「医師の働き方改革」の準備は進んでいる? 医師の長時間勤務の変化と懸念

 2024年4月1日のスタートまで半年を切った医師の働き方改革。厚生労働省(以下、厚労省)の調査によれば、時間外・休日労働時間が年1,920時間換算を超える医師の割合は年々減少傾向にあり、労働時間だけを見れば短くなっていることが分かります。その一方で、当直を勤務時間外とする宿日直許可の問題や自己研鑽の取り扱いなど、依然として課題も根強く残ります。


 働き方改革の進捗状況や見えてきた課題、医師自身が自分の健康を守るための方法などをまとめました。

 

1. 時間外・休日労働が年1,920時間超の医師は6年間で9.7%から3.6%に減少

 医師の時間外・休日労働時間が年々短くなっていることが、厚労省の研究班による「医師の勤務環境把握に関する研究」によって明らかになりました。調査は2023年10月12日に開かれた第18回「医師の働き方改革の推進に関する検討会」で報告されたものです。調査実施期間は2022年7月11~17日で、施設と医師それぞれを対象に行われました(以下、2022年調査)。

 施設調査は全国全ての病院と無作為に抽出された診療所、介護老人保健施設等で、1万8,974施設を対象に調査票を送付し、5,424施設から回答を得ました(回収率28.6%)。医師調査では、全国全ての病院の半数(4,087施設)を病床規模に応じて層化無作為抽出した病院に勤務する医師とそれ以外の診療所および介護老人保健施設等に勤務する医師を対象に調査票を配布し、1万9,879人から回答を得て、うち病院の常勤医1万1,466人を分析の対象としています。

 それによると、2022年調査では時間外・休日労働時間が年1,920時間換算(年1,860時間の近似値として、週労働80時間相当)を超える医師の割合は3.6%で、2016年の同等規模の調査での9.7%、2019年の同8.5%と比べて段階的に減ってきています。診療科別では、地域医療を担う医療機関などで、長時間労働を避けられない場合の特例である年1,860時間の時間外・休日労働時間を超える医師の割合が高い診療科は、脳神経外科(9.9%)、外科(7.1%)、形成外科(6.8%)、産婦人科(5.9%)、救急科(5.1%)の順でした。また、ほとんどの診療科で時間外・休日労働時間は減少傾向にあることも分かりました。

 このように、時間外・休日労働時間が減少傾向にある理由について、「医師の働き方改革の推進に関する検討会」の構成員から「まず、勤怠管理がきちんとなされ始めたということがある。もう一つは、各診療科で非常に工夫がなされ始めているからだ」といった発言がありました。

病院常勤医の週労働時間

出典:厚生労働省「医師の勤務実態について」(2023年10月12日)資料p.3

2. 当直を勤務時間外扱いにする宿日直許可の申請が急増! 現場からは不安の声も

 その一方で、手放しで医師の労働環境が改善していると安心するわけにはいきません。医師の働き方改革スタートを控え、労働時間にカウントされない宿日直とするため、労働基準監督署への宿日直許可の申請が急増しているほか、各種アンケート調査からも、いまだに長時間労働が行われている実態がうかがえるからです。厚労省が社会保障審議会医療部会に提出した資料などによれば、宿日直許可の許可件数については、2020年は年間で144件だったものが、2022年は1月~9月で734件と急増しています。

 また、「自己研鑽」をどのように捉えるかも問題となりそうです。法令ではない厚労省労働基準局長通達(2019年7月1日基発0701第9号)の「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」において、1)診療等の本来業務と直接の関連性がなく、2)業務の遂行を指揮命令する職務上の地位にある者の明示・黙示の指示によらず行われる限り、在院して研鑽を行う場合であっても一般に労働時間に該当しない、と判断基準が示されています。自己研鑽と残業は必ずしも明確に線引きができるものではなく、「今まで残業時間としていたものを自己研鑽とみなす医師や医療機関が出てくるのでは」と、中央社会保険医療協議会(中医協)委員などから懸念の声が挙がっています。

 実際に2023年11月には、名古屋大学医学部付属病院が同年5月以降、勤務医が時間外に病院に残って学生を指導したり研究論文を書いたりしても、原則として労働時間と認めず、無給で自主的に勉強した自己研鑽として扱っていることを朝日新聞が報じました。これに対してはその後、国立大学病院長会議の会長が自己研鑽と労働の判断基準を示した厚労省の通達の解釈の範囲内で運用されているとの認識を示しました。しかし、いずれにしても各医療機関で手探りの状況が続いていることがうかがえます。

