vol.2「患者さんに顔のみえる病理医」の実践
堤 寛 氏(藤田保健衛生大学医学部第一病理学 教授)
このような状況で、「患者さんに顔のみえる病理医」を実践している医師がいます。
堤寛(つつみ・ゆたか)氏。藤田保健衛生大学医学部第一病理学の教授を務める病理医です。
今回は患者さんに寄り添う姿勢を大切にしている堤氏に、「『病理医』だからこそ、患者さんのためにできること」というテーマで全3回のエッセイをご寄稿いただきました。
第2回目は、「患者さんに顔のみえる病理医」を実践することの意味や重要性について、具体的にご紹介いただきます。
「患者さんに顔のみえる病理医」には2つの形があります。
一つは、院内に設置された「病理外来」や「セカンドオピニオン外来」で患者さんに病理医が向きあって直接お話しするアプローチで、2008年4月に病理診断科が標榜科となって以来、全国の病院で少しずつ広まってきています。まだまだ数少ないですが、「病理診断科」を標榜して開業した病理医仲間もいます。こうしたオーソドックスな(保険診療体系の中にしっかりと位置づけられた)患者さんと向きあう病理診断科のあり方がもっと普及することが求められます。
もう一つの形は、診療報酬外(病院システムの外、地域社会の中)で、患者さんからの病理診断に関するセカンドオピニオンを引き受ける私流のアプローチです。患者さんに医療機関から病理標本を借りてもらい、私まで郵送・宅配してもらうのです。今のところボランティア活動とならざるをえませんが、私が実践する後者の姿を以下に紹介します。
患者さんに触らない、治療しない医師だからできること
病理医は、患者さんに触りません。治療しません。でも、病気の専門家であり、臨床医とも近しいのです。病理標本を通じて、相当正確に患者さんの病気の姿・タチがみえる。患者さんの生命予後も予測できる。だから、自分の病気の本当の状態を知りたい患者さんに対して、自分の判断・考えを客観的に伝えることが病理医に期待されているし、それができるのです。その結果、多くの患者さんが納得して前向きにリセットできる――。
この役目は、臨床医にはできないし、するべきでないでしょう。臨床医が特定の患者に対して特別の配慮をして相談に乗るのは、時間的にも物理的にも心理的にもやりにくいし、他の患者さんからみたらえこひいきに感じるかもしれません。何より、クールに判断して、客観的な治療を進めることが難しくなってしまいます。治療に関与しない病理医は、説明を強く望む100人に1人の患者さんに対して、100倍の時間を使ってていねいに、半歩近づいて接することができるのです。
このアプローチには、臨床医と相談内容を共有することが重要であることは言うまでもありません。臨床医にとっても、苦手な病理診断の説明を専門の病理医してくれれば大歓迎ではないでしょうか? 臨床医の先生方にはもっともっと、病理医の実力を信頼してほしいと思います。近くの病理医と一度じっくり話しあってほしいと思います。
プロが白衣を脱いで、ノーネクタイで、地域社会の中でじっくり相談に乗る。この私流の患者支援は、現代日本の医療に決定的に欠けている側面だと感じています。この新しい患者ニーズに対する病理医の社会的役割が、もっともっと、社会に、患者さんに、臨床医に、そして病理医自身に理解され、幅広く展開されることを私は切望します。
くりかえしになりますが、体の診察をしない病気の専門家に訊きたいことを訊き、悩みを打ち明ける。そうした受け皿になりやすい医療者が病理医であると、実践を通じて、私はそんなふうに思えるようになりました。病理医だからこそできることと信じています。
こうしたいわば「こころの支え役」を担う医療者は、これまでの医療体制の中では少なかったのではないでしょうか。このニーズはとても大きいと思います。このような立ち位置は、現在、医療の中に位置づけられにくいものです。だからこそ、可能なことがあるのではないでしょうか。このような支えを地域の中に何とか広め、定着させてゆくことはできないでしょうか。病理医はその役割に適していると、強く私は思うのです。
堤流「患者さんに顔のみえる病理医」の実践
私ががん患者会と密に交流するようになって20年ほど経ちます。Teddy(メーリングリストの形の患者会)、イデアフォー、ソレイユ、COML、日本がん楽(らく)会や地域の患者会から、相談・講演やコメントをときどき依頼されます。NPO法人ぴあサポートわかば会と共同歩調をとりだしてから15年が経過しようとしています。最近では、健康に関心のある地域の市民団体から健康や病気に関する講演を依頼される機会が増えました(実は、音楽つき講演会が多いです。私はへぼオーボエ吹きです)。
