医師の目から見た「働きやすい病院」とは 前編

病院を評価する4つの軸

瀧野敏子 氏(NPO法人イージェイネット代表理事)

医師の転職がごく一般的なことになり、多くの病院が医師確保のため就労環境の改善に積極的に取り組んでいます。ただ、病院が「働きやすい環境」になっているかどうかはなかなか判断がつきづらく、特に転職時など、働き始める前に見極めるのは難しいものがあります。
そこで今回は、「働きやすい病院」の評価・認証を行っている、NPO法人イージェイネット代表理事・瀧野敏子先生に、病院の「働きやすさ」に関するインタビューを行いました。
前編では、病院の「働きやすさ」を評価する4つの軸、および病院の環境改善や医師の権利意識に関する最近の傾向をご紹介いただきます。

 

「働きやすい病院」を評価する4つの軸

私たちNPO法人イージェイネットでは2006年より、「すべての医療従事者が安心して働くことができる病院」という観点から、第三者機関として病院を評価・認証するホスピレート事業を行っています。
ときに誤解をされることもあるのですが、単に子育て中の女性職員を厚遇している病院をよしとするものではありません。患者さんが第一で、患者さんに充実した医療サービスを提供するためにはスタッフも満足して日々充実していることが必要、という考え方に立脚しています。

病院の評価上の軸は4つあります。第1の軸はトップのコミットメント。第2の軸が労働環境や施設などのハード面、第3の軸が研修・教育や福利厚生のソフト面です。そして第4の軸に、トップマネジメントと現場のスタッフとのコミュニケーションがあります。

 

第1の軸:トップのコミットメント

病院の就労環境を考えるにあたり最も重要です。経営者が就労環境改善に対して、どれだけ本当にやる気になっているか。本気度のところですね。
私たちは評価・認証のために病院を訪問する際、経営者の方と長時間にわたって面談をさせていただくのですが、その際に、リップサービスで体のいいことを仰っているだけか、それとも本気で環境改善を考えていらっしゃるかは、話しているとすぐに伝わってきます。本当に力を入れていらっしゃることならば、理事長や院長が身を乗り出して、こちらが感動を覚えるぐらいに熱意を持って話されるんです。
医師が転職をする際には、面接で理事長や院長ともお会いになると思いますので、こうした点についてはぜひ尋ねてみてください。

 

第2の軸:ハード面

就業規則や制度の部分です。ただこの点は、日本医療機能評価機構の評価を受けているような病院ですと、産休・育休などといった制度面はほぼ全部揃っています。それをどうやって運用しているかということが問題になるんですね。したがって、制度があることよりも、実績があるかどうかが重要となります。

 

第3の軸:ソフト面

これはいろいろな要素がありますが、最も大事なのは、助け合いの精神、お互いを気遣うような姿勢が病院スタッフの人たちにあるかどうかというところ。例えば子育て中の医師のための短時間勤務制度があったとしても、「子どもがいるんだから、早く帰らせてもらって当たり前」「他の人にやってもらって当たり前」という考えの人が多いと、うまくいかなくなります。周りを見ながら「17時に帰れるようにしてもらっている分、他の先生が忙しいときに外来での新患対応を積極的にやります」とか、そういう関係性、風土のあるところは非常にうまくいっています。転職のときにそうした雰囲気まで事前に聞き出すのは難しいかもしれませんが、一番大事なのはこの部分です。

 

第4の軸:コミュニケーション

職場環境改善のPDCAサイクルを回していくために、トップから現場へと、現場からトップへの意思疎通がどれだけできているかがポイントです。

院長が働きやすい環境づくりを考えてさまざまな取り組みをしていても、現場の職員がそれを知らず、空回りしてしまっていることが多々あります。そのため、院長は取り組みやその意図を末端まで伝えることに苦心しています。
トップの意図を伝えるため、病院によっていろいろな方法がとられています。具体的な例としては、院内のイントラネットを開いたら院長の月ごとのメッセージがまず表示されるようにしているところもあれば、職員向けに紙の広報誌を出しているところもあります。

逆に現場の職員からトップへの意思疎通は、現場の声を拾い上げて対応するノウハウがいくつあって、どれだけ実践されているかが重要です。
現場の声を拾い上げる施策の例としては、すべての職員が院長に直接メールで意見を伝えられるようになっている病院があります。また、ある病院では年に数回、研修医数人と院長が居酒屋で飲み会をして、日頃現場で感じていることを自由に話してもらう、という形をとっています。
現場の意見を拾い上げて、きちんと対応している病院は、人間関係もうまくいっています。

また、病院として良い医療を提供していくことを考えると、継続性(サステナビリティ)が重要になります。そのためにはやはり経済的に収益を上げることは不可欠です。病院として経営が成り立たなければ、いくらいいことをしようとしても長続きしません。
医師には一般的にはこうした経営面への関心が低い人が多いように見受けられますが、病院で働く一員として、ぜひ関心を持つようにしてもらいたいと思います。

 

就労環境の改善と権利意識の変化

病院の就労環境については昔からさまざまな課題がありますが、時代が変わり、就労する側の意識が変化する中で、課題もまた変わってきています。

もともと、医師の社会というのは男性社会で、かつては女性でも男性的な働き方をするのが当然とされていました。病院の中で医師とその他の職種を比べると、女性医師は恵まれていると思われていましたが、女性医師は機会の平等や昇進の公平性という観点からは、男性医師と平等ではありませんでした。女性医師はそういうダブルスタンダードの中で生きていたわけです。
しかしここ最近、女性医師の絶対数が急速に増えてきて、病院経営者側としても女性医師の存在を無視できなくなりました。厚生労働省が女性医療従事者の支援に積極的に取り組んだこともあって、女性医師には追い風が吹いてきたわけです。

ただそうした中でどういう変化が起きたかというと、病院間の格差が大きく広がってきています。産休や育休といった、基本的な福利厚生を受けられる病院は多くなりましたが、職場の雰囲気としてまだそれができない病院もあります。

環境が変化する中で、医師自身の仕事に対する意識もまた変わってきています。
伝統的には、医師の中には自分が労働三法に規定されるような「労働者」だという認識を持っていない人が多かったです。むしろ、私の世代より上の方たちは医師として働くことを「自分たちは世の中に貢献する使命を持っている」と、一種のノブレス・オブリージュのように捉えている人が多かったといえます。
今は「自分のプライベートが一番大事」と公言する若い医師も多くなってきています。昭和41年には、18歳人口千人あたり1.4人しか医学部に入学できなかったのが、平成23年には千人あたり7.4人入学できるようになり、医師が以前ほど希少な職業ではなくなってきているのが原因かもしれません。
こうした中で、「労働者」としての権利意識の強い医師も一部では出てきているように思います。先ほども少し触れましたが、「子どもがいるんだから、早く帰らせてもらって当たり前」という医師がその例ですね。自分の権利意識ばかり強い医師が多いと、職場の人間関係にも悪い影響が出てきます。

就労環境について先進的な取り組みをされている病院の中には、こうした人間関係の調整に腐心するところもあります。「患者さんに如何に貢献できるかということはなおざりにしたまま、自己中心的にふるまう医師が増えたら病院が潰れる」などと仰る院長もいらっしゃいますが、かく言う私もそのような心配も半分くらいはあたっていると思っています。かつて、女性医師の数が少なくて発言力が低くて苦労していた時代とは、課題が違ってきています。

これからも、時代の変化の中で就労環境をめぐる課題は変わってくるでしょう。
現在、最先端の取り組みをしている病院では、男性医師に育休をとってもらうことを積極的に考えているところもあります。今の段階では男性医師が育休をとることが珍しい分、希少価値があり、メディアも取り上げてくれて、院外へ向けてのPRになるというメリットが病院にはあるかもしれません。
ただ今後、それが普通になってくると、「育休をとれないなら辞めます」という男性医師が出てくる可能性はあります。そうすると、それがまた新しい課題になることでしょう。

また今後、大きな課題になるのは、介護の問題です。
育児と違って、介護は独身の方でも担うことになります。医療従事者のみなさんが介護休暇の取得を次々と要望して、例えばスタッフ500人の病院でも常に動けるのは250人というような状態になったら、病院は成り立たないですよね。

このように、就労環境をめぐる課題が変化していく中で、重要なのはやはり、課題に対応する制度があるかどうかよりも、それが実際どれぐらい動いているかということ。課題に対して経営者や現場がどのような見方をしているかということです。病院の「働きやすさ」を考える際には、ぜひこの点を確認するようにしてください。

 

後編では、働きやすい就労環境を探す前に医師側に求められる姿勢や、「働きやすい病院」の見極め方についてご紹介いただきます。

(聞き手・エピロギ編集部)

 

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瀧野敏子(たきの・としこ)
NPO法人イージェイネット代表理事
1981年大阪市立大学医学部卒業。東京女子医科大学での研修を経て、1983年より同学で助手を務める。1984年より国立小児病院(現 国立成育医療研究センター)研究医。1987年淀川キリスト教病院内科に入職。2004年ラ・クォール本町クリニック設立。2005年にNPO法人イージェイネットを設立し、以来女性医師のキャリア形成・維持・向上のサポートや、働きやすい病院評価(ホスピレート)事業に従事。

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