開業しながら内視鏡AI のスタートアップも立ち上げた多田智裕医師がいま、若手勤務医に伝えたいこととは?

多田 智裕 氏(医師/株式会社AIメディカルサービス代表取締役CEO)

 「自分は、研究に向いていない」――。灘高等学校から東京大学医学部、そして東京大学大学院。絵に描いたようなキャリアを歩んでいた多田智裕さんが、そこを飛び出す決断をした背景には、いわば「挫折感」があった。

 博士号を取得後、胃腸科肛門科クリニックを開業。その10年後、内視鏡の画像から病変を検知するAI(人工知能)を開発するスタートアップ「AIメディカルサービス」を起業した。

 累計で136億円を調達し、2023年には胃領域を対象とした病変検出AIで国内の販売承認を取得。今年6月には、自らのキャリアを綴った著書『東大病院をやめて埼玉で開業医になった僕が世界をめざしてAIスタートアップを立ち上げた話』(東洋経済新報社)を出版した。

 医師の地域偏在や働き方改革など「医師のキャリアの今後」は不透明だ。独自の道を歩んできた多田さんが若い世代の医師へ伝えたいことは?

 

1.「2030年には、内視鏡AIが医療現場で当たり前のものになる」

――まずは、多田さんがいま開発されている「内視鏡AI」について教えてください。

 内視鏡検査を行う医師を支援するサービスです。検査中に、AIがリアルタイムで画像を認識して、胃がんや大腸がんなどの病変を疑った場合、画面上に提示します。

 特徴はその早さで、画像1枚を判定するのに0.02秒しかかかりません(画面では2秒後に表示※現行製品の場合)。また感度・特異度に関しても専門医と遜色ないことが示されています。

 あくまで医師の支援が目的なので、医師が要らなくなるわけではありません。医師とAIがダブルチェックすることで、例えば早期の胃がんなど、これまで専門性が高くないと見つけにくかった病変を見つけやすくすることが期待されます。

――今後、「内視鏡AI」が、どのように広がっていくと見ていますか?

 弊社は2023年12月、胃領域を対象とした病変検出AIの国内での販売承認を取得しました。またシンガポールとブラジルで販売承認を取得しています。

 これは個人的な推測ですが、内視鏡AIは2030年までには世界の医療現場で必須のサービスになると考えています。2030年の人から見たら「えっ2020年代って、医師だけで検査していたの?」と驚かれるかもしれません。

内視鏡AI画面

内視鏡AIの画面。四角で示したところを、AIが「病変の可能性がある」と指摘している

2.「自分は、研究に向いていない」順風満帆なキャリアを飛び出すきっかけ

――東京大学医学部で医師免許を取得、30歳のときに東京大学大学院で研究活動を始められました。そのころ、どんなキャリアを想い描いておられましたか?

 大学院で研究実績を上げて、より大きな責任を果たせるようにスキルアップしていきたい。具体的に言えば大学病院や地域の中核病院などで自らのチームを持ち、臨床と研究・教育を行う。そんな将来像をイメージしていましたね。

――大学院での研究は、順調でした?

 それが、4年間で2本しか論文を書けなかったんです。周囲にはものすごく優秀な人たちがいて、苦も無く論文を書いているのに、自分はなかなか書けない。「自分は、研究に向いていないんだな」と感じました。

 そこで「研究でうまくいかないなら、臨床を極めたい」と考えていたときに、たまたま埼玉で大きなメディカルモールを作るという話を聞いて、これだと手を挙げたんです。クリニックを開業すれば、自分にとって最高の機材やスタッフをそろえることができる。自分の思う、世界最高水準の医療を提供できると思いました。

開業した「ただともひろ胃腸科肛門科」で内視鏡検査を行う多田医師

開業した「ただともひろ胃腸科肛門科」で内視鏡検査を行う多田医師

――開業となると「経営」の手腕も必要になってきますよね。

 開業資金として2億円を超える融資を受けましたが、正直、そこまで不安はありませんでした。クリニックを経営されている先生方のところに伺い、ご指導を頂きながら、「何人の患者さんが来て、件数をこれだけこなせば、キャッシュフローがちゃんと回るな」という事業計画をちゃんと作れたので、これならいけると思えたんです。

