ネットで中傷されたときの対処法

第1回 「名誉毀損」「プライバシー侵害」とは何か

櫻町直樹 氏(弁護士)

インターネット上にある匿名掲示板では医師に関する情報がやりとりされていますが、しばしば誹謗中傷にあたるような書き込みも見られます。2012年には名誉毀損で裁判沙汰になった事例もありました。
もし「自分への名誉毀損にあたるような誹謗中傷」を見つけた場合、削除依頼や裁判をするには具体的にどのような対策をすればよいのでしょう。数々のインターネット訴訟を手がけてきた弁護士の櫻町直樹先生に伺いました。 1回目は、どのような書き込みが「名誉毀損」や「プライバシー侵害」にあたるのか、事例とともに説明いただきます。

 

1. 増加傾向にあるネット上での名誉毀損・プライバシー侵害

インターネットは今や、日常生活に欠かせないツールとして多くの人々に利用されています。ただ、そこには「生活が便利になった」というプラスの面ばかりでなく、「匿名性」を隠れ蓑に、犯罪等の違法行為に使われているというマイナス面があることも事実です。
例えば、警察庁がまとめた「平成25年中のサイバー犯罪の検挙状況等について」(※1)という資料によれば、平成25年におけるサイバー犯罪の検挙件数は「8113件」(前年比プラス779件、プラス10.6%)にのぼり、過去最多を記録しています。
「サイバー犯罪」は「コンピュータ技術及び電気通信技術を悪用した犯罪」と定義されており、警察庁の統計資料では3つに分類されます。すなわち、(1)「不正アクセス禁止法違反」、(2)「コンピュータ・電磁的記録対象犯罪、不正指令電磁的記録に関する罪」、(3)「ネットワーク利用犯罪」です。
「インターネット上における名誉毀損」は (3)「ネットワーク利用犯罪」にあたりますが、実は名誉毀損罪で検挙に至った数は非常に少なく、上記資料中「2 サイバー犯罪の罪名別割合」では「その他」にまとめられています。
しかし、検挙件数が少ないからといって、名誉毀損の被害が少ないということはいえません。例えば、上に挙げた警察庁の資料によれば、平成25年において各都道府県警察に寄せられた名誉毀損・誹謗中傷等に関する相談件数は「9425件」に達していますし、法務省の人権擁護機関が救済手続を開始したインターネット上の名誉毀損による人権侵害事案は、同じく平成25年の1年間だけで342件(※2)にのぼっています。
また、「プライバシー侵害」は、刑法上の犯罪には該当しませんが、法務省が平成25年に救済手続を開始した事案は600件となっています。

 

2. どのような表現が名誉毀損やプライバシー侵害にあたるのか

ある表現が名誉毀損またはプライバシー侵害にあたるか否かの判断基準は、新聞や雑誌等の紙媒体とインターネット上とで異なるものではありません。以下、どういった場合が名誉毀損、プライバシー侵害にあたるのかを事例を交えてご紹介します。

(1)「名誉毀損」とは、その人の社会的評価を下げること

書かれた人にとって、不快に思われる内容、迷惑な内容等が全て「名誉毀損」にあたるというわけではありません。
まず「名誉」とは具体的にどういうものかについて、最高裁判所は「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉」といっています(最高裁判所昭和61年6月11日判決民集40巻4号872頁)。
そして、名誉を「毀損」するとはどういった行為なのかについて、上記の判決では「名誉毀損とは、この客観的な社会的評価を低下させる行為のことにほかならない」とされています。(なお、最高裁は「人」といっていますが、法人(株式会社等)についても名誉毀損は成立します。)
つまり、「名誉毀損」にあたる表現とは、人が社会から受けている名声・信用等の客観的な評価を低下させるもの、ということができます。(なお、主観的な評価=名誉感情を害する表現は「侮辱」にあたります。)

どのような表現が名誉毀損にあたるか、あたらないかを区分する一般的な基準を示すことは難しいですが、単なる意見や感想に過ぎないもの、抽象的で具体性に欠けるもの等については、客観的な評価を低下させる程度には至らない(名誉毀損にはあたらない)と判断される傾向にあるといえます。
以下に、実際の裁判で名誉毀損にあたるとされた表現と、あたらないとされた表現をいくつか挙げてみます。なお、固有名詞についてはアルファベット表記としています。

ア 名誉毀損にあたるとされた表現

  • ・「昨夜から本日未明にかけて,A,BがC警察に任意同行され取り調べを受けましたので懲戒解雇といたしました。容疑は業務上横領です。かかる極悪人をスタッフとしてクリニックに入れてしまっていたことを深くお詫びいたします」(東京地方裁判所平成26年9月24日判決)
  • ・「工場停止を誤魔化す企業なので,人を騙して金を手にする業界は転職に適しているだろう」,「企業側が望む事は,工場停止を誤魔化す事。薬事法違反をバレない様に密かに医薬品混入製品を作る事」(東京地方裁判所平成26年1月30日判決)

イ 名誉毀損にあたらないとされた表現

  • ・「あの嘘の給与額,年間休日数,労災もみ隠し,に騙されて・・・」(東京地方裁判所平成26年7月14日判決)
  • ・「税金がヤバイので計画倒産じゃないの?」(東京地方裁判所平成25年6月24日判決)