 また、医療現場からは勤務状況の改善を求める声も聞こえています。厚労省の「2022年度入院・外来医療等における実態調査」によると、現在の勤務状況について「改善の必要性が高い」「改善の必要がある」と回答した医師は51%に上り、その理由として、「医師の過重勤務により患者が不利益を被る可能性があるため」が56%、「業務を継続していけるか不安があるため」「ワークライフバランスがとれていないため」が、それぞれ51%と、一定程度の医師が勤務状況の改善の必要性を指摘しているのが現状です。

医師の勤務状況の改善の必要性

出典:厚生労働省「働き方改革の推進について(その2)」(2023年11月15日)資料p.11

 このほか、日本医師会も「医師の働き方改革と地域医療への影響に関する日本医師会調査」と題する独自調査を実施し、2023年11月29日に調査結果を公表しました。調査は、各医療機関の働き方改革に対する準備状況や医師派遣に関する動向、宿日直許可の取得状況、医師の働き方改革が自院や地域医療提供体制に与える影響を把握するために実施したものです。調査期間は同年10月17~31日。調査対象は全国の病院および有床診療所で、1万4,128施設のうち4,350施設から回答(回答率30.8%)を得ました。

 それによれば、働き方改革によって約3割の医療機関が「将来、自院の宿日直体制の維持が困難」と回答しています。さらには、地域医療提供体制においても救急医療体制や専門的な医療提供体制の縮小・撤退の懸念が示されました。

 具体的には、自院の医療提供について(複数回答)は、医療機関全体では「特に変化なし」の54.0%を除くと、「宿日直体制の維持が困難」が30.0%、「派遣医師の引き上げ」が25.1%、「救急医療の縮小・撤退」が14.4%の順となっていました。また、地域の医療提供体制について(複数回答)は、医療機関全体では「特に変化なし」の37.7%を除くと、「救急医療体制の縮小・撤退」が30.0%、「専門的な医療提供体制の縮小・撤退」が19.9%の順で、懸念が示されました。

3. 制度の理解は約半数、勤務先任せにせず自ら働き方の見直しを

 取り組みが進む反面、課題もはらむ医師の働き方改革ですが、そもそも制度をしっかり理解していない医師も少なくありません。ケアネットの調査では、改革の柱である「時間外労働の上限規制」については「完全に理解している」「おおよそ理解している」の合計が53%と半数を超えましたが、「宿日直の扱いと許可」や「自己研鑽時間の扱い」などは半数以下にとどまり、制度に対する理解も不十分であることが浮き彫りになりました。

 医師の健康を守るための働き方改革が職場で適切に取り組まれているかを確認するには、一人ひとりの医師が制度を知ることが必要です。厚労省は動画やマンガをはじめとして各種資料を公開しているので、こうしたものを活用するのも一つの方法です。

 例えば、厚労省の「いきいき働く医療機関サポートWeb(いきサポ)」では、医師の働き方改革の基礎知識から宿日直、勤務間インターバルの仕組みなど、現場の医師が理解しておくべき制度や仕組みに関する知識を習得できます。

 また、クイズ形式のe-ラーニングで、勤務の健康を守るためのルールやタスクシフト・タスクシェアについても学ぶことができます。このほかにも「働き方・休み方改善」や「職員の健康支援」「働きやすさ確保のための環境整備」などについて、具体的な取り組み事例を検索することも可能です。

いきサポ:医師の働き方改革 eラーニング

出典:厚生労働省「クイズで学ぼう!医師の働き方改革eラーニング」いきいき働く医療機関サポートWeb(いきサポ)

 目前に迫る医師の働き方改革の個々の施策は、もともと働く医師の健康を確保するためにできた制度です。各医療機関が手探りで取り組みを進めている状況の中、しばらくは混乱が続く可能性もあるでしょう。しかし、働く医師が健康であることが大前提であり、それが実現してこそ初めて国民の健康を守ることができるのです。そのためにも勤務医一人ひとりが制度を理解し、職場任せにしないで自らを守る姿勢が大切だと言えます。

 

<参考文献>

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