【特集】インフルエンサー医師

当たり前の医療を、当たり前に提供できる医師を育てたい

永井友基(総合内科医・血液内科医)

総合内科・血液内科医として、そして教育者として──。
北海道の手稲渓仁会病院で10年間、研修医教育に携わり、現在は長崎医療センターで総合診療科医として、内科系救急を担当しながら後進の育成に尽力する永井先生。現在はオンラインで「みんほす!(みんなで楽しくhospitalistになろう)」という勉強会を主催し、若手医師の育成に情熱を注いでいます。

モットーは、「当たり前のことを当たり前にできる医師を育てる」こと。

永井先生の患者に寄り添う姿勢と、医療の質を高めたいという強い思いはどのように形成され、そして教育活動へとつながっていったのでしょうか。本記事では、永井先生の歩みと現在の活動、その未来への展望を伺います。
【特集】インフルエンサー医師
近年、医師の働き方が多様化する中で、キャリアにお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、臨床現場にとどまらず、SNSやさまざまなメディアを活用され、医師の学びやキャリア形成に役立つ情報発信に取り組んでいらっしゃる医師の方々にインタビューしました。医師の視点から広がったキャリア像や、仕事の軸となる想いなど、皆さまの今後を考えるヒントとなるエピソードをご紹介します。

 

 

患者を「垣根なく」診る。そういう医療をしたい。

~「医師になろう」と思ったきっかけ~

─── はじめに、永井先生が医師になろうと思ったきっかけについて、教えていただけますか?

けっこう単純なんですけど(笑)、中学生のとき、父が救急搬送されたことがありました。

夜中、父は激しい痛みに苦しみ、救急車で運ばれることに。初めて救急車に乗り、救急外来の処置室の前で一人じっと待っていました。母は後から到着し、不安な気持ちで一緒に過ごしました。そのとき、頭をよぎったのは「父はもう助からないかもしれない」という恐怖でした。

ところがしばらくすると、担当の医師が現れて「もう大丈夫ですよ」と一言。その後、父は明らかに回復し、元気になって退院していきました。その姿を見て、「すごいなお医者さんって」と。

それから、中学生のときに観たドラマ『救命病棟24時』がすごい好きで、江口洋介さんや松嶋菜々子さんが演じる医師の姿がとにかくかっこよくて(笑)。「自分もこんな風になりたい」と強く思いました。

TIPS:『救命病棟24時』(テレビドラマ)

1999年からフジテレビ系列で放送された人気医療ドラマ。大規模災害や緊急医療の現場を舞台に、医師や看護師たちが極限状態の中で患者を救おうと奮闘する姿を描いています。医療の現実をリアルに描きながらも、医師としての使命感や患者との関わりの重要性を浮き彫りにし、多くの視聴者の共感を呼びました。

参考:Wikipedia『救命病棟24時』

 

もともと漠然と「医療の道に進みたい」という気持ちはあったのですが、父の救急搬送の経験とドラマの影響が重なり、医師を志す決定的なきっかけになりました。

──とても印象深いエピソードですね。お父様が救急搬送された際、医師のどのような対応に、特に「すごい」と感じたのでしょうか?

具体的にどのような処置をしたのかまでは分かりませんでしたが、医師の方の「大丈夫ですよ」の一言に、非常に安心したんですね。父だけでなく、僕や母のことも救ってくれた。──そんな気持ちになったのだと思います。

──続いて、『救命病棟24時』のドラマについては、具体的にどんなところに惹かれたのでしょうか?

ドラマの登場人物たちは、事故や重症患者など、極限状態に置かれた人々を全力で救おうとします。その過程で、患者の家族背景や社会的な事情など、人間ドラマも織り交ぜながら進んでいく。その結果、ただ命を救うだけでなく、患者の人生そのものを変えていくシーンが多く描かれていました。

特に印象的だったのは、絶望的な状況から患者が回復し、最後には笑顔を取り戻すという展開です。また、救急外来のリアルな処置シーンや、医療現場の緊張感あふれる雰囲気も、「これこそが医療の最前線なのだろう」と感じました。──もちろん、ドラマならではの脚色や演出もあるんですけどね(笑)。

~「内科のことは何でも診られるようになりたい」という想い~

──その後、医師の道へと進まれて、診療科では「総合内科」を選択されましたね。この辺りの背景についても、教えていただけますか?

