「小児科オンライン」橋本直也氏インタビュー 

医療の未来を創る~若き医師の挑戦 前編

誰もが不安なく子育てできる社会を“ビジネス”を使い実現する

橋本 直也 氏(小児科医/株式会社Kids Public 代表)

今、IT技術を活用し、医師と患者がオンライン上でつながったり、膨大な医学論文データを人工知能が分析し治療法を助言するなど、これまでにない医療サービスや技術が次々に生まれています。
チャットやテレビ電話を使って小児科医にリアルタイムで相談できるサービス「小児科オンライン」(5月30日オープン)もその一つです。代表の橋本直也氏は現役の小児科医。診療後の18時からパソコンの前に座ります。
いち小児科医の立場から、「誰もが不安なく子育てできる社会」を作るためにサービスを立上げたという橋本氏。彼を突き動かしたのは、救急外来に訪れた、ある若い親子でした。
病院を飛び出し、医師としてITを活用した新しい医療のあり方の実現に挑む橋本氏に、サービスに込めた思いやこれまでの道のりをお聞きしました。

「小児科オンライン」

LINEやSkypeのチャットやテレビ電話機能を使い、リアルタイムで小児科医に相談をできる、小児専門の遠隔相談サービス*。
*:あくまで医療相談であり、医療行為となる診断や処方は行っていない


利用するには、まず小児科オンラインのサイト(https://syounika.jp/)にアクセスして、名前や子どもの年齢などの基本情報と相談内容を入力し、相談時間を選択(1コマ15分**)する。予約時間が来たら、LINEやSkype、電話をするだけ。電話やメッセージによる会話と合わせて、テレビ電話の画面に子どもを映したり、患部の写真を添付して医者に見せることも可能だ。これらの情報をもとに、小児科医から、救急外来へ行くべきかや、取るべき対応などのアドバイスを受けられるという。

小児科オンラインイメージ

■利用時間:平日 18:00 - 22:00
■料金:初月無料、月額980円(税抜)で使い放題**
■運営会社:株式会社Kids Public

**:1コマあたりの時間、料金については年内変更予定

 

子どもの未来を担う「小児科医」という仕事

 起業はしましたが、僕はビジネスマンではなく、あくまで「小児科医」です。
 小児科を選んだのは、シンプルに「子どもが好きだから」です。病院実習を行う医学部5年生のときには、小児科を選ぼうと決めていました。
 その思いを強くしたのが研修医時代。研修先の病院にガンで入院していた中学生の女の子がいたんです。当時はただのいち研修医で、たわいもない話を聞いていただけですが、無事元気になって退院する時に、彼女が「これを乗り切れたから、私はこの先、人生どんなことがあっても乗り越えられる気がする」って言ったんです。すごく感動しました。
 小児科での患者さんとの関わりは、何十年先のその子の未来に繋がっていく。小児医療が担っているのは子どもたちの未来であることに他の科にない強い魅力を感じて、改めて小児科医という仕事は素晴らしいなと思いました。実は彼女、看護師になって医療の現場に戻ってきてくれたんです。嬉しかったですね。

 

すべての領域の専門家であり、どの専門家でもない道へ

 2年間の研修の後、小児専門病院に入りました。その時は、どの専門が自分にあっているのかはまだわからないけど、ガンとか心臓とか、何かしらの専門家になるんだろうという漠然としたイメージを持っていました。
 しかし、時間が経つにつれて、一分野を深く知っているというよりはすべてを広く知っているからこそその子にとっての最善の策をとれる人、そのための振分ができる人になりたい、そういう専門性を持ちたいと考えるようになりました。病気や怪我をした子をしかるべき専門家にしかるべきタイミングで紹介する「総合診療医」という考えに非常に共感して、目指すことにしたんです。
 総合病院やクリニックの総合診療医として、専門病院にいかなければいけない子どもをピックアップしたり、圧倒的に数の多い「健康な子どもたち」の健康を維持することがしたいと考えました。さらには、病院で病気になった子どもを待つのではなく、病院を飛び出し、子どもがいるすべての場所に目を配ってその健康を守り、彼らの健康を底上げする医師になりたい。何もなければ健康を崩さずにすむ子を守る仕事をしたいと考えるようになっていきました。
 もちろん、病気や怪我をしてしまった子どもたちを高度な技術で治す人たちは絶対になくてはならないし、尊敬しています。でもそこはスキルの長けている人に任せて、自分はそもそも病院に運ばれる子どもを少なくすることがしたいと考えたんです。
 病院の中で完結するのではなく、世の中を、総合的な視点、俯瞰的な「鳥の目」を持って、その子にとって何が最善かというバランスをとりながら、いろんなやりとりをし判断をする人。僕はまだそこまで出来ていませんけど、社会と関わりながら子どもたちの健康を底上げする総合診療医、General Pediatrician が世の中には必要で、自分はそれになりたいと思ったんです。

 

