「報・連・相」を基本とした、ベテランスタッフとのコミュニケーション術
本田 宜久 氏(頴田病院 院長/総合内科専門医/プライマリ・ケア認定医)
医師や看護師、コメディカル、事務スタッフなどさまざまな職種が働く病院。業務を円滑に進めるためには、スタッフとのコミュニケーションが必要不可欠です。近年はチーム医療に力を入れる病院も多く、職種の隔たりなく協力して治療を行うケースが増えています。
多職種連携においてベテランスタッフは頼もしい存在です。しかし相手がベテランゆえの難しさがあるのもまた事実。
そこで、頴田病院の院長で長年医療現場のコミュニケーションを省察し後進の育成に励まれている本田宜久氏に、ベテランスタッフと円滑に仕事をするためのコミュニケーションのコツをご紹介いただきます。
1. 大切なことは「情報の意味」の共有
私が赤字にあえぐ病院の院長としてさまざまな解決策にチャレンジしていたある日。摂食機能療法の算定を開始すべく、要件を満たすためのワークフロー策定の会議を開いていた。
ベテラン看護師の発言は、当初、斜に構えたようだったが、おかげで「診療報酬を算定すること=医療チームのプロフェッショナリズム」という意味づけが明確になり、以後の会議の雰囲気がとても積極的なものに変わった。病院の運営に際し、「なぜ、今、これを、我々が、やらないといけないのか」という意味共有が大切であることを強烈に学んだ瞬間だった。
ドラッカーの『マネジメント』で有名な石切り職人の寓話では、「何をしているのか」と問われたとき、1人目は「生活のために稼いでいる」、2人目は「国で一番の石切り職人になるため仕事をしている」、3人目は「大聖堂を作っている」と答えたそうだが、3人目の職人に、仲間とともに組織の目的を実現するという意味共有がなされていることは言うまでもない。病院の運営にも全く同じような情報の意味づけがある。
ベテランスタッフは経験豊富で大きな間違いは犯しにくい半面、根本的な理由や動機について純粋さを忘れかけていることもある(私も含めて)。チームとして仕事をする3人目の職人の心を意識的に呼び起こすことはとても重要だ。
ただし、冒頭のケースであれば、本来は摂食機能療法の意味づけを院長が語るよりも、プロジェクトメンバーで話し合い共感できる意義を見つけていくことが重要だろう。当時はやはり赤字にあえいでいたこともあり、筆者のファシリテーションの未熟さとあいまって結論を性急に述べてしまったことは反省点である。
2.難易度が高いベテランスタッフへの「報・連・相(ほうれんそう)」
さて、冒頭のケースを報連相(報告・連絡・相談)の事例と考えることもできる。ビジネスマナーの基本であるが、一般的によく言われるのは以下のような点であろう。
■初心者向けの報・連・相
「悪い状況こそ早く連絡する」
「目的を明確に報連相する」
「結果、経過の順で報告する」
「自分の考えを持って相談する」
新人から若手であれば、上記のような基本を苦い経験を通して学び実践することが到達目標となる。日本報連相センター作成のレベル表で言えばレベル1−3度に相当するが、これらは自ら報連相を改善するだけで到達できるレベルでもあるためシンプルである。初心者向けと言えよう。
しかし、30-40代の自らも経験豊富となってきた医師がベテランスタッフに報連相するというシチュエーションでは、以下のような、より高度な配慮が必要となる。
■ベテラン向けの報・連・相
「連絡が情報の共有であることを理解し、情報の共有を深める」
「相手の好みに応じた報告を行う」
「相談によって周りを巻き込む」
「自他を尊重しながら柔軟な対応をする」
即ち、表で言えばレベル3−5度に相当する。報連相の技量以上に相手の観察、事前準備や関係性構築が重要になってくる。
■報・連・相レベル表
3.状況を理解し、基本スタンスを定める
一口にベテランといっても、仕事やプライベートにおける事情は様々だ。例えば、共に働く看護師を眺めると小学校で習った農家の分類のような類型が思い出されてくる。
・専業看護師
仕事がまさに天職で生活の中心
・第1種兼業看護師
家庭など時間をとられるものもあるが、比較的仕事を優先
・第2種兼業看護師
家庭などが生活の中心で、仕事はどちらかといえば従
冒頭の摂食機能療法の導入会議のように、ビジョンや理想を共に創り、共有・共感していくことが重要なのは、全てのスタッフに共通する。しかし、「ビジョンはわかるけど、私にも事情が……」という状況もまた、誰にでも起こり得る。特に、仕事の優先順位が比較的低いスタッフにとっては、現状維持以外はつらい選択になりかねないリスクがある。
「摂食機能療法が大切なのはわかります。しかし、導入によって子供の塾の送り迎えに支障が出るかもしれません。たとえ残業が最初の1カ月だとしても、子供には今が大事なので反対です」とは言いにくいかもしれない。また、「病弱な父と過ごす時間を確保するために、実家に近いこの病院を選んだのです。だから、夕方の勉強会には参加できません」という考えの方もいるだろう。
上記のような類型だけではあまりに大雑把なので、個々の事情を理解し、改善すべき課題に対するスタンスを決める必要がある。スタンスについては、成書によっていろいろあるが、ここでは以下のようにまとめたい。
■課題に対するスタンスの一例
・諦める
自分に変えられないことで悩まない
・時を待つ
分析し作戦を練り、味方を増やし、根回しを行う
・部分的に始める
妥協できるポイントを探り当てる
・戦ってでも勝ち取る
戦いのリスクも考慮する(勝利時の逆恨み、敗北時の進退)
現時点では、私は時を待つタイプである。まずは、問題点や改善点について賛同できる人を少しずつ増やしておく。動くチャンスは抵抗勢力が「予期せぬ失敗」をしたときである。この失敗を責めはしない。責めれば正当化との戦いが始まりやすい。しかし機を逃すことなく、直接または上司やステークホルダーを通して間接的に提案を行うことで、意見が通ることを経験する。「予期せぬ失敗」がドラッカーの言う「イノベーションの7つの機会」のうちの1つであることを知って以来、特に意識している。
