Dr.石原藤樹の「映画に医見!」

【最終回】しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス~医療の不在に込められた、患者の幸福のありか

石原 藤樹 氏(北品川藤クリニック 院長)

医療という題材は、今や映画を語るうえで欠かせないひとつのカテゴリー(ジャンル)として浸透しています。医療従事者でも納得できる設定や描写をもつ素晴らしい作品がある一方、「こんなのあり得ない」と感じてしまうような詰めの甘い作品があるのもまた事実。

シリーズ「Dr.石原藤樹の『映画に医見!』」は、医師が医師のために作品の魅力を紹介し、作品にツッコミを入れる連載企画。執筆いただくのは、自身のブログで100本を超える映画レビューを書いてきた、北品川藤クリニック院長の石原藤樹氏です。

第13回の『あん』に続き、最終回となる今回は『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』をご紹介いただきます。

現役医師だからこそ書ける、愛あるツッコミの数々をお楽しみください(皆さまからのツッコミも、「コメント欄」でお待ちしております!)。

 

映画『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』の概要

今日ご紹介するのは、2016年に製作され、日本では2018年に公開されたカナダ・アイルランド合作映画『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』です。若年性関節リウマチ(現在の病名では若年性特発性関節炎)の持病のある、カナダの国民的画家モード・ルイスの生涯を描いた伝記映画で、主役を演じたサリー・ホーキンスの見事な演技が話題になりました。

若年性特発性関節炎を患ったことで関節が変形し、生活に不自由するモード(サリー・ホーキンス)は、家族から疎まれていました。やがて魚の小売りの仕事をしていた孤独な荒くれ男、エベレット・ルイス(イーサン・ホーク)と小さな田舎町で一緒に暮らし始めます。厳しい自然の中での2人きりの静かな生活。その生活の中、独学で描いた素朴な絵が、ひょんなことから芸術に造詣の深い女性の目に留まり、世間から高い評価を受けるようになります。しかしモードは、夫と2人きりの生活を決して変えることなく、その生涯を絵と夫にささげて生きてゆくのです。その30年以上にわたる夫婦2人だけの生活が、静かに、かつ感動的に綴られてゆきます。

 

見どころは主人公2人の絶妙の演技と夫婦の愛情の美しさ

この映画の魅力は、社会から孤立したような主人公2人の慎ましい生活が、極めてリアルに、かつ美しく描かれていることです。実話を元にしてはいますが、物語は実際より美化され、アレンジされていると思います。しかし、主人公の夫婦を演じた2人の演技が非常に説得力のある繊細なものなので、あたかも本物の2人の人生に立ち会っているような気分で観ることが出来るのです。

映画の中のモードは、関節の変形した不自由な肉体を何ら感じさせない、自由で闊達な心を持っています。一方で無骨で無口で粗野なエベレットは、優しい心根を持ちながらも、他人に簡単に心を許そうとはしません。モードの乙女心溢れる猛アタックを、エベレットは何度も拒絶します。そんなエベレットの心が、どのようにしてモードを伴侶として認めるようになるのかは、映画を観てのお楽しみです。結婚した後も、何度も夫婦の危機は訪れます。しかし、愛情で固く結び付いた夫婦の絆は、決して離れることはないのです。

この2人に対比して描かれるのが、モードの叔母と兄の俗物ぶりです。2人は彼女を面倒で厄介な障害者として爪弾きしていましたが、モードの絵が世間的に高く評価されると、気まずそうな顔をしながらも、一転してすり寄って来ます。しかし、嫌悪感のあるその2人の姿は、他人ごととして映画を観ている私達に、実は最も近い存在であるのかも知れません。その造詣も誇張を廃したリアルなもので感心します。

モードとエベレット夫婦と共に、映画の主役の1人と言って良いのが、主人公2人が暮らすカナダの田舎町の、四季折々の風景です。意図的にモード・ルイスの絵の世界に似せて撮影された田園風景はとても美しく、冬の嵐など時に厳しい顔も見せながら、自然に寄り添い暮らすことの尊さという、この映画のもう1つのテーマを雄弁に語っているようです。

 

若年性特発性関節炎と映画における医療の不在

かつて「若年性関節リウマチ」と呼ばれていた若年性特発性関節炎は、16歳未満の小児期に発症する原因不明の関節炎のことです。その症状により幾つかのタイプに分かれますが、いずれも全身の関節が冒され、一旦関節の変形が進んでしまえば、その症状とは生涯付き合わなければいけません。

現在の医療では、診断の確定した段階からステロイドや免疫抑制剤、生物学的製剤などを適宜組み合わせて使用し、関節の重度の変形を予防するようになっています。しかし、モードが小児期を過ごした20世紀初頭には、まだ治療の水準は低く、彼女は手足の関節における重度の変形や痛み、歩行障害などに苦しまなければなりませんでした。

映画の中で、モードは最終的には病院で亡くなります。関節炎の悪化により廃用症候群が進行したことと、喫煙などの影響で肺気腫(COPD)を併発したことが、その主な原因であったように映画では描かれています。モード本人の映像などを見る限りでは、映画より低身長で体幹の変形も強く、手の変形もより重度であったようです。このことから、モードの持病が若年性特発性関節炎だけではなく、別個の先天異常を合併していた可能性があったようにも思えます。

映画ではほとんど医者にはかからなかったように描かれていますが、実際にそうであったのかどうかは分かりません。ただ、この映画に医師や病院がほとんど出てこないのは、おそらくは意図的なもので、当時の医療はモードの血縁者と同じように、彼女の自由な生活を、許さない側に位置していたという描写なのだと思います。

 

患者が病気とともに生きる、ということ

モード・ルイスの人生は幸福なものだったのでしょうか? この映画を観終わった人の多くが、幸福だった、と思うのではないかと思います。しかし実際には、彼女は不自由な体を抱え、家族にも疎まれ、生涯体の痛みや呼吸困難と闘いながら、貧しい生活を続けました。

それでも、その生涯が幸せであったように感じられるのは、彼女が心根の優しい無骨な夫と最後まで添い遂げたことと、絵を描きたいという気持ちを捨てることなく、発表の見込みもないまま独学で絵を描き続け、それが多くの人の評価を得た、という2つの点のみに拠っています。普通なら手の変形と痛みが強く、筆を握ることも困難な女性に、「絵を描きなさい」などとは言わないでしょう。医者も「手が痛いのに無理に絵筆を握ることはない」と言うのではないでしょうか? しかし、仮にそうした、体をいたわり無理を避けなさい、というアドバイスに彼女が従っていたら、彼女の人生はもっと不幸なものに終わっていたに違いありません。

病気とは、端的に言えば体や心が何らかの形で不自由になることです。そして、病気と共に生きるということは、その不自由さとどう向き合うかということです。この映画で訴えていることの1つはおそらく、その向き合い方には多くの方法があり、何か1つを本人の意思とは別に押しつけることは誤りだ、ということです。私達医療者は、時に患者より病気を重く見て、患者にとっての幸福のありかに、注意を払わない傾向があるのではないでしょうか?

皆さんも是非この映画を観て、その後であなたが出会った患者さんの幸せについて、少し考えてみるのはどうでしょうか?

※映画『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』の公式サイトはこちら

 

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石原 藤樹(いしはら・ふじき)
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

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