医師の6割が「辞めたい」―原因は過酷な労働環境?

「勤務医労働実態調査」から考える医師の働き方

「勤務医の6割が仕事を辞めたいと感じている」という衝撃的なデータが、2017年11月に公表されました。これは同年夏に行われた「勤務医労働実態調査」で明らかになったものです。その資料を読み解くと、慢性的な人材不足と長時間労働に悩まされる医師の労働実態が浮かび上がってきました。2012年、2017年に行われた調査結果を元に、労働環境の課題と改善策を考察します。

 

1.「もう辞めたい…」“人気”の医師が仕事を辞めたくなる理由とは?

「診療と当直で忙しく余裕のない毎日でした。そんな中、時間外に軽症の患者さんから罵声を浴びせられた時は、本当に心が折れてしまったと思いました。モチベーションも見失ってしまって、辞めたくて辞めたくてしかたなかったです」(30代女性、小児科医)※1
「患者や家族からは治せて当然、治らなければ“医者のせい“と思われ、理解できない要求や暴力に発展することもある。病院はこのようなことに知らぬ存ぜぬで、理不尽な仕事を押し付けられ、夜間も時間外も無給で働いている。こういうことが続くと、やっていられないという気持ちになってしまう」(40代男性、外科医)

医師は、一般的に社会的信用が高く経済的にも恵まれていてやりがいもあるとして、人気の高い職業となっています。実際、第一生命保険が実施した2017年のアンケート調査でも、大人になったらなりたい職業として「医師」が男女ともに4位にランクインしています。

しかし、2017年11月に日本医師ユニオンが公表した「勤務医労働実態調査」※2によると、医師の約6割が仕事を「辞めたい」と感じているという結果となりました。

“人気”の医師の仕事でなぜ辞めたくなるのでしょうか? その背景には、医師の過酷な勤務の実態がありました。

 

2.後期研修医の2割が過労死ライン、「当直後の勤務免除」はたった3.9%

「週2回以上の当直が当たり前になっていますが、専門外の患者も対応するので負担が大きいです。当直明けも午前中外来、午後からオペが続く日々で、肉体的にしんどいと感じます」(30代整形外科男性)
「異動先の病院では多くの患者を2人体制で診ていたため、24時間365日オンコールでした。いつ呼ばれるかもわからず夜もあまり眠れない状態で、これが2年以上続きました」(30代内科女性)

日本の医療業界は、世界的にも過酷な労働環境に置かれています。今回の調査では、 後期研修医の2割近くが「過労死ライン(月80時間以上の時間外労働)」を超えて働いていることが分かりました。過労による体調不良など、自身の健康に不安を覚える医師も少なくありません。

 

274_勤務医実態調査_図1

 

2012年の勤務医労働実態調査では、常勤医の時間外労働は月あたり42.36時間でした。ただし、2012年の調査では当直勤務を時間外労働にカウントしない回答も多かったため、実際の数値はこれよりも多くなると考えられます。一方で2017年の調査では平均61.8時間となりました。さらに細かく分類すると、初期研修医は81.3時間、後期研修医は63.4時間となりました。

また、当直明けに「通常通り1日勤務する」医師は全体の78.7%にも及び、勤務が免除されているのは全体の3.9%ほどでした。この数値は2012年の調査とほぼ変わらず、当直を担う常勤医や研修医に負担が集中している実態が垣間見えます。

 

274_勤務医実態調査_図2

 

3.日本の医師は過酷な労働環境にある

「麻酔と集中治療を担当していて、当直すると、朝から翌日午後まで30時間以上、全くフロアの外に出られない状態でした。張り詰めた状態がいつまでも続き、肉体的・精神的に疲れ果ててしまいました」(50代麻酔科男性)
「出産後すぐに復帰することを求められましたが、3日に1回は当直という生活でした。乳児がいる中で、感染症の入院患者の主治医までさせられ、自分と子どもに何か起きるのではないかと不安で耐えられませんでした」(40代内科女性)

勤務医も一人の労働者ですから、もちろん労働基準法に守られるべき存在です。しかし、医師には診療行為を求められたら応じる義務(応召義務)があり、これが長時間労働の一因になっているとの指摘もあります。

