Part1~言葉の違いによるトラブル回避
現在、日本に滞在する外国人は200万人以上、観光など短期で来日する外国人は年間約2000万人です。生活しているからには健康上の問題も起きるでしょうし、旅先でのケガや急病もあるでしょう。
日本政府は東京オリンピックに向けて、2020年までに訪日外国人観光客数の目標を年間4000万人へ引き上げると発表しました。多くの外国人患者が、当たり前のように医師の皆さんの勤務先へ来院する日が目前に迫っています。
外国人患者の対応で問題となるのは主に3つ。「言葉の違い」「文化・習慣、医療事情の違い」「生活背景の違い」です。今後対応が確実に必要になるであろう外国人患者について、今回はその中の「言葉の違い」について見ていきましょう。
- 目次
カタコトの日本語に注意!
文化庁の調査では、日本語教室に通っている男女の6割以上が「医者に病状を話す」ことができると答えています。しかし、日本語を学習している外国人の数は17万人程度。滞在している外国人数や訪日外国人患者数を考えれば、医師に日本語で病状を説明できる外国人患者は非常に少ないといえます。
ただし、外国人患者で「日本語がまったくできない」という人はまれ。日常的なやり取りなら可能、という外国人は多いようです。そして、注意したいのもこの「簡単な会話なら可能」な外国人患者の対応です。
日本語で「わかりましたか?」と問いかけたら、外国人患者が「わかりました」と答えた。
簡単な会話ができたからといって「この患者さんは日本語がわかる」と判断するのは危険です。
外国に行ったとき、外国人と対話するとき、「とりあえず笑顔でうなずいておけばなんとかなる」と思ったことはありませんか? 同様のことが日本の医療現場で起こる可能性があります。日本語での日常会話が可能なら受付などでは問題ないかもしれませんが、診察のときは別問題。医療現場での日本語を理解するのは難易度が高いのです。
日本語の多少できる外国人患者であっても、絵を書いて図解する、多言語医療問診票や多言語診療マニュアルを活用するなどの配慮は必要です。多言語医療問診票や多言語診療マニュアルは無料で配布しているものも多いので、確認しておくと便利です。
院内での使用が可能であれば、通訳アプリなどを利用するのも良いかもしれません。
外国人なら英語ができる?
「外国人なら英語ができる」という思い込みを持ってはいませんか? 世界の人口約70億人のうち、英語人口は17.5億人。4人にひとりは英語を話すことになりますが、逆に言えば4人に3人が話せないということでもあります。
一方の日本人も、学校で英語を習うものの、「英会話は苦手」という人が少なくありません。
4人のうちひとりの英語を話す外国人患者と、英語を話す医療者が出会う確率はかなり低いはず。また、日本語同様に、日常会話は可能でも医療現場での英会話は難しいという外国人患者もいます。お互いに無理をして英語で意思疎通を図ったり、英語での案内を用意したりするよりも、ひらがなで説明したり日本語でゆっくりはっきり話したりする方が伝わることがあります。
家族・知人の「通訳」の危険性
日本には制度化された医療現場での通訳システムがありません。そのため、外国人が医療機関を受診するとき、圧倒的に多いのが友人・知人や家族を通訳として連れて来ること。なかには来院予約をした際に、医療機関から「言葉のわかる家族を連れて来て」言われることもあるそうです。しかし、通訳でもない一般人が、日本人でも理解し難いような医療用語を訳すのは至難の業。
通訳として付き添ってきた友人・知人が身体部位や病名が本当に理解できているか、確認が必要です。また、通訳する側でも病院までの交通費や平日仕事を休むということの金銭的負担に加え、専門ではない通訳を行うこと、個人情報を知ってしまうことの心理的負担があるでしょう。本人のことを思ってことでしょうが、病気の予後や日常の注意を端折ってしまったり、婉曲に伝えてしまうということもあるようです。
通訳する家族が子どもである場合は、身体部位や病名の理解の他に、親の病気を告知しなければいけないというプレッシャーのことも考慮しなくてはなりません。
・逆子のため帝王切開になると外国人の夫に伝えたら死産だと聞き取ってしまい、そのまま妻に伝えた。手術後に赤ちゃんと対面するまで、夫妻はずっと嘆き悲しんでいた。
・薬についての説明が伝わらず、外国人患者が座薬を食べようとしてしまった。
・外国人患者の子どもが通訳として付き添っていたため、親の病気を伝えることが忍びなく重大な部分を婉曲に伝えたら、患者が手術の必要性を理解せず同意しなかった。 手術が必要な病状だったため、医療通訳を入れて再度説明したら同意してくれた。
友人・知人や家族などの通訳は通訳者の負担が大きく、誤訳の危険性もあり、医療事故を起こす可能性があると言わざるを得ません。しかし、どうしても友人・知人や家族を通訳として同席させなければならないときもあるでしょう。医師の皆さんは専門用語を使わずになるべく平易な単語に置き換える、ゆっくり一文を短めに話す、多言語医療問診票を使うなどの配慮を忘れないようにしましょう。
「医療通訳」って?
