市川衛が聞く

「消化器外科医になっちゃいけない」現場の外科医がそう訴える理由は? 深刻化する消化器外科医不足・中山祐次郎さんに聞く

中山 祐次郎(外科医・作家)

写真提供:中山祐次郎氏

 8月1日、厚生労働省の「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」がとりまとめを発表した。それによると2040年のがんの患者数や手術数はゆるやかに下降に向かうと見込まれるが、それを上回る速度で特に若手の消化器外科医が減少。2040年の不足数は5,200人に達するという。消化器外科医が不足し、適切なタイミングで手術を受けられずに命を落とす患者が生まれることが危惧されている。

 医師の総数は増えているのに、なぜ消化器外科医を志す若手が減っているのか? 今後、どんな対策が求められるのか? 消化器外科医として臨床の第一線に立ちながら、作家としても精力的な活動を続けるなど独自のキャリアを歩む中山祐次郎さん(湘南東部総合病院消化器外科)に話を聞いた。

日本消化器外科学会に所属する65歳以下の医師数の推計
出典:厚生労働省「2040年を見据えたがん医療提供体制の均てん化・集約化に関する参考資料」がん診療提供体制のあり方に関する検討会(2025年8月1日)資料p.36一部改変

書籍情報

モグリの天才外科医が究極の〈不可能手術〉で命を救う――。

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しかし、「ふつうじゃない手術」には相応の覚悟がなければ――。
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彼らの切なる願いに、カイはどんな「答え」を出すのか?

(文春文庫)

 

1.「過酷」と敬遠される消化器外科・働き方は変わった?

――消化器外科医の不足が危惧されています。中山さんの周辺でも、感じますか?

 実はですね最近、同世代の消化器外科医が2人、立て続けに所属の病院を辞めたんです。1人は美容外科医になり、1人は親を継いで開業すると聞きました。同世代が2人続けてですからね、地味にショックを受けています(笑)。

――なるほど、それは確かにショックですね……。まず初めに、中山さんが消化器外科医を志したきっかけを教えてください。

 そうですね、率直に言えば「消去法」で選びました。鹿児島大学の医学生だったころは、小児科、救急、外科に興味があって、どうしても一つに絞ることができませんでした。そこでマッチングの志望を出すときに、それぞれの科に強い病院の名前を書いて、決まったところに入ろうと。そして私を受け入れてくださったのが、外科に強みを持つ東京都立駒込病院だったので「神様がそう考えているんだろう」と思って外科を専門にしようと決めました。

――東京都立駒込病院で働き始めて、いかがでしたか?

 イメージ通り、めちゃめちゃ厳しかったです(笑)。上司の外科医は「うちの病院は体育会系だと言われるが違う、『軍隊』だ」なんて真顔で言ってました。カンファでの症例プレゼンでは、ちょっとでも言い淀めば厳しい指摘が飛んでくる。手術も怒鳴られながら覚えました。病院の寮に住んでいたのですが、自室まで院内PHSの電波が入るんです。いわば365日オンコール状態(笑)。正直プライベートはありませんでしたが、自分自身もあえて厳しさを求めていたということもあり、日々楽しかったですね。

 そして東京都立駒込病院が、大腸がんの手術に関して海外からも見学が来るような世界トップクラスの医療機関だったこともあり、自然と自分も消化器外科医の道を選ぶことになりました。

――まさに「外科医」というイメージ通りのキャリアですね。当時は非常に過酷な勤務だったわけですが、現在の働き方はいかがですか?

 私はいま湘南東部総合病院で、ダヴィンチなど手術支援ロボットを使った大腸がん手術を中心に手がけていますが、若いころと比べたらワークライフバランスは改善されていると感じます。休むときはしっかり休めます。

2.「体育会系」の空気、過酷な勤務、報酬面でのインセンティブ……何が問題?

40歳未満の外科医数の推移

出典:厚生労働省「2040年を見据えたがん医療提供体制の均てん化・集約化に関する参考資料」がん診療提供体制のあり方に関する検討会(2025年8月1日)資料p.33一部改変

――いま、消化器外科を目指す若手医師が減っています。この10年間で全体の医師数は増えたのに、消化器外科医は10%減、特に40歳未満は15%も減少しました。その理由について、どう考えますか?

 大きく分けて2つあると思っています。まず、消化器外科の教育体制を含めた「空気」が悪すぎるということ。特に年代が上の先生の中には、いまだに「軍隊」のようなパワハラ文化を擁護する姿勢が残っていると感じます。その世代が変わらないと、若手から忌避される状況は変わらないかもしれません。パワハラで処分され退職した元教授はいまも業界の重鎮です。

 そして、業務量と報酬を比較した際の「コスパ」の悪さ。以前、若手医師グループの会に参加させてもらったときに10人くらいに話を聞いたのですが、業務時間の長さやオンコールでの呼び出しの多さに不満がある人は少なかったです。一方で、他の科と比べた際に、業務の厳しさに見合う収入が得られていないという声は少なくありませんでした。

 病院の経営陣から見たら、消化器外科は低収益・不採算部門とされがちです。手術の診療報酬が十分に評価されていないからです。そのため高い技量や経験がある医師でも、他科と比べて格段に高い報酬を得ることが難しくなります。そもそも外科医全般として「命を救う仕事なのだから、収入についてとやかく言うな」というような同調圧力がまだまだ残っているとも感じます。

――外科医の負担を減らすために、医師以外の職種へのタスクシフトやタスクシェアが大切と言われて久しいですが、現場での取り組みは進んでいますか?