2015年には東京都内の病院に勤務する男性医師(後期研修医)が過労で亡くなり、2016年には新潟の病院に勤める女性医師が過労による自殺で亡くなりました。2人とも30代で、男性は自殺直前の1カ月間で173時間もの残業をこなしていました。一方女性医師は激務によりうつ病を発症し、亡くなる直前の残業時間は1カ月あたり160時間を超えていました。これからの医療を担う若手医師の過労死・過労自殺が目立つことは医療業界において重大な問題です。

日本以外の先進国では、勤務医の労働時間についてさまざまな規定があります。EUでは勤務医の1週間の労働時間は時間外勤務や待機時間(オンコール)も含めて48時間と定められています。アメリカでは研修医の勤務時間が週80時間と定められており、この規則を破ると研修病院の認定が取り消されることもあります。アメリカではかつて研修医の過労が原因で医療過誤が起こり、患者が亡くなる事件(Libby Zion事件)があったため、医療安全の点からこのような規制が敷かれているのです。
医療制度の違いもあり一概に同様の対応が可能であるとは言えませんが、命を扱う責任ある仕事だからこそ、十分な休息を確保し安全に留意する必要がある――日本の医療業界に身を置く医師にも同じことが言えるはずです。

 

4.長時間労働は医療ミスの原因にも

過度な長時間労働は、体に負担をかけるだけでなく医療ミスの原因にもなります。医療過誤の原因を問う設問では、「慢性疲労による注意力不足」「スタッフの連携不足」などが主な理由に挙げられました。

 

274_勤務医実態調査_図3

 

さらに、当直明けの連続勤務で「集中力・判断力が低下する」と回答したのは全体の8割近くに上りました。多くの医師が疲労による判断力不足を認識しながらも、現場に立たざるを得ない状況に追い込まれています。医療安全の観点からも、長時間労働は看過できない問題です。

 

274_勤務医実態調査_図4_修正版

 

5.勤務医の4割が健康に不安を抱える

「大学医局の指示により多忙な関連病院に派遣されたのですが、学会にも行かせてくれず(休診にはできないし、代診にも来てくれない)、おまけに体調を崩して入院したときも人手が足りないからと言って助けてもらえませんでした」(40代某マイナー科男性)

医師はタフでパワフルなイメージを持たれがちですが、長時間労働はその体をも蝕みます。2012年の調査では、自身の健康に不安を抱える医師は47%と約半数に及び、仕事に精神的ストレスを感じている割合は71%、「最近仕事をやめたいと思った経験がある」医師は全体の6割に上りました。

2017年でもその結果はほぼ変わらず、健康に不安を抱えると回答した医師は40.1%。数値は若干減少したものの、未だに医師の4割超が自身の健康に不安を覚えている状態です。「最近仕事をやめたいと思ったことがあるか」という問いについても、やはり6割近くの医師が辞職願望を抱いている旨の回答をしています

 

274_勤務医実態調査_図5

 

274_勤務医実態調査_図6

 

ちなみに、日本医療労働組合連合会が行った「2017年看護職員の労働実態調査」では看護師の多くが人手不足や仕事の辛さを訴えており、「仕事を辞めたい」と考える人は7割強に上りました。この調査からも、医療業界の過酷な労働環境がスタッフのモチベーションを下げる大きな要因となっていることが分かります。

 

6.医師が望むのは「完全な休日」、働きやすい環境を整えるためには?

それでは勤務医が考える労働環境の改善策とは何なのでしょうか。医師の労働条件改善策について問う設問では、「完全な休日を増やす」が1位に、「当直・日直回数を減らす」が2位に挙がりました。

その主張を裏付けるように、調査では文字通り「休む間もなく」働いている医師の実態が判明しました。1カ月あたりの休日は平均で4.7日ですが外科は3.9日、救急科は2.6日でした。さらに1カ月の休みが0日という医師も全体の10.2%存在しています。労働基準法の定める4週間に4日以上の休みをとっていない医師も3割程度見られ、これは健康面からも医療安全の面からも大きな問題と考えられます。

医師の休みを増やすためには、その穴を埋めるための人材が必要です。さらにコメディカルによる分業化やITの活用など、そもそもの医師の負担を減らすことも有効でしょう。

 

