医師が医療に殺されないために【後編】
“部下・後輩・スタッフ”のために行うべきメンタルケア
鈴木 裕介 氏(医師/ハイズ株式会社 事業戦略部長)
我々医師は中堅ともなると、指導的な立場やチームを管理する立場(=マネージャー)になり後輩医師や研修医と接する機会が多くなります。今回はマネージャーとして、後輩や部下、スタッフのメンタル不全をどう考えたらよいのかについてお話しさせていただきます。
見過ごされがちな「できる部下」のリスク
見過ごされやすいのが、前回紹介した「メランコリー親和型性格」のリスクです。周囲に可愛がられ優秀でデキる後輩は、空気を読んで自分の業務コントロールができなくなるタイプが多い傾向にあります。得てして、自分のキャパシティを超えて上司が投げた仕事を背負ってしまいます。これを「過剰適応」といい、「ブレーキの利きが悪いスーパーカー」と例えられます。
直属の上司がその危うさを自覚した上で業務量や裁量権を適切にコントロールし、調子を崩したときに備えた援助希求の場を用意しておく必要があります。
「メンタル不全」を早期に見つけるには
早期発見のために一番大切なのは、普段からの変化に気づくことです。以下のチェックリストをご参考ください。
(引用元:厚生労働省「こころの耳」)
ここでのポイントは、彼らのいつもの状態との変化を見極めることです。そのためには、普段から部下の状態を気にかけチェックしておく必要があります。
また、そのような意識があれば、髪型や身につけるものなどのちょっとした変化などにも気づきやすくなります。部下も「上司の関心が向いている」実感が得られやすく、関係性をより良いものにすることに役立ちます。
気になる部下への声の掛け方
声の掛け方にもポイントがあります。「大丈夫か?」と問いかければ、彼らは、本当は大丈夫でなくても心配させまいとして「大丈夫です!」と答えてしまうものです。
「最近疲れているようにみえるけど、よく眠れている?」「いつもより顔色が悪いけど、何か気になることでもあるの?」など、ネガティブなことでも吐露しやすい引き出し方がよいでしょう。
お酒の席に誘うのはNGなケースも
元気のない後輩に「話聞くから今夜どう?」と声をかけるのもよくとられる対処法です。
心配している姿勢を見せるのはよいのですが、危惧すべきケースがあります。抑うつが進行している場合においては、他人との外食が精神的に消耗するものであり、そのお誘いを断ること自体も相当にハードルが高く、かなりの負担になります。
実際にお酒が入った席で「部下の話を聞くモード」になれない上司が多いということも問題です。支援するはずが、ひどい場合には「お前なんかまだましだぞ、俺の若いころはなあ」などという苦労話をしてしまうケースもあります。
また、本人がすでに服薬治療をはじめている状態なのに、上司が気づかないで誘ってしまうこともあるので要注意です。
あくまでも部下との関係性にもよりますが、話を聞く席を設ける場合は、まずは相手にとって負担のなさそうなランチタイムや夕方の空き時間などの時間帯に、30~40分程度の時間を提案することからスタートするのがよいでしょう。
気負いも禁物
「良いアドバイスを与えなくては」と気負いすぎるのもよろしくありません。真面目で誠実な上司が、部下を思って色々とリサーチをして、あれこれとアドバイスするケースがあります。積極的に行動する気持ちは素晴らしいのですが、相手が常にアドバイスを求めているとは限りません。むしろ、しんどいときに「あれをしろ、これを読め」という指図や指導的な態度をとられることで、逆に負担になってしまうこともあり得るのです。リサーチした知識や経営者の格言などをつい言いたくなる気持ちを一度グッと抑えて、まずは相手が何を欲しているのかを把握することに集中しましょう。
実は、本人からすれば、今の心情を理解して欲しいだけかもしれません。傾聴や支援的な立場表明をしてくれただけで気が楽になるケースもあります。まずは最初の5分だけでも、相手の声にじっくり耳を傾けてみてください。
「命にかかわる問題である」と再定義すべし
もし本当にメンタル不全を疑った場合、上司として最初にやるべきことは何か。それは、「これが部下の生死に関わる非常事態である」と問題のレベルを再定義することです。状況を見誤れば、命に関わる事態になることを認識しましょう。決して楽観的に捉えるべきではありません。まずは「彼らを死なせないためにどうすべきか」を最上段に据えた意思決定をする必要があります。
部下が「パニックゾーン」に陥っていないか
部下への負荷を考えるにあたって、「ストレッチゾーン」という考え方が有用です。経験学習理論において、学習者が置かれる環境は大きく以下の3つに分かれるといわれています。
1.コンフォートゾーン
→楽で負荷が小さいが学びも少ない
2.ストレッチゾーン
→ほどよい負荷で学びも大きい
3.パニックゾーン
→負荷が大きすぎて学ぶ余裕なし
最も学習者が成長できるのは「2」のストレッチゾーンである
(参考:Mike Brown, Australian Journal of Outdoor Education, 12(1), 3-12, 2008)
「パニックゾーン」とは、業務負荷が大きすぎてストレスを感じている割に学びが少ない危険な環境のことです。周りの人が誰も気づかないうちに、部下がこの状態に陥っていることがよくあります。難しいのは、ゾーンの広さは人によって違うことです。同じ「持ち患者10人」という業務負荷が、人によっては「1」にも「3」にもなり得るのです。だからこそ、上司は部下とコミュニケーションを頻繁に取りながら、相手が今はどのゾーンにいるかを判断していく必要があります。
管理職勤務医の皆さまへ
部下のメンタルヘルス問題はどこでも起こる可能性があります。それは上司にとっても非常に繊細で、ストレスフルな問題です。しかし、問題を一緒に乗り越えることができた場合、その部下は「自分の苦難に寄り添い、理解してくれたこと」を大変恩義に感じます。そして、これまでよりも一層前向きに仕事に取り組んでくれたり、「同じ経験を自分の部下にさせまい」と思ってくれたりと、優れたマネジメント能力を発揮するような上司に成長してくれるようになります。
今回お伝えしたことが、上司・部下の双方が手を取り合って苦難を乗り越えていくことの一助になれば幸いです。
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- 鈴木 裕介(すずき・ゆうすけ)
- 2008年高知大学医学部卒業。医師免許取得後、国立高知病院で初期研修を修了し、高知大学附属病院、細木病院など高知県内の病院に勤務。一般内科診療やへき地医療に携わる傍ら、高知県庁内の地域医療支援機構である一般社団法人高知医療再生機構にて広報や医師リクルート戦略、医療者のメンタルヘルス支援などに従事。2015年より現職。
著書に『ハグレ医者 ~臨床だけがキャリアじゃない~』(共著・日経BP社)、『Youtubeでみる身体診察』(共著・メディカルレビュー社)『3ステップで成果を上げる!チームビルディング超入門』(共著・監修・メディカ出版)などがある。
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