総合内科は、大きな病院において診療の入口となる役割を果たす診療科です。臓器別の専門医(心循環器内科、消化器内科、呼吸器内科など)へ患者をつなぐため、幅広い疾患や症状について深い知識が求められます。

最近では、単なる振り分け役にとどまらず、病棟で内科系患者の全身管理を担うことも多くなっています。そのため、さまざまな疾患を総合的に診る力が必要とされるのです。

特に総合内科の医師は、患者本人だけでなく、その家族や生活背景まで考慮した診療を行うことが多いのが特徴です。もちろん、臓器別専門医にも素晴らしい先生がたくさんいますが、ときには「この部分だけ治療すれば終わり」という対応になってしまうこともあります。一方、総合内科の医師は、患者の人生全体を見つめながら診療を行う点に魅力を感じました。

──研修医時代に、まさにそのような働き方をする医師の方との出会いがあったということでしょうか?

初期研修のときに、「師匠」と呼べる先生との出会いがありました。本当にすごい方で、知識も技術も群を抜いており、まさに『救命病棟24時』に登場した医師のような存在でした。

「この人みたいになりたい」と強く思い、その先生に「どうすれば、あなたのような医師になれますか?」と相談したところ、「いずれ北海道の病院に戻る予定だから、そこで後期研修を受けたらどうだ」と助言をいただけたんです。

── まさに、人生のターニングポイントとなる出会いですね。

そうですね。北海道には特に縁があったわけではないのですが、その後10年以上そこで勤務することになりました。

── その10年間、ずっとその先生と一緒に働かれていたのですか?

それが、師匠はあまりにも優秀すぎて、僕が北海道に行った翌年には戻ってきたのですが、3年後にはヘッドハンティングされて別の病院へ行ってしまったんです(苦笑)。

ただ、3年間みっちり指導を受けることができたので、「これからは、自分が頑張る番だ」と覚悟を決めました。

~総合内科医の「アイデンティティ・クライシス」~

──続いては、「血液内科」を専攻された理由も教えていただけますか?

総合内科の研修を続ける中で、「どんな患者にも幅広く対応できる」という自信がついてきました。しかし同時に、「特定の専門技術がない」という葛藤も生まれました。

総合内科医は、臓器別の専門医が行うようなカテーテル検査や内視鏡検査、手術などの高度な手技を担当しません。そのため、「自分の医師としての役割や価値とは何なのか」と悩むことがあって、「総合内科医のアイデンティティ・クライシス」と言われることもあります。僕自身もまさにその壁にぶつかりました。

TIPS:「アイデンティティ・クライシス」とは?

アイデンティティ・クライシス(Identity Crisis)は、心理学者エリク・エリクソン(Erik Erikson)が提唱した概念で、自己の役割や価値観が揺らぎ、自己同一性の確立が困難になる状態を指します。特に、キャリアの中で自分の専門性や方向性に疑問を抱く瞬間にしばしば生じます。

医療分野におけるアイデンティティ・クライシス

総合内科医のように広範囲の知識を持ち、多様な症例に対応する職種では、「何でもできるが、特定の専門技術に秀でていないのではないか」と感じることがあり、これが医師としてのアイデンティティ・クライシスを引き起こすことがあります。

参考:academia.edu『Erik H. Erikson - Identity Youth and Crisis 1(1968, W. W. Norton & Company) (1)』

 

そんな中で、また新たに「師匠」と呼べる2人の医師との出会いがあったんです。

1人目は「動くPubMed」と呼ばれるほど最新の医学論文に精通し、圧倒的な知識を持つ先生でした。新しい論文が発表されるたびに内容を即座に把握し、適用できるかどうかを判断できるその姿勢に感銘を受けました。

2人目は、50代の女性医師で、とてもハートフルな医療をされる方でした。患者やその家族への深い配慮を持ち、どんな状況でも、決して患者と向き合うことを諦めない。

そしてその2人が、血液内科を専門としていたんですね。

また、血液内科は、急性の重篤な患者から長期的に経過を診る患者まで幅広く診療できる点が魅力でした。診断から治療方針の決定まで、自分の判断が大きく影響する診療科であることも、自分に合っていると感じました。

「当たり前の医療を、当たり前に実践できる」医師を育てたい。

~「みんほす!」の活動~

──現在は長崎医療センターで総合診療・総合内科医を務める傍ら、「みんほす!(みんなで楽しくhospitalistになろう)」という勉強会を主催していますね。ご活動に至った背景について教えていただけますか?