 開業して最初の2年間は自分の人件費を取りませんでした。給料ゼロです。その覚悟があれば、なんとかなります(笑)。

3. 開業医を続けつつ、まだない「内視鏡AI」のスタートアップへ

――そして開業から10年後、内視鏡AIを開発するスタートアップを構想された。

 2016年ごろ、いろいろな業界の人が集まる勉強会に出ていたんですが、そこに東京大学の松尾豊教授が講演で来られたんです。そこで「画像認識についてはAIが人間を超えた」と伺いました。

 講演後、松尾教授に「内視鏡の画像から病変を探すAIは、もうあるんですか?」とお尋ねしたら、「聞いたことない」とおっしゃった。そこで、自分で開発することにしました。

――「まだないなら、自分で起業して作ろう」って普通は思いませんよね(笑)。

 そうですね(笑)。内視鏡の画質や安全性などの技術はもう十分に高まっていて、これから来るのはAIに違いない、ということは、内視鏡が専門の医師ならだれでもピンとくると思うんです。でも実際に起業する人は少ないかもしれません。

 当時を振り返ってみると、「新しいことにチャレンジしたい」という想いが高まっていたように感じます。開業して10年、毎月内視鏡をやって、これをやっていればずっと食べていけるんだろうと思いつつ、どこかに新しい挑戦を求める想いがあったのかもしれない。

――どのように準備を進められたんですか?

 まずは大学発のスタートアップが多く参加する「BRAVE」という起業支援プログラムに参加しました。起業のアイデアを持つ人がチームを組んで2カ月間、メンターのサポートなどを受けながらビジネスプランを作る、というものです。

 「内視鏡画像人工知能診断プロジェクト」というチームを組んで最終的にビジネスプランを発表したところ、最優秀賞(起業前部門)を獲得することができました。

 そうやってビジネスプランを磨き、投資家との人脈を拡げ、起業につなげていきました。

起業当時のAIメディカルサービス(右から2人目が多田医師)

起業当時のAIメディカルサービス(右から2人目が多田医師)

――クリニックの経営を続けながら、大変ではなかったですか?

 大変でしたけれど、日々新しいことにチャレンジするのが楽しくて仕方なかったですね。医師として病院で勤務していると、当然ですが業務でミスはあってはならないし、確実に行こうという姿勢になりがちです。

 その点、スタートアップは失敗してなんぼの世界ですから、ゲームのルールが違う。その文化が肌に合っていたのかもしれません。

4.「医療関係者のいないところに顔を出せ」

――最後に、この記事を読む、若い世代の医師に向けてメッセージをお願いします。

 いちばんお勧めしたいのは、「医療関係者のいないところに顔を出す」ことです。

 ずっと病院にいると、病院や医療のことしか情報が入ってこないですよね。そのことの良し悪しは別にして、私個人はもっと外の世界を見たほうがいいと思う。

 失敗が絶対ダメな世界もあれば、失敗上等、失敗こそが称賛される世界もあるんだということを知ってほしいです。

 だから、医師とか医療関係者同士だけでつるまないで、異業種の人のところに行ってみることをお勧めします。

 趣味の集まりなどでもいいんですが、最近では、ヘルスケアのスタートアップに関する勉強会なども増えてきているので、顔を出すところから始めてもいいかもしれません。

(聞き手・文=市川 衛)

多田智裕(ただ・ともひろ)

株式会社AIメディカルサービス代表取締役CEO、医療法人ただともひろ胃腸科肛門科理事長


1971年東京都生まれ。1996年東京大学医学部卒業、2005年東大大学院医学系研究科外科学専攻修了。虎の門病院、三楽病院、東大医学部附属病院、東葛辻仲病院などを経て、2006年埼玉県さいたま市の武蔵浦和メディカルセンター内に「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業。2017年AIメディカルサービスを設立。2022年シリコンバレーとシンガポールに現地法人を設立。

市川 衛(いちかわ・まもる)
東京大学医学部を卒業し、NHKに入局。医療・健康分野を中心に国内外での取材や番組制作に携わる。現在はREADYFOR㈱ 基金開発・公共政策責任者、広島大学医学部客員准教授(公衆衛生)、㈳メディカルジャーナリズム勉強会 代表、インパクトスタートアップ協会 事務局長などを務めながら、医療の翻訳家として執筆やメディア活動、コミュニティ運営を行っている。

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