市川衛が聞く

いま注目の「訪問診療医」、うまくいくのはどんな人? 気鋭の経営者・佐々木淳医師に聞く

佐々木 淳(医療法人社団悠翔会理事長)

佐々木淳医師(悠翔会提供)

 少子高齢化で社会保障費が増加する中、いま注目されているのが訪問診療だ。病気の治癒だけを目指すのではなく、患者や家族のその人らしい暮らしを支える医療のあり方が「今後目指すべき方向」だと期待する声も大きい。いま別の科で働きながらも、訪問診療医のキャリアに興味を持つ医師も増えている。

 では、どんなタイプの医師が訪問診療医に向いているのか? ワーク・ライフ・バランスは? そして今後のキャリアとして、どのような姿がありうるのか? 関東を中心に25カ所(2023年8月現在)の在宅診療クリニックを経営する、医療法人社団悠翔会理事長の佐々木淳医師に聞いた。

参考リンク:医療法人社団悠翔会について

 

1.ズバリ聞く「在宅診療クリニック、こんな人に来てほしい」(院長・常勤・非常勤)

――いきなり本題ですが(笑)、佐々木さんの目から見て「こんな人は訪問診療医に向いている」と思う人って、どんな人ですか?

 他人と話すのが好きな人、自分以外の人の人生に興味を持てる人が向いていると思います。あとは……、チームで仕事をするのが好きな人。それも強権的なリーダーではなく、フラットにメンバーの話を聞けることが大事です。

 僕はよく、訪問診療における医師の役目を「サッカーチームのゴールキーパー」に例えます。ゴールキーパーって、チームの一番後ろにいて、選手たちのプレーを見守り、指示を出すけれど直接的には関わりません。でもいざ敵にボールを奪われ、ピンチとなったら自ら責任を取って止める。そんな役割が、チームにおける訪問診療医の在り方ではないでしょうか。

訪問診療の様子(悠翔会提供)

訪問診療の様子(悠翔会提供)

――なるほど、少し具体的に伺います。在宅診療をする上で、どんな専門性(内科・外科・精神科など)や経験があると良いでしょうか?

 大きく分けて、訪問診療医を志す方には2つのパターンがあると思います。まず、最初から総合診療や家庭医療に興味がある、すなわちその人の臓器や病気だけでなく、生活のすべてを診たいという方ですね。その教育やキャリアはもちろん役立ちます。

 一方でわたし自身もそうですが、臓器別の専門医など、専門分野を修めてから訪問診療医を志すケースも問題ありません。内科に限らず、循環器でも消化器でも何らかの専門分野を修めた方は、すでに勉強の方法を御存じなので、現場に入ってから学ぶのでも間に合います。

 ただ最近、「直美」(注:ちょくび・初期研修後すぐに美容クリニックなどに勤めること)ならぬ「直在宅」という希望を持つ人も出ています。個人的には、やはり一度どこかの病院の病棟などで責任を持って担当した経験があるほうが、訪問診療医としてよりスムーズに現場になじめると感じています。

――院長候補、常勤医、非常勤医とクリニックでの働き方も色々あると思います。それぞれで求められる人物像に違いはありますか?

 そうですね、非常勤の先生には、何かあったら常勤医がバックアップしますので、むしろ病院の先生が在宅を知っていただく機会だと思ってくださいとお伝えしたいです。

 常勤の先生であれば、患者さんの生活24時間の安心安全に責任を持っていただきます。訪問すればいいというわけじゃなくて、医師がいない時間帯も不安なく生活できるように支援したり、リスクを減らしたりする先回りの思考が大事になります。誤嚥性肺炎を起こす前に口腔ケアをする、体重が減っていれば栄養状態を改善する、そうして「A先生のルートは、トラブルが少なくて平和でいいですね」と言われるのがベストです。

 院長候補として入職されるのでしたら、常勤の先生の仕事にマネジメントが加わります。理想の医療を追い求めるだけではなく、持続的な診療のために適切な利益を出していく、経営的な視点が求められます。

佐々木淳医師(筆者撮影)

佐々木淳医師(筆者撮影)

2.ぶっちゃけどう? 在宅診療医のワーク・ライフ・バランス

――古いですが訪問診療医というと、いわゆる「赤ひげ先生」的な形を想像します。例えば急変や看取りのときなど、深夜でも駆けつけるイメージがありますが、そこはいかがですか?

