【特集】インフルエンサー医師

「その人の人生を診ること」を大切にした地域医療

舛森 悠先生(総合診療医・家庭医)

函館の市中病院で総合診療医として活躍する傍ら、YouTubeチャンネル「YouTube医療大学」の運営や地域の相談窓口「はこだて暮らしの保健室」の設立など、幅広い活動に取り組む舛森 悠先生。

「特定の臓器だけではなく全身を診る」「病気ではなく人を診る」「人だけでなく、その人の人生を診る」というモットーを掲げる舛森先生に、医師を志したきっかけから現在の地域医療に対する想いまで、詳しくお話を伺いました。
【特集】インフルエンサー医師
近年、医師の働き方が多様化する中で、キャリアにお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、多方面でご活躍されSNSでも人気の医師・元医師の方々にインタビューし、多彩なキャリアのご経験談をお話しいただきました。医師の視点から広がったキャリア像や、仕事の軸となる想いなど、皆さまの今後を考えるヒントとなるエピソードをご紹介します。

 

病気の治療だけでなく、「患者一人ひとりの人生」を支援していきたい。

 

──はじめに、医師を目指された理由・きっかけについて教えていただけますか?

特に印象的なエピソードがあるわけではないのですが(笑)、実は高校3年生のころまでは医療分野ではなく、宇宙工学の道に進もうと考えていました。

もともと宇宙工学に興味があったというのが一番の理由でしたが、それとは別に、当時の私は思春期特有の感覚で、慈善活動やボランティアなどのいわゆる「社会貢献」に対してどこか毛嫌いしていた部分があったんですね。 ですが、今振り返ってみると、それは興味の裏返しだったのかもしれません。心のどこかで、自分も誰かに貢献したい、役に立ちたいという想いがあったのだと思います。

その想いに気づく転機となったのが、高校3年生の夏に参加した、アメリカのウガンダで写真家として活動している桜木奈央子さんのプロジェクトでした。

桜木さんは、アフリカの現地で暮らしている子どもたちの写真を撮影する活動をしていました。 活動に触れてまず感じたことが、「日本はなんて恵まれた環境なんだろう」ということでした。同時に、自分の視野がどれほど狭かったかを痛感しました。 そして、せっかく自分は恵まれた国に生まれたのだから、人のためになることをやりたいと強く感じたのです。

その体験が私の中で根本的な転機となり、そのときに漠然と「人のためになる職業=医者」と思い描きました(笑)。そこから「ちょっとやってみよう」という気持ちになり、高校3年生の夏に進路を切り替えることを決意しました。

TIPS:桜木 奈央子さん(写真家)

1977年高知県生まれ、横浜市在住。2001年からアフリカに足を運び、戦争の中で前向きに生きる人々の姿を継続的に取材。雑誌や新聞にフォトエッセイや書評を寄稿するほか、小学校から大学まで幅広く講演や授業を実施している。著書に『世界のともだち ケニア 大地をかけるアティエノ』(偕成社)、『かぼちゃの下で ウガンダ 戦争を生きる子どもたち』(春風社)などがある。

参考:「桜木奈央子(@naoko_sakuragi)・Instagram

──桜木 奈央子さんとの出会いは、運命的なものを感じますね。その後は、医療の道へと迷うことなく進まれたのでしょうか?

はい。医学生のときは、人体のシステマチックな面に驚きや興味を感じることが多かったです。 医師になってからは更に進んで、健康や病気というよりも人間そのもの、つまりその人の人生について関心が向くようになったんですね。

一人の人間は本当に多様で、当たり前ですがいろんな生き方があります。 健康状態や病気も、その人自身と現在その環境によって作り出されていることが多いです。例えば、糖尿病やうつ病、適応障害などは、その人の意思や価値観と密接に関わっていて、そこには一種の「人間らしさ」や「人生の尊さ」を感じることもあります。 こうした経験を通じて、「自分は医療の一分野に特化するよりも、その人の生き様を支え、共に歩むような支援を続けていきたい」と思うようになったのです。

──医療だけではなく「その人の人生全体」を支援しようと考えたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

医学部では当然、医療について学びますよね。そこでは「健康が本当に大切」という視点が強調されるのですが、いざ臨床に出てみると、「本当にそれだけで良いのだろうか?」と感じることが度々ありました。

例えば、肝臓を悪くしながらも日本酒を愛し、酒造の仕事に全てを捧げている方もいらっしゃいました。もちろん、健康は非常に大切ですが、その人の想いを無視して医学的な正しさだけを押し付けてしまえば、「この医者は何も分かっていない」と判断され、その後の治療が困難になってしまうでしょう。

それよりも、その人の「譲れない想い」を尊重し、「自分の人生を全うできた」と感じてもらえるように、自分がどのように関わり、どこまで支えられるのかを深く追求したい、と思ったのがきっかけです。

──お話を伺っていて、舛森先生ご自身も「譲れない想い」を大切にされていると感じました。今まで、苦労したことや挫折したことはありましたか?

