ネットで中傷されたときの対処法

第3回 民事上、刑事上の対応【完】

櫻町直樹 氏(弁護士)

前回記事(第2回 「誹謗中傷」「プライバシー侵害」を見つけたときの対処法)では、誹謗中傷やプライバシー侵害などにあたる記事を見つけたときの対処について、「文章の削除請求」と「投稿した人物の特定」という方法をご説明いただきました。

では、記事を投稿した人物を特定できたら、その人に対して実際にどのような請求をしていくのでしょうか。
今回は、「どう請求していくか」という内容を中心に、特定した人物への対応を「民事上」と「刑事上」に分け、事例も含めてご紹介いただきます。

1.情報の開示

経由プロバイダから開示される情報(=発信者情報)は、(1)記事の投稿に用いられたIPアドレスを割り当てられていた者の氏名または名称、(2)住所または所在地、(3)電子メールアドレスです。
発信者情報開示請求訴訟で勝訴した場合には、判決からだいたい3週間前後で発信者情報が記載された書面が経由プロバイダから送られてきます。
なお、ご存じのように日本の裁判制度は「三審制」であり、一審で敗訴しても控訴、さらに上告をすることにより、上級審での判断を求めることができますが、発信者情報開示請求訴訟で敗訴した経由プロバイダはほとんどの場合において控訴せず、判決に従って情報を開示してきます。

 

2.記事を投稿した人物への対応

(1)民事上の対応

ア 損害賠償等の請求

記事を投稿した人物を特定できた場合には、その人物に対して、記事の投稿によって被った損害の賠償や謝罪文の掲載(名誉毀損の場合)、誹謗中傷やプライバシー侵害などにあたる記事を二度と投稿しないことの誓約などを請求することが考えられます。
弁護士がこうした請求についてご依頼を受けた場合、まずは、こちらの請求内容を記載した通知書を内容証明郵便によって送付し、相手の出方を見てみるということが一般的といえます。(もちろん、依頼者の意向や弁護士のスタンスにもより、通知などはしないですぐに訴訟提起ということもあります。)

なお、記事の投稿によって被った損害には、精神的苦痛はもちろんですが、記事削除・投稿した人物を特定するために要した弁護士費用も含まれます。ただし、弁護士費用の全額を損害として認めた裁判例もあれば、一定の割合しか認めなかった裁判例もあり、いまだ確立した基準はないというところです

イ 請求の手続き

記事を投稿した人物がこちらの請求にすんなり応じてくれればよいですが、そのようなケースは少なく、交渉では合意に至らず訴訟を提起せざるを得ない場合が多いというのが私の印象です。
訴訟を提起する場合に重要なのが、「どこの裁判所が管轄を有するか」という点です。
訴訟は、どこの裁判所でも好きなところで起こせるという訳ではなく、法律の定めに基づき、その訴訟について「管轄」を有する裁判所に提起する必要があります。
原則は、被告(=訴えられる方)の住所地を管轄する裁判所への提起となります。
ただし、原則には必ず例外があるということで、被告の住所地以外にも管轄が認められるようになっています。
例えば、「財産権上の訴え」については、「義務履行地」(※1)を管轄する裁判所への訴訟提起が認められています。
そして、不法行為に基づき損害賠償を求めることも「財産権上の訴え」に含まれると考えられており、この場合は損害賠償として金銭を受け取る方、すなわち被害者の住所地が「義務履行地」となります。そのため、被害者は、自分の住んでいるところを管轄する裁判所に訴訟を提起することができます

また、もうひとつの考え方として、誹謗中傷やプライバシー侵害などを内容とする記事の投稿は「不法行為」にあたりますから、「不法行為に関する訴え」となります。この場合、「不法行為があった地」を管轄する裁判所に訴訟を提起することができます。
不法行為があった地には「結果発生地」も含むというのが一般的な考え方です。
そうすると「被害者がインターネットで記事を見た場所」において結果が発生していると考えれば、被害者の住所地を管轄する裁判所に管轄が認められる、ということになりそうです。(※2)

