第2回 日本専門医機構が固執する「循環型研修」は、地域医療の崩壊を招く
遠藤 希之 氏(仙台厚生病院 医学教育支援室 室長)
ひっそりと終了した「パブリックコメント」募集
「新」専門医制度には多数の反対意見が次々と出てきている。直近では全国市長会が4月12日に「国民不在の専門医制度を危惧し、拙速に進めることに関する緊急要望」を決議、同月14日に塩崎厚生労働大臣に提出した。地域医療への問題は非常に重要なのである。
日付を遡る。実は反対意見が多すぎるために機構側は「パブコメ」を募集していた。3月21日開始、そして4月4日にひっそりと終了していた。機構は「5‐60のコメントが集まった(中略)理解不足や誤解が多いのでホームページにQ&A形式の回答をする」とのことだ。
「連携して専攻医を循環させる」は可能か?
実際のパブコメには「地域医療への悪影響があるのでは」という意見、質問も多かったとみえる。そのためか機構側は反対派の地方首長に対し頻繁に、時には吉村理事長が足を運んでまで以下のような説得を試みているという。
「地域の病院での後期研修では(中略)大学病院などに頼むことが多いのではないか。
各施設が専攻医を取り合っていたら、医師の偏在は続くのではないか。むしろ、大学などの大病院と、地域の病院が連携をして、専攻医を循環させる仕組みを作った方が良い。」だそうだ。
実はこれが全くの欺瞞なのである。
基幹病院>連携施設群の「循環型研修」システムでは、後期研修医の絶対数が全く足りず、一旦基幹施設に所属させられた研修医を、大部分の連携施設に「循環」させることが不可能だからだ。
新制度に移行する前の代表的な臨床領域の教育病院数をみてみる。内科1,163、外科2,072、整形外科2,033、産婦人科630、小児科520施設(『日経メディカル』2016年9月号 特集「始まらない専門医制度」)。
もちろんこのすべてに3~5年目の後期研修医が必ずいるわけではない。しかし逆にいうと、これほどの数の「地方の施設」が「3~5年目の後期研修医」を欲している、と考えるべきなのだ。たとえ一病院あたり2~3人しかいなくてもよい。そのような後期研修医は一つの病院に長く務めることで「地域医療の特徴」に適した「戦力」になってきていた。地域にとっては非常に重要な、しかも「宝物」とまでいえる人材なのだ。
ところが「新」制度では教育病院が激減し、加えて全ての後期専攻医が「基幹施設のプログラム」に所属しなければならなくなる。これはつまり、自助努力で後期研修医を雇ってきた多数の施設から「3~5年目の後期研修医」が、「循環型研修」のお題目のもとに引き剥がされる、ということに他ならない。
需給バランスを欠いた「循環」がもたらす「医局人事」の再来
ここで地方回りをしている機構のおためごかしが始まる。
「地域の施設が専攻医を取りあうといけない。大病院を中心とした「循環型研修」を行えば地域医療も保全される。」 しかしこれこそ地域医療と医師の需給バランスを無視した欺瞞なのだ。
具体的にみてみる。
まず最大医師数を誇る内科ではどうか。新制度での基幹施設は532施設、そして連携施設と特別連携施設を合わせると2,053、新制度では研修可能な施設が一見2,600に上る。そこで機構は「循環型研修なら全ての連携施設に後期研修医を一定の期間は送ることが可能だ。つまりこれは、地域医療に配慮した素晴らしい制度だ」と胸を張る。
ところが、内科系に進む後期研修医は(吉村機構理事長作成の平成29年3月17日記者会見時のスライドによると)直近三年間の平均が一年あたり3147人だ。
もし、新制度の基幹施設(大学病院も基幹施設だ)一か所あたりに平均6人後期専攻医が所属したら、残る2,053施設は、自前で雇おうとも三年目の医師がほぼゼロになる勘定だ。その後の「循環研修」とやらによる「派遣」は、基幹施設の意向次第、大学病院であれば旧来の「医局人事」になる。しかも三カ月程度の循環研修では地域のニーズを汲むこともできず、ただのお客さんで終わる。
身近な外科や整形外科ではどうか。「新」制度になると基幹施設は外科188、整形外科104にまで激減する。一方一学年あたり外科に進む後期研修医は過去三年の平均で外科820人、整形外科は478人しかいない(上記、吉村氏の資料より)。この二つの科では一旦基幹施設に吸い上げられた後期研修医を、本来二千以上もあった地方の教育施設に「循環」できるわけがない。
