医師のためのタイムマネジメント術

第2回 他者の時間を大切にしよう

岩田 健太郎 氏(神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授)

他人の時間を奪うな

ある日ある時、某病院の医者がこう言っていました。
「俺の外来は本当に忙しくてさ、終わるのがいつも夜の9時過ぎになっちゃうんだよ」
彼はこれを自慢話として話していたのですが、ぼくは内心呆れていました。そんな稚拙な外来のやり方はありえない、と。

もちろん、件の医者は患者にとても人気があります。だから患者が集まる。そして丁寧に診療するから、どうしても時間がかかる。それで夜遅くまでの外来、となるわけです。遅くまで待たされても主治医を変えることなく患者も待っているのですから、この医者の評判がよいのは間違いありません。

しかし、考えてもみてください。このような外来診療の延長はこの医者「だけ」が残業してできることではありません。看護師も事務職もみんな彼に付き合わねばならないんです。そして、そういう看護師や事務職の方々にも家族がいることでしょう。この医者の独りよがりな外来のせいで、彼らの家族の食事は遅れたり、延長保育は強いられ、多くの人がその影響を受けています。患者さんだって好きで何時間も待っているわけではありません。医者のやることだから文句を言わずに言うことを聞いているだけで、本当は不満を抱えている患者だっているはずです。

前回、「時間をリスペクトせよ」という話をしました。自分の時間を大切にしない人は、他人の時間も大切にしません。平気で他人の時間を奪う、「時間泥棒」になってしまいます。

 

待たされる研修医

大学病院ではアルバイトしている医者が多いです。ある大学病院の医局では指導医が外病院にバイトに行くと、研修医が日中ずっと何もせずに彼の帰りを待っていました。そして19時過ぎになって、彼がバイトから帰ってきたあとで、「夜の回診」が始まるのです。研修医たちの、待っている間の長い日中の時間は完全に「無駄遣い」されているのです。
自分がバイトの日は電話やメールで要点を絞って患者ケアにアドバイスし、さっさと研修医を家に帰してあげるべきなんです。そして、フォーマルな回診は外勤がない時間にやればよい。研修医の時間を泥棒する指導医は、優れた指導医とはいえません。

 

矛盾する厚労省

病院では医療安全や感染対策の職員に対する講習が義務付けられています。全職員が参加することが必要ですが、勤務時間内にそのような時間を作ることは現実的ではありません。アメリカなどではこういうレクチャーは朝の8時くらいにやってしまうのが常ですが、なぜか日本では会議や講義は夜やることが多いのです。これも一種の時間泥棒です。

最近はテクノロジーが進歩していますから、別に「全員を同じ時間に集める必要」はないのです。eラーニングにして、自宅からネットでレクチャーを聴いたっていいじゃないですか。しかし、現在厚労省は「eラーニングではなく、直接講義をライブで聞くよう」指導しています。愚かなことです。同じ口が「労働基準法を守れ」とかいうのですから、呆れ返ります。

ライブで聞こうが、ネットで聞こうがレクチャーはレクチャー、多様性を尊重すれば無意味な残業を強制する必要はなくなるのです(義務の講習は残業扱いです。病院の収益にも悪影響です)。
こうやって、時間に無頓着な人の無神経のために、多くの人の大切な時間が奪われていくのです。

 

感染対策でも

2016年3月に、厚生労働省は感染防止対策加算における診療報酬に関する疑義照会資料で、「構成員全員で行い」、各病棟を毎回巡回し、病棟以外の全部署を毎月巡回することを義務付けました。ぼくらはこれを悪しき「幼稚園児のサッカー」と厳しく批判し、この決定は撤回されました。官僚が自分たちの間違いを認めるのは稀有なことですが、英断だったとぼくは高く評価しています。このことはブログに詳しく書きました。

 

会議は夜遅くまでやってよいのか

神戸大医学研究科の教授会は、以前は夜遅くまで開催されるのが常態的でした。ぼくは重要案件を夜遅くに、疲れ果てた教授たちで意思決定するなんて愚の骨頂だと思っていましたが、「○○大学なんてもっと遅くまでやってますよ」みたいな頓珍漢なことをいう人すらいて、「まったく大学とは常識のないところだ」と嘆いていました。

ところで、年に1回、教授会のあとで「名誉教授たちとの懇談会」というのがあるのですが、この会だけはきっちり定時に終わるのでした。やりゃあ、できるじゃんか。なぜそれを毎回やらない、とぼくは憤りました。

幸い、その後教授会もだんだん効率化が進んで夜遅くまで開催するという非常識はなくなりました。しかし、今でも大学の会議は無駄が多く、いたずらに長く、多くの人の時間を奪っています。やらなくてもよい追認のための会議、会議のための会議も多いです。こういう会議をラディカルに改善するだけで、たくさんの時間が捻出できると思います。
定時を過ぎても会議をするなんて国際的には非常識ですし、子育てや介護のある職員にとっては本当に苦痛だと思います。そのくせグローバル化だ、外国人教員も雇用せよ、女性が活躍できるようにとか言うのですから、まったく呆れ返ります。こんな稚拙な会議で、グローバル化も女性の活躍もありえないんです。

 

他人の時間を奪うことは、他人へのリスペクトがないのと同じ

時間をリスペクトすることは、他人の時間をリスペクトすることと同義であり、他人の時間をリスペクトすることは、他人をリスペクトすることと同義です。

ぼくは外来で患者を待たせないことを大きなミッションにして、長年その方法に取り組んできました。なぜかというと、前職の亀田クリニックでアンケートを取り、外来患者の不満で一番多かったのが「待ち時間が長い」だったからです。患者さんは自分の診療には時間をかけてほしいけれども、自分の前の患者はできるだけ早く「さばいてほしい」と思っているのです。それは矛盾かもしれないけれど、本心なのです。

だから、ぼくは外来患者さんの話を十二分に聞きつつ、かつ待ち時間が最小限になるよう今でも工夫を重ねています。例えば、無駄な採血を減らすだけで待ち時間は随分減ります。アポなし、飛び込みの患者さんは最後に診る、というルールを遵守するだけでも待ち時間はだいぶ減ります。これが、患者をリスペクトするという態度なんです。

他人の時間をリスペクトすることは、診療の質を高めることとも密接に関係しています。結局、「よい診療」とはよい時間の使い方をすることが前提なんです。

 

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岩田 健太郎(いわた・けんたろう)
1971年島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。1997年、島根医科大学(現:島根大学)を卒業後、沖縄県立中部病院、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院内科などでの研修を経て、中国で医師として働く。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。2004年に帰国し、亀田総合病院に勤務。感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任し、現職。
著書に『1秒もムダに生きない 時間の上手な使い方』(光文社新書、2011)『バイオテロと医師たち』(集英社新書、2002)、『感染症外来の事件簿』(医学書院、2006)、『感染症は実在しない』(北大路書房、2009)、『麻疹が流行する国で新型インフルエンザは防げるのか』(亜紀書房、2009)など、多数。
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