【特集】インフルエンサー医師

目の前の患者だけでなく、家族・社会にも目を向けた医療を

今西洋介 / ふらいと先生(新生児科医・小児科医)

「実はね、研修医時代は点滴がすごく苦手だったんですよ」

今回インタビューさせていただいた新生児科医・小児科医の今西洋介先生は、冒頭でこのようなエピソードを話してくださいました。

当時の指導医からは「小児科、向いていないんじゃない?」とも言われながらも、「それでも小児科で働きたい」という強い想いから練習を積み重ね、やがて院内でも点滴の難しい患者さんを頼まれるまでに成長されたそうです。

その後、新生児科医・小児科医としてのキャリアを積み、漫画・ドラマ『コウノドリ』の取材協力を行い、作中の新生児科医今橋先生のモデルになった経緯は多くの人に知られています。

新生児科医・小児科医、小児医療ジャーナリスト、一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事、そして三姉妹の父親と、いくつもの顔を持つ今西先生に、これまでの歩み、現在の活動、そして未来の展望について伺いました。
【特集】インフルエンサー医師
近年、医師の働き方が多様化する中で、キャリアにお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、多方面でご活躍されSNSでも人気の医師・元医師の方々にインタビューし、多彩なキャリアのご経験談をお話しいただきました。医師の視点から広がったキャリア像や、仕事の軸となる想いなど、皆さまの今後を考えるヒントとなるエピソードをご紹介します。

 

「小児科で働きたい」から「弱い者たちを守れる人でありたい」に。

 

──はじめに、医師を目指したきっかけについて教えていただけますか?

小さい頃から体が弱くて、夜中に母親に抱っこされて、近所の開業医に駆け込むことが多々ありました。

私が子どものころは、地域のお医者さんは自宅と診療所が一体になっていて、夜中でも対応してくれたんですね。そこで先生に優しく診療してもらった経験から、「将来はこういうふうに人の役に立ちたい」と思うようになり、元々子供が好きだったこともあって、小児科医を目指そうと決めました。

──私が印象深く感じていたのが、今西先生が他のメディアで「社会的な立場の弱い者たちを守れる人でありたい」とお話されていたことです。このあたりも詳しくお伺いしてよいですか?

研修として色々な科を回る中で、生まれつき障害がある方や、病気になって麻痺が残った方、生活保護を受けている人など、様々な状況の方々と接してきました。 特に子供は、大人と違い自分のことを自分で決められなかったり、環境からの影響を非常に受けやすく、どうしても「弱い立場」になりやすいです。

例えば、ワクチンが普及していないことで守れる命が守られていないことや、共働きの親が夜間にしか病院に連れて行けない状況など、社会的な背景が病気の原因になることがあります。 そうした状況を幾度も目の当たりにして、「子供の病気を治すだけでなく、その子の人生に関わる課題を一つずつ解決していきたい」と考えるようになりました。

新生児医療をやっていたときも、思いがけない妊娠や赤ちゃんの遺棄といったケースがあり、そういった問題の多くは、背景に両親の壮絶な過去があって、そこにもやはり社会の課題が関与しています。子供たちを通じて、社会の課題が見えてくるんですね。

ほかにも、医療機関側の問題に直面することもありました。(自院では診れないと判断して、)宛先のない紹介状を患者さんに持たせて救急車を呼ぶような病院を見たこともあります。

社会にはセーフティネットがあっても、その隙間から落ちてしまう患者さんがいて、その数は決して少なくない。 その現実を知って、「目の前の患者さんを救うだけじゃ駄目だ」と強く思いました。

──もし宜しければ、当時の悩みや失敗談も教えていただけますか?

研修医時代は手技がとても苦手で、特に点滴が本当に下手でした。研修医の中でも一番下手だったと言っても過言ではないくらいで(笑) 指導医からは、『小児科向いてないんじゃない?』と言われたこともあります。

でも、「医師を目指すなら子供と接していける小児科がいい」という想いは変わりませんでしたので、点滴を上達させよう!と思ったんですね。それで、とにかく数をこなしました。 するとやっぱり、やればやるだけ上達していくんです。次第に、他の先生から難しい(針を通しにくい)症例を頼まれるようになりました。

──すごいですね!現在点滴に苦手意識を持たれている研修医の方々に対して、励みになるエピソードだと思いました。

「向き不向きよりも、前向きが大事」ということをよく研修医の方々にお話しています。

たしかに物事には向き、不向きがあります。でも、不向きだったとしても「これはやらなくてはいけない」、「好きだから続けたい」という気持ちがあれば、続けますよね。そうして続けていくうちに、段々と「不向き」ではなくなることが多いと感じています。

