決断の時―キャリアの岐路で、医師はどう考え、どう選択したのか

第1話 「このままでいいのか?」同僚医師の退職を機に考えた結果……

医師の長いキャリアの中には、何度か重大な決断を迫られる場面が出てきます。本連載では、「シリーズ・決断の時」と題して、それぞれの医師が「自身のキャリアに関する重要な局面でどのように考えて決断したのか」についてエピソード形式でご紹介します。

第1話となる今回は、一見すると順風満帆なキャリアを歩んでいるように見える、34歳の消化器内科医師のエピソードです。今後のキャリアについて考える際の1つの参考になれば幸いです。

 

本当に満足している、と言えるのか?

鎌田 裕治医師(仮名)、34歳、東京都在住の消化器内科医。
これまで大学医局の関連病院で勤務し臨床経験をそれなりに積んできて、消化器病専門医、内視鏡専門医も取得した。一般的に「一人前」とみなされる年齢になり、目標であった専門医も取ったというものの、現職でこのままキャリアを積んでいくべきか、仕事の合間にふと、自身のキャリアについて思い悩む日が多くなっていた。

私立医大をストレートで入学、卒業して昨年、大学医局から2回目の異動を命じられた。
それが普通だと思っており、今後、「“それなり”のキャリアは積める」という漠然とした安心感はあった。そう思いながらも「このままでいいのか」という想いは日に日に強くなっていく。

きっかけは同僚医師の退職に際して、鎌田医師が本人から話を聞いたことだった。

どこで見つけたのか、大学医局とは全く関係のない民間病院に転職が決まり、年収は大幅アップ、当直回数もずいぶん減るのだという。さらに今後、その病院の現内科部長の後任を狙えて、そして何よりもほぼ希望通りの症例内容、症例数が回ってくるようになるらしい。

鎌田医師自身、症例を積めば積むほど腕が磨かれ、スピードアップも実感できる内視鏡治療には特にやりがいや面白みを感じていた。また国が疾病の早期発見・早期治療の方針を推し進めていることもあり、今後も十分需要があることは容易に想像できた。

しかし、実際の症例数は満足には程遠く、むしろ年々後輩指導や論文作成に時間が割かれることが多くなってきた。また上司や先輩医師が内視鏡治療の症例を優先的に取ってしまうこともしばしばあった。加えて、病院内の医師の体制上、まだまだベテランとは見られず「なんで自分が?」と思うような雑務を押し付けられ、もどかしい気持ちになることは1回や2回ではなかった。

「このまま続けていても、医局のポストも当面空きが出ないだろうな……」

鎌田医師は、このまま大学医局でのキャリアを続けていく将来に、期待を感じられなくなっていた。

 

家族に何かあっても、今のままではそばにいることができない……

さらに、鎌田医師は家庭のことも気に掛かっていた。2人目の子どもがそろそろ産まれるころだったが、当直が多くあまり家に帰れていなかった。以前、妻が1人目の子どもを身ごもっていた間に体調を崩した際にも、ほとんどそばにいられなかったことが後味の悪い記憶として今も心に刻まれている。

「今回もまた一緒にいられない……」
夫として、父としてこのままでいいのかという想いが鎌田医師に重くのしかかる。

加えて、「両親に何かあったら?」という不安もあった。両親の体調への心配は年々大きくなり、千葉県内の実家に車ですぐに駆けつけられる勤務先にしたいという気持ちもいよいよ強くなってきていた。

そこで、転職を決めた同僚にどうやって転職先を探したのか話を聞くことにした。すると、インターネットで転職サイトから見つけたという。鎌田医師もそういったサイトの存在は知っていて、以前に冗談半分で検索した際に、年収の高い求人があることも分かっていた。ただ、当時は専門医を取得する前で、転職という選択肢は考えられなかった。

しかし、今はその時とは状況が違っていた。

「このまま医局に残っても将来のキャリアに期待はできない。家族のことを考えても、今の状況のままでいては、夫としても、親としても、子としても責任を果たせない」

鎌田医師にとって、今とは別の可能性を“探さない理由”が見当たらなかった。

 

「自分の力を試したい」自然と本音が口をついて出て……

一度、心に決めてからは行動するのも早かった。
転職サイトから紹介会社数社に問い合わせを行うと、早速その数日後にはその中の1社の担当者と直接会って話をした。

「先生なら、ぜひ来てほしいという病院が多いと思います。」
そう担当者に言われた時、鎌田医師は「また営業トークか」と思った。
MRや医療機器メーカー担当者が、自分の商品を使ってほしいがために発する言葉も、このようなものが多かったからだ。

ただ話を聞いていくと、まるで違うことがわかる。

真っ先に求人票を渡されて、「さぁ面接を受けてみませんか」と言われるものだとばかり思っていたが、まずは「なぜ転職したいのか?」「今後、何をしていきたいのか?」を深堀された。そこには強い想いがあったので、思っている事を一気にぶちまけることができた。

