Dr.石原藤樹の「映画に医見!」

【第8回】コンテイジョン~史上最もリアルなパンデミック映画

石原 藤樹 氏(北品川藤クリニック 院長)

医療という題材は、今や映画を語るうえで欠かせないひとつのカテゴリー(ジャンル)として浸透しています。医療従事者でも納得できる設定や描写をもつ素晴らしい作品がある一方、「こんなのあり得ない」と感じてしまうような詰めの甘い作品があるのもまた事実。

シリーズ「Dr.石原藤樹の『映画に医見!』」は、医師が医師のために作品の魅力を紹介し、作品にツッコミを入れる連載企画。執筆いただくのは、自身のブログで100本を超える映画レビューを書いてきた、北品川藤クリニック院長の石原藤樹氏です。

第7回の『明日の記憶』に続き、今回は『コンテイジョン』をご紹介いただきます。

現役医師だからこそ書ける、愛あるツッコミの数々をお楽しみください(皆さまからのツッコミも、「コメント欄」でお待ちしております!)。

 

映画『コンテイジョン』の概要

今日ご紹介するのは、2011年製作のアメリカ映画『コンテイジョン』です。監督は『トラフィック』や『オーシャンズ11』など、娯楽性のある群像劇映画を得意とするスティーブン・ソダーバーグ。2009年の「新型インフルエンザ」騒動を下敷きとして、感染した人間の25%以上が死に至る、新型のパラミクソウイルスのパンデミックをリアルに描いた作品です。

題名の「コンテイジョン(contagion)」は接触感染を意味する言葉です。オープニングは「2日目」というテロップで始まり、最初の感染者を演じるグウィネス・パルトロウが香港のカジノで体調不良を感じる場面が描かれます。そこから新種のウイルスによる感染が、瞬く間に世界中に広がる状況が描写され、勘の良い方にはお分かりのように、ラストで「1日目」が描かれるという趣向です。

グウィネス・パルトロウ以外にも、マリオン・コティヤール、マット・デイモン、ジュード・ロウ、ケイト・ウィンスレット、ローレンス・フィッシュバーンと、十分ヒット作の主役を張れるスターが揃っています。しかし、グウィネス・パルトロウは最初に感染してすぐに死んでしまい、その夫役のマット・デイモンは、感染を疑われてすぐに隔離されてしまいます。いつもは人間離れしたヒーローを演じていて、ウイルス感染症など1人で退治できそうなマット・デイモンが、全くの無力で他のキャストと同じ扱い、という辺りに、この映画の基本的なコンセプトを感じることができます。パンデミックの前では、スターも一般の観客の1人1人も、何ら変わりはないという訳です。

 

見どころはリアルさにこだわった緻密なディテール

この映画はおそらくパンデミックを扱った作品の中で、史上最もリアルな1本ではないかと思います。複数の視点で描かれた群像劇ですが、専門家の監修の元に、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の内側が、もちろん実際のところは私も知りませんが、非常に「それらしく」描かれています。科学者同士がしのぎを削り、CDCが許可していない施設で無許可でウイルス培養に成功する科学者がいたり、ウイルスの臨床試験をする余裕がないからと、自分を実験台にしてワクチンの効果を確認する科学者がいたりと、現実にもありそうなエピソードが多く描かれています。

パンデミックに立ち向かう場面の描き方もリアルです。感染経路からウイルスの存在を推測して検体を採取。紆余曲折があってウイルス培養に成功すると、遺伝子配列を決定して、立体構造を解析。そこから抗ウイルス剤やワクチンの開発に進むも、コウモリの体内で遺伝子が変異して、ウイルスの性質が変わるなど、その過程までリアルに描き出されているのはさすがです。ここまで詳細かつ正確に感染症が映画の中で扱われたことは、かつてなかったと思います。

