生成AIで医療現場はどう変わる? 電子カルテへのAI導入を進める阿部吉倫さん(Ubie株式会社共同代表取締役医師)に聞く
阿部 吉倫(Ubie株式会社共同代表取締役医師)
いま生成AIの医療現場への導入が急スピードで進んでいる。電子カルテと連携できるAIプロダクトを医療現場で活用することで、医師の記述内容や検査データから退院サマリーを自動生成する機能や、紹介状の作成を半自動化する取り組みが進む。
また近年注目されているのは、赤字に悩む病院経営へ生成AIを活用し、収益を改善しようとする取り組みだ。医療現場への生成AI導入を進めるスタートアップ『Ubie株式会社』(以下、Ubie)で共同代表医師を務める阿部吉倫さんに、現状や今後の見込みを聞いた。
【参考】Ubie株式会社
1.電子カルテの生成AI導入 臨床現場はどう変わる?
――医師である阿部さんが、なぜAI技術をコアとしたスタートアップを立ち上げようと考えたのですか?
創業の原体験は、初期研修で東大病院にいた頃にさかのぼります。「書類仕事があまりにも多すぎる」と痛感したんです。入院時のサマリー、カンファレンスの議事録、患者説明の記録など、患者さんごとに同じような書類を何度も作る必要があり、「これ、なんとかならないか」とずっと思っていました。
そんなとき、高校時代の同級生で、当時ルームシェアをしていた久保(Ubie共同代表の久保恒太氏)と話す機会がありました。彼は工学系の研究室で自動運転の基礎技術を研究していました。そこで「医師の診療や問診のプロセスって、実は機械学習的なんだよね」という話をしていたんです。
医師の診断ロジックはベイズ推定などの確率論的なアプローチが基本で、実は1990年代から研究されていました。そして2010年代になって第3次AIブームが盛り上がっていたこともあり、「今ならAIによる問診を実現できるのではないか」と盛り上がり、初期研修のかたわら開発を進めていきました。そして実際に「いける」と手ごたえを感じた2017年に、株式会社として大きく展開していこうと決意しました。
――御社がいま進めている、電子カルテ端末で生成AIを活用する取り組みについて教えてください。
これまで医療・ヘルスケア業界において、AIを使った医療支援サービスは「発症から診断支援」に特化していました。しかし2022年にChatGPTが登場したとき、「これなら、より広範な書類作成にも汎用性を持たせられるようになる」と感じたんです。
そこで、まずはどの病院にも必ず存在する業務を簡単にすることを目指し、過去の電子カルテのデータをもとに、退院サマリーや紹介状などの下書きを作成するサービスを開発しました。恵寿総合病院様などに実際に使っていただき実証試験を行ったところ、医師や看護師、事務スタッフの業務を大幅に効率化することができました。
実証試験の結果(Ubie提供)
実際のサービスでは、既存の電子カルテにボタンを設置します。ボタンを押すと別ウィンドウで「患者ナビ」などのユビー生成AIサービスが開きます。既に電子カルテ連携されている場合は、VPN経由でUbieサーバーに電子カルテ情報が連携されているので、退院サマリ―などの下書きが自動生成されます。
弊社の強みとして、2025年12月時点で、大学病院を含む100以上の病院に導入いただいているため、多様なユースケース(活用事例)や好事例が生まれており、それを各病院に共有できることです。また最近では、病院のデータサーバーと連携し、医師がコピペしなくても過去のデータから自動的に退院サマリーなどの下書きを生成する取り組みも進めています。「単に書類が作れる」だけでなく、「あるべきときに、自動的に書類の下書きが送られてくる」という、医師側の使い勝手にとことんこだわったサービス体験を目指しています。
――一方で生成AIの臨床導入に関しては、ハルシネーション(もっともらしい嘘)や個人情報漏洩のリスクが強く懸念されています。御社では、どのような対策を行っていますか?
