ママドクターの立場から、医師の働き方を考える。

~東京医大問題をきっかけに、見えてきたもの~

この夏、議論を呼んだ、東京医大の入学試験における女子受験生の点数一律減点問題。しかし、これはいわば氷山の一角。文部科学省は、医学部医学科がある全国81大学についての調査結果として、過去6年間の平均で男子受験生の医学科合格率は女子の約1.2倍となっており、毎年、約6~7割の大学で男子の合格率が女子を上回っていると発表しました。問題の根深さを感じさせられます。

こういったことが起こる背景には、医師の過重労働問題や、男性の育児参画の少なさなど、様々な要素が複雑に絡み合っています。今回は、自身3人の子どもを持つ『ママドクター』であり、ママドクター同士の交流会やメーリングリストにも参加しているA先生にお話をお伺いしました。

 

このニュースを聞いた時、驚きは少なかった

東京医大が入試において女子受験生の点数を一律に減点していたというニュースを耳にした時、最初はあまり驚きはなく「そういうこともあるだろうな」と思ってしまいました。メーリングリストなどを通じて交流のあるママドクターたちにも意見を聞いてみましたが、私と同世代では同じような感想を抱いている方が多いようでした。「さすがに国公立大学ではやっていないと思いたいが、私立大学では大なり小なりそういうことがあったとしても驚かない」という意見もありましたが、「医師を目指す女子高校生の志を考えてみると、絶対にあってはならないこと!」というもっともな意見も多数ありました。

私も含め、多くのママドクターたちは、産休・育休を取得したり、子育て中には保育園へのお迎えなどのために時短勤務を選択したりする中で、同僚の男性医師や、子育て中ではない女性医師たちに、仕事をカバーしてもらってきました。そして、周囲のフォローに感謝するとともに『私が働けない分、みんなに負担をかけてしまった』という申し訳なさを感じながら働き続けてきました。少しでも恩返しをしなくてはと、勤務時間中にできることは一生懸命がんばりましたが、結局はお世話になることのほうが多くて後ろめたい思いをしてきました。

だからこそ、今回の問題には意見しにくいというのが率直なところ。「誰かに負担をかけてきた自分たちが、女性の権利ばかりを主張していいものだろうか」「自分たちの存在が今回のような事態を引き起きてしまったのではと思うと、受験生たちに申し訳ない」という思いが拭いきれなかったのです。しかし、ママドクターの先輩から「未来を担う子どもをたくさん育て、仕事するために支払うベビーシッター費用には補助も控除もなく、自分の余暇や睡眠の時間を削って医療に携わり、他者の命と健康を守る仕事をしながら税金を納め、国家にこれだけ貢献しているのです。後ろめたいことは何もない。ママドクターはもっと堂々としていてよいのです」というエールをいただき、ママドクターが医師でありながら母として担ってきた育児という未来への尊い貢献について再認識するようにもなりました。

「『仕方ない』『申し訳ない』と思っているだけではいけなかった」「医師を目指す女子高校生の気持ちを思うと一律減点は許しがたいこと!」「ママドクターである自分たちだからこそ、できることがあるのではないか。発信できることがあるのではないか」という声も上がり始めています。今回のニュースは、『女性医師の働き方』『日本の医師の働き方』について、こうして改めて考えてみるきっかけとなったと言えるかもしれません。

 

『育児』はママだけにしかできない仕事? 男女の役割分担意識

なぜ医学部が、一定数以上の男子学生を確保したいと考えるのか。それは、女性には、女性特有の妊娠、出産という時期がありうるからです。その時期はどうしてもフル稼働できなくなり、その分を男性医師や子育て中ではない女性医師たちがカバーすることになります。ですが、産休や育休を取る女性医師たちが増えると、どこかで人材不足に陥り、医療現場が回らなくなる可能性がある。だから、『安定的な勤務が見込める男性医師を一定数以上は確保したい』という言い分かもしれませんが、はやり受験における不正な減点は残念でなりません。

さらに、ここにひとつ、疑問が浮かび上がってきます。確かに、出産や授乳(母乳育児の場合)などは、女性にしかできないことですが、その他の『育児』『家事』に関しては、男女問わずできることばかりです。保育園への送り迎えや、食事をさせる、寝かしつけをするといったことは、本来、母親だけでなく父親も一緒にやるべきこと。にもかかわらず、日本の社会には『育児は女性の仕事』という意識が根付いています。

男性だけではなく、女性側もそういう意識にとらわれています。それは、こんなことを言っている私自身も例外ではありません。私の夫は、私が当直や出張などで家を空ける際には夕飯の支度や子どもの寝かしつけを担当してくれるのですが、そんなとき、私はいつもどこかで夫に対して「申し訳ない」と感じていることに、改めて気づかされました。

もっと言えば、育児だけではなく、『介護』も女性の仕事だという意識がまだまだ強いように思います。ですが、自分の親の介護は自分が担当するのは、本来、当たり前のこと。また、医師だからこそ貢献できることも少なくないはずです。しかし、実際には医師である夫は仕事にかかりきりで、医療知識のない妻が親の面倒をみたり病院に付き添うのが一般的です。日本社会に根付いた旧来の男女の役割分担を、そろそろ見直すべき時期にきているのではないでしょうか。