基本的には肯定的に描かれている科学者たちですが、CDCの指導者的な立場の人物が、内部情報を恋人に漏らしてしまったり、ワクチンの優先順位を変えてしまったりといった、規則より感情を優先する人間の弱さもまた、しっかりと描かれています。ただ、日本であればもっと非難され袋叩きにされるような行為が、ある意味肯定的に捉えられている印象もあります。

一匹狼のフリージャーナリストが、民間療法の有効性を示すフェイクドキュメンタリーを作って、それがSNSで拡散され、大きな影響力を持つというのも、いかにもありそうな展開です。

映画の後半でワクチンが開発されると、その争奪戦が始まります。接種はくじ引きで生年月日を選び、その順番で行われます。この辺りもなるほど、と思うリアルさです。ワクチン開発は、当初は遺伝子工学の技術を活用した不活化ワクチンの可能性を模索するも、なかなか成功せず、結局弱毒化ウイルスを使用した生ワクチンを実験動物で試すという原始的な方法で成功に至ります。この辺りもきちんと段取りが踏まれているのがさすがです。
一方で一般の人達のパニックの描写や、暴動、略奪などの行為については、もちろん描かれてはいるものの、かなり抑制的な表現になっています。この点はやや物足りなく感じられますが、結果として深刻なテーマでありながら鑑賞後の後味が悪くないのは、このバランス感覚が優れているからだと思います。

 

映画と実際のパンデミック

私は2009年に、診療所の院長として「新型インフルエンザ」騒動に結構振り回されました。この映画を観るとその時のことを思い出します。政府や専門機関がなかなか情報を出さない一方で、自称専門家や自称ジャーナリストのような人が、ネットで怪しげな情報を拡散したりすることもありました。

2009年のインフルエンザのA(H1N1)pdm09というウイルスは、過去の免疫に一定の感染防御効果があり、季節性インフルエンザと比較して、特に重症度が高いウイルスではなかったので、当初騒がれた割には、深刻な事態になることはありませんでした。
ただ、それでも流行の当初は、深刻な事態ではないか、という思いがあり、日々の診療にも手探りの不安がありました。新型の感染を疑って保健所に相談しても取り合ってもらえない、ということもありました。ワクチンは医療従事者が優先接種となりましたが、「内緒で早く打ってくれ」と知人に言われたり、映画に出て来るような混乱も一部にはあったのです。
映画はより深刻なパンデミックを描いていますが、下敷きとなっているのは2009年の「新型インフルエンザ」の顛末なので、その実態が比較的リアルに写し取られていると思います。

 

今後のパンデミックに備えて見るべき映画

この映画が公開されたのは、東日本大震災のあった2011年ですから、日本の観客としては、ロードショー公開当時に冷静に鑑賞できるような作品ではありませんでした。むしろ今になって観ると、そのディテールの緻密さがより的確に感じられますし、今後のパンデミックに向けて、私たち医療従事者がどうあるべきかを、教えてくれるような映画であると感じられます。

この映画はもちろん一般の観客向けに作られたものですが、「basic reproduction number」という指標が正確に解説されていたり、ある程度専門知識がある方が、より深く鑑賞できるという側面もあります。
例えば、劇中のフリージャーナリストが「連翹(レンギョウ)」という漢方薬の成分を、感染症の特効薬として広める部分がありますが、これはオセルタミビル(タミフル)が八角という生薬を元にしていることから、発想されたものだと思います。こうしたディテールにニヤリとできるのは医療従事者の役得です。

インフルエンザが流行するシーズン、感染症の患者さんを診察し続けて疲弊されている先生も多いかと思います。そんな時に感染症の映画など、と思われるかもしれませんが、意外に面白く、人間の複雑さも良く描けていて、専門知識があるほど面白く感じる映画です。お時間があれば是非ご覧ください。社会における医療の専門家の価値が感じられ、明日からの診療に、少し活力を与えてくれるのではないでしょうか。

※映画『コンテイジョン』の公式サイトはこちら

 

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『コンテイジョン』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
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石原 藤樹(いしはら・ふじき)
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。
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