母で医師だからわかること~壁があったからこそ見えたもの 後編
働き方はその時々で選べばいい。 “受援力”味方に、女性だからこその医師キャリアを
吉田 穂波氏(国立保健医療科学院・生涯健康研究部主任研究官)
2008年に3人に子どもを連れてハーバード留学を果たした吉田穂波先生。現在は国立保健医療科学院で生涯健康研究部主任研究官として活躍されています。前編では、留学のモチベーションとなったアイデンティティークライシスや、被災地支援で感じた母子健康の日本モデル構築の必要性などについてお話を伺いました。後編では女性として、医師として、キャリアについてのお考えを伺います。
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優先すべきは夫のキャリア?
私が後輩の女性医師からよく相談を受けるのが、夫のキャリアについてです。「夫は長時間勤務だけど、私は家事や保育園の送り迎えがあってフルタイムは難しい。大学生のときには自分のほうが優秀だったのに悔しい!」って言う人が結構いるんです。
一般的に日本の社会は「夫」である男性のキャリアが優先で、女性のほうが引かなきゃない形が多いと思うんですけれど、それは夫からそう指示されたわけではなく、妻が先回りして「そうしなきゃ」と思い込んでいるケースも多いのではないでしょうか。 私も一時はそうで、夫を立ててサポートに回ってみたんですけれど、どうもモヤモヤして、小競り合いや喧嘩が絶えなくて。でも、けんかも押しつけ合いも、双方にとって、子どもにとって建設的なことは何ひとつありません。
それに、夫も「自分はすごくやっている」と思っているから、まずはそれを認めるのが大切だと思います。私が後輩の女性医師から相談されたときは「自分がどういうふうに言われたいか、まず紙に書いてみてね」って話すんです。ありがとうって言われたいのか頑張っているねって言われたいのか、もっともっと活躍してよって言われたいのか。それと同じ事を彼にも言い続けていると、だんだん相手からも言ってくれるようになりますよ。
そして、目の前の綱引きだけだとお互い張り合っちゃうけれど、80歳、90歳という共通のゴールを目指すという長期的な視点が必要です。キャリアは後になっても積めますが、妊娠出産はどうしても後回しにはできないのです。20代から30代はキャリアと妊娠出産の時期が一致してしまうので、ハンデと思う女性も多いかもしれません。でも、私は自分の強みを増やすチャンスだと捉えるのが大事だと思います。
たとえば私の場合、24歳で卒業して、研修医として働き、その後大学院に行って。結婚してドイツ留学中に1人目を産んでからまた日本で臨床医として働いて、2人目を産んで。3人目を産んですぐにハーバードに留学して、4人目を産んで。5人目はもう2歳になりました。子どもを産み育て働き続けることで、忍耐強くなりましたし、苦労すればするほど、自分がしたいことを見つけて輝ける、言葉に重みがある――そんな人になりたいと思っています。
“受援力”を世界に広めたい
私は子どもを産み育てながら働く中で“どんなとき自分のモチベーションが上がってワクワクしていたのか”が見えてきました。私は自分が必要とされていると実感できることに手応えを感じるというのがわかったんです。あるとき、自分の人生のなかで、自分のモチベーションが上がったときを視覚化してみたら、自分がこういうことをしているときが好きなんだなという要素が見つかりました。たとえば信頼できる仲間と目標に向かって頑張ること、人に頼られること、人の力になること、それは、今の被災地支援やキャリア支援、人材育成でも共通しています。
ただし、その時間を作るには人の力を借りるしかありません。一日は24時間しかないし、私は医師ですが母でも妻でもあります。だからうまく助けてもらいましょうよ、というのが“受援力”です。