初めての挫折は、高校受験です。医師とはあまり関係ないのですが(笑)。 高校に入るまでは、「自分は何にでもなれる」という、これも思春期特有の根拠のない自信がありました。しかし、高校受験に失敗して「自分はそれほど賢くなかった」という現実を知ったんです。

ただ、その経験があったからこそ、「何かになりたいと思ったら、コツコツと努力する必要がある」と考えられるようになり、その気づきは非常に大きかったと思います。

4年前からYouTubeで「YouTube医療大学」というチャンネルを運営していますが、これもまさに「コツコツ」の積み重ねで続けています。登録者が増えてきたのはここ最近になってからで、始めた当初の2年間はほとんど見られていない状態でした。 その中で「いかにして人に見てもらえるコンテンツにするか」を考え、プレゼンの方法や文章の書き方、言葉の選び方などを一から本を読んで勉強しました。

TIPS:「YouTube医療大学【1日10分で聞いて学べる】」

医師(舛森先生)、看護師、臨床工学技士の3名で運営している、医療・健康にまつわる情報チャンネル。 現在(2024年8月時点)304本の動画を掲載しており、チャンネル登録者数は約58.3万人。

参考:「YouTube医療大学【1日10分で聞いて学べる】

総合診療・地域医療をライフワークに。

 

──続いては、総合診療科を目指された経緯について教えていただけますか?

患者さんの治療フェーズは大きく「急性期」と「慢性期」に分けられますが、私は慢性期とそして「生活期」、つまり日常生活の平常時に行う医療に可能性を感じるようになりました。

もちろん、救急医療があってこそ救える命があるのですが、今後は訪問医療など、より生活に密接した医療の在り方が一層求められるのではないかと思ったのです。

──現在は、函館の地域医療においても精力的に活動されていますよね。

はい。函館市の地域性や、街並みの美しさ、地域の人たちの温かさが好きだったというのが、地域医療を目指した一つの理由です。

もう一つの理由は、「この地域で生活を続けたい」「この地域で人生を全うしたい」と考える方が多くいらっしゃることです。高齢になってから子どもたちの住む家に引っ越すことや、遠く離れた地域の施設に入ることに抵抗を感じる方は非常に多いです。多くの方が、自分の人生を「希望する地域で完結させたい」という願いを持っています。

一方で、地方では医療従事者が少ないこともあり、1人の医師(または一つの医療機関)が幅広く診療を行う必要があります。 現在私が勤務している病院では、外来や訪問診療、入院に加えて、胃カメラなどの消化器ドックも行っています。このように幅広い診療を一手に引き受けることで、1人の患者さんを長く診続けることが可能になります。

都市型の医療では、「訪問診療はこの医療機関で、入院は別の病院で」と分かれてしまいがちです。しかし、地域医療によって、患者さんが同じ医師・同じ医療機関に継続して診てもらえるというのは、患者さんにとって大きなメリットだと思います。

──総合診療、地域医療に携わっていて、どんな点に苦労しましたか?

総合診療は「特定の専門分野を持たずに広く浅く診る医療」と捉えられることもありますが、たしかにそうした側面はある一方で、コモンディジーズ(日常的に頻繁に遭遇する疾患、有病率の高い疾患)については深く関わることになります。 そのため、新しい知識のキャッチアップにはいつも苦労しています。最近の医療は数年単位でアップデートされるので、情報の更新が非常に重要です。

また、駆け出しの頃は、地域医療ならではの「終末期の患者さんへの対応」に悩むことが多くありました。死を間近にした患者さんに対して、ご本人やご家族、そして他の医療従事者と相談しながらさまざまなことを決定していくのですが、「本当にこれで良いのか?」「もしかしたら、知識が不足しているだけで、この状態はまだ改善できるのではないか?」と悩んでしまうことがありました。特に、一人の患者さんが急変したとき、「次に同じような状況が起きた場合、どうすべきか」と焦り、空回りしてしまうことも少なくありませんでした。

このように自分の感情に振り回されてしまうのは本来あるべき医療者の姿からは程遠いとはことなのですが、「命を扱う」という責任の大きさに対して、葛藤や恐怖を感じてしまうことがけっこうありました。

──現在では、そのような状況にはあまりならなくなったのですか?

頻度はかなり減ったと思います。 アドバンス・ケア・プランニングといって、「人生の最終段階にどういうケアを受けたいのか」、「どこでどう過ごしたいか」といったことをご本人やご家族の方と話す機会を持つようにしています。

例えば、「漁港町で生まれて漁師として定年まで働いた。現在のは祭りに参加することと孫たちとバーベキューをすること」といった背景を一つひとつ理解していくことで、その患者さんが大事にしていることや希望していることが明確になり、医療方針の決定がしやすくなります。

このように、早期から患者さんやご家族との関係を構築することは、地域医療を行う上で非常に重要だと思いますし、それによって過去に感じていた恐怖感もかなり和らいだと感じています。

TIPS:アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは、将来の医療やケアについて、患者を中心に、その家族や親しい人、医療・ケアチームが繰り返し話し合い、患者の意思決定を支援するプロセスです。患者の人生観や価値観、希望に基づいて、将来の医療やケアの具体化を目指すことを目的としています。

参考:「東京都医師会

究極の目標は、地域の「ウェルビーイング」を実現すること。

 

──現在はさまざまなお取り組みをされていますが、「特にここに注力している」というものはあります?