7.働き方改革への期待

2017年度の勤務医労働実態調査で新たに追加された項目があります。それが「働き方改革」に対する意見を問うものです。一億総活躍社会を実現するために、政府は長時間労働の是正や同一労働同一賃金を推進しています。2017年には厚生労働省が「医師の働き方改革に関する検討会」を設置し、特殊性のある「医師」という仕事について具体的な規制や労働時間を短縮する方法について議論を重ねています。

しかし、「『働き方改革』で医師労働は改善すると思いますか」の設問に対し、肯定的な回答は2割以下にとどまりました。その理由を見てみると、「必要な診療体制を維持できない」「医療現場の法律は守られない」「医師を労働者と考えない風潮が強い」などが挙がっています。マンパワーの充実はもちろんですが、医師の自己犠牲の上に成り立つ医療システムの改革が必須と言えるでしょう。

 

274_勤務医実態調査_図7_2

 

過酷な労働環境や医師不足の問題を改善するため、政府も施策を行っています。2014年に改正医療法が施行され、都道府県には「医療勤務環境改善センター」が設置されました。これは経営コンサルタントや社会保険労務士などが、医療機関の労働環境改善を支援するための機関です。しかし、今回の調査結果を見る限り十分な効果を発揮しているとは言えません。この現状を踏まえて、2017年には厚生労働省が都道府県に労働基準法違反の疑いがある医療機関の確認と改善指導の要請を出しました。

長時間労働や人材不足は一朝一夕に改善される問題ではありません。国や地域の政策に負うところが大きいのも事実です。しかし、「どうせ変わらないだろう」と将来を悲観するのではなく、「今よりよくするにはどうすべきか」という視点から、医師が自身の問題として働き方やキャリアを見つめ直すことも、改善を促す後押しとなるのではないでしょうか。

医療は公益性の高い事業です。しかし、その公益性はときに、医師を含め医療を支える人達の抱えている問題を小さく見せる側面も持ち合わせています。「医療者も同じ人間である」という事実から目をそらさずに、医療に関係する全ての人が幸せになれるような社会を一人ひとりが考えていくべきなのかもしれません。

(文:エピロギ編集部)

<参考>
文部科学省「(桑江委員提出資料)医師不足に対する病院勤務医の現状と提案、及びその理由について」
厚生労働省 中央社会保険医療協議会 (中央社会保険医療協議会総会)
厚生労働省 中央社会保険医療協議会 (中央社会保険医療協議会総会)「医療提供体制について(その4)」P.20 勤務医の負担軽減について
J-STAGE「勤務医は心身とも疲弊している―健康チェック票THIの結果から」
HUFFPOST「勤務医の過重労働:酷使される勤務医の実態と、その解消策」
江原朗「勤務医に関する労務管理の現状―職場環境と労働法規遵守―」
医学書院 木戸友幸「短期集中連載 もうひとつの米国レジデント物語 第3回」
日本医療労働組合連合会『医療労働 臨時増刊 報告集 看護職員の労働実態調査「報告書」』
日本経済新聞「医師の長時間労働を是正 厚労省、都道府県に指導強化要請」
全国医師ユニオン『勤務医労働実態調査2017最終報告ダイジェスト版』

 

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<注>
  • ※1 2013年~2014年にかけて株式会社メディウェルで実施したインターネット上での医師の座談会より(以下も同様)。匿名性担保のため一部文言を修正しています。
  • ※2 勤務医実態調査とは

    全国医師ユニオン代表などのメンバーからなる勤務医労働実態調査2017 実行委員会によって、2017年夏に「勤務医労働実態調査」が行われました。この調査は勤務医の労働実態を把握し、その改善に役立てることを主な目的としています。2012年にも同様の調査が行われ、その際は過度な長時間労働や人材不足などの課題が浮き彫りとなりました。社会ではブラック企業や過労死が問題視され、改善に取り組む企業も徐々に増えています。
    医療業界についても、働き方改革の推進等により医師の長時間労働が問題視され、大規模病院が労働基準監督署の是正勧告を受けたというニュースが新聞紙面をにぎわせるなど、メスが入れられようとしています。しかし、人の命を扱う特殊性から、なかなか改善に踏み切れない側面もあるようです。

    <「勤務医労働実態調査」調査概要>
    ・2012年度
     回答者:全国の勤務医2,108名
     調査期間:2012年5月中旬~7月31日
    ・2017年度
     回答者:全国の勤務医1,803名
     調査期間:2017年7月1日~9月30日

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