(2)「プライバシー侵害」とは、私生活上の事実(または事実らしく受け止められるおそれのある事柄)を公開し心理的な負担や不安を与えること

「プライバシー」というと、個人の私生活に関する情報であれば全て含まれるように思われがちですが、こちらも法的に保護されるためには一定の要件(後述の(イ)から(ハ))を満たす必要があります。
プライバシーに関して判断した裁判例として、三島由紀夫氏が著した小説『宴のあと』に関するものが有名です。これは、実在の人物をモデルにした小説について、モデルとされた人物が著者及び出版社に損害賠償請求をしたのです。その理由は「私生活をほしいままにのぞき見し、これを公表したものでありこれによって原告は平安な余生を送ろうと一途に念じていた一身上に堪えがたい精神的苦痛を感じた」というもの(東京地判昭和39年9月28日判タ165号184頁)でした。
裁判所は、原告(=モデルとされた人物)による損害賠償請求が認められるかどうかについて、「プライバシー権は私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利として理解される」としています。その上で、「公開された内容が(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要」とする、という判断基準を示しました。結論として、この裁判では損害賠償請求が認められました。
「モデル小説」についてはこのほかにも、柳美里氏による『石に泳ぐ魚』という作品を巡る事案(最判平成14年9月24日判タ1106号72頁)があります。モデルとされた人物が同氏及び出版社に対し損害賠償請求、出版差止めを求め、これらが認められました。
なお、プライバシーにあたることがらであっても、これを公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較し、後者のほうが前者に優越すると認められる場合には、プライバシー侵害が成立しないとされています(最高裁判所平成6年2月8日判決民集 48巻2号149頁など)。
実際の裁判例をみてみると、中学校教員が県青少年保護育成条例違反で逮捕されたことがテレビで実名報道されたという事案につき、「青少年を教育指導すべき立場にある中学校教員が女子中学生とみだらな行為をしたという本件被疑事実の内容からすれば、被疑者の特定は被疑事実の内容と並んで公共の重大な関心事であると考えられるから、実名報道をする必要性は高いといわなければならない」などとして、プライバシー侵害にはあたらないと判断したものがあります(福岡高等裁判所那覇支部平成20年10月28日判決判時 2035号48頁)。

 

3. 名誉毀損やプライバシー侵害の具体例

(1)名誉毀損が認められた事例

次に、ネット上の掲示板やブログに書かれた記事が、医師に対する名誉毀損として認められた具体的な事例をご紹介します。なお、こちらも固有名詞についてはアルファベット表記としています。

事例1「A眼科」という名称で診療所を営む医療法人社団について、インターネット上の掲示板に以下の記事が投稿された。
題名「A眼科のセミナーいってきた」・本文「あのヤロー他院の批判ばかりだよ。Bが裁判かかえてるて お前のところは、去年3人失明させてるだろうが!」
この記事が当該医療法人社団及びその代表者(医師)に対する名誉毀損にあたるとして、投稿者に計150万円の損害賠償が命じられた。(東京地判平成16年11月17日)

事例2美容外科医について、インターネット上のブログに以下のような内容の記事が投稿された。
「頼んでもいない首のリフトアップ手術を勝手に行った」「耳が下垂し、首を絞められるような苦しさが続くなどの症状が生じ、そのため日常生活に支障を来した」「現在の医療水準に達しない低レベルの知識と技術しか持ち合わせておらず、医療倫理を無視した金儲け主義の悪徳医師である」
これらの記事が当該美容外科医に対する名誉毀損にあたるとして、投稿者に(その他の不法行為とあわせて)100万円の損害賠償が命じられた。(東京地判平成24年11月27日)

(2)プライバシー侵害が認められた事例

最後に、医師の事例ではありませんが、プライバシー侵害が認められた事例をご紹介します。もし自身のことをネット上で書かれていたときの参考にしてください。

事例1インターネット上のサイトにある人物の画像及び氏名が投稿されたことについて、裁判で下記のような判断が下された。

「人の氏名及び容貌が分かれば容易に特定の個人を識別することが可能であり、両者を併せて示す情報は重要な個人識別情報であるといえる。また、氏名は、人格権の一内容を構成するものであり、容貌も、正当な理由なく、撮影され、あるいはそれが画像として公開されるべきものではない(略)。このような情報は、人のプライバシーに属するものであり、これを公開するか否か、公開するとして誰に対してどのような態様で公開するかを決する本人の自由は尊重されるべきであり、そのような情報が、正当な理由なく、本人が欲しない第三者に対し、欲しない態様で公開されない利益は法的保護の対象になるといえる」
なお、この裁判例は、損害賠償請求がなされたものではなく、投稿した人物を特定するために、プロバイダに対して発信者情報開示が請求されたものです。(東京地判平成21年2月27日)

事例2ある女性が匿名でブログを開設し、自身の闘病の過程等に関する記事を投稿していた。その後、この女性とは別の第三者が当該女性の承諾を得ないでその氏名、勤務先等をインターネット上に公開したという行為について、当該女性のプライバシーを侵害するものであるとして、当該第三者に132万円の損害賠償が命じられた。(東京地判平成26年6月13日)

第1回目となる今回はインターネット上のどのような書き込みが「名誉毀損」や「プライバシー侵害」にあたるのか、実際の裁判例と併せてご紹介しました。
次回は、名誉毀損やプライバシー侵害にあたる書き込みをインターネット上で見つけた場合の対処方法について解説します。

 

<参考>

※1 警察庁「平成25年中のサイバー犯罪の検挙状況等について」(2014)
http://www.npa.go.jp/cyber/statics/h25/pdf01-2.pdf
※2 法務省「インターネットを悪用した人権侵害をなくしましょう」
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken88.html

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櫻町直樹(さくらまち・なおき)
弁護士。石川県金沢市生まれ。2008年に一橋大学法科大学院を修了後、2009年より都内中規模法律事務所等において、企業法務から一般民事事件まで幅広い分野・領域の事件を手がけ、2013年6月に「パロス法律事務所」(東京・九段下)開設。力を入れている分野はインターネット上の紛争のほか、ベンチャー企業の法的支援、労働問題など。
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