医師のためのタイムマネジメント術

第1回 自分の時間を大事にしよう

岩田 健太郎 氏(神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授)

日本の医者は時間の使い方が下手

タイムマネジメントの話をします。
基本的に、日本人は時間の使い方が上手ではありません。その中でも、日本の医者は特に時間の使い方が下手です。
ぼくはアメリカで5年間研修医として勤務しました。中国の国際診療所でも勤務していました。そしてヨーロッパや南米、アジア各国の診療現場も体験してきました。しかし、ぼくが知る限り日本の医療現場くらい時間をだらだらと浪費する現場をぼくは他に知りません

もちろん、医療制度の違いや患者さんの特徴などにも違いはありますから、安易な比較は慎まねばなりませんが、そういう日本独自の諸事情を差し引いても日本の医者は時間の使い方がとても上手とはいえません。夜中まで病棟に残り、週末も病院で長々と過ごし、その労働時間たるや電◯も真っ青のブラックっぷりです。
問題はです。なぜ日本の医療現場でだけこのような時間の浪費が行われているのか、ということです。

 

日本の医者は時間を大切にしていない

最大の理由は日本の医者が時間を慈しんでいないためです。時間に対するリスペクトがないため、無駄遣いをしても気にしないのです。
元ラグビー日本代表の平尾剛さんに教えてもらった話をよく引用しています。
できないラグビー・コーチは、トレーニングで選手がぶっ倒れ、一歩も動けなくなるまで徹底的にしごき、練習させるんだそうです。では、そういう選手たちが試合で大活躍できるかというと全く逆。相手チームよりも先にバテてしまって一試合を走り抜くことができないのだそうです。

なぜ、このような逆説が起きるのでしょうか。
理由は簡単です。選手に「一歩も動けなくなる」まで練習をさせていると、選手たちはできるだけ早く一歩も動けなくなるような体の動かし方をしてしまうからです。おそらくは無意識のうちに。筋肉の使い方も呼吸法も無駄が多くなり、体力を浪費し、そして早くバテバテになってしまう。こんな稚拙な体の使い方をしていたら、試合でもつわけがありません。
「一歩も動けなくなる」までトレーニングをするのは体力をつけ、試合で走り抜けるための手段だったはずです。しかし、そのようなトレーニングはしばしば「一歩も動けなくなる」が目的化してしまいます。手段と目的の取り違えです。

たいていの医者は忙しいですから、ついつい労働時間が伸びてしまいます。担当患者が増え、急患が増えていくと業務が深夜におよび、ときに泊まり込みになってしまうことだってあるかもしれません。
しかし、そのような勤務体系が常態化してしまうと、手段として、結果として遅くまで残っていたはずの病院勤務が目的化してしまいます。「夜遅くまで残っている俺って偉い」という自己憐憫が気持ちよくなってきます。本来なら夕刻までに終わらせることができるはずの仕事もダラダラとネットを眺めたり、同僚と雑談したり、カップヌードルを食べたりして、わざと深夜にまで勤務が遅れるようになってしまいます。そのような遅延行為はしばしば無意識の内に行われます。さきのラグビー選手が「すぐに疲れるような」無駄な身体の使い方をしていたように。

 

意識改革で時間の使い方は変わる

タイムマネジメントの手法はたくさんあります。しかし、いくら小手先のテクニックを駆使しても、そもそも時間を浪費することなど「どうでもよい」と心の底で思っている限り、時間の使い方は絶対に上手になりません。断固たる決意を持って、「自分は時間を上手に使う」と覚悟を決める必要があります。そのためにはこれまでの習慣や「常識」をかなぐり捨てる覚悟が必要です。

 

具体的なゴールを決める

時間を上手に使うためには「これが時間が上手に使われている状態だ」というゴールをきっちり設定する必要があります。そのゴールを達成するために、どういう仕事をすればよいか逆算して考えるのです。

例えば、私のいる神戸大学病院感染症内科では「当番医以外は午後8時には医局を出て帰宅する」「当直明けは引き継ぎしたあと勤務をしない」「週に最低24時間は必ず連続してオフがとれるようにする」といったルールを定めています。

これは権利ではありません。義務です。実践できない者は叱責の対象になります。
「そんなことできるわけない」と多くの医者はいいますが、命を預かる医者が24時間以上連続勤務をするなど、(飛行機のパイロットのような)他職種に言わせればそれこそ「非常識」です。

もちろん、患者の急変など医療においては予見不可能な不測の事態が起こり得ます。ときにはこのようなルールが守りにくいこともあります。しかし、そのような「不測の事態」は年に1,2度あるかないかです。そもそも患者の急変などは医療現場においては「想定範囲内」なはずです。患者が急変しないと信じ込んでいるほうがどうかしています。常態的に「不測の事態」が起きること自体、仕事がうまくできていない証拠です。