TIPS:「みんほす!」とは

「みんほす!(みんなで楽しくHospitalistになろう)」は、永井先生が主催する医療者向けの教育プログラムです。患者がどの医療機関でも安心して適切な医療を受けられるよう、医療者が現場で求められる知識・技術をしっかりと習得し、冷静で適切な判断ができるようになることを目的としています。

研修医や若手医師だけでなく、医学生やコメディカル(看護師・薬剤師など)も対象に、オンライン勉強会や情報共有の場を提供。実践的かつ分かりやすい教育を通じて、より良い医療を実現するための学びの機会を広げています。

勉強会の予定は永井先生のXアカウントで告知されます。

参考:X|永井友基@みんほす!(@yukina_minhos)さん

 

僕はこれまで三次救急病院を中心に働いてきました。こうした医療機関には、地域の医療機関から重症患者が紹介されてきます。その中で、「もっと早く適切な治療を受けていれば…」と思うケースが少なくありませんでした。

医師のキャリアにおいて、本格的に独り立ちするのは7年目以降ですが、それまでの6年間で必要な知識や技術を完璧に習得するのは容易ではありません。一方で、年次を重ねると、新しい学びを得たり、考え方を変えたりすることが難しくなります。だからこそ研修医時代や若いうちに「正しい医療の基礎」をしっかりと身につけてもらうことが重要だと考えました。

「より多くの医療者が、適切な知識と技術を持ち、正しい判断ができるようになれば、医療全体の質が向上する」──その思いから、「みんほす!」を立ち上げました。

また、どんなに頑張ったとしても、一人の医師が診られる患者の数には限界があります。クオリティを保ちながら診療できるのはせいぜい15人程度。20人、30人、ましてや100人を同時に診るのは到底不可能です。

しかし、もし僕が育てた教え子たちが、学んだ知識や技術を活かし、昨日できなかったことが今日できるようになり、患者により良い医療を提供できるようになったら──。

それは僕一人の診療よりも、はるかに大きな影響を与えられることになります。そう考えると、本当に意義のあることだと思うし、なにより嬉しいですよね。

──とても素晴らしい取り組みだと思います。「みんほす!」では「楽しく学ぶ」ことも重視していると伺っておりますが、具体的にどのような工夫をされているのですか?

そうですね。学習は楽しくなければ続きませんし、退屈な勉強ではモチベーションも維持できません。だからこそ、「楽しく学べる環境づくり」を大切にしています。

例えば、新しい知識を得ること自体を楽しめるように工夫したり、できなかったことができるようになる達成感を味わえるようにしたり。さらに、勉強会では心理的安全性を確保し、誰でも発言しやすい雰囲気を作ることを意識しています。リラックスした環境で学ぶことで、「学ぶことが楽しい」と感じてもらえるようにしています。

──いいですね。実際、勉強会の雰囲気はどのような感じなのでしょうか?

とても和やかですよ。例えば、昨日の勉強会の講師は6年目の女性医師で、育児中のママさんでした。自宅からの参加だったのですが、お子さんが途中で大きな声を出したり、レクチャーの最中に泣き出してしまう場面もありました。でも、参加者みんなで「かわいいね」と声をかけながら温かく受け入れ、自然な流れで進めていきました。

さまざまな立場や環境の人が学んでいるので、赤ちゃんの声が入っても気にすることはありません。それも人生の一部として、お互いに尊重しながら学び合える場にしたいと思っています。

──オンライン開催にしたことで、より多くの人が参加しやすくなりましたね。

本当にそうですね。最初は知り合いの紹介を通じて小規模に開催していて、参加者は30人ほどでした。その頃は、基本的に画面オンでの参加をお願いしていたんですが、もっと多くの人にこの学びを届けたいと思い、2024年の9月からSNSを活用して全国から誰でも参加できるように、また画面オフでも気軽に参加できるようにしました。

現在では、医学生・研修医・医師・看護師・薬剤師など、幅広い職種の方が参加してくれています。参加者も100人前後に増えました。

「当たり前の医療を当たり前にできる医療者を育てる」──それが僕たちの目指すビジョンです。その目標に少しずつ近づいている手応えがありますし、これからもより多くの人にこの学びを広げていきたいと考えています。