上記以外の科でも小児科、産婦人科を筆頭として状況は変わらない。過去三年の後期研修医数平均は、小児科458人、産婦人科411人、麻酔科が480人である。それ以外の12の基本領域科は400人以下、救急科以外は300人以下しかいない。地方の病院がこれらの科の後期研修医を「自前で連続、複数年間雇用したくても」不可能な「制度」になるのだ。
一方、現状では、18基本領域各科のどこかを志望しながらも、大(学)病院に属せず、とにかく地域で頑張ろうと決心している若手医師達も少なくないのである。地域特性にみあったそれぞれの科の研修をしたい、あるいは、基本診療科を越えた研修や診療を行いたい、といいう若手医師も多いということだ。そのような志を持つ若手の芽をも、この「制度」は潰してしまうことになる。
地方の自治体首長や地方病院の管理者の中には、どこかの「大病院、基幹施設」の「連携施設」になっているから、必ずや「後期研修医」をまわしてもらえるだろう、と考えている方もいるかもしれない。しかしそれは幻想だ。この「新」専門医制度が始まったとしたら、地域に根付きたい若手医師を自分たちで雇うこともできなくなるのだ。そして、特に、長年の自助努力で後期研修医を雇い、育て、地域の拠り所を創り出してきた、いわば「地域イノベーションに成功した」地方自治体・病院ほど、地域の医療崩壊を覚悟しなければならない。
この観点からも「新」専門医制度は抜本的に再設計するべきである。
政府による医師統制への可能性をはらむ「新」制度
機構が挙げる最も基本的な「統一基準」の、「全ての後期専攻医はどこかの基本領域に属するべき」、そして「基幹施設>連携施設群で循環研修を行う」、これらをまず白紙撤回するべきだ。
少し話がそれるが、中央権力が「医師統制制度」を設けてはいけない、というのは世界標準の考え方だ。歴史的には「ナチスが医師を統制した結果、医師が様々な悪行を強いられた」という反省からその考え方が生まれた。ドイツでは州ごとの医師会が真の「プロフェッショナルオートノミー」を行っている。中央政府の介入はできない仕組みだ。
新専門医制度がナチスにつながるとは言わない。しかし全国一律の基本領域19に縛られた「統一基準」という制度、つまり「少数の基幹プログラムに所属、研修場所は強制的に決められ、年限中に循環研修を終わらないと専門医になれない」という制度が政府による医師統制の第一歩になる可能性は捨てきれないだろう。そして国による医師の強制配置は、地方自治体の権利をも制限するのだ。この点も、新専門医制度がはらんでいるきわめて危険な問題だ。
自由で多様性のある柔軟な制度のための、オープンな議論を
さてそのうえで自分が提案したい専門医研修制度である。それは「日本のどこでも、世界のどこでも心ある「認定指導医」さえいれば修行ができ、その経験を専門医認定に提出できる」システムだ。もちろん各科の垣根も取り払い、年限も設けてはならない。端的に言うと自由で多様性のある柔軟な研修システムである。
「新」専門医制度と言いながら、日本専門医機構は前時代的な「制度」しか考えられていない。今は21世紀だ。今一度立ち止まり、日々進歩を続ける医療現場と広い世界を知っている現役医療人、地方自治体の人々、一般の人々の意見に耳を傾け、根本からオープンな議論を尽くすべきなのだ。
※本記事は、医療ガバナンス学会発行のメールマガジン『MRIC』「地方の自治を根底からむしばむ新専門医制度 ~地方自治体首長と地方中小病」を大幅に加筆の上掲載しています。
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- 遠藤 希之(えんどう・まれゆき)
- 1965年生まれ。1992年に東北大学医学部卒業後、総合花巻病院にて一般外科研修。東北大学大学院医学研究科、病理学専攻修了後、東北大学病院病理部を経て、2006年より仙台厚生病院に勤務。同病院病理診断科医長(2007年)、部長(2009年)を経て、2016年より医学教育支援室長並びに臨床検査センター長。日本病理学会専門医、同学会指導医、日本臨床細胞学会細胞診指導医。
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