「病理医」だからこそ、患者さんのためにできること

vol.3 医師がボランティアを行うことの大切さ

堤 寛 氏(藤田保健衛生大学医学部第一病理学 教授)

日本の病理医は現在、約2,300人。高齢者数が増加の一途をたどる中、患者に対して必要な病理医数が圧倒的に不足しています。がんを専門とするがん診療連携拠点病院であっても、常勤病理医が在籍していないケースさえあるのです。
このような状況で、「患者さんに顔のみえる病理医」を実践している医師がいます。
堤寛(つつみ・ゆたか)氏。藤田保健衛生大学医学部第一病理学の教授を務める病理医です。

今回は患者さんに寄り添う姿勢を大切にしている堤氏に、「『病理医』だからこそ、患者さんのためにできること」というテーマで全3回のエッセイをご寄稿いただきました。
最終回となる第3回目は、病理医、ひいては医師というプロフェッショナルが、ボランティアとして地域に貢献することの大切さについて、ご紹介いただきます。

大震災や災害のたびに、医療者・宗教家・音楽家・建築家といったさまざまなプロフェッショナルたちが現地に赴き、優れた成果をあげているようすがよくテレビ放映されます。すばらしいことですし、日本でのボランティア精神の定着に大きな役割を果たしていることは誰の目にも間違いありません。この精神をいま一歩前に進めたいのが私の願いです。それは、プロによる日常的・継続的なボランティア活動です。

 

プロフェッショナルが行うボランティア活動

愛知県にあるトヨタ系企業の多くは、職員にボランティア休暇を義務づけています。すばらしい企業魂だと思います。
私は、1日5分のボランティア活動をみなさんに提案したいのです。1週間で30分、1カ月で2時間。1カ月に一度、土曜日の午後にそれぞれのプロが、自らの知識と経験を生かしたボランティア活動(無料奉仕)を地域社会に向けて行う。きっと、世の中の雰囲気が変わるでしょう。市民にプロの仕事をより深く理解してもらうきっかけにもなるでしょう。それを医療者が行えば、きっと医療不信の解消につながるでしょうし、質の高い医療の実践を介して、医療費の削減にも大きく貢献できると信じます。

無理なく実践可能な1日たった5分のボランティア活動の継続。間違いなく、ボランティアする医療者側に新たな発見があり、モチベーションの高まりを通じて、日常の医療行為の質が高まるでしょう。実践から学んだ提案です。医療は、医療機関で患者さんの訪問を待つ保険診療だけがしごとでないはずです。忙しい医療者がもっと積極的に医療機関の外にでて、地域の中でニーズを探る試みをしてほしいと私は願います。

 

病理医不足解消への秘策~“患者さんに顔のみえる病理医”

小児科医、産婦人科医や麻酔科医の不足はマスコミでとりあげられますが、実は、病理医不足も相当に深刻なのです。一般社団法人日本病理学会が実施する資格試験(実地試験)に合格する病理専門医は毎年60~70人程度(2016年も“受験者”が80名あまりにとどまりました)。大学病院にこそ病理医はそこそこ在籍していますが、一般病院になると1,000床前後の大病院で2、3人、300床以下の病院なら病理医はゼロ、300~500床の中規模病院で常勤病理医が1人もいない病院がまだまだ多いのが現状です。

現在、日本の病理専門医はたかだか2,300名程度で、これは全医師の0.8%に過ぎません。2011年の時点での平均年齢は52.4歳。この数字は、他のどの診療科の専門医平均年齢よりも高いのです。66歳以上の病理専門医が全体の14%を占めています。実は今後5年で66歳を超える(定年を迎える)病理専門医数は、私を含めて500名をはるかに超え、2027年には66歳以上の病理医が29%を占めると計算されています。日本の病理診断は、元気なベテラン病理医によって支えられているといっても過言ではありません。日本の病理専門医は定年後も頑張って働き、日本の医療が何とか動いているのです。実は、すべての病理医が75歳まで現役で働かねばなりません!