「泣き止まなくて、つい手を上げてしまいました」

 社会と関わる小児科医になりたいと思ったきっかけに、今でも鮮明に覚えている、ある女の子との出会いがありました。夜中に救急車で運ばれてきた3歳児でした。
 足を見たらパンパンに腫れていて、付き添ってきたお母さんが「泣き止まなくて、つい手を上げてしまいました」って、とても動揺した様子で、でも何よりまっさきに言うんです。レントゲンを見たら骨がパキッと折れていて、大腿骨骨折でした。
 一般的に、虐待のケースの場合、親は本当のことを言わないことが多いんです。しかし親の話では怪我の説明がつかない。それで悩むんですね。親御さんを信じたい気持もあるし、子どもの健康も守りたい。どっちだろうと。でもこのお母さんは「私がやりました。すみません」ってはっきりと謝るんです。この方は本当に追い詰められている、と感じました。
 母子家庭で、そこまで裕福な身なりでもありませんでした。子どもが憎くて手を上げたわけじゃない。積もり積もった社会の疲れがすべて、この子の足にぶつけられた気がしました。何かのきっかけでこの家族は社会から孤立してしまって、追い詰められて子どもに手を上げてしまったんだろう、と。この親を責めるのは違う。これは子育て世代の孤立や貧困など、社会構造が生み出した社会の軋轢による骨折だって。
 こうした子どもたちが傷ついて運ばれてくるのを救急外来で待つだけではなく、この子がこうならない世界があれば一番いいんじゃないか。子育てをする家庭を孤立させないことがとても大切なんだと強く思いました。
 社会の影響を一番に受けるのはもっとも立場の弱い子どもたちです。例えば、ぜんそくで何度も入院する子がいたんです。その父親はヘビースモーカーでその子のぜんそくのコントロールを悪化させていました。でも、その父親がそんなにたばこを吸うのだってきっと別の原因がある。そういう社会のしわ寄せがぜんそくとしてその子に現れているわけです。
 病院でそういう子たちを診ているうちに、自分がやりたいことは、目の前の病気の子どもを治すことだけではなく、その上流にある問題を解決することだと気づきました。
 それに、夕方や夜間に救急外来にきて、1時間も2時間も待たされ、5分の診療で、へとへとになりながらタクシーで帰る親子を見るたびに、そんな社会も変えたかった。
 一方で、診療現場はほんとに人手が足りなくて、みんな疲弊しきっています。今以上に早く診てあげることも、ゆっくり時間をかけてあげることも現実的に不可能だということも、実感としてわかっていました。
 いったい社会で何が起きているのか知りたい。どうしたら解決できるのかを知りたい。それで、公衆衛生学を学びに大学院に行くことにしました。

 

【前編】文中

 

公衆衛生学、そして「ビジネスノウハウ」との出会い

 大学院では、経済格差を始めとする社会構造により人々の健康が形成されていることを学びました。やはり母子家庭が追い詰められていることや、親の行動によって子供の健康が規定されていること、親の行動もまた親自身の社会的孤立に影響されていることなどもわかってきて、現場で感じていたことと非常にマッチしていていたから「ああ、なるほど」と腑に落ちました。
 それで「関連は分かった。今度は子どもの健康が守られるように、社会構造を変え、問題が発生しないようにしたい」と思ったんです。
 意外だったんですが、公衆衛生学ではビジネスで使われている戦略についても学ぶんです。「人はなぜコカコーラを買うのか」とか、人々の行動変容を起こす手段としてのビジネスのノウハウを学ぶんですよ。
 「こういう社会を作りたい」と声を上げても人々の行動はなかなか変わりません。一方、ビジネスは人々に行動変容を促し商品を買わせます。あるビジネスが成功する、ある製品が売れるということは、人々のニーズにその商品がマッチしているということ。あるいは、お金を払ってでも手に入れたいという気持にさせてニーズを生み出すように、社会の構造を変えることです。そのノウハウを学ぶ授業です。
 自分に置き換えると、医療者が目指していることは、健康になるための行動変容を促すことです。ここに、ビジネスのノウハウは大いに応用が効くだろうと思いました。小児科と家庭をつなぐチャネルを増やし、親御さんの行動変容を促し、子どもたちの健康を底上げすることも叶うかもしれないと思いました。

 

社会を変えるために、ビジネスを使う

 もう一つ、ビジネスを使おうと思ったきっかけがあって、公衆衛生学とは別に、メディア学の授業もとっていたんですが、そこで出会った友人が在学中に起業してウェブメディアを立ち上げたんです。僕もライターとして参加させてもらっていたんですが、その時に「起業」という選択肢もあるんだということに気付きました。
 ビジネスになんてまったく興味がなかったのですが、「子どもたちの健康に関連した事業を立ち上げて、親を絶対に孤立させない社会を作る」というビジネスをやってみたら面白いじゃないかって。
 ビジネスなら自分ですぐに行動できるし、PDCAサイクル*を小さく早く回して、出てきた課題を改善しながら挑戦することができます。そして、ビジネスであるからこそ、収益を上げ、力を貸してくれる従業員や小児科医にきちんと給料を支払う必要がでてきます。しかし、それは同時に持続可能なシステムの構築に他なりません。より多くの人にサービスを届け、かつ持続可能に提供していく、それを達成するためにビジネスの推進力はとても理にかなっていると思いました。そして徐々に「小児科オンライン」のビジネス構想を練り始めました。

*PDCAサイクル:事業活動における業務改善の手法の一つ。Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4 段階を繰り返し、継続的にプロセスの改善を行う手法のこと。

 

後編では、サービスの立ち上げと反響、そして今後の展望について伺います。

(聞き手=「エピロギ編集部 / 撮影=加藤梓)

 

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橋本 直也(はしもと・なおや)
小児科医/株式会社Kids Public 代表
2009年日本大学医学部卒業。聖路加国際病院での初期研修、国立成育医療研究センターでの小児科研修後、2014年に東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修士課程に進学。在学中の2015年12月に株式会社Kids Publicを設立する。大学院、起業と並行し、2015年より都内小児科クリニックにて勤務。取得資格は、小児科専門医、公衆衛生修士号。
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