医師に認められる多様な働き方とその可能性~一例としてのテレワーク導入
厚生労働省で「医師の働き方改革に関する検討会」が立ち上がり、日本医師会で「医師の働き方検討委員会」が設置されるなど、働き方改革の動きがいよいよ医師である皆様にも波及してきています。
医師の業務の特殊性から、一般的な働き方改革の考え方を同様に当てはめて論じることが難しい面がありますが、他方で、育児や介護等と仕事の両立や、クオリティオブライフの向上などの課題は、他職種と同様に抱えるものです。
今回は、今後医師にとってどのような働き方の選択が認められ得るのかを、ご紹介できればと思います。
1.現状の医師の働き方
医師は医師法に基づく応召義務、宿直業務、継続した自己研鑽・研修参加等が必要であり、定時に帰宅することが難しい職業です。また、人の身体・生命を守る医業の職責から、大きな使命感のもと、長時間にわたり過酷な業務に当たられている方が多くいらっしゃると思います。実際に、1週間の労働時間が60時間を超える常勤医師は39%であり、他職種と比較して最も高い割合を示しています(平成28年度厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究」研究班、及び総務省の平成24年度調査より)。
医師の働き方は、大きく分けて大学病院等に勤務する勤務医、自ら病院等を経営される開業医があり、勤務医には、常勤、非常勤アルバイトやスポットアルバイトなど様々な勤務形態があります。
非常勤勤務では、常勤勤務医が研究日などに定期的に勤務をされたり時間が空いた日にスポットで仕事をされるほか、子育てやご家族の介護の問題で常勤勤務が難しくなった方が退職後に選ぶという例も多くあります。
例えば、未就学児の育児中の働き方について、男性医師は子育て前と同じ働き方を希望する割合が最も多く、実際に子育て前と同じ働き方をしている方は約8割です。対して女性医師は、時間短縮勤務、勤務日数減、業務内容軽減を希望する割合が多く、実際には女性常勤医師の1割、非常勤医師の4分の1が休職・離職を経験しているというデータがあります(平成28年度厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究」研究班より)。
離職された方の中には、就労環境から育児休業を取得することが難しく、離職せざるを得なかったという方もいらっしゃることでしょう。しかし、雇用契約に基づく勤務医の方は育児休業・介護休業を取得することが制度上可能です。以下に概要をご紹介します。
2.医師にも育児休業・介護休業を取得する権利はある
育児休業・介護休業は、勤務先の就業規則等に規定が無い場合でも、育児・介護休業法の対象者であれば取得することができます。取得の対象者は「労働者」ですので、いずれも雇用契約に基づき働いている勤務医の方が取得可能なものです。業務委託契約等の雇用契約以外の就労形態で働く方でも、実質が雇用契約であるとみなされる場合もあります。
育児休業・介護休業、それぞれの概要を見ていきましょう。
(1)育児休業
原則として、1歳に満たない子を養育する労働者であれば、男女ともに対象となります。無期契約の労働者であればフルタイム、パート、派遣のいずれも対象となります。また、有期契約であっても、実質的に期限の定めのない契約と異ならない場合や、①過去1年以上継続し雇用されていること、②子が1歳6カ月(一定の場合には2歳)になるまでの間に雇用契約がなくなることが明らかでない場合には、育児休業を取得できます。
育児休業の期間は、原則として子が生まれた日から1歳に達する日までの間に労働者が申し出た期間です。
(2)介護休業
負傷、疾病又は身体上・精神上の障害により、2週間以上にわたり常時介護を必要とする状態にある家族を介護するために、介護休業を取得することができます。対象となる家族は、配偶者、父母、子、配偶者の父母、祖父母、兄弟姉妹及び孫です。
男女問わず、無期契約の労働者であれば、フルタイム、パート、派遣を問いませんので、常勤医、非常勤医、アルバイトなど、すべての勤務形態の医師が取得することができます。また、有期契約であっても、実質的に期限の定めのない契約と異ならない場合や、①過去1年以上継続し雇用されていること、②介護休業の取得予定日から起算して93日を経過する日から6カ月を経過する日までの間に労働契約の期間が満了することが明らかでない場合には、介護休業を取得できます。
介護休業は、対象となる家族1人につき3回まで、通算93日を限度とする期間取得することが可能です。
(3)改正の内容
この点、平成29年10月より、改正育児・介護休業法の施行がなされ、内容がいくつか変更になりました。
■育児休業期間の延長
これまでは、原則として子が1歳に達するまでで、保育所に入れない等の場合に例外的に1歳6カ月に達するまで延長可能でしたが、改正により、子が1歳6カ月に達した時点で保育所に入れない等の場合には,最長2歳まで延長できることになりました。
■育児休業等制度の個別周知
事業主は、労働者やその配偶者が妊娠・出産した場合や、家族を介護していることを知った場合には、個別に育児休業・介護休業に関する定めを周知するように努めることが定められました。育児休業等を取得しづらい雰囲気である、という理由により、取得を断念することがないよう、制度の周知・勧奨を行うことが目的です。
■育児目的休暇の新設
事業主に対し、小学校就学に達するまでの子を養育する労働者が、育児に関する目的で利用できる休暇制度(例えば、配偶者出産休暇、入園式等の行事参加を含めた育児にも使える多目的休暇など)の措置を設けることに努めることが定められました。
