>
厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課「子ども虐待対応の手引き(平成25年8月改正版)」
厚生労働省「市町村子ども家庭支援指針(ガイドライン)」
厚生労働省「児童虐待防止対策関連の医療機関関係通知」
資生堂社会福祉事業財団「MOTHER AND CHILD WELLBEING AROUND THE WORLD世界の児童と母性:201170巻家庭訪問(ホームビジティング)の新たな展開」

 

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井上 登生 氏(いのうえ・なりお)
医療法人 井上小児科医院(大分県中津市) 理事長。
1983年、福岡大学医学部卒業、福岡大学医学部小児科に入局。1986年9月から英国ロンドン大学児童青年期精神医学部門に留学。福岡大学筑紫病院小児科、重症心身障害児(者)施設久山療育園などで勤務し、福岡大学医学部助手を経た後、1994年4月より井上小児科医院の院長を務める。2010~2017年まで福岡大学臨床教授(小児科学)。
著書に『子ども虐待の臨床-医学的診断と対応』(2005年)、『子どもの心の診療医になるために』(2009年)、『子ども虐待への新たなケア』(2013年)など。

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