医療啓発の活動のきっかけになった、作品『コウノドリ』との出会い。

──「目の前の患者さんを救うだけでは駄目だ」という想いが、現在の医療啓発のご活動につながっているのですね。

はい。ですが、自身のキャリアが確立してないうちからそうした社会課題を解決するのは、「なにか違うな…」とも思っていました。

それで、医師になってからの最初の10年はとにかく専門性を高めようと、石川県立中央病院のNICUで新生児医療に関わりました。

その後、大阪に移ってりんくう総合医療センターや大阪母子医療センターで引き続き新生児医療の経験を積んで、少しずつ実績が積みあがってきたときに、『コウノドリ』の取材協力の話が来たんです。

──『コウノドリ』、私も漫画で読みました。今西先生は作中の新生児科医「今橋先生」のモデルにもなられたんですよね。

ありがとうございます、はい(笑)。取材のお話は、ちょうどその時に経験のある先生方が忙しくされていて、私の方でたまたま時間があって、お受けすることになりました。最初はネットでの連載のみということでしたので、まさかあそこまで話題になるとは思いもしませんでした。

結果として非常に多くの人が『コウノドリ』の作品に触れられて、一つの社会現象とまでなったのを目の当たりにして、二つの想いが生まれたんです。

ひとつが、純粋に「すごいな」ということ。これまで医療漫画といえば『ブラックジャック』が有名でしたけど、『コウノドリ』は専門家から見ても事実に沿った内容・構成で作られていて、それは、これまでとは異なる新しい形の「医療啓発」だったんですよね。作品を見て医師を志した人もいると聞いて、世の中への非常に大きな影響力を感じました。

もう一つが、「プレッシャー」です。当時私は医師になって5~6年目くらいでしたが、作品の取材協力をしたことで様々なメディアやイベントからお誘いを受けるようになったんですね。

一緒に参加する先生方はそうそうたる実績があるのに、私だけが若くてまだひよっこのようで、それがコンプレックスだったこともありました。「自分の実力が伴ってないのに、漫画のモデルとか言われても困る」といった葛藤もありました。

──そうだったのですね…。その葛藤は、どのように解消していったのでしょうか?

もう、行動するしかありませんでしたね。 その頃私はサブスペシャリティ(2段階目の専門医資格)を持ちたいという思いがあり、大阪大学医学部研究科の大学院へと進学しました。専攻は、公衆衛生です。

この分野では「川の理論(上流理論)」という考えがあるのですが、これが私の目指していた「目の前の患者さんを救うだけではない、より上流(根本)に関わる活動」と通じるところがあったんです。

TIPS 「川の理論(上流理論)」とは

川の理論(上流理論)とは、問題の根本原因を見つけて対処することで、最終的には下流で発生する問題を減少させるという考え方です。これは特に公衆衛生や社会問題の分野でよく使われるアプローチです。この理論では、川の上流で起こっている問題が、下流で発生する結果に影響を与えるとされています。

医療啓発活動は、在学中にHPVワクチンの啓発団体「みんパピ!」から「一緒にやりませんか?」と誘っていただいたのがきっかけです。その際には、『コウノドリ』の先生方にも協力をいただきました。

その後、博士課程が終わりドクター(博士号)が取れたので、今は医療政策を学びにUCLAの医療政策学に在籍しています。

TIPS 「みんパピ!」とは

「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」は、一般社団法人「HPVについての情報を広く発信する会」が運営する、HPV感染症に関する正しい知識や予防方法の啓発をおこなう活動です。

公式サイト:「みんパピ!」https://minpapi.jp/

HPV感染症に関する正しい知識や予防方法の啓発をおこなう「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」ロゴ
 

参考:今西先生のプロフィール

今西先生のご経歴の紹介。

参考:一般社団法人チャイルドリテラシー協会HP「新生児科医・小児科医 今西 洋介/ふらいと先生/」

https://dr-flight.jp/

──医療政策については、具体的にどのようなことを学ぼうとされているのでしょうか?

エビデンスに基づいた医療のあり方についてです。現在、国内の医療政策において、エビデンスに基づいていないことが多いと感じています。

例えば、コロナ禍では学校閉鎖の決定など、そのタイミングや期間の長さなどはエビデンスというよりも当時の雰囲気で決まっていた印象があります。

国内でHPVワクチンの普及が遅れていることも、その最たる例ですね。世界各国であれだけ安全性を確認していたのに、日本では2022年にようやく小学校から高校生までの定期接種が始まりました。

現在もワクチンの存在を知らない人が少なくなく、また多くの犠牲者も出ています。本当に、先進国ではありえないくらいの対応の遅さです。

現在ある医療課題も、そしてこれから先に起こる問題においても、解決に向けて最も重要なことは、正しいエビデンスを持つこと、そして関わる人たちに適切に伝えていくことだと思っています。

──その想いがまさに、現在代表理事として就任されている「チャイルドリテラシー協会」の活動に通じているのですね。

はい。子育てにおいても、正確な情報、知識が伝わっていないことで引き起こされている問題が多くあります。

一般社団法人チャイルドリテラシー協会はこれらの問題解決を目的として、正しい育児、医療知識の啓発を行っています。

──チャイルドリテラシー協会のご活動で、手応えや感じていたことなどはありましたか?