医師としての成長の一歩は、「人との出会い」を大切にすること。

~「ロールモデル」を見つけることの大切さ~

──最後に、この記事を読まれている読者に向けて、医師として成長していくうえでのアドバイスをいただいてもよろしいですか。

そうですね。僕自身の経験でいうと、やはり「人との出会い」がとても大きいと感じます。どの分野でも同じですが、ロールモデルとなる存在を、できるだけ早く見つけることが大切なのではないでしょうか。

ロールモデルは大病院にしかいないわけではありません。開業医の先生や地方の病院にも、素晴らしい医師はたくさんいます。自分が「こうなりたい」と思える人を見つけ、その人のもとで学ぶことが重要です。そうした医師は、こちらが真剣に学びたいという姿勢を見せれば、きっと気にかけてくれたり、指導してくれたりするものです。だからこそ、出会いを大切にし、積極的に学ぶ機会を作ることが大事だと思います。

また、ワークライフバランスや人生の楽しみ方とも関わってきますが、医師として「何を大切にするのか」を明確に持つことも大事ですよね。例えば、眼科医であれば視力や機能を守ることが使命ですが、命を扱う診療科では、それ以上に重い責任が伴います。

例えば、3年目になると多くの医師が一人で当直を担当し、救急車を受け入れるようになります。十分な経験を積めていない状態でいきなり命を預かる立場になることに、不安を抱える若手医師も多いでしょう。それでも、現場ではその責任を果たさなければならないのが医師の仕事です。

だからこそ、労働時間やプライベートの充実を考えつつも、「医師としての責任感」と「あるべき姿勢」をしっかりと身につけて、自分なりの考えを持っておくことが不可欠です。そのためにも、できるだけ信頼できる指導医のもとで学び、多くの経験を積んでほしいと思います。

──永井先生も、「師匠」と呼べる医師との出会いが多くあったとお話されていましたね。「ロールモデル」や「信頼できる指導医」を見つけるうえでのポイントやコツがあれば教えてください。

これは難しい質問ですね(笑)。

正直なところ、最初に出会った「師匠」と呼べる先生との出会いは、完全に偶然でした。僕が初期研修をしていた病院に、たまたま緩和ケアを学びに来ていた先生がいて、救急外来で一緒に働く機会があったんです。

でも、ここで大切なのは、偶然の出会いをただの偶然で終わらせないこと。すごいと思った人に対して、臆せず積極的に関わっていくことが大事だと思います。僕も、その先生が素晴らしいと感じたときに、迷わず食らいついていった。そうした姿勢が、学びの機会を広げてくれたのだと思います。

血液内科で出会った2人の「師匠」については、運だけではなく、環境の選択が影響していたと思います。僕が後期研修を行った病院は、日本でもトップクラスの研修病院の一つで、やる気があり、努力を惜しまない優秀な医師たちが多く集まっていました。

やはり、優秀な人たちが多い環境に身を置くことで、自然と良い指導医やロールモデルに出会う確率も上がると思います。だからこそ、自分がどの病院で学ぶのかを考えることも大切です。

有名な病院に行くことが全てではありませんが、学びの機会が多い環境を選ぶことで、運命を変える出会いが生まれる可能性は高まるのではないでしょうか。

(聞き手・文=エピロギ編集部)

「特集:インフルエンサー医師」について

近年、人々の働き方は多様化しており、医師の世界も例外ではありません。

現在メディウェルでは医師の転職・アルバイト探し支援のサービスをご提供しておりますが、「より多様な医師のキャリアをご支援させていただきたい」という想いから、臨床現場にとどまらず、SNSやさまざまなメディアを活用し、医師の学びやキャリア形成に役立つ情報発信に取り組んでいらっしゃる医師の方々に、キャリアインタビューを実施しております。皆様がキャリアをお考えになる際の、新たな発見につながりますと幸いです。

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永井友基
総合内科医・血液内科医。北海道の手稲渓仁会病院で10年間研修医教育に携わり、現在は長崎医療センターで内科系救急を担当しながら後進の育成に尽力する。

「当たり前のことを当たり前にできる医師を育てる」ことをモットーに、オンライン勉強会「みんほす!(みんなで楽しくhospitalistになろう)」を主催。若手医師や医学生、コメディカルなど幅広い層に向けて、実践的な学びの場を提供している。

[X]https://x.com/yukina_minhos

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