勤務医が知っておきたい医学論文作成のイロハ

【第4回】原著論文の書き方② -「Methods」の執筆ポイント

康永 秀生 氏(東京大学大学院医学系研究科 教授)

臨床研究の実績として、医師のキャリアに大きく関係する医学論文。本シリーズは症例報告・原著論文を中心に、執筆から投稿までのコツを連載形式でご紹介します。解説いただくのは、東京大学大学院で臨床疫学と医療経済学の教授として若手研究員を指導、「Journal of Epidemiology」の編集委員も務める康永秀生氏です。臨床で忙しい勤務医でも書き上げられる「論文作成の方法」をレクチャーいただきます。

第3回より「原著論文の執筆手順」について解説していますが、今回は、前回の「Introduction」に続き、原著論文のMethods(研究方法)の書き方について押さえましょう。

 

1. 研究の再現性

科学と非科学を分けるポイントは、「再現性」です。医学・医療の世界で自説を主張したければ、「再現性」のある方法を用いて、それが確からしいことを証明しなければなりません。2014年に問題になったSTAP細胞に関する論文を例に挙げると、Methodsを読んでも他の研究者が追試できない、あるいは追試してもSTAP細胞を作製できなかったため「再現性」があるとは言えない、と結論づけられました。つまりSTAP細胞が存在するという主張は科学的とは言えません。

このように、論文のMethodsを書く際は、再現性を強く意識する必要があります。他の研究者が論文に書かれてある通りに追試できるぐらいに、詳細な記載が必要です。

また、科学論文では観察や実験に基づく数量的なデータを提示します。その際、データに内在するバイアスや偶然誤差を取り扱うために、統計学を用います。つまり観察や実験は、統計学と結びついて初めて科学と言えます。
統計手法に関する必要十分な記載は、科学論文における重要な部分の一つです。他の研究者が元データにアクセスし、記載されている統計手法を用いれば同様の結果が導き出せるぐらいに、詳しく記載する必要があります。

 

2. Methodsに記載すべき項目

一般に、臨床研究におけるMethodsの書き方は定型的です。介入研究ではCONSORT (Consolidated Standards of Reporting Trials)声明*、観察研究ではSTROBE(STrengthening the Reporting of OBservational studies in Epidemiology)声明**に従う必要があります。

* CONSORT声明:介入試験の報告において記載すべき項目のチェックリスト。特に参加者の適格条件、症例数設定、ランダム化の方法などの基準を明記している。
** STROBE声明:観察研究の報告において記載すべき項目のチェックリスト。特に、研究デザイン別の参加者の選定方法、変数・バイアス、統計・解析方法、結果の提示などの基準を明記している。

Methodsは基本的なルールや習慣に従って、型どおりに記載すればよいでしょう。以下は記載すべき主な項目とその内容です。
(1)研究デザイン
以下のような内容を記載します。
・介入研究か観察研究か
・介入研究ならば、ランダム化か非ランダム化か
・観察研究ならば、コホート研究か症例対照研究か横断研究か
(2)研究対象とセッティング
適格基準・除外基準と、その基準を用いる理由を説明します。研究のセッティングとは、研究の実施場所および研究期間を指します。
(3)倫理的配慮
インフォームド・コンセントの方法や倫理委員会の承認などを記載します。
(4)統計手法
研究が適切に行われたことを説明するために、詳細な統計手法を示します。

 

3. 統計手法の記載に関する留意事項

統計手法の書き方は、臨床医が最も苦手とする部分ではないでしょうか。しかし、International Committee of Medical Journal Editors(ICMJE) の記載事項に沿えば、さほど難しくはありません。以下に、統計手法記載の重要なポイントを示します。

(1)変数の定義づけ
曝露因子、予測因子、交絡因子、効果修飾因子など、あらゆる変数を明確に定義する必要があります。連続変数をカテゴリー化する場合は、その根拠を記載してください。臨床的に妥当なカットオフ値を用いる場合はさほど問題ありませんが、恣意的なカットオフ値の設定は避けなければなりません。
アウトカムの定義やその測定方法も明確に記します。一般的でないアウトカムの場合、それを選択した合理的な理由を付記すると良いでしょう。