すごく頑張っている女性って、「周りに助けを求めるのは負け」というような考え方をしがちです。それは日本人特有なのかと思っていたのですが、どうもこれはグローバルな問題なようなんです。 「人に頼むのはみっともない、自分は弱い、勝手でわがままだ」と、自分は思う。けれど、自分が誰かに頼まれてみるとすごくうれしいし「私でもいいんだ」って自信がつきますよね? 頼るのは難しいと思っていても、頼られると人はうれしいものであり、助けを求めることは、実は相手に対する最大の承認なんです。人に助けを求める時には「他人に迷惑をかけている自分はだめだ」と考えるのではなく、「誰かの『人の役に立ちたい』という気持ちを引き出して、自信を与えている良い自分なのだ」と思うと、少し楽になりますし、自分が頼ったことで相手も人に頼ることが出来るようになります。 それを先日『TED×トーク』のステージに立ったときに話したら、聞いてくださっていた文化も宗教も国籍も違う方が「これはグローバルで地球上で共有したい課題だよね」っておっしゃってくださって。「やった!」と思いました。 これからは、“受援力――助けを快く受け止める力”を、日本だけでなく世界でもどんどん広めていきたいと思います。
本当に大変なとき、でも、どうしてもやり遂げたいときに、人を頼るのはとても大事なことです。人は、人の力を借りることで成功するのに、私たちはそれを習って来ませんでした。極端ですが、豊臣秀吉も坂本龍馬も、必ず誰かの力を借りています。そして大きなことを成し遂げました。人の力を借りると、相手にとってもプラスな影響を引き起こしているのです。
働き方は、その時々で選べばいい
女性医師の働き方としては、出産育児などで臨床を続けるのが難しいなと感じたのなら、「研究」でもいいし「教育」でもいいし、行政医師になってもいいと思うんです。 保健所に勤めたらもう一生臨床に戻れないかというと、そんなことはありません。また患者さんを診たいと思ったらできる方法がいくらでもあります。どんな形でも、医師として人の役に立てることが必ずあります。臨床医のスタンダードとされる長時間労働ができなくても、それで自分をおとしめてしまってはもったいないと思うんです。
人と感情的につながるということに関して、人間は大きな力を持っています。鳥でも猿でも、どんな種別でも、特に女性は他者と繋がることを大事にしていて、コミュニケーション力は絶対的な強みです。ですので、医療チームも災害地も、職場に女性がいるアドバンテージはあると思います。女性医師、男性医師に限らず、育児や介護、闘病など色んなシチュエーションにいる人が働いていれば、お互いの立場を理解し合い、助け合えますし、誰でも、今、家事、育児、介護、闘病などにチャレンジしている人か、将来同じような課題に向き合う人かのどちらかなんです。
私自身、子育てをしていては独身時代のように時間を使えないと気付いたときに「現場に貼り付けなくても自分の価値を高めるにはどうしたらいいか」「人材として“便利使い”できない自分になっちゃったけれど、どうしたら認めてもらえるか」と考えなかったら、多分「勉強しよう」「留学してスキルを磨こう」とは思わなかったでしょう。
それまでの働き方ができなくなったからこそ、24時間いつでも働いているから使ってもらえていたということに気付けたのだと思います。留学後の就職活動で壁にぶつかったこと、ボランティア支援で思うようにいかずいっぱいいっぱいになってしまったこと。このように何か障害があるときは、「方向転換するべき」というメッセージなんだと思うようにしています。うまくいかないことがあったときには「なんでうまくいかないんだろう」と思うのではなく、「これって軌道修正の材料かもしれない」「何かのサインなのかもしれない」と思うようにしています。
何度も悔しい気持ちを味わいましたが、医師になれることって本当に恵まれていることだと思うから、ほかの人からどう思われようと、自分だけはずっと自分の価値を認めてあげよう、クサらずに働き続けよう、と思えたからこそここまで来られたような気がします。私は、医師だから、自分だからこそできることがあると思いますし、人を助けることや人の力になるってすごく楽しいなって思うんです。
もし、生まれ変わって職業を選ぶとしても、絶対にまた医師を選びたいと思っています。
(聞き手・エピロギ編集部)
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- 吉田 穂波(よしだ・ほなみ)
- 産婦人科医・医学博士・公衆衛生修士。三重大学医学部医学科を卒業ののち、名古屋大学医学系大学院で博士号を取得。ドイツ・イギリスでの臨床研究やハーバード公衆衛生大学院への留学を経て、現在は国立保健医療科学院 主任研究官を務める。
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