「医療通訳」について、医師の皆さんはご存知でしょうが、実際に利用したことのある方はどれほどでしょうか。
厚生労働省が進める「医療機関における外国人患者受入れ環境整備事業」において、モデルケースとして選ばれた医療通訳拠点病院で、外国人向け医療コーディネーターや医療通訳が配置され始めました。ただ、それ以外の医療機関では常駐している施設は珍しく、医療通訳を利用したい場合はその都度依頼することが一般的です。海外では国が医療通訳の費用を完全に負担してくれる国もありますが、現在のところ日本での医療通訳は制度として整備されておらず、まだ医療通訳士の国家資格もありません。
医療通訳は専門とする外国語の知識はもちろん、病気やケガに関する単語など、医療についてある程度以上の知識を求められます。「刺すような痛み」「ズキズキする」などの細かなニュアンスを伝えるボキャブラリーを有し、医師の説明を訳すときは「足さない・引かない」ことを基本に、「手術が必要」「後遺症が残る」といった重要な内容でもありのままを冷静に伝えることが重要といわれています。
日本で民間の医療通訳士の派遣を依頼すると、だいたい1時間1万円程度。別途交通費もかかります。電話での通訳に応じてくれるところもありますが、もちろんこちらにも費用が発生します。医療費に加えて通訳の料金を支払うとなれば、外国人患者には負担が大きいことを覚えておかなければなりません。NPO団体の場合は、民間よりも安い料金で対応してくれることがあるので、確認してみるといいでしょう。ちなみにNPO法人では、入院説明書や手術同意書などの書類の翻訳も請け負ってくれるところもあります。
医療通訳を配置している病院でも、時間外の急患などに備え、夜間対応の通訳サービスを調べておいたり、外国人患者の夜間対応マニュアルを用意しておくと安心です。
医療通訳を利用するときの注意
医療通訳を利用する場合に医師の皆さんがまず気を付けなければいけないのは、文字通り「患者に向き合う」こと。医療通訳士を介して患者と会話することになるため、どうしても医療通訳に向かって話してしまいがちです。しかし、診察の対象はあくまで患者。患者が不安感や疎外感を感じないよう、患者と向き合って話しましょう。
医療通訳士を介しての診察には通常の診療の2~4倍の時間がかかるといわれています。他の患者への影響が少ないよう、あらかじめその日の体調や医師に聞きたいことをメモしておいてもらい、それを見ながら診察するなどの工夫が必要です。できれば、空いている時間や診療時間の最後に予約してもらう、急患でなければ予約の段階で受入れ人数を制限するといった配慮をしましょう。
言葉は違っていても人間同士!
外国人患者を診察する上で、「言葉の違い」は大きな壁となります。しかし、さまざまなツールが世に出てきた今、外国人患者とはいえ人間同士、病院という場所でも意思疎通を図ることは決して不可能ではありません。
「面倒」「わからない」という気持ちを持ってしまうこともあるかもしれませんが、異国で病気やけがを抱えて不安な外国人患者に寄り添ってあげてほしいと思います。
(文・エピロギ編集部)
<参考>
■ 第1章
日本政府観光局(JINTO)「国籍/月別 訪日外客数(2003年~2016年)」
(http://www.jnto.go.jp/jpn/reference/tourism_data/2003_2016_tourists.pdf)
法務省「平成26年末現在における在留外国人数について(確定値)」
(http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00050.html)
文化庁「日本語に対する在住外国人の意識に関する実態調査」
(http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/nihongokyoiku_jittai/zaiju_gaikokujin.html)
文化庁「平成26年度国内の日本語教育の概要」
(http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/nihongokyoiku_jittai/h26/pdf/h26_zenbun.pdf)
特定非営利活動法人AMDA国際医療情報センター
(http://amda-imic.com/)
厚生労働科学特別研究事業「外国人患者受け入れのための病院用マニュアル案」
(http://www.twmu.ac.jp/Basic/int-trop/_userdata/sympo_001.pdf)
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