 

臨床力とタイムマネジメント力は相関する

かつてニューヨークで同僚だった慶応大学の香坂俊先生は極めつけに優秀なドクターです。彼はアメリカで研修医だったとき、患者を入院させるとき、アドミッションノートを書くと同時に退院サマリーも書いていました。仕事の効率化ということもありますが、患者の診断や治療、経過予測の確度が高くないとなかなかできないことです。しかし、このような習慣をつけておくと患者ケアにおいて常に「先手」を打つことができます。

一方、香坂先生とは真逆な研修医も多いです。患者の診断がちゃんとできていない。その場で思いついた検査や治療を特にプランもビジョンもなく行う。どのように退院させるかも見通しが立っていない。
こういう研修医は入院患者ケアが場当たり的になり、いろいろなことに無駄な時間がかかります。臨床力とタイムマネジメント能力は密接に関係するのです。
終わらせ方も計画しないで、戦争を仕掛ける国は稚拙な国です。戦争をしかけるときは、必ず「こう終わらせる」というビジョンをもっておくべきなんです。それができていなかったのが日中戦争や太平洋戦争時の日本でした。入院時に退院のイメージを作る。非常に大事な原則です。

ボトルネックを意識しない研修医も多いです。
パンツを履いてからじゃないと、ズボンは履けない。世の中にはAをやってからでないとBができない、ということは多々あります。パンツを履くまではズボンを履くのは待つしかない。一方、靴下を履く、と腕時計をつけるはどちらから先にやっても構いません。靴下が履けない状況下では、さっさと腕時計をつければいいんです。

胸痛患者では、急性心筋梗塞を除外してからでないとストレス検査はできません。でも、心筋梗塞を除外していない状態でも栄養のアセスメントやソーシャルワーカーとの相談はできます。「今できないことは何か」を理解していれば、「その他のことはどんどん今できるはず」となります。退院間際になって慌ててソーシャルワーカーに相談して、転院先がなかなか決まらないといったケースはしばしば見ます。もったいないことです。

午後8時までに医局員の勤務が終わらないような状況下では、上司のぼくが責任を持って労働形態を修正します。そういうときは定時のカンファレンスを中止したり、先延ばしにできる仕事を先延ばしにして、「8時までに帰れる」労働形態に変えるのです。病気や出張でメンバーの数が減ったときも、「減ったなりにできる仕事のやり方」にシフトします。

日によって病院で働く医局員の数は違うのですが、学会や病気などで人数がぐっと減ることがあります。そういうときはキャンセル、延期可能なカンファレンスなどは全部キャンセルし、「その日にどうしてもやらねばならない業務」のみにターゲットを絞ります。2人で回診していては時間がかかりそうな場合は1人回診にして「時間を倍に」します。こういう「サッカー的な」ポジションチェンジ、作戦変更で終業時間から逆算して「本日行うべき最適な業務のあり方」が日々決められていくのです。

チームにおける医療とはサッカーの試合のようなものです。相手が強い場合、弱い場合、いろいろな場合が考えられますが、その都度「今与えられた状況で最適解を出す」ことを目指します。退場選手がでてメンバーが少なくなっても、「少ない状態でもっとも勝ちやすい」戦術を選択します。
ときに、もっとも稚拙なサッカーはボールに向かって選手全員が走って追っかけていく「幼稚園児のサッカー」です。教授回診などは、医局員全員の時間を奪う「幼稚園児のサッカー」になっていないでしょうか。

 

アウトカムベースで、断固たる決意を持って

多くの医者は「今の労働形態でもっと早く帰宅するなんて無理だ」と言います。ならば、労働形態そのものを変えればいいのです。医者は頭が良いくせに、案外固定観念が強すぎて発想の転換が出来ていません。
現代医療はアウトカムが大事。アウトカムベースで患者ケアを行うべきですが、我々のタイムマネジメントもアウトカム志向で行うべきです。絶対にやる。そのための手段を考える。断固たる決意をもって労働環境改革をすれば、定時の帰宅はけっして無理な話ではありません。

 

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岩田 健太郎(いわた・けんたろう)
1971年島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。1997年、島根医科大学(現:島根大学)を卒業後、沖縄県立中部病院、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院内科などでの研修を経て、中国で医師として働く。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。2004年に帰国し、亀田総合病院に勤務。感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任し、現職。
著書に『1秒もムダに生きない 時間の上手な使い方』(光文社新書、2011)『バイオテロと医師たち』(集英社新書、2002)、『感染症外来の事件簿』(医学書院、2006)、『感染症は実在しない』(北大路書房、2009)、『麻疹が流行する国で新型インフルエンザは防げるのか』(亜紀書房、2009)など、多数。
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