■特例
ア)パパ休暇
通常、育児休業の取得は原則1回までですが、子の出生後、父親が8週間以内に育児休業を取得した場合には、特別な事情がなくても、再度、育児休業が取得できることになりました。
イ)パパ・ママ育休プラス
両親がともに育児休業をする場合に、①配偶者が子が1歳に達するまでに育児休業を取得していること、②本人の育児休業開始予定日が、子の1歳の誕生日以前であること、③本人の育児休業開始予定日は、配偶者がしている育児休業の初日以降であることの要件を満たす場合に、子が1歳2カ月になるまで延長できることになりました(両親1人あたりの育児休業取得可能最大日数(産後休業含め1年間)は変わりません)。
※詳しくは、厚生労働省「育児・介護休業法について」をご覧ください。
前述したように勤務医も、育児休業・介護休業を制度上取得可能ですが、取得の難しさに加え、休業からの復職後、どのように仕事とその他活動を両立するかも難しい課題となっています。
3.仕事と家庭の両立で期待される、テレワークという働き方
育児や介護と仕事の両立の手段として、近年、医師に限らず、就業場所に出勤せずに勤務することを可能にする、「テレワーク」が注目を集めています。
テレワークは、現在政府が働き方改革の一貫として推進している施策の一つで、ICT(情報通信技術)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方の総称です。テレワークには、以下のようにいくつかの種類・形態があります。
<テレワークの種類>
①事業者と雇用契約を結んだ労働者が自宅等で働く「雇用型テレワーク」
②事業者と雇用契約を結ばずに仕事を請け負い、自宅等で働く「非雇用型テレワーク」
<テレワークの形態>
①在宅勤務
②モバイルワーク(場所を問わない)
③施設利用型勤務(サテライトオフィス)
実際に多くの企業で取り入れられており、テレワークを活用したことによる様々な良い効果が報告されています。
参考:総務省「テレワークの意義・効果」、厚生労働省「テレワーク活用事例 ―仕事と育児・介護の両立のために―」
4.今後の発展が注目される医療分野におけるテレワーク
上にご紹介したテレワークの3つの形態の中で、医師の皆様に導入可能性のある形態は「①在宅勤務」ではないかと思います。
医師の仕事のうち、「在宅でも可能な業務はどのようなものがあるか」が問題となりますが、中心業務である診察・診断行為については、医師が病院に居て、患者さんが自宅に居る場合の遠隔医療が徐々に広がりを見せているところです。
しかし、その逆のパターン(医師が自宅に居て、遠隔診療を行う)や、医師及び患者双方が自宅に居ながらにして行う遠隔診療などの実現は、まだ先になりそうです。ここでは、診察・診断以外の業務を在宅で行う場合についてご紹介したいと思います。
※遠隔診療については「第16回 遠隔診療を巡る法規制~許容範囲と処方箋の考え方」をご参照ください。
■医療機関での医師のテレワーク導入事例
医療分野のテレワーク導入事例として、信州大学病院では、自宅に専用PCを設置することにより、在宅で、患者さんのカルテを参照することが可能なシステムを導入し、主に子育て期の医師の方に向けた就業継続支援を行っています。
このシステムにより、例えばお子さんの託児所へのお迎えなどのために早い時間に帰宅をする場合でも、帰宅後自宅でその日診療した患者さんのカルテ、検査データ等を参照して治療方針策定を行うなどの業務が可能となり、育児と医業の両立に役立っているようです。
懸念される患者さんの個人情報の流出の危険については、医師のみが閲覧できるよう静脈認証を取り入れるなどして防止を図っているとのことです。
総務省でも、以前から医療分野におけるテレワークの導入、活用を推進していく取り組みをしてきていますが、残念ながら、在宅カルテ参照システム等の導入によるテレワーク推進を実践している病院はまだ少ないようです。
参考:信州大学「女性医師支援」、総務省「テレワーク導入環境の整備」
5.多様な働き方を選択できる未来を願って
医師である皆様は、人の健康・生命を預かる使命深き仕事に携っており、ご自身の生活のために業務時間を短縮させることに抵抗がある方もいらっしゃるかもしれません。
とはいえ、皆様自身が心身共に健康であり、満足のいく生活を送ることができていることが、提供する医療サービスの質を向上させることに繋がるはずであるという点も無視できません。
遺憾ながら、医師の働き方の多様性は、まだ発展途上の段階かもしれません。しかし、今後は皆様にも時間外労働規制が適用されることにもなり、徐々に働き方改革が進み、選択肢が広がっていくのではないでしょうか。
育児・介護に限らず、ご自身の健康上の問題、家族の問題等により、働き方を変化させる必要に迫られたとき、皆様が、状況に合わせて柔軟に多様な働き方を選択することが可能となることで、素晴らしい医療サービスを長く提供し続けていただけたらと願います。
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- 延時 千鶴子(のべとき・ちずこ)
- 弁護士 / 弁護士法人戸田総合法律事務所、埼玉弁護士会所属。
注力分野はインターネット上の誹謗中傷問題。その他企業法務や男女問題等の一般民事も取り扱う。相談者の心に寄り添うコミュニケーションを心がけている。
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