「CureApp禁煙」佐竹晃太氏インタビュー

未来の医療「病気を治療するアプリ」をつくる【前編】

患者の“孤独な闘い”を助ける、新しい治療法を目指して

佐竹 晃太 氏(呼吸器内科医/株式会社CureApp 代表取締役CEO)

2014年秋の医療品医療機器等法(旧薬事法)改正により、医療用ソフトウェアが医療機器として取り扱われるようになりました。今、まったく新しい医療が、最先端モバイルテクノロジーによって生まれています。それは「治療アプリ(※)」。身近にあるスマートフォンを、疾患治療のために活用する試みです。
現在臨床研究段階にある治療アプリを開発しているのが、医療系テクノロジー・ベンチャー企業「キュア・アップ(CureApp)」。日本において、いち早く治療目的の医療用ソフトウェア開発を事業化しています。
高騰する医療費・医療格差を是正し、患者をテクノロジーの力で支える。同社を起業した現役の呼吸器内科医・佐竹晃太氏に、医療用ソフトウェアが実現する、未来の医療についてお聞きしました。

※治療アプリはキュア・アップの商標です。

薬や医療機器では治しきれない疾患にアプローチする、新しい治療の形

世界には、たくさんの病気があります。

それら疾患への一般的な治療アプローチは大きく2つに分けられます。一つは薬理学的な観点から医薬品を用いる治療。もう一つが解剖学的な観点から医療機器を用いる治療です。
ともに大きな治療効果を発揮し、これまで多くの患者さんを救ってきた一方で、この2つの治療アプローチだけでは適切に治し切れない「未治療疾患」が存在します。たとえば糖尿病。世の中に数え切れないほどの糖尿病の医薬品が存在するにも関わらず、治療を続けている患者は半分程度だとされています。もう半分の方々は、通院の時間的負担や医療費負担のほか、自覚症状が乏しく治療の必要性を感じることができないなど理由はさまざまですが、治療を中断しているという現状があります。こうした、従来のアプローチでは適切に治療できない、または治療成績が悪い未治療疾患領域に、私たちは医療用ソフトウェアというまったく新しいツールを使った治療アプローチを開発しています。それが私たちの手掛けている「治療アプリ」です。
現在はニコチン依存症治療用アプリ「CureApp禁煙」、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)治療用アプリ「NASH App」をメインに開発を進めています。

 

前編_文中1

 

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患者さんの「孤独な闘い」をフォローアップする

病気との闘いは、孤独なものです。それは、ある日突然始まり、ほとんどの人が、自分が病気になって初めて、その病気のことを知ります。
しかし、味方となる医師と会って話ができるのは、病院で診察がある2週間または1ヶ月に1回、病院に来て診察室で過ごす10分程度の時間に限られます。それ以外の多くの、そして大半の時間、患者さんは一人での孤独な闘いを強いられます。本来であれば、医師が電話をしてフォローをしたり、常にそばにいてガイダンスを行えればいいのですが、現実的には難しいでしょう。
この院外や在宅時に自分一人で闘わなければならない辛い「治療空白」の期間に、治療そのものを断念してしまう方は少なくありません。
私たちの提供しているサービスは、孤軍奮闘する患者さんに向けてスマートフォンを使用した「治療アプリ」を提供し、治療空白を医師の代わりにフォローアップするというものです。

 

禁煙のトレーナー「CureApp禁煙」

例えばその一つが、ニコチン依存症治療用アプリ「CureApp禁煙」です。
ニコチン依存症は、禁煙に成功する患者が3割以下という、非常に治療成績の悪い未治療疾患領域です。
CureApp禁煙は、いわゆる禁煙のモチベーション継続のための励ましなど「コーチング」の機能や、薬や通院の「継続・離脱防止」といったサポート機能を持っています。さらにこの治療アプリの特色は、院外でも専門的な心理療法を提供することで、治療に導くための「行動変容」を患者に促すことができる点にあります。
CureApp禁煙は、タバコがなくてもやっていける正しい生活習慣をつくり、医薬品での治療、そしてこのアプリの支援が終了しても禁煙を継続できる知識と習慣を身につけることを可能にします。医学論文やガイドラインの知見、医学的エビデンスを組み込んだオートメーションシステムを使い、専門家の医師が行っている心理療法を、チャットなどの親しみやすいUI(ユーザーインターフェース)で患者さんに毎日提供します。この機能によって、患者さんはまるで友人と会話するように、アプリに対して、今「悩んでいる」「辛い」ことを自由に相談でき、適切なアドバイスを受けることができるのです。もちろん、アプリの側からプッシュ通知でその日にすべきことを患者さんにアドバイスする機能もあります。