病理医の増加は、患者さんへの病理医による病理診断の説明の普及にもつながります。逆に、病理医の数が増えないと、忙しい病理医はなかなか患者さんに向かいあえそうもありません。日本の医療の質の向上、患者さんの納得の医療に欠かせない未解決ニーズであることをぜひ理解していただきたいと思います。

患者さんと向きあうのが病理医の重要なしごとであることが広く認識されれば、間違いなく、病理医志望者は増えるでしょう。医学生や研修医に向けて、私たちはもっと「患者さんに顔のみえる病理医」を訴え続けねばなりません! もう一つ重要な点は、病理医は定年後も継続して、自らが培ってきた知識と経験をそのまま生かし続けることができる数少ない医師集団であることです。このことは、現役合格でも定年年齢を迎えつつある中、今年の夏に開催されたわが医学部クラス会の席で改めて気づかされました。外科医も小児科医も放射線治療医も、みなベテランの技術を生かす形での定年後の再就職が難しい中、病理医はそれがいとも簡単であり、しかもニーズが高い! これは、病理医を職業とするメリットの一つといえるかもしれません(笑)。

 

誤解は誤診につながる~病理医と臨床医の連携の重要性

病理医が病理診断名に選ぶ病名は一律でないかもしれません。同じような顕微鏡所見をみても、使用する分類によって、臓器によって、人によって、施設によって、国によって、時代によって、そして日によって、相当の幅があることはまぎれもない事実です。

乳腺の「乳頭状病変」をみて、乳管内乳頭腫と上皮内がんに病理医の意見が分かれることはそれほど珍しくありません。乳房の穿刺吸引細胞診で、異型性のある上皮細胞集塊を乳がんと判断するか否かに迷うことも日常的です。残念ながら、こうした「病理診断病名の微妙さ」は、病理形態像になじみの薄い臨床医には、理解しづらいし、まして患者さんには想像をはるかに超えるところでしょう。病理診断を最終診断と信じている立場からすると、この迷いは許しがたいことかもしれません。

何より肝腎なのは、病理診断の中身、患者さんの利益になる的確な最終判断です。つまり、病理診断病名だけでなく、記された所見の内容やコメントが重要なのです。私は電話連絡を大切にします。微妙なニュアンスは文字だけでは伝わりませんし、もしかしたら文字は読み飛ばされてしまうかもしれない。だから、これはと思う場合には、「誤解」を防ぐために、できる限り私は担当医に直接、電話連絡するようにしています。もちろん、症例検討会で直接臨床医と病理医がディスカッションすることが理想的です。ときには、患者のがん保険への加入の有無・がん保険利用の希望によって、たとえば、大腸ポリープの診断名を腺腫内がんとするか高度異型腺腫とするか判断する(私はこれを、病理診断の社会的適応とよんでいます)、そんな私のような病理医もいるのです。どちらも、取り切れていれば今後の治療に大きな差はありませんから。

乳腺病変の場合、妊娠中、授乳中といった簡単な情報が病理診断申込用紙に記載されていない場合がときに経験されます。授乳中に正常の乳腺が“しこり”として触れることがあり、穿刺吸引細胞診の対象に選ばれることになります。その場合、当然、非妊娠時には存在しない「活性型の細胞」、つまり乳汁を分泌する活動性の高い細胞が標本中にでてきます。うっかりすると、この細胞が“陽性”、すなわち「がん細胞」にみえます。実際、そのようなヒヤリ・ハットの体験があり、当時、ひと騒ぎになりました。臨床医の先生方は、妊娠中・授乳中であることはそれほど大切な情報ではないと思い込んでいるフシがあります。細胞の顔つきの変化をよく知らない臨床医には、なかなかわかってもらえない特殊な悩みです。
つい先日も、40代半ばの女性から採取された子宮頚部のポリープ状病変に、異型細胞を多数みつけました。妊娠に伴う“絨毛上皮細胞”の間質浸潤(良性)と思われましたが、妊娠に関する臨床的な記載がありません。もし妊娠していなければ、がん細胞の浸潤と判断されます。直接電話で問い合わせた結果、妊娠中とのことで一件落着しました。