 

医師の働き方そのものも見直すべき時期にきている

男女の役割分担意識を変えるとともに、医師の働き方についても見直す必要があるように思います。

日本では古くから主治医制がスタンダードで、主治医は24時間365日、患者さんの求めに応じて診療を行うものという意識が、医師の側にも患者さんの側にも根付いています。それが、「保育園のお迎えにいかなくてはいけないから、今日は帰ります」というママドクターの働き方に違和感をおぼえる方がいたり、ママドクター本人も後ろめたく思ったりという実態につながっているのです。

ですが、ママドクターのみならずパパドクターも「今日はパートナーが残業だから、自分が保育園のお迎えに行くので定時に帰宅します」「パートナーが夜勤の日は、自分が家事を担当するので早めに失礼します」ということを自然に行えるようになれば、医師の労働環境は少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

さらに言えば、医師というのは仕事に意識を向けるあまりに、家族や自分のケアを軽視しがちな側面があるのではないでしょうか。育児のためだけではなく、「親の介護のために、介護休業を取る」「親が病気なので、有給休暇を取って、受診に付き添う」といったことに、医師はもう少し意識を向けるべきであり、またそのような時間の確保を保証されるべきだと思うのです。また、この先、労働力不足などにより定年以降も働く人が増えることを考えると、「医師自身の健康維持の通院・入院のため」に仕事を休む必要も出てくるでしょう。これまでの若い男性医師並みの働き方を前提とすることが、現実として難しい場面も出てくるはずです。つまり、医師が男女問わずあらためて家族や自分自身のケアをする時間を確保できるようにすべき、ということです。

そういう働き方を実現するためには、例えば看護師のようにシフト制や当番制を取るといった方法が考えられます。医師はもちろん、病院のスタッフ、患者さんまで、すべての人の理解がなくては成り立たないので、簡単なことではありません。しかし、すでに実践してたくさんのママドクターがフルタイムで勤務している病院もあるので、不可能ではないですし、医師がいつも生き生き仕事をできるというプラスの効果があります。

「医師である以上、24時間365日、患者に向き合うべき」という信念のもとで医療に携わっている方もいらっしゃいますし、それはとても尊いこと。生死に関わる仕事なだけに、割り切って働くことが難しいのも事実です。医師の働き方改革が医療の質の低下につながるのではないかという懸念を持つ方もいらっしゃいます。また、臨床業務だけではなく、大学病院などで求められる研究という領域になると、国際的な競争もシビアですし、研究成果のためにはプライベートを最優先にとは言っていられない現実もあります。足並みを揃えてオンとオフを切り替えようといっても、それはなかなか難しいことだと認識しています。しかし、うまくオンとオフを切り替えられるようになれば生産性も向上してプラスの効果が得られることも期待できます。

 

『ママドクター』だからこそ、できることがある

日本の社会、そして社会に根付いた意識は、一朝一夕には変わらないと思います。ですが、ママドクターである私たちには、私たちだからこそできることがあります。

それは、次世代を担う子どもたちを育てていく中で、子どもたちが「男も女も、キャリアをもちながら家事をするのが当たり前。親の介護をして当たり前。子どもを産んだら自分たちで育てるのは当たり前」という考え方ができるように働きかけていくこと。そして、女の子だけではなく男の子にも、料理をはじめとする家事についても当たり前にできるようにしていくこと。そうして育った子どもたちが大人になったときに、男女がともに自立し、そして社会の意識も変わっていくでしょう。

そのためには、家事・介護・子育てに夫を巻き込むことから始め、男性も家事・育児の分担をする当事者であることを認識してもらうこと。さらには、夫の職場に理解を求めていくことも大切です。子どもたちの成長とともに、男女問わずどんどん家庭内の責任を分担してもらいましょう。そしてママドクター自身、職場復帰したときには、できる範囲で精一杯仕事を頑張り、助けてくれた周りのみんなにできる範囲から恩返しすることが必要です。そして、いずれママドクターは徐々に支援される側から支援する側にまわっていくのです。

先日、高校生の私の息子に、今回の東京医大のニュースについてどう思うかを聞いてみたところ、「医療現場のみならず、今の日本の国力は、日本人の勤勉さに支えられているものなのだから、みんながみんなプライベートを最優先するような仕事への取り組み方をするようになったら、国力は確実に落ちるよね。難しい問題だと思う。でも僕は、自分の奥さんが仕事で忙しいときに子どもが熱を出したから保育園からお迎えに来いと言われたら、喜んでお迎えにいくよ」と答えてくれました。生後10週過ぎから保育園に預けられて育った長男の発言に次世代に向けての明るい希望の光を見出しました。平常時は男女とも仕事と生活をともに大事にし、しかし、いざというときには自分の時間を多少は犠牲にしてでも人や公のために尽くせるような気概のある大人にいつの日かなってほしい、と息子たちと娘を見て思います。今までお世話になった方々へ直接は恩返しできなくても、子どもたちの成長を通じて未来社会への恩返しにもなりますように……。

少しずつでもいい。次世代を担う子どもたちのために、未来の健やかな社会の存続と発展のために今の私たちにできることを考えていきたい。そんなふうに思っています。

(聞き手・白輪理子)

 

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