そうですね、一番力を入れているのもちろん本業の地域医療ですが、その他でいうと「はこだて暮らしの保健室」の活動に特に注力しています。

TIPS:「はこだて暮らしの保健室」

市内の医療、福祉関係者が中心となって、地域住民が集える居場所。病院を飛び出し、公共スペースでさまざまな相談を無料で受け付ける取り組みです。

参考:一般社団法人とまりぎケア「はこだて暮らしの保健室

「暮らしの保健室」は、日々の生活の中で、「病院に行くほどではないけれど、ちょっと気になることがある」というときに、地域の医療従事者がじっくり話を聞いてくれる場を提供する活動です。 全国のいくつかの地域で活動があり、そのうち函館市で行われているのが「はこだて暮らしの保健室」です。ここでは、医療従事者が街に出て、地域住民の方々とお菓子や飲み物を楽しみながら、ちょっとした余白の時間を過ごせる場を定期的に設けています。

この活動の大きなメリットは、普段は出会えない住民の方々とお会いできることです。病院にいるだけでは、病気になった方や体調を崩した方以外にお会いする機会は滅多にありませんから。

さらに、この活動は地域のつながりにも寄与しています。「社会的な孤立は、タバコ15本分ほどのリスクがある」と言われているように、孤独や孤立は健康と切り離せない問題です。 「暮らしの保健室」が、地域住民の方々のちょっとしたつながりを育み、まさに「余白の時間を共有し、互いの関係を深められる」場所になることを目指しています。

──すばらしいですね。今後の活動の目標・キャリアビジョンについても教えていただけますか?

究極の目標は、地域の方々の「ウェルビーイング」(身体的・精神的・社会的に良好な状態)を実現することです。 これからも引き続き、病気の治療だけでなく、生活期にある課題にも積極的に関わりたいと思っています。

健康な暮らしを送る上で、住んでいる街の影響はとても大きいと感じています。 例えば、訪問診療をしていた方が高齢者施設に入居した際、毎日が部屋と食堂の往復だけで、趣味や余暇に費やす余裕もなく、周囲との関わりもほとんどないという状況に直面しました。 また、施設を選ぶ際に「できるだけ安い場所」を選んでしまうと、街の中心から遠く離れた場所になり、その結果、場所自体が孤立してしまうこともあります。これは現在の医療制度の問題ですが、同時に街づくりの課題でもあると思うのです。

将来自分が入りたいと思う施設を考えると、近くに公園や学校があり、さまざまな年代の人々が身近に感じられる、そんな環境をイメージします。このような街づくりは海外ではかなり進んでおり、どんな方でもその方らしく暮らしていけるエコシステムが構築されています。 実現するには官民の連携も求められますが、そうした取り組みに関わらせてもらえたら、非常に幸せなことだと思います。

──現在新たに取り組まれていることはありますか?

今チャレンジしようとしているのは、健康な街づくりが人々の健康にどれだけのインパクトを与えているかをデータで示すことです。

先ほど「官民の連携」という話をしましたが、国や自治体に協力してもらう際、特に「根拠となるデータ」が非常に重要になります。これまでの取り組みは主に定性的な面で語られることが多かったのですが、定量的な面でも説明できるようにすることが必要だと感じています──あまり得意ではないのですが(笑)、避けては通れない課題です。そのために、現在は大学院に進むための準備を進めていて、健康な地域づくりに関する研究を行う予定です。

──お話を伺っていて、地域医療の活性に向けて迷いのないキャリアをたどられていると感じました。最後に、この先のキャリアをどうすべきか悩まれている方に向けて、メッセージをお願いできますか?

私自身まだまだキャリアの中途にありますので、「アドバイス」と言ってしまうと若干おこがましさも感じますが、一つ言えるのは、「いかに不安を抱えながらやっていくか」が大事だということです。

例えば現在も運用を続けている「YouTube医療大学」でも、始める際はもちろん、続けているときも不安の連続でした。リスクを重視していたら、きっとやらなかったでしょう。

ですが、そうした不安を感じた際にも一歩踏み込んでみると、「あれ?意外と面白いな」と感じたり、知識のアウトプットにつながったりと、結果として現在の自分のキャリアを形作るためのとても大事な一つのピースになることが多いです。

だから、自分が「やってみたい」と思うのなら、「このことが気になる」と感じたのなら、リスクや不安を考えて立ち止まるのではなく、まずは行動してみる。 行動してみてから判断しても遅くはありません。実際にやってみて初めてわかることは本当に多いので、まずは行動してみることをおすすめしたいと思います。

「興味を持てること」は、その人にとってとても重要なものです。周りから何を言われても、まずやってみて、「続けたい」と思えたなら、あとはPDCAサイクルを回し続けて改善していけば、少しずつ道が開けていくのではないでしょうか。

(聞き手・文=エピロギ編集部)

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