 特定行為ができる看護師の存在はとても助かります。あくまで体感ですが、1日1時間分の業務が減るイメージです。また私自身は経験がないのですが、診療看護師(ナースプラクティショナー・NP)を導入している医療機関の話を聞くと、医師の業務効率化の大きな力になっているようです。手術助手としてはもちろん、医師の不在時に病棟の管理をしてくれると本当に助かります。こうしたタスクシフト・タスクシェアに関しては行政も積極的に取り組んでくれていると感じます。

 ただ問題なのは、一般的な民間病院の場合、タスクシフト・タスクシェアを進めるメリットが少ないということです。診療看護師や特定看護師を入れるとそれだけ人件費がかかりますが、医師に全部やらせればコストが少ないからです。この点、もっとタスクシフト・タスクシェアに診療報酬などでインセンティブをつけないと、広く外科医の業務負担が減るとまでは行かないかもしれません。

3.2040年に向けて、消化器外科医はどのようにキャリアを考えるべきか?

手術中の中山 祐次郎氏

写真提供:中山祐次郎氏

――働き方や処遇の改善は進められているものの、まだ、広く現場でその影響を感じるところまでは行っていない、ということかと思います。その状況の中でも、中山さんが先輩として、若手医師に伝えたい消化器外科のやりがいや魅力があれば、ぜひ教えてください。

 そうですね、もちろんたくさんのやりがいや魅力があるんですが……。すみません。その質問が一番つらい(笑)。私が本当に自分に誠実であろうとするならば、いま若手の医師には「消化器外科医にはなっちゃいけないよ」と伝えたいです。

――おお、なるほど。それは、どうしてですか?

 これまでお伝えしてきた課題、つまり業界全体の慣習や待遇の問題が、すぐに変わるとは思えないからです。その状況を自分自身が感じているのに、若手の医師に薄っぺらな言葉で魅力を語ることはできません。

 ただ一方で、これだけ課題があるからこそ、「伸びしろ」もあるという考え方もできます。今後の10年20年を考えると、消化器外科の患者さんは増える一方で医師は不足していくので、ある時期で待遇が大幅に改善することもあるかもしれません。いわば逆張り的な意味で、将来性がもしかしたらある分野だよ、とは言えると思います。

――なるほど、率直な思いを教えていただいてありがとうございます。その正直な気持ちを中山さんが持っているという前提で、それでも伝えたい消化器外科医のやりがいや魅力はあるでしょうか?

 それはもちろん、あります。まず、職人としての技術を学ぶ楽しさです。いわば伝統工芸の職人さんのように、手術を重ねる中で、スキルが向上していくことを実感できます。以前だったら難しいと感じていた手術でも短時間でさらっと成功させて患者さんが帰っていく。そのときの達成感はたまりません。

 そして技術には果てがない。ロールプレイングゲームで例えれば、レベル99になったら魔王を倒せると思っていたら、裏ボスが現れて歯が立たない、なんてことはしょっちゅうです。また、手術支援ロボットのような全く新しい技術が入ってきたら、いわば転職してレベル1からスタートということもあります。その果てのなさに魅力を感じる人には適していると言えるでしょう。

 そして何より、人生のピンチに陥っている人を手術で救ったり、大切な予後を延ばせたりすること。いろいろと課題はある業界ですが、「他者の命を救いたい」という想いで医師を志した人にとって、他の科と比べても進んで後悔はない道の一つになりうるとは思っています。

 

<参考文献>

 

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中山 祐次郎(なかやま・ゆうじろう)

外科医、作家。神奈川県湘南東部総合病院外科臨床教授。1980年神奈川県生まれ。鹿児島大学医学部医学科卒卒業後、東京都立駒込病院外科初期・後期研修を修了、外科医師として勤務。2017年2月福島県高野病院院長、2017年4月総合南東北病院外科医長。2018年4月、京都大学大学院医学研究科で公衆衛生学修士。2021年10月より現職。


専門は大腸がんや鼠径ヘルニアの手術、治療、外科教育、感染管理など。資格は外科専門医、消化器外科専門医、がん治療認定医、内視鏡外科技術認定医など。『泣くな研修医』(幻冬舎)はシリーズ累計47万部超のベストセラーとなり、2021年テレビ朝日系列でドラマ化。

市川 衛(いちかわ・まもる)
武蔵大学准教授(メディア社会学)。東京大学医学部を卒業し、NHKに入局。医療・健康分野を中心に国内外での取材や番組制作に携わる。現在は武蔵大学准教授に加え、READYFOR㈱ 基金開発・公共政策責任者、広島大学医学部客員准教授(公衆衛生)、㈳メディカルジャーナリズム勉強会 代表、インパクトスタートアップ協会 事務局長などを務めながら、医療の翻訳家として執筆やメディア活動、コミュニティ運営を行っている。

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