10年で医師数4倍「徹底的ベッドコントロール」で急成長を支える元ヘッドハンター事務長の見据える医療界の「これから」 前田 昌亮さん
前田 昌亮(社会医療法人杏嶺会 営業・人事本部長 兼 一宮西病院 事務長)
病院の赤字・医師の偏在など課題山積の医療業界で、異例の急成長で注目されるのが社会医療法人杏嶺会一宮西病院(愛知県一宮市)だ。ここ10年で病床数は2.5倍(312床→801床)、医師数は4倍(約60人→233人 ※2026年1月時点)に増加した。ヘッドハンターから病院事務長就任という異色の経歴を持ち、徹底的な地域ニーズの把握と精緻なベッドコントロール(病床稼働率)を武器に急成長を支える前田昌亮さんに聞いた。
【参考】一宮西病院(https://www.anzu.or.jp/ichinomiyanishi/)
1.医師数4倍 規模拡大を支える一宮西病院の「ベッドコントロール術」
――まず、一宮西病院の歩みと現在の立ち位置を教えてください。
当院は愛知県一宮市・稲沢市などで約55万人が住む尾張西部医療圏に位置しています。1955年に開設された「上林医院」をルーツに持ち、現在は37診療科・801床を擁しています。眼科・産婦人科から緩和ケア、さらには24時間365日の救急受け入れなど、地域のニーズにきめ細やかに対応できる体制を構築しています。
――前田さんが事務長として特に注力されているのが「ベッドコントロール」の改善だと伺いました。具体的にどのように進められているのでしょうか。
大事にしているのは徹底的に地域のニーズを把握し、それを最もよく満たす仕組みを作ることです。例えば当院では、事務部門が過去の入院実績データから気温・降雨など気象データも加味して入院患者数を予測し、それを毎週、コミュニケーションツールを使って全診療科のスタッフと共有しています。
――「来週〇日にはこの診療科には ✕ 人の入院が来るはずだから、それを受け入れられるように調整してください」と。そこまでしているところはあまり聞きませんね。
そうですよね(笑)。当院では、各診療科の現場にベッドコントロールを専門に担当する事務職員を置いています。主な職務は予測データを見て、それを実現するべく医師や看護師とコミュニケーションをとることです。
医師や看護師は医療のプロであって、データ管理やマネジメントに明るいとは限りません。ただでさえ診療の負担があるのに、それに加えて「数字への責任」を求められることに難しさを感じることもあるでしょう。
事務職員は診療を担当していないので、時間があります。より効率良くベッドが回るためにできることは全てします。患者さまのタクシーが手配できないときは、ハンドルを握ってお送りすることもあります。事務職員が常にデータを見て診療科内外の調整を行うことで、医療職は患者さまと向き合う時間を最大化できるわけです。
――なるほど、現場にマネジメントの専門家を入れることで、医療の質の担保と病床稼働率のバランスをとろうとしているわけですね。
その通りです。現在の診療報酬体系上、スタッフの人件費や医療機器の更新に必要なコストをまかなうには病床稼働率の改善が欠かせません。もちろん患者さま側から見ても、必要なときにすぐ入院できて手術を受けられるかどうかは医療の質に直結します。「医療の質」と「ベッドコントロール」のどちらかだけを追及するのではなく「どうすれば両立できるか」を考え抜くことが、当院の提供価値の最大化につながると考えています。
病院外観(提供:一宮西病院)
2.医師・看護師の働きやすさとキャリアをどう両立する?
――質と効率の両立を求める考え方は、民間企業出身者ならではと感じます。もともと前田さんは人材紹介会社で長くヘッドハンターとして活躍されていました。そこからなぜ、病院に転職されたのでしょうか?
ヘッドハンターは、ビジネスの世界で活躍している人に直接手紙を送ってお会いするプロセスを繰り返します。やりがいはありましたが、激務の中で限界を感じ、転職を考えたタイミングで当院の医師採用担当の募集を見つけました。
入職した2013年当時は、まだまだ大学医局の力が強く、医師の転職もそれほど一般的ではありませんでした。そんな中、見ず知らずの人間から手紙が届いて「直接会いたい」と言われること自体、医師の皆さんにとっては驚きだったようです。
そして感じたのは、医師は他業種と比べてもキャリア像が明確な方が多いということでした。しかし当時の医局人事では、意図に関係なく転々と異動しなければならなかったり、せっかく良い手術チームを作ったのに部下が急に異動になったりするケースも少なくありませんでした。そういう「やりきれなさ」に寄り添い、当院ならどんなキャリアを描けるかを共に考えることで採用へとつなげていきました。
――現在は事務長として経営全体を見る立場におられます。医師や看護師の採用方針は変化しましたか?
現在は医師の働き方改革も進み、単純な「休暇の多さ」や「給与」だけでは差別化できなくなっています。働き方の「質」をどう理解していただくかが鍵になります。若手の医師であれば「どれだけの症例を経験し、専門性の高い教育を受けられるか」。キャリアを積んだ先生であれば「ロボット手術などの最新デバイスを使い、やりたい医療を形にできる環境があるか」。こうした希望に明確に応えられる環境を作れるかどうかが鍵になっています。
――一方で前田さんが求める「医療の質と効率性の両立」には、負担が増すと感じるスタッフもいるかもしれません。この点に関して、心がけていることはありますか?
大きく3点あります。まず「組織が変わっている」という実感を持ってもらうこと。例えば全職員にiPhoneを配布してTeamsで情報を即時に見られるようにして、コミュニケーションの円滑化を推進しました。細かいことでも、改善を実感する瞬間を増やすことが大事だと考えています。
そして評価制度です。当院ではむやみに人を増やすのではなく、例えば放射線技師がどれだけの件数をこなしたかといった定量的評価や、成果に応じた手当など一人ひとりの働きを評価することに力を入れています。それが結局はスタッフの満足感につながります。
3点目は「トップからのメッセージ」です。先述した「医療の質を維持し、高めることと効率性の向上は矛盾しない」という考え方を、組織全体の文化にするために経営トップ層から頻繁にメッセージを出しますし、私自身も年7-8回は「なぜ病院経営を安定させなければならないのか」に関する講演を院内で行っています。
ただ一方で、どうしても改革のスピードや方向性に合わせられない人も出てきます。その場合、無理に当院の考え方に合わせるようお願いするより、別の場所でのご活躍を検討頂いたほうがお互いメリットがあるとも考えています。
病院スタッフ対象の研修会(提供:一宮西病院)
3.医療「下り坂」時代と言われる中で、医療職に求められる「キャリア意識」とは
――いま少子高齢化の中で、多くの病院が赤字になっています。医療機関の規模を大きくすることにはリスクもありますが、前田さんはどのような将来像を描いておられますか?
わたし個人としては、地域にはまだまだ満たされていないニーズがあると考えています。愛知県尾張西部医療圏には私たちの他にも複数の急性期病院がありますが、それでも毎年多くの人が名古屋など別の医療圏に流出しています。
他の医療機関とも連携しながら、地域のニーズを限界まで分析し、それに合わせてサービスの量も質も改善していく。当院ができることはまだまだあります。
――なるほど。最後に、これからの時代を担う若い医療者に向けて、前田さんからのメッセージをお願いします。
近年、ロボット支援手術が普及したことで、若いドクターの中には「開腹手術の経験がほとんどない」という人もいると聞きます。そうなると、今後は「緊急時に開腹手術ができる医師」の価値が高まるかもしれない。そこで「じゃあ、開腹手術の経験『も』積める場所はどこだろうか」と考えて就職先を決めたり、研修を受けたりする人が一歩先に行くことになります。
生成AIやロボットなど技術革新が著しいいまだからこそ、若い医療者には、自分の現状の立ち位置を客観的に捉え、どうすれば技術を高められるか、どうすれば患者さまさんに真摯に向き合えるかを自ら考え抜く力が求められます。ときに時代の趨勢に抗ってでも「自分の頭で考え、感じる」力を育てる。そうしたマインドを持つドクターこそが、これからの医療を支えていくのではないでしょうか。
(聞き手・文=市川 衛)
- 前田 昌亮 (まえだ・まさあき)
- 社会医療法人杏嶺会 営業・人事本部長
兼一宮西病院 事務長
2001年に同志社大学を卒業後、株式会社キーエンスに入社。営業の基礎とマイクロマネジメントを習得する。その後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)およびヘッドハンティング会社にてキャリアを重ね、人材スカウトのノウハウを磨く。2013年より社会医療法人杏嶺会一宮西病院に入職。これまでに200名以上の医師採用に携わり、「ドクターヘッドハンター」として高い評価を得ている。現在は、法人全体の営業系職種および人事部門を統括し、一宮西病院事務長として組織運営を担っている。
- 市川 衛(いちかわ・まもる)
- 武蔵大学准教授(メディア社会学)。東京大学医学部を卒業し、NHKに入局。医療・健康分野を中心に国内外での取材や番組制作に携わる。現在は武蔵大学准教授に加え、READYFOR㈱ 基金開発・公共政策責任者、広島大学医学部客員准教授(公衆衛生)、㈳メディカルジャーナリズム勉強会 代表、インパクトスタートアップ協会 事務局長などを務めながら、医療の翻訳家として執筆やメディア活動、コミュニティ運営を行っている。

















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