東京恋愛百景~都会の夜と独身こじらせ医師たち

雨月メッツェンバウム次郎 氏(某病院勤務 消化器外科医)

医師にとって「結婚すること」の意味とは、幸せとは何か—— 。
今回は、現実世界では外科医として、ネットの世界ではコラムニストとしてご活躍されている雨月メッツェンバウム次郎氏に、結婚や恋愛に関する医師の幸せをテーマとしたエッセイを寄稿いただきました。

自身を『こじらせ医師』と呼び、その生態や結婚観についてのコラムをお書きになっている雨月氏に、なぜハイスペックなのに結婚しないのか(できないのか…?)、結婚観について綴っていただきます。

エピロギ読者の先生方、初めまして。私は都内某所で勤務医をしている消化器外科医の雨月(うげつ)メッツェンバウム次郎と申します。数年前からもの書きの真似事をしておりまして、方々のサイトにコラムを連載したり寄稿したりしております。コラムニストとしての主な専門領域としては恋愛関連が多いのですが、「結婚論」「美女論」「こじらせ論」「女医論」「男子校論」といった具合でございます。

ちょいと私の話を失礼致します。田舎の国立大学を卒業後、どこの大学にも入局しそびれ流れ流れて東京に。今は社畜ならぬ「病畜」として朝一番から深夜まで、先生方と同じように搾取されている若者、いえもはや中堅の学年でございます。結婚をし損ねて早10年、いまや「ケッコン」という言葉を聞くと気管が狭窄し血圧が下がるようになったものですから、遂にはエピペンを持ち歩くようになりました。まあこのようなイロモノの出たがり医者でございます、以後どうぞお見知り置きを。

さて、どんな酔狂かこの「エピロギ」というサイト、医者をこちらからあちらへ動かしては紹介料を病院からゲットするという、我々医師からするとなんとも言えないが一度は皆お世話になっている人材紹介会社が運営するサイトでございますが、このサイトの担当者さんから原稿の依頼を頂戴致しました。その依頼メールが大変に結構なものですので抜粋してご紹介致しますと、「ご自身を『こじらせ医師』と呼び、その生態や結婚観についてお書きになっている雨月先生に、なぜハイスペックなのに結婚しないのか(できないのか…?)、結婚観についてエッセイをお寄せいただけないだろうか」というわけで、この度記事を寄稿させていただくことになったわけでございます。確かに世の人々にとってみれば、我々が結婚しない理由を、どうせチャラチャラしているのだろうなどと思われることも多々あります。しかしそうではありません。悲しみに満ちたこの「こじらせ」をお伝えしたいと思います。

さて前置きはこの位にしておきましょう、乾杯の挨拶と結紮した糸を切るのが長いと嫌われます。
まずは、私の周りの男性医師には「こじらせ医師」がだいぶ増えているというお話を少し致しましょう。「こじらせ医師」とは何をこじらせたのかと申しますと、もちろん独身を「こじらせ」たという意味でございます。我々男性医師における第一次と第二次結婚ブームを乗り越えてしまい、もはや「いつ」「だれと」結婚すればいいのかわからなくなった医師たちのことですね。この言葉はもともと数年前に巷間で「こじらせ女子」として流行しましたが、その後「こじらせ男子」と変態し、私はそれに敬意を表し「こじらせ医師」と提唱している訳でございます。
先生方はご存知の通り、第一次結婚ブームは「初期研修医2年目終わり頃の秋」です。ここで結婚し、それからのキャリアや専門科、居住地を決める先生が多いですね。そして第二次は「医師5年目」です。人によっては大学院生でしょうし、後期研修医という立場の人もいるでしょう。いずれにせよ5年目というのはキリがいいのか、現役or一浪であれば29, 30歳ですから年齢的にもちょうどいい。私の大学の友人でも9割の医師はこのタイミングで結婚しています。エピロギをお読みの先生方でもこのどちらかであった方は多いかと存じます。

しかしながら私を含む男性の「こじらせ医師」は、結婚の二つのビッグウェーブを乗り越えてしまった「恋愛サーファー」、いや正しくは「恋愛漂流者」ですね、波を捕えて乗った訳ではありませんから。
この「こじらせ医師」、私の周りにも実に多いのです。ちなみに男性医師に限ってお話ししています。もちろん女医さんの世界にも「こじらせ女医」は居るのですが、その問題は極めて複雑に入り組んでおりまして、二重らせんどころか十七重らせんにヌクレオソームもとっ散らかったような有様ですから、またいつかお話しすることに致しましょう。

さて、担当者さんから頂戴した慇懃なメールには「ご自身を『こじらせ医師」と呼び、その生態や結婚観についてお書きになっている雨月先生に、なぜハイスペックなのに結婚しないのか(できないのか…?)、結婚観についてエッセイをお寄せいただく企画」とありましたから、なぜ「こじらせ医師」が結婚出来ないのかについてお話し致しましょう。男性医師に限ると、それほどややこしくないのですね。