慶應義塾大学病院を中心に複数の療機関で臨床研究を行い、治療効果が確認されたことから、現在は治験開始に向けての準備を進めています。患者さんからは「禁煙のトレーナーになる」といった感想もいただいています。

 

前編_文中3

 

 

ソフトウェアで治療を行うということ

医療現場における治療の定義は「診断によって見つけた疾患に対し、治療効果を発揮する処置をする作業」です。私たちが、開発している医療用ソフトウェアを「治療アプリ」と呼んでいるのは、この治療の定義に則った「診断によって見つけた疾患に対し、治療効果を発揮するアプリ」だからです。

日本ではまだ馴染みのない「治療用」のアプリですが、海外では、新薬と同等程度の治療効果を出し保険償還が適用されている事例もあります。
例えば、私たちも事業展開のベンチマークとしているアメリカの医療系テクノロジー企業「ウェルドック(WellDoc)」が開発した「ブルースター(BlueStar)」。これは糖尿病の患者向けの医療用ソフトウェアです。スマートフォンを使った血糖値のモニタリング、医学的エビデンスに基づいたコーチングなどを行う機能があります。
ある論文によると、「薬だけの糖尿病治療グループ」と「薬とブルースターを併用した糖尿病治療グループ」に分けて行われた臨床試験では、後者が前者に比べ「HbA1c」という糖尿病の重症度を示す値が1.2下がったとされています。最新の糖尿病の新薬ですら、0.9〜1程度下げるのが精一杯なので、この数値がいかに高い治療効果を示しているかが分かります。
この論文では「少なくともアプリが糖尿病新薬と同程度の効果を出せている」としています。医療用ソフトウェアは、適切に用いることで医薬品と同等の治療効果をもたらすポテンシャルを持っているのです。

 

大切なのは、いかに「継続」させるか

しかし、こうした効果を引き出すためには、医薬品同様、継続することが必要不可欠です。いわゆる一般的な体重管理などを行うヘルスケアアプリや、ダイエット用のウェアラブルデバイスなどの継続率は非常に低い数値だと言われています。「治療アプリがこれらのヘルスケアアプリと特性が違うものだと言われても、本当に継続して使用し、治療を達成することができるのだろうか?」という疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。

しかし、キュア・アップの治療アプリの使用継続率は、前述の臨床研究においてそれらヘルスケアアプリの数倍、数十倍の結果が出ています。 それはなぜか。一つは、ユーザーの使用動機の違いです。一般的なヘルスケアアプリはユーザーが「なんとなく健康になりたい人」であることがほとんどです。一方、キュア・アップの治療アプリは、「なんとしても病気を克服したい」患者さんを対象に処方されます。禁煙外来に来る患者さんは、忙しい日常の中、長期間にわたって通院し、決して安くはない治療費を支払うほどの高い治療動機を持っています。臨床研究でも、治療動機が高い患者さんが使っているため、継続率が高くなっているのでしょう。
しかし、それだけで継続率を飛躍的に高めることができるほど甘くはありません。
使用の継続を促すには「使いやすさ」も重要な要素となります。CureApp禁煙ではユーザー体験の設計である「UX(ユーザーエクスペリエンス)デザイン」を重視した開発を行っています。
一般的な商業コンテンツと同様、医療用ソフトウェアでも、患者や医師などの具体的なユーザー像の設定(ペルソナ)や、ユーザーが目的とする行動に至るまでの筋道の設定(カスタマージャーニーマップ)など、ユーザーにとって自然で使いやすいアプリ設計(UIデザイン)を施すことが重要です。そこで、ソフトの開発段階で、第一線でアプリやwebサイトのUX研究をしていた方にメンバーに加わってもらいました。
最も使って頂きたい患者さんに、最も使いやすい形で提供する。使い続けて初めて効果の出る「薬」だからこそ、使い続けやすさにはこだわりました。

後編では、なぜ「治療アプリ」の開発をされたのか。起業のプロセスと、「治療アプリ」に込めた医師としての想いを伺いました。

 

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佐竹 晃太(さたけ・こうた)呼吸器内科医/
(株)CureApp 代表取締役CEO
012年に上海の中欧国際工商学院(CEIBS)へ留学し、経営学修士号(MBA)取得する。2013年米国ジョンズ・ホプキンス大学の公衆衛生学修士(MPH)プログラムにて医療インフォマティクスを専攻。公衆衛生学修士号(MPH)取得(2013年〜2014年)。帰国後、CureApp,Inc.を創業。現在も日本赤十字社医療センターにて週1回の診療を継続し、医療現場に立つ。
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