(2)測定誤差と信頼区間
連続変数は、その分布に合った代表値と測定誤差を表記します。正規分布に従う場合は平均値と標準偏差、従わない場合は中央値と四分位範囲を記載します。名義変数やカテゴリー変数は症例数とパーセンテージを表記します。
近年よく用いられる傾向スコア分析(propensity score analysis)では、2群間の背景因子を比較する際、統計学的検定によるP値ではなく、標準化差(standardized difference)を用います。なぜならP値は症例数が多い場合、小さい値になりやすいからです。またP値は、効果量(effect size)についての重要な情報を与えません。効果量は点推定値とその95%信頼区間を示すことが必須です。

(3)欠損値の取り扱い
臨床研究の投稿論文に対する査読では、近年、欠損値の取り扱いに関する指摘が多くなっている印象です。STROBE声明においても、「欠損値がどのように取り扱われたか説明せよ(Explain how missing data were addressed)」という記載があります。
多変量解析で完全ケース分析(complete case analysis:欠損値を含む全症例を除外する分析)を行った場合、各変数における欠損値の症例数や、曝露因子の有無によって区分した群間での欠損値の分布の違いを明示しなければなりません。必要に応じて、多重代入法(multiple imputation)を用いた欠損値補完が査読者から求められることもあります。

(4)多変量回帰分析
重回帰、ロジスティック回帰、Cox回帰などの多変量回帰モデルと、それを選択した理由を示します。投入された独立変数を選択した根拠もなるべく示します。特に先行研究においてアウトカムとの関連性が示唆されている変数については、その文献を引用します。

論文には様式があり、とりわけMethodsは様式に沿って記載することが重要です。その際、Methodsの再現性を最重視しましょう。統計手法やその記載方法に自信がない場合、専門家にコンサルしてもらうのも一つの方法です。しかし、決して専門家に丸投げせず、専門家と相談しながらなるべく自力でまとめるように心掛けるのが良いでしょう。

次回は「原著論文のResultsの書き方」について解説します。

 

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康永 秀生(やすなが・ひでお)
東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学教授。
1994年、東京大学医学部を卒業後、6年間臨床医として病院勤務。東京大学助教・特任准教授、ハーバード大学客員研究員などを経て、2013年より現職。専門は臨床疫学、医療経済学。2019年1月現在、英文原著論文の出版数は約400編。日本臨床疫学会理事。Journal of Epidemiology編集委員。Annals of Clinical Epidemiology編集長。近著に、『必ずアクセプトされる医学英語論文 完全攻略50の鉄則』(金原出版)、『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』(金原出版)、『健康の経済学』(中央経済社)、『すべての医療は「不確実」である」(NHK出版)など。
『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』
著者:康永秀生
発行所:金原出版
発行日:2017/9/28
内容:
臨床研究の知識や技術は、医学部の6年間では十分に教育されません。医師になった後に自学自習で身に着けるにも限界があります。
本書は、筆者が教鞭を執る東京大学大学院での講義内容を一冊にまとめたものです。
クリニカル・クエスチョンを臨床研究につなげる研究デザインの知識。
臨床研究に必要となる疫学・統計学の基礎知識。
臨床研究を実践するための知識・技術がこの一冊に凝縮されています。
この一冊があれば、今日から臨床研究を始められます。
Annals of Clinical Epidemiology(ACE)
発行:日本臨床疫学会
創刊:2019年4月1日
内容:
「クリニカル・マインドとリサーチ・マインドを持つ医療者による質の高い研究を、ビッグデータを活用した研究などの振興と研究人材育成を通じて推進し、現在の医療が直面する諸課題の解決に貢献する」という日本臨床疫学会のミッションに沿う論文を掲載します。掲載論文は、同会ホームページの会員専用ページから閲覧可能です。
臨床の分野を問わず、医療者からの多様な原著論文の投稿を受け付けます。症例報告は受け付けておりません。本会会員のみならず、非会員の投稿も可能です。
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