まず「ハルシネーション」についてですが、運用面、技術面それぞれでリスクを最小化する対策をしています。運用面においては、最終的には必ず医師が確認・承認するフローを徹底しています。技術的には、一部の機能においては、RAG(検索拡張生成)という仕組みを使い、「指定された患者データ以外からは情報を持ってこない」よう制限をかけています。また、選択範囲を決めたり複数の選択肢から選ばせたりといった独自のプロンプトエンジニアリング等の技術的工夫を行うことで制御しています。ここは我々の「秘伝のタレ」とも言えるノウハウですね。
次に「個人情報リスク」ですが、大前提として、いわゆる「3省2ガイドライン(※1)」の遵守を徹底しています。例えば、基盤モデルを提供する事業者とは企業間の契約を締結していますが、患者データが学習利用されることを防ぐためにその機能をOFFにしていたり、マスキング機能を提供するなど各病院のポリシーに従って、柔軟に設定できるようにしています。
※1…厚生労働省が発行する「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」および、経済産業省と総務省が発行する「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」の3つの省庁、2つのガイドラインを総称したもの
2.苦しい病院の台所事情 生成AIによる経営改善のポイントとは
――病院の経営改善への生成AIの活用として、特にDPC(包括払い制度)に注目されていますね。
現場の課題として、医師が書くカルテの「自然言語の記述」と、診療報酬請求に必要な「DPCコード」が必ずしも一致しないという問題があります。カルテの記載は1入院患者あたり数万字〜数十万字に及ぶケースもあるほど膨大で、しかも、ときにオーダーの出し忘れなども発生する。医療事務側は診療報酬を請求する際に、こうした膨大かつ断片的な情報をもとにDPCコード化するので、「実際に提供した医療サービスがDPCコード上反映されない」ケースが生まれていました。その結果、数千万~数億円に及ぶ診療報酬の請求漏れが生じているケースが報告されています。
DPCコーディングにおける病院の課題(Ubie提供)
そこで弊社では電子カルテやレセコンのデータを独自のAIを用いて分析し、最適なDPCコードを提案するサービスを開発しました。膨大で不完全な情報から規則を読み取り、様々なコードと見比べて最適化するのは我々のAIが最も得意とするところです。経験を重ねた診療情報管理士が不足している医療機関も少なくないことから、業務効率化と収入増の両方を実現できると、ご好評をいただいています。
ある地方病院で、医療事務スタッフが3名中2名辞めてしまい業務崩壊の危機に陥ったところ、弊社のサービスのおかげで「残った1名だけで、なんとか業務を回すことができました」という声を聞いたときは嬉しかったです。なかなか人が採用できない地域医療の現場において、大きな助けになると実感しています。
阿部吉倫さん(Ubie株式会社 共同代表取締役医師)
3.生成AIで医療現場はどう変わる? 見込みと今後の課題とは
――今後、生成AIの導入をより良く進めていくうえで、規制面の課題や業界全体のマインドとして壁になると感じることはありますか?
医療業界はこれまでDXが進みにくい領域でしたが、生成AIに関しては、医師自身がプライベートなどですでに使い始めているため、「仕事でも使っていこう」というマインドが急速に普及してきていると感じます。
今後は「情報の共有」が重要になります。病院ごと、部門ごとの成功事例やユースケースを共有していくことです。私たちは「イノベーション・ハブ構想」として、100病院規模でプロンプトやワークフローを共有する取り組みを始めています。医療者自身が主人公となって、学会や研究会を通じてノウハウを広げていく流れを作りたいですね。
――今後、臨床現場はどう変わるでしょうか? 「医師はいらなくなるかもしれない」という意見もありますが、どうお考えですか?
医師がいらなくなることはないと思っています。AIはあくまで時間を圧縮する「道具」です。事務作業などをAIに任せることで、医師は「患者さんとの対話」や「治療結果(アウトカム)の向上」といった、本質的な業務に集中できるようになります。AIが下支えすることで、本来提供すべき価値をより確実に届けられるようになるでしょう。
人間の医師の本質的な役割は「患者さんからの信頼」を得ること、そして「治療に勇気を持ってチャレンジすること」です。情報の網羅的な収集はAIの方が上手ですが、「患者さんが本当にやりたいことはこれでしょう?」と提案し、一緒に治療へ踏み出すことは人間にしかできません。
――これからの医療界において、人間の医師はどんなキャリアを志向すべきでしょうか。
従来よりも「越境」が必要になります。医療知識だけに詳しい状態では、提供できる価値が限定的になってしまう。職種を超えて、「医師×PR」や「医師×エンジニア」のように多職種と交わり、領域を越境していく姿勢が大切です。これからは「AIを使いこなす」ことは基本スキルとなり、その先で「AIを使ってどう価値を出していくか」が問われる時代になると思っています。
- 阿部 吉倫(あべ・よしのり)
- 2015年東京大学医学部医学科卒。東京大学医学部附属病院、東京都健康長寿医療センターで初期研修を修了。血便を放置し48歳で亡くなった患者との出会いをきっかけにデータサイエンスの世界へ。2017年5月にUbie株式会社を共同創業。2019年12月より日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。2023年より日本医療ベンチャー協会(JMVA)理事。
- 市川 衛(いちかわ・まもる)
- 武蔵大学准教授(メディア社会学)。東京大学医学部を卒業し、NHKに入局。医療・健康分野を中心に国内外での取材や番組制作に携わる。現在は武蔵大学准教授に加え、READYFOR㈱ 基金開発・公共政策責任者、広島大学医学部客員准教授(公衆衛生)、㈳メディカルジャーナリズム勉強会 代表、インパクトスタートアップ協会 事務局長などを務めながら、医療の翻訳家として執筆やメディア活動、コミュニティ運営を行っている。

















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