こうした交流の中で、病理診断のセカンドオピニオンを受ける頻度が必然的に高まりました。メールや電話でのやりとりが主体ですが、必要に応じて、大学の自室や市中で直接会って、病理診断に関する説明をするとともに、わかる範囲で、医療に関する相談を受けています。必ず病理診断書を本人・担当医向けに作成し、さらに顕微鏡写真のデータをプレゼントしています。診断書だけでは足りないと感じるときは、患者さん宛の手紙をつけます。無償の奉仕活動ですが、ていねいに説明し、質問に一つひとつ答えることで、患者さんが納得して前向きに変容してゆく姿を、感慨深く体験しています。実践を通して学ぶ「体験学習」をしているといってもいいでしょう。もちろん、わからないことは正直にわからないと答えますが、可能な限り、疑問に答えてくれるだろう専門家を紹介させてもらっています。
病院では、患者さんは主治医に嫌われたくない、担当医に迷惑をかけたくないと“いい子”になってしまい、本音をいわない、いえない事実がくりかえし実体験されます。ときには、病理解剖や裁判症例に関する意見を求められますが、原則として断らず、率直な意見を述べることで、患者・遺族の不信感が緩和される、そんな事例もよく経験されます。無用な裁判を避けて、示談に至る事例にはほっとします。
NPO法人ぴあサポートわかば会から学ぶ
NPO法人ぴあサポートわかば会(愛知県豊明市)からは多くを学ばせてもらっています。理事長で乳がん体験者の寺田佐代子さんとは、会の立ちあげ当初から、私のオーボエと寺田さんのピアノによる「患者と医療者の奏でる音楽」活動を続け、現在では、「輪の和」コンサートと称する、患者、医療者、学生、障碍者、市民がみんなで創りあげる“withness”をテーマとした演奏会を、被災地を含む全国各地で実践しています。withnessはともにいることを意味する造語です。事実、患者さん、市民のみならず、多くの病理医や医学生の多大なる協力と共感をえています。音楽は、だれでも平等に、障碍や国境を越えて“音を楽しむ”ことができる点が最大の利点ですね。
寺田さんが実践するピアサポート(患者同士の支えあい)、グループワークによるこころのケア活動に積極的に参加し、数多くの人とこころの対話を経験させてもらっています。草津温泉や与論島といった自然豊かな場所での滞在型ワークにもファシリテーター役で参加しています。こうして、プロフェッショナルが地域にでて活動することの重要性・必要性を強く実感させてもらっています。本物の体験学習です。どうしてもベクトルが内向きになりがちな医療者に、外向きのベクトルの大切さを分かちあいたいと思う今日このごろです。
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- 堤 寛(つつみ・ゆたか)
- 横浜生まれの浜っ子。1976年慶應義塾大学医学部卒。1980年3月同大学院(病理系)修了。同4月に東海大学医学部に移動し21年間在籍。2001年6月、愛知県豊明市の藤田保健衛生大学医学部第一病理学、教授に就任。趣味はオーボエ演奏。日本病理学会学術評議員・専門医、日本臨床細胞学会評議員・専門医、日本組織細胞化学会理事、日本感染症学会Infection Control Doctor、医療の安全に関する研究会常任理事など。本業は病理診断と医学教育。student publicationを推進している。病理診断のセカンドオピニオンを積極的に受け、「患者さんに顔のみえる病理医」を実践。免疫染色を病理診断に導入したパイオニアでもある。感染症の病理のほか、院内感染防止、医療廃棄物適正処理など、「日本の常識、世界の非常識」を見直し続ける「穴埋め病理医」「社会派病理医」を自認している。
■著書
『病理医があかすタチのいいがん悪いがん。最新診断治療ガイド』(双葉社、2001)
『病院でもらう病気で死ぬな。現役医師が問う 日本の病院の非常識度』(角川新書、2001)
『父たちの大東亜戦争 戦地シンガポール・スマトラの意外な日々』(幻冬舎ルネッサンス、2010)
『堤先生、こんばんはo(^-^)o~若き女性がん患者と病理医のいのちの対話~』(三恵社、2011)
『患者さんに顔の見える病理医からのメッセージ ~あなたの“がん”の治し方は病理診断が決める!~』(三恵社、2012)
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