4.スタッフへの敬意や思いやりを忘れずに
2008年、頴田病院は市立病院から民営化された。筆者が院長として赴任し2カ月になろうとしていた5月の半ば、職員全員を集めての懇親会を近隣のホテルで開催した。
病院である以上、夜勤のメンバーは参加できない。そこで、夜勤職員全員にお寿司の出前を自腹で振る舞った。その翌朝、「院長! ありがとうございました!!」と、夜勤明けのベテランスタッフの声が院内に響いた。少しよそよそしかったスタッフとの距離が近くなり、病院の一員として認められたと実感した、記念すべき日となった。
私としては、懇親会の最中にも夜の現場を支えてくれているスタッフに、公平に敬意を表したいと思ったがために出前という行動に出たのだが、社会心理学の名著『影響力の武器-なぜ、人は動かされるのか』には、以下の6つのテクニックが挙げられている。
■影響力の武器――6つの原理
・好意
好意を持つ相手ほど賛同したくなる
・返報性
恩恵を受けたら報いなければならないと感じる
・社会的証明
他人の行動を指針とする
・コミットメントと一貫性
自分のコミットメントや価値観と一貫した行動を取ろうとする
・権威
専門家に指示を仰ごうとする
・希少性
手に入れにくいものほど求めたがる
私の「差し入れ」という行為をこの6つのテクニックに分解してみよう。もしかすると、以下のような効果があったのかもしれない。
・好意
夜、働いている人にも気持ちを向けてくれているんだ!
・返報性
病院の経営が変わって心配だったけれど、頑張ろう!
・社会的証明
あのベテランナースが院長に嬉しそうに話しているなら私も!
・コミットメントと一貫性
あの時から院長と仲良くしているのでこれからも(と無意識的に)
・権威
院長のいうことだからやってみようかな
・希少性
市立病院の民営化も貴重な経験だ(これは言い過ぎか……)
ただ、注意せねばならない点がある。どうも返報性を期待して行動した場合はあまりうまくいかないようだ。また、公平性を欠く行動に対しては、贔屓された人(部署)には有効でも、他の人(部署)には反対に作用しかねない面もある。公平で現場への敬意から発露される行動や言動がより重要なのだろう。
5.Go see, ask why, show respect.
2016年夏、シアトルにあるバージニアメイソン病院(VMMC)のKaizenセミナーに出席した。VMMCはアメリカでトヨタ生産方式によるヘルスケアシステムを導入したことで有名な病院である。セミナー会場のロビーに美しく飾られたこの言葉が、もっとも印象的だった。元トヨタ自動車名誉会長、張富士夫氏の言葉だという。
結局、前項のお寿司が効いたのも、このようなプロセスがあってこそだっただろう。「見にも来ず、理由も聞かず、上から目線」ではなく、現場を守ってくれていることへの敬意を形にしたことが伝わったのだ。
Ask why? については、一言添えて使用している。「どうして、そうなっているんですか?」と尋ねると、構えてしまうスタッフも多い。責められていると感じるのだろう。全く自らの不徳の致すところだ。そこで、「責めているのではなく、理解したいんです」と付け加えるようにした。するとホッとした表情で話してくれることをよく経験する。
6.まとめ
以上、ベテランスタッフとのコミュニケーションについて述べた。ここまで述べてきたことをまとめてみる。
■ベテランスタッフとのコミュニケーションで大切なこと
・情報を意味づけ、深め、共感すること
・スタッフ個々の事情や価値観に配慮し、基本スタンスを定めること
・準備しながら時を待つこと
・リスペクトとは理解しようと努めること
仕事のコミュニケーションを通して我も人も成長していく職場、そんな病院を創りたいと心底思っている。
<参考>
P.F.ドラッカー(著)、有賀裕子(訳)『マネジメント 務め、責任、実践Ⅲ』(2008、日経BP社)
糸藤正士(著)『経営者・管理者のための決定版「真・報連相」読本―情報によるマネジメント』(2005、鳥影社)
N.J.ゴールドスタインら(著)『影響力の武器 実践編』(2009,誠信書房)
グロービス経営大学院 『[新版]グロービスMBAリーダーシップ』(2014、ダイヤモンド社)
P.F.ドラッカー(著)、上田 惇生(訳)『イノベーションと企業家精神【エッセンシャル版】』(2015、ダイヤモンド社)
ロバート・B・チャルディーニ (著)、社会行動研究会 (訳)『影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか』(2014、誠信書房)
日本報連相センター「真報連相のレベル表」
http://www.nhc.jp.net/wordpress/wp-content/themes/hpb20S20170924142558/img/file70.pdf
医学書院/週刊医学界新聞「〔連載〕レジデントサバイバル(本田宜久)」
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2589dir/n2589_15.htm
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- 本田 宜久(ほんだ・よしひさ)
- 総合内科専門医、プライマリ・ケア認定医、経営学修士
1999年、長崎大学医学部卒業。2001年飯塚病院にて初期研修修了後、同病院の呼吸器内科に勤務する。研修医時代より、医療現場におけるコミュニケーションに関心を持ち、積極的に研究発表を行う。2008年に34歳という異例の若さで医療法人博愛会頴田病院の院長に抜擢され、赤字だった公立病院の民営化と経営再建に成功。
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