 私たちは基本理念として、まず医師が自分自身の幸せや心身の健康を大切にする、体を壊すまで仕事はしない、9時から18時の診療時間中に集中して仕事をすることが大事だと考えています。そのような考え方を持つ訪問診療クリニックも増えていると思います。

 夜の時間帯はバックアップ体制があって、当直専門の先生が対応してくれます。10年選手が多くて、とてもしっかりされています。とはいえ当直の先生が判断に迷わないように、担当の先生には患者さんの病状だけでなく、選好やライフヒストリーまでカルテで共有するようにお願いしています。

 そうは言いつつも、先生によっては「いつでも連絡してくださいね」という形でご自分の携帯電話を教えておられる方もいます。それを禁止する、ということはしていません。

 一方ですべてのクリニックが常に100%うまく回っているわけではありません。何かの都合で院長先生が急に辞めてしまったり、人手不足になることもあります。外から見るとすべてがスムーズに回っているように見えるかもしれませんが、私たちはいつもチャレンジ状態。トラブルが起きたら全員野球で対応せざるを得ないこともあります。

――なるほど。これはちょっと答えにくい質問かもしれませんが、収入に関しては一般的な病院勤務医と比べるといかがでしょう?

 そうですね、いまは落ち着いてきているのですが、少し前に「訪問診療医バブル」的な状態が起きて、業界全体として給与が高くなっています。卒後の期間やキャリアなどが同等だとすれば、一般的な民間の病院よりも少し良いと思います。

訪問診療の様子(悠翔会提供)

訪問診療の様子(悠翔会提供)

3.不安定な未来の中で、訪問診療医としてどんなキャリアを描くべき?

――前回取り上げた高額療養費制度の自己負担額上限引き上げでも顕在化しましたが、いま日本の医療を含めた社会保障制度は持続可能性が危ぶまれています。そして、生成AIの目覚ましい普及により医師の存在意義そのものが脅かされるという意見もあります。佐々木さんは今後の在宅診療の業界の将来についてどう考えていますか?

 そうですね、在宅医療に対する国民のニーズは今後10年で、大きく変化すると考えています。現在は、安定している患者さんのところに定期的に訪問し、肺炎になったとか、何かあれば入院という形が普通です。「ほぼ在宅ときどき入院」なんて言葉もありますね。これができるのは、現在の医療保険制度において、高齢者の自己負担額が安く抑えられているからです。

 仮に今後、高齢者の自己負担額が1割から3割になり、高額療養費制度の自己負担額上限も上がったとすればどうなるでしょう。安定しているときは医師じゃなくて訪問看護やオンラインで十分、という形になるかもしれません。むしろ従来は病院にお願いしていた肺炎患者を「訪問診療で診てほしい」というニーズが出てくるかもしれません。訪問診療へのニーズが、慢性期から急性期へ移行していく可能性があるということです。

――その変化の中で、訪問診療医の働き方や役割も変わってくるでしょうか? また仮に訪問診療医になったとして、どのようなキャリアを目指せばよいのかという点も変わってくるでしょうか?

 肺炎など感染症の治療やがんの緩和医療など、これまで基本的に病院で提供されてきた治療を自宅で行うように求められるケースは増えていくと思います。オピオイドのイニシエーションや輸血などの技術が必要になってくるかもしれません。こうした、これまで病院で受けていた治療を在宅で受けることを、私たちは「在宅入院」と呼んでいます。

 これからの50年を考えたときに、病院中心の医療提供は確実に変わり、在宅医療の定義も変わっていきます。まさにいま変化の最前線にあり、波にもまれてぐちゃぐちゃという部分もある業界ですが、逆に言えばチャレンジングでやりがいがある日々が待っています。ぜひ、キャリアの選択肢として検討して頂けたら幸いです。

(聞き手・文=市川 衛)

公式SNS

こちらの記事に加えキャリアや働き方に関連する
医師の皆様に役立つ情報を発信中!

佐々木 淳(ささき・じゅん)

医療法人社団悠翔会 理事長


1973年京都府京都市生まれ。1998年筑波大学医学専門学群卒業。東京大学医学系研究科博士課程に在学中に、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社試験を受け内定するも、在宅医療アルバイトで衝撃を受け、MRCビルクリニック(在宅療養支援診療所)を開業。その後医療法人社団悠翔会と改名し全国有数の在宅医療クリニックの法人へと拡大。2020年にはYushoukai Indiaをインドのムンバイで設立するなど海外での入院に頼らない医療の普及に尽力。2021年、内閣府・規制改革推進会議専門委員に就任。

市川 衛(いちかわ・まもる)
武蔵大学准教授(メディア社会学)。東京大学医学部を卒業し、NHKに入局。医療・健康分野を中心に国内外での取材や番組制作に携わる。現在は武蔵大学准教授に加え、READYFOR㈱ 基金開発・公共政策責任者、広島大学医学部客員准教授(公衆衛生)、㈳メディカルジャーナリズム勉強会 代表、インパクトスタートアップ協会 事務局長などを務めながら、医療の翻訳家として執筆やメディア活動、コミュニティ運営を行っている。

求人をみる/アンケート会員に申し込む

医師転職ドットコム 医師バイトドットコム 医師アンケート会員登録

コメントを投稿する

コメント
投稿者名(12文字以内)

ページの先頭へ