あなたの病院にも外国人患者がやってくる!

Part3~生活背景の違いから起こる代表的なトラブル

現在、日本に滞在する外国人は200万人以上、観光など短期で来日する外国人は年間約2000万人です。生活しているからには健康上の問題も起きるでしょうし、旅先でのケガや急病もあるでしょう。
日本政府は東京オリンピックに向けて、2020年までに訪日外国人観光客数の目標を年間4000万人へ引き上げると発表しました。多くの外国人患者が、当たり前のように医師の皆さんの勤務先へ来院する日が目前に迫っています。

外国人患者の対応で問題となるのは主に3つ。「言葉の違い」「文化・医療事情の違い」「生活背景の違い」です。今後対応が確実に必要になるであろう外国人患者について、今回はその中の「生活背景の違い」によって起こり得る、代表的なトラブルをご紹介したいと思います。

一口に「外国人」といってもバックグラウンドはさまざま!

観光で日本を訪れる外国人が増えているというニュースはよく耳にしますが、実は日本に在留することを許可された「在留外国人」も増加を続けています(※1)
今後の景気動向によっては減少する可能性もありますが、法務省が発表している「在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表」に注目してみると、2015年末の在留外国人数は、2012年末と比較して約20万人増加していることがわかります。
日本の総人口が減少している現状を考えれば、外国人の割合がどんどん増えていることがわかるでしょう。

2015年末の時点では、在留外国人の半数以上が中国人と韓国・朝鮮人で構成されており、次にフィリピンが約10%という割合で続きます。つまり、他のアジア諸国の在留外国人数を考慮すると、全体の約7割はアジア人ということです。
では、医師は観光客用に英語を身に付け、在住外国人用にアジア諸国の文化や習慣などを把握しておけば、ひとまずは事足りるということでしょうか。

答えは「ノー」です。たとえ同じ国の人間だとしても、一人ひとりがどういった経緯で日本で暮らすようになり、現在はどういった環境に身を置いているのかによって、配慮すべきことは変わってきます。

今回は、在留外国人がどんな生活背景を持っているのかについて、在留外国人全体に占める割合が大きい4つの在留資格(留学、技能実習(※2)、日本人の配偶者等、永住者)のそれぞれで、その可能性を見ていきたいと思います。

※1 在留外国人は日本に留まるための許可「在留資格」というものを取得しており、彼らが常時携帯を義務付けられている「外国人登録証」で、その人がどんな資格を持っているのかを確認することができます。
※2 本記事では「技能実習」を紹介するにあたり、在留資格「研修」も取り上げます。

 

アルバイトで暮らす留学生もいる

留学生には「国費留学生」と「私費留学生」がいます。前者は学費や生活費が日本政府から支給されている留学生で、後者は自費で日本に学びに来ている学生です。
発展途上国から日本に来る人もいるため、私費留学生は、自国ではそれなりに裕福な家庭で育ったというイメージがあるかもしれません。しかし、それはある一側面から見た事実です。なかには実家から仕送りをもらわずにアルバイトで生計を立てながら勉学に励んでいる人もいます。

留学生は国民健康保険への加入が義務付けられていますが、手術や入院が伴うケガや病気を治療する場合は高額な医療費が生じるケースもあるでしょう。その場合、手術や入院が避けられない状況だったとしても、医師としては、まずは本人にその金額を伝えるよう心がけましょう。

特にアルバイトの給料でやり繰りしている留学生には配慮が必要。彼らにとって入院は、無収入に直結する出来事だからです。勉学どころか生活すらできなくなる恐れもあるため、本人の周囲の環境(頼れる知人の有無など)を鑑み、帰国して治療に専念させるという選択肢も考えつつ、慎重に治療方法を決定しましょう。

 

技能実習生や研修生は低賃金で働かされている可能性も

国際協力の一環に外国人の研修制度があります。これは「先進国の技能・技術・知識などを自国の人材に習得させたい」という発展途上国のニーズに応える制度。これに基き日本を訪れている在留外国人には、「技能実習」や「研修」という在留資格が与えられています。

研修生の受け入れを担うのは、国際協力機構(JICA)などの政府系機関の場合と民間企業や共同組合などの団体の場合がありますが、政府系機関の研修生は少数で、多くが民間企業や協同組合などで研修を行っています。
(引用元:西村明夫『疑問・難問を解決! 外国人診療ガイド』(メジカルビュー社、2009))

技能実習生は研修後に就労という形を取るため給与が支払われますが、一方で研修生には少ない研修手当しか支給されません。これを好都合と見て、とてつもなく低い賃金で外国人を労働に従事させている悪質な企業や組合が存在します。なかにはパスポートや通帳を没収され、長時間労働を強制されている人もいるのです。

2006年には、千葉県の養豚場で研修をしていた中国人が賃金の低さに納得できず、研修センターに訴えるも強制帰国を言い渡され、県農協の理事を殺害する事件が起きました。
2013年にも広島県のカキ養殖加工会社で働いていた中国人の技能実習生が低賃金に恨みを募らせ、工場経営者を含む8人を殺傷する事件が起きています。