まず、例の二つのビッグウェーブに乗り損ねてしまった理由は以下の3つです。

  • 1. 大学時代の彼女と結婚し損ねた
  • 2. 研修医のときナースに捕まり損ねた
  • 3. 5年目のときこっそり付き合っていた研修医女医と結婚し損ねた

もしや読者の先生方にも「こじらせ医師」がいらしたら、「ぎく。」なんて思ってらっしゃるんじゃないでしょうか。はい、多くの「こじらせ医師」はこのような経過を辿り、アラサーからミドサー(middle thirtyのことです)になってしまいます。「1、大学時代の彼女と結婚し損ねた」せいで研修医のあいだに結婚出来ませんでしたし、「2、研修医のときナースに捕まり損ねた」から5年目で結婚出来ませんでした。この2、のハードルは結構高いので、手練れのナースに持っていかれた先生も「ああ、俺だ俺だ」なんて調子で読んでいただいているのでしょう。その後ほとんどの男性医師は1年目の初々しい女性研修医とこっそり付き合う訳です。こっそりと申し上げたのは、周りのスタッフは同期の研修医なんかにもナイショにしてお付き合いをしてしまい、病院からちょっと離れたところなんかで逢引をしてしまうわけです。そして時折老獪なナースに目撃され広まってしまったりするのですね。ああなんという青春。

ところがどういう訳か、この恋愛もラプチャー(破綻)してしまうのですね。ううむ、これは色々な理由がありますから、私も簡単には申し上げられません。まあ専門科の違いによるプライドのぶつかり合い、あたりが一番多いすれ違い理由でしょうかね。
こうして明らかな医師の「婚期」を逃してしまった「こじらせ医師」。ウェーブが去った後には彼らはどうなるか、先生方はご存知でしょうか? おや、ご存知ない。同僚の、あるいは少し後輩の医師の動向を掴んでおくのはとても大切なことですよ。
彼らは、実は「引退」するのです。「引退」と言ったって、この豊潤な恋愛市場から引退する訳じゃあありません。そう、女医の白衣とナース服から引退するんですね。簡単に言ってしまえば院内での恋愛行動を完全に停止する訳です。多くの場合は野に下り、医療職ではない一般の女性達との恋に勤しむことになります。だいたいの場合は院外の同じような独身をこじらせた別の病院の医師や弁護士やら大企業サラリーマンやらとつるんで、夜な夜な繁華街に顔を出すのですね。「こじらせ医師」は、院内で見ると「いい歳こいて独身でフラフラしてるチャラ先生」ですが、ひとたび院外に出るとあら不思議、「アラサー-ハイスペック-イケメン男子(AHID)」に変わるのです。これは、ヒトやモノが同じでも、場所を変えるだけで価値が高くなったり低くなったりするという、経済用語で言うところの「砂漠の水現象」ですね。都会では「い・ろ・は・す」は100円だけれど、砂漠では5,000円で売れるというアレ。

そんな訳で彼らは病院から飛び出し、外に恋のドレナージルートを求めます。あ、誤解があってはいけませんが、何も好きで出る訳ではないのです。院内の「あいつイタイよね」視線が辛すぎて、やむにやまれず出るのです。そして似たようなこじらせ弁護士やこじらせ一流サラリーマンと身を寄せ合って暮らすのですよ。マイノリティーはいつだって日本のような国では生きづらいのですよ。

その後はどうしているか、お聞きになりますか。我々は白衣を脱ぎ捨て広い広い世界へと足を運びます。そこでは医者はただの一つの専門職として扱われ、他の外資系金融リーマンや弁護士、よくわからないIT起業家たちと凌ぎを削ることになります。するとさらに我々の脳内には砂漠の砂嵐が吹き荒れ、目も開かず舌も皮膚も焼けてしまいます。そして、もはやいつ誰と結婚していいかわからなくなるという昏迷状態に陥ってしまうのです。

とまあ、とりとめもないお話をしてしまいました。
え? 「こじらせ医師達は結婚しないのか?」って? さあ、もはや彼らは9割の医師が歩むコースからとっくにコースアウトしていますから、まあ好きに生きるんじゃないでしょうか。男性の医者は結婚しなきゃいけないって決めたのも、9割の人たちですから。全体が決めたルールから外れて生きることは自由そうに見えますが、これがなかなかどうして窮屈だったりするものです。「若いときに結婚する」という医師の世界のマジョリティーに属するということは、それほど少なくないメリットがあるのです。ですから結論としては、もし普通の人生を送りたいのなら、医師は結婚してさっさと恋愛市場から撤退するに限る、というなんとも締まらないことになるようでございます。
医局とか医師会と同じようなもんですかね。では、先生方また何処かでお目にかかりましょう。

※全て個人の感想です。筆者もこじらせているため、バイアスが大いに入っている可能性があります。
※経済用語には「砂漠の水現象」などという言葉はありません。

 

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雨月メッツェンバウム次郎(うげつ・めっつぇんばうむ・じろう)
アラサーの現役外科医。独身。某国立大学医学部卒業後、外科医として働く。ほぼ毎日手術があり、年間200件近く参加する傍ら、年に1, 2回は海外学会へ、年に7回は国内の学会へ自腹で行く。
クリエイターと読者をつなぐサイト「cakes」にて「それでも僕は、外科医をやめない」を連載中。
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