ただし、被告(=記事を投稿した人物)が遠方に住んでいるような場合に、被告から「被告の住所地を管轄する裁判所に移送すべきだ」という申立てがなされたことがあります。
この場合は、裁判所が「当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるとき」(民事訴訟法17条)には、訴訟が移送されることになります。

※1 例えば売買契約であれば、「代金を支払うべき地」「売買目的物を引き渡すべき地」。 義務履行地について特に当事者同士で決めていなければ民法の規定が適用されますが、代金の支払いについては債権者、すなわち代金を受け取る方の者の住所となります。

※2 著者の経験では、インターネット上の名誉毀損などに関する訴訟で、被害者の住所地を管轄する裁判所に提起したもので「管轄は認められない」とされたことはありません。

(2)刑事上の対応

記事の内容が刑法上の犯罪(名誉毀損罪、侮辱罪など)にあたる場合には、投稿した人物を告訴するという選択肢もあります。(なお、「プライバシー侵害」は犯罪ではないので告訴はできません。)
告訴をする場合に注意すべきは、「告訴できる期間」には制限があることです。
すなわち、刑事訴訟法235条1項では「親告罪の告訴は、犯人を知つた日から六箇月を経過したときは、これをすることができない。」と規定されています。
「親告罪」というのは、告訴がなければ起訴することができない犯罪のことをいいますが、名誉毀損罪や侮辱罪は親告罪とされています(刑法232条1項)ので、告訴する場合には「犯人を知った日」から6カ月以内にしなければなりません。
2ちゃんねるのような匿名掲示板の場合は、経由プロバイダからの発信者情報開示によって「犯人を知った」といえますから、そこから6カ月以内に告訴状を堤出する必要があります。
なお、告訴がなされた犯罪が全て起訴されるという訳ではありません。法務省の統計(※3)によれば、平成25年における名誉毀損罪・死者名誉毀損罪・侮辱罪をあわせた起訴率は「33.8%」(203件/603件)となっています。

また、告訴期間の制限とは別に「公訴時効」というものもあります。
これは、刑事訴訟法250条に定めがあり、一定の期間を経過すると起訴ができなくなるというものです。
例えば、名誉毀損罪は「三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金」と規定されています(刑法230条1項)が、刑事訴訟法250条2項6号で「長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年」という公訴時効が定められていますので、公訴時効は「3年」となります。(余談ですが、『半落ち』や『クライマーズ・ハイ』などで有名な横山秀夫氏の作品に『第三の時効』という短篇集があり、表題になっている「第三の時効」は、この公訴時効を扱った作品です。刑事たちのせめぎ合いといい、意表をつく結末といい、非常に読み応えのある作品でした。)
ただし、公訴時効は「犯罪行為が終わった時」から進行すると規定されており、インターネット上の名誉毀損等の場合、記事が掲載されている限りは犯罪行為が終了していないという考え方がとられた裁判例があります。(大阪高判平成16年4月22日判タ1169号316頁。ただし、この裁判で問題になったのは、「犯人を知った日」を過ぎてからの告訴であり不適法ではないか、という点です。この点については、「犯人を知った日」とは犯罪終了後に知った場合をいい、継続中に知ったとしても告訴期間が進行することはないと述べ、結論として告訴は適法であるとされました。)
ですから、3年以上経過していても告訴ができると考える余地はあるでしょう

 

3.おわりに

3回に渡って、インターネット上の誹謗中傷、プライバシー侵害などを巡る問題を説明させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
インターネットによって私達の生活は飛躍的に便利になりましたが、他方で「匿名による情報発信」が悪用され、心ない誹謗中傷やプライバシー侵害などが日々おこなわれていることも事実です。
もしあなたがそのような被害に遭ってしまったときは、ひとりで抱え込まず、専門家に相談して適切な助言を受けるようにしてください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

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櫻町直樹(さくらまち・なおき)
弁護士。石川県金沢市生まれ。2008年に一橋大学法科大学院を修了後、2009年より都内中規模法律事務所等において、企業法務から一般民事事件まで幅広い分野・領域の事件を手がけ、2013年6月に「パロス法律事務所」(東京・九段下)開設。力を入れている分野はインターネット上の紛争のほか、ベンチャー企業の法的支援、労働問題など。
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