また、社会保険への加入が義務付けられているにもかかわらず、保険に加入していない研修生や技能実習生も存在します。そうした外国人が来院したら、その人を受け入れている組織に確認を取りましょう。
日本労働組合総連合会が設置している「なんでも労働相談ダイヤル」には、「社会保険料が天引きされているにもかかわらず、実態としては未加入であった」「実習機関にパスポートを取り上げられた」といった訴えが数多く寄せられているといいます。
研修生や技能実習生が保険に加入していない場合、彼らの受け入れ先が意図的に不正行為をはたらいているケースも考えられるので、怪しければJITCO(公益財団法人 国際研修協力機構)に問い合わせるなどの対応も必要です。

 

日本人と結婚した外国人の家庭環境に目を向けよう

日本人と結婚した外国人は「日本人の配偶者等」という在留資格を得ることができ、3年以上経過すると永住許可の申請を行うことができます。ただし、文化や言葉の違いから意思疎通がうまく行えず、早々に離婚してしまう夫婦も少なくありません。
離婚すれば「日本人配偶者等」の在留資格が失われ、その時点で永住者としての許可を得ていなければ帰国せざるを得なくなります。

また、離婚はせずとも、実は問題を抱えているケースもあります。その1つに挙げられるのが、日本人男性から外国人女性へのDV(ドメスティック・バイオレンス)です。日本人同士が結婚する場合と違い、外国人女性には実家や友人宅のような逃げ場を持たない人もいます。DVによるケガなどで来院した場合はそのまま治療して家に帰すのではなく、外国人のDV被害に関する相談や避難場所としての機能を持つNPO法人に連絡する、もしくはそうした支援団体の存在を伝えましょう。

また、外国人女性は夫の収入に頼って暮らしているというイメージがありますが、夫が定職に就かず、反対に女性のアルバイト代などで生計を立てている家庭もあります。もし、そうしたバックグランドを持つ外国人女性が来院したときは、患者本人だけでなく、夫や子どもの状況といった家庭環境に目を向けながら、治療方針を決定するようにしましょう。

 

永住者は日本人ではないことを忘れずに

「永住者」は、大きく「一般永住者」と「特別永住者」(在日コリアンなど戦前・戦中から日本に住む朝鮮半島・台湾出身者とその子孫)の2つに分けられます。「一般永住者」の資格は、永住申請が許可されれば取得できます。
(中略)
「一般永住者」の在留資格は、最初に来日時点では取れませんから、ほかの在留資格で暮らしていて、ある期間が経過して日本に永住しようと決心したところで手続きを行う人がほとんどです。
(引用元:西村明夫『疑問・難問を解決! 外国人診療ガイド』(メジカルビュー社、2009))

永住者は、もともとほかの在留資格で日本に住んでいた外国人が永住者の許可を得た「一般永住者」である場合と、かつての日本の植民地だった朝鮮半島・台湾出身者およびその子孫が該当する「特別永住者」である場合があります。

特別永住者の場合、日本の同化政策の影響で2世以降は日本語が母語となっているため、会話が通じないということはないでしょう。一般永住者についても日本語が理解できないという人はいません。
ただし、すべての一般永住者が“十分に”日本語を話せるわけではないことに注意しましょう。普段生活するぶんには問題なく会話できても、治療方針などの説明に対しては、よくわかっていないのに頷いているケースがあります。

また、すでに高齢化の問題も生じてきており、「母国の文化を持つ人に介護されたい」、「日本語が理解しにくくなっているので母語で会話したい」と願う人が出てきています。
(引用元:西村明夫『疑問・難問を解決! 外国人診療ガイド』(メジカルビュー社、2009))

彼らは日本での永住を決意した人ではありますが、帰化したわけではありません。こうした外国人高齢者に対しては、彼らの「◯◯国民」としてのアイデンティティに配慮するケアが必要な場合もあるでしょう。

 

ハンデを抱えた外国人患者に可能な限りの配慮を!

外国人患者のなかには、在留資格によって就ける職業が制限されている人もいます。また、上述の研修生のように、所属する組織の意図的な不正行為や怠慢によって保険に加入できず、そのために医療機関へ行くことを避け、病気やケガを悪化させてしまう人もいるでしょう。
外国人患者一人ひとりの生活背景をしっかり見つめることは難しいかもしれませんが、少なくとも、彼らがある種のハンディキャップを抱えながら日本で生活を送っていることへの配慮は必要なのではないでしょうか。

(文・エピロギ編集部)

<参考>
西村明夫『疑問・難問を解決! 外国人診療ガイド』(メジカルビュー社、2009)
法務省「平成27年6月末現在における在留外国人数について(確定値)」
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00054.html
日本政府観光局(JNTO)「統計データ(訪日外国人・出国日本人)」
http://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/
公益財団法人 国際研修協力機構(JITCO)「外国人技能実習制度のあらまし」
http://www.jitco.or.jp/system/seido_enkakuhaikei.html
入国管理局「在留資格一覧表」
http://www.immi-moj.go.jp/tetuduki/kanri/qaq5.html
法務省「在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表」
http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_touroku.html
J-CAST「中国研修生殺人事件『ちょっと気の毒』」
http://www.j-cast.com/tv/2007/07/20009478.html
日本新華僑通信社「カキ産地江田島8人殺傷事件に見る 中国人実習生の悲痛な叫び」
http://jp.jnocnews.jp/news/show.aspx?id=52641
日本労働組合総連合会「技能実習制度の見直しに関する連合の考え方について」
https://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/gaikokujin/minaoshi.html

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