やっぱり正しい知識がないと、病気から身を守れないことが多いと感じています。

一方で、子どもの医療に関しては特に、事実と異なるデマのような情報が世間で多く出回っています。

そこで、子育ての健康や病気にまつわる話題性のある事柄について、エビデンスに基づいた知識と情報を届けようとニュースレターのサービスを1年半程前から始めたんです。そして、これがすごくヒットしたんですね。

現在(2024年7月時点)で読者は7,000人を超えて、一部の読者の方は有料会員として定期購読をしていただいています。

今西医師が運営する「ニュースレター」のページ。

──ニュースレターの記事を何件か拝読しまして、とても面白く、また有益な情報と感じました。こうした情報発信を続けていく上での、今西先生にとってのやりがいやモチベーションは何ですか?

やはり読者の方々からフィードバックをいただけると、やりがいを感じます。お母さん方から『記事が心の支えになった』とお返事を頂いたときは、続けて良かったと思いますね。

あるお母さんからは『母子手帳に記事を挟んで、いつでも読み返せるようにしている』と聞いて、身が一層引き締まるというか、「もっと頑張ろう!」という気持ちになりました。

──今西先生の記事は、エビデンスだけでなくエピソードもふんだんに盛り込まれていて、文章に物語性も感じられるのが魅力のひとつと感じています。このあたりは、何か工夫されているのですか?

「私自身が書きたいことを書けばいい」というのではなく、読者が何を求めていて、何を知りたいのかについてしっかりリサーチするようにしています。

個人に起きた出来事などのストーリー(物語)としての話は、たしかに頭に入ってきやすいですよね。ですが、それだけでは不十分で、特に男性の方はエビデンスを重視する人が多いように感じます。

だから、ニュースレターにおいてもきちんと客観的な事実・情報も添えるようにしています。

私のニュースレターをパートナーに共有して、「夫婦間の主張の相違を解消できた」と言っていただいた方もいらっしゃいました(笑) そういうお話を聞けるのも、すごくうれしいですね。

人とのつながりを大切に、後悔のない道へ挑戦し続けたい。

──50代、60代になったとき、どのような働き方をしていたいですか?

働き方を、少しずつ変えていきたいと思っています。

具体的には、まず家族を大切にすること。これまでは仕事中心の生活でしたので、これからはもっと家族との時間を大切にした生活をしていきたいです。

ロサンゼルスで暮らしていると、休日に家族との時間を大切にしている人が本当に多くて、純粋にそういう生き方っていいなって思いました(笑)

もう一つは、困っている人々を助ける仕事──、特に子供たちを助ける仕事をしたいと思っています。

──「困っている人を助ける仕事」は、すでにこれまでも十分に実施されてると思いますが、また違った働き方をイメージされているのでしょうか?

そうですね。当然これまでも意識していましたが、私自身のキャリアを優先していた部分もあったと思います。

たとえば学会での発表に向けて取り組んでいると、その間はどうしても患者さんと直接接する時間は少なくなって、その分距離ができてしまうんですね。

現在はニュースレターなどの活動を通じて、患者さんと直接コミュニケーションを取ることが多くなりましたが、その方が仕事の幸福度は高いです。

──お話を伺っていて、患者と医師の関係がより身近になり、かつ互いの幸福度が相互補完的に高まっていく、そんなキャリアを描かれていると感じました。最後に、現在キャリアについて悩まれている医師・研修医の方に向けて、メッセージをお願いできますか。

私自身が一番避けたいと思っていることは、死ぬ間際に「あれをやっておけばよかった」と後悔することです。自分が本当にしたいことを見つけて、その実現のためにどんな道を選ぶか、自分自身で決める。これに尽きると思います。

若い先生方には、どんどん挑戦してほしいですね。

特に海外での活動を希望するなら、早いタイミングで行動を起こすこと。 海外留学助成金の多くは35歳までしか取れないので、早めに情報を集めて行動を始めることが重要です。

そして、より多くのチャンスに出会えるためには、人とのつながりがとても大切です。

私自身、人生で何度か突然のチャンスが舞い降りてきたことがありましたが、それらはすべて人とのちょっとしたつながりによるものでした。また、社会的なつながりが豊かな人ほど、人生が豊かになるという研究結果もあります。

キャリアの不安は、きっと誰にでもあります。逆に不安の全くない状態というのは、医師としての成長も止まってしまった時だと、私は思います。

その不安を前向きなものに変えていくために、挑戦すること、そして人とのつながりを大切にすることを、意識されるとよいと思います。

(聞き手・文=エピロギ編集部)

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