病理医と臨床医の話しあい(連係プレイ)によって、誤診や誤解の多くが防げると私は信じています。病理所見が臨床的判断とあわないときが分岐点です。臨床医がまったく考えていない診断をビシッとくだせたときの爽快感は、病理診断の醍醐味なのですが――。一方、臨床医も、思ってもみない病理診断名が返ってきた場合、何か変だと感じて、病理医へ問いあわせてほしい。できれば、病理診断科に足を運んでほしい。
病理診断を 100% 信頼してくれる臨床医は、いつも病理医と話しあうタイプと、病理診断科に足を運んだことのないタイプの相反する2種の集団に分けられます。

 

臨床医の先生方への一病理医からのお願い

病理医は、プレパラートの向こうで待っている患者さん、顔も知らない患者さんのことを考えながら、黙々と顕微鏡に向かっていることをまず知ってほしいです。
病理診断のもとになる病理標本やパラフィンブロックは、長期保存が可能であり、客観性が厳に保たれる上、貸し出しや追加薄切・追加染色が容易であることも理解してください。もし患者さんが病理診断のセカンドオピニオンを求めた場合、ぜひ病理診断部門に相談の上、患者さんの望みを実現してあげてほしいと思います。

病理医のもつ客観性・クールさを生かすと、病理医が直接患者さんの疑問や質問に応えることで、納得の医療へとつながります。納得した患者さんが前向きに治療に向きあってくれるようになるでしょう。医師・患者関係の改善や医療不信の解消にもつながるのではないかと期待します。ぜひ、病理医のクールな視点をもっと活用してほしいと願います。

病理医のもつ幅広い専門性に目を向けていただき、患者さんのために一番よいと思われる選択肢が提供できるよう、協力しあう形をもっともっと深めたいと思います。ぜひ、病理診断科まで足を運んでください。お忙しければ、電話やメールでもいいかもしれません。
病理診断の微妙さもわかってほしい点の一つです。病理診断に対する疑問や質問があるときは、どうか遠慮なく、病理医に連絡してください。誤解は誤診と同等だと信じるからです。病理医と臨床医の相互理解が誤診を避けるための最重要なステップです。

最後に、医療機関における待ちの医療だけでは、十分な医療サービスができないかもしれない点に思いを馳せ、病理医や臨床医のもつ豊富な知識や経験を、病院の外(地域の中)でも生かせるように工夫できないでしょうか。1日に5分だけの時間をボランティア活動に使いましょう。いかがでしょう。

 

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堤 寛(つつみ・ゆたか)
横浜生まれの浜っ子。1976年慶應義塾大学医学部卒。1980年3月同大学院(病理系)修了。同4月に東海大学医学部に移動し21年間在籍。2001年6月、愛知県豊明市の藤田保健衛生大学医学部第一病理学、教授に就任。趣味はオーボエ演奏。日本病理学会学術評議員・専門医、日本臨床細胞学会評議員・専門医、日本組織細胞化学会理事、日本感染症学会Infection Control Doctor、医療の安全に関する研究会常任理事など。本業は病理診断と医学教育。student publicationを推進している。病理診断のセカンドオピニオンを積極的に受け、「患者さんに顔のみえる病理医」を実践。免疫染色を病理診断に導入したパイオニアでもある。感染症の病理のほか、院内感染防止、医療廃棄物適正処理など、「日本の常識、世界の非常識」を見直し続ける「穴埋め病理医」「社会派病理医」を自認している。

■HP
http://info.fujita-hu.ac.jp/pathology1/

■著書
『病理医があかすタチのいいがん悪いがん。最新診断治療ガイド』(双葉社、2001)
『病院でもらう病気で死ぬな。現役医師が問う 日本の病院の非常識度』(角川新書、2001)
『父たちの大東亜戦争 戦地シンガポール・スマトラの意外な日々』(幻冬舎ルネッサンス、2010)
『堤先生、こんばんはo(^-^)o~若き女性がん患者と病理医のいのちの対話~』(三恵社、2011)
『患者さんに顔の見える病理医からのメッセージ ~あなたの“がん”の治し方は病理診断が決める!~』(三恵社、2012)

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