そして一通り話し終えると、その担当者から、現状の不満を解消しつつ自分がやりたい事を叶えられる転職先は存在すると告げられ、具体的な医療機関名も複数挙げられた。
「そりゃ、あるだろう」と内心思ってはいたものの、それからの話が鎌田医師にとっては重みが感じられるものであった。

それは、「〇〇病院の内科に転職した場合は、 〇〇な働きを求められており、だからこそ年収〇〇万円程度が見込めます」と転職した際の市場価値とその根拠が具体的、かつ客観的に聞けたのであった。また、これまで自分のような医師が、どういった転職を成し遂げているか、転職後どう感じているのかが聞けたのも、転職は特別なことではないのだと感じられたという点で、大きな収穫と言えた。さらに加えて、話していくうちに「やりがいと待遇を求めながらも、QOLのバランスも取ることができる」としっかりイメージが持ててきている自分がいた。

「何よりも大学のつながりがなくなった時に、自分が何をできるのか、やりたいことをやった上で力を試したい」
鎌田医師の中で、自然と本音が口をついて出るようになった。

 

外に目を向けると、さまざまな働き方が広がっていた

その後、鎌田医師は担当者から紹介してもらった千葉県内の4病院に2週間後に面接に行くことにした。
さまざまな医療機関を紹介される中で、面白い発見もあった。

例えば、急性期と療養病床からなる約100床の総武記念病院(仮名)。
現在、常勤の消化器内科医がおらず、他の内科疾患も幅広く診てもらいたいという要望はあった。ただ内視鏡治療のニーズの高まりを受けて、近い将来、どんどん症例数を増やしていきたいという。そしてその際の設備投資や、消化器内科部長候補としての待遇も大きく弾むという。

すぐに対応できる症例数を伸ばしたい今の鎌田医師の希望とは合わず、見送ったが、「今後のキャリアプランの中でそんな働き方も選択肢としてアリだな」と思えた。

大学医局から1歩、外に目を向けると、さまざまな働き方があることが分かった。
考えてみれば当たり前のことだったが、「このタイミングで気付けたのはラッキーだったのかもしれない」と鎌田医師には感じられた。

 

自分の力に期待してくれている

最終的に選んだ病院は、地域に根付いた300床クラスの房総メディカルセンター(仮名)。
上司にあたる消化器内科医から指導を受けながらも、一定の症例数は確保でき、内視鏡も新しく使いやすい上に、看護師長をはじめとしたコメディカルもしっかり教育が行き届いていてモチベーションが高く、更なるスキルアップが望める環境といえた。

また、当直の頻度は大学病院時の半分以下になり、そもそも急患対応は大学病院とは比較にならないくらい少ないため、しっかり家庭との両立も図れる病院だった。

そして、何よりも驚いたのが提示された年収だった。
紹介会社の担当者が交渉してくれていたみたいだったが、それにしても自分の経験で2,000万円を提示してもらえるとは思わなかった。いろいろな転職サイトを見ながら「1,500万は超えるかな」くらいに考えていた鎌田医師にとって、
「そこまで自分の力に期待してくれている」
という、病院側の最も明確な意志表示に感じられた。

この病院を含めて全くタイプの違う4施設に面接や施設見学で足を運び“現時点でベストな選択を探しきった”鎌田医師にとって、房総メディカルセンターに転職することに、もう迷いはなかった。

センターでの勤務開始の1カ月前には、こんな言葉を残している。
「週1日の研究日には、内視鏡アルバイトを入れる予定です。待っている患者さんは多いみたいなので、どんどん(症例を)積めるのは、今から楽しみなんですよね」

 

こういった先生がいるとスタッフも刺激を受ける

転職後、鎌田医師は内視鏡治療の症例を以前よりも多く積めるようになり、また家族と過ごせる時間も増えて、職場だけでなく “家庭でも” 活躍できるようになった。鎌田医師が勤務を始めて6カ月経ったころ、房総メディカルセンターの事務長はこのようなことを語った。

「鎌田先生? 伸び伸びやってくれてますよ。生意気だなと感じる時も正直ありますが、着実に患者さんは増えているし、指示が的確なので周りのスタッフも刺激を受けているようです。こういった先生がいると活気づきますよね」

経営陣からも良い意味で目を付けられている鎌田医師、今後のさらなる活躍が期待される。

 

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森川 幸司(もりかわ・こうじ)
大手の出版関連企業から転職して株式会社メディウェルに入社後、関東を中心にコンサルタントとして300人以上の医師のキャリア支援に従事する。「自分が先生の立場だったら、家族の立場だったら…」という想いから、「自分事としてとことん本気になる」ということを仕事上の信条とする。
2011年5月、ステージIVの大腸がんとそこから転移した肝臓がんの診断が下り、それ以降は手術と抗がん剤による闘病生活が始まる。肝臓がんの再発や肺への転移なども経験し、入退院を繰り返しながら、現在は管理部門に所属し他